ショート・ストーリーのKUNI[73]あいまい
── ヤマシタクニコ ──

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どこかの国の午後7時。

「ニュースを申し上げます。わが国の与党の代表を決める選挙の結果、あいまい派が敗れ、明確派総裁が次期与党代表、つまり総理大臣になることが決まりました。これを受け、今日、明確派総裁にして次期総理が次のように述べました」

画面には濃い眉と大きな目と大きな口と鼻が面積いっぱいに配置された角張った顔の男が映った。男はやたらとはっきりと、大きな声で言った。

「わが国の最も悪いところは、なんでもあいまいにすることだ。そのせいで外交も経済も文化もだめになった。明確派はそれを、変える。なんでも明確にする。まず、今後、いっさいのあいまいな表現を国内から駆逐することにした。日常のあいまいな表現の積み重ねがあいまいな国民性を育てるのだ。あいまいな表現こそは諸悪の根源だ。あいまいな表現は禁止、禁を破ったものには罰金1万円から無期懲役までの罰則を適用する」

続いて画面には、丸いぽわんとした顔にあいまいに目鼻がついて、とらえどころのない印象の男が映った。現総理で、負けたあいまい派の総裁だ。
「えー、このたびの選挙でわが派はなんとなく負けてしまったような感じも見受けられ、たいへん残念であるというかそういう感じです」
ふたたびアナウンサーが
「そういうわけで、実際に明確派が政権を執るまであと40日ですが、この期間が事実上、『あいまいな表現を使える最後のチャンス』となります」

ニュースを聞いた国民の間に衝撃が走った。



「なんとさびしいことだ。あいまいな表現が使えなくなるなんて」
「『あいまい』であることはわが国民が世界に誇れる特性かもしれないではありませんか。それを否定しなくてもいいような気がなんとなくしませんか」
「あいまいな表現が悪いなら文学作品はどうなるのだ。『春過ぎて夏きにけらし』は『春が過ぎて夏が来た』に変えろとでもいうのか」

「みなさん、せめてこの40日の間は思いっきり、あいまいな表現を使おうではありませんか」
「そうです。これまではっきりとものを言ってきた人も、せめてこの期間はあいまいに徹しようではありませんか」
「まったくです。明確にものを言うことはいずれ死ぬほどできるのですから、いまは何でもかんでもあいまいにしましょう」

かくして、国のいたるところ、会社でも家庭でも、人々はこぞってあいまいな表現を使うようになった。

「課長、サンサン商事からお電話がかかっているぽい感じですが」
「サンサン商事さまですか。どうもおそらくお世話になっているようでございますが、今回はどのようなご用件で。あ、はい、その件でしたら納期的とかそのあたりに関しましてはだいたいといいますかなんとなく順調に進んでいるようないないような案配でございまして...いつになるかどうかはそのう、申し上げてもいいですが、ええっと、言わないほうがいいかな、みたいな」

「あー、きみ、すまないがこれをコピーかなにかしてもらおうかな、と思っちゃったりして〜」
「課長、そろそろびみょうに会議を始めようかな、と思わないでもないんですが」
「ああ、確かに始めてくれてもいいような気がそれとなくするなあ」
「では、先月から問題になっているわがムーン社とサンサン商事との合併、といいますかもっとあいまいに言うならムーン社とサンサン商事がいろんな面で、ああなってこうなってどっちがどっちかわからなくなるような、そういう問題かと思うのでありますが、みなさまのご意見をお聞きしましょう...か」

「はい、聞いてください。私は賛成です」そうでない
「君、困るなあ。こういう重要な問題はもっとあいまいにするべきではないかと思うのだが、どうしてそうはっきり言うのだという感がしたりして。みんな意見があれば言ってもいいかもしれないようだ」

「失礼しました。わが社とサンサン商事がいろんな面で、ああなってこうなってどっちがどっちかわからなくなるような、えー、そういう問題につきまして、まあそれも悪くないような、かといって特に問題があるわけでもなく、なんと申しましょうか、限りなく賛成の方向に」
「この問題は当面みんなで知恵をしぼって、よりあいまいっぽくいたしましょうか」
「そうですね、では次の会議はおそらく来週か、えーと再来週あたりの適当な日の適当な時間に」

「ただいまーのようなそうでないような〜」
「あら、あなた。お早いお帰り、だったかも。今日は肉じゃがかカレーライスにしようかと思ったりしてるんですけど〜」
「それはあいまいな表現をしようとしてそう言ってるのか〜」
「単に決めかねているだけですわ。途中でどっちに気が向くか、自分でもわかりません、みたいな。あなた、どっちが食べたいんですか、今日は〜」
「ううむ。肉じゃがかそれともカレーかなあ」
「だからそのどっちかなんですってば〜」
「おまえ、泣いても笑ってもあと30日なんだぞ、あいまいな表現が通用するのは。せめて今日は料理までも肉じゃがかカレーかどっちか全然わからないあいまいなものにしようではないか産婦人科〜」
「わかりましたわ。では肉じゃがかカレーかそれともお好み焼きかどうか絶対わからないものにしようじゃありま戦艦ヤマト〜」

「新幹線にご乗車くださいましてありがとうございます。この列車は途中、京都、名古屋、新横浜、品川に停車すると思ってるでしょうがそれはなんともいえませんよ〜」
「もしもし、消防署ですか。なんていうかー、うちの家の中で火がぼうぼう燃えているっていうかー、火事というか、なんかそんな事態でー、あ、いま私の服に火がついちゃったようでとても熱いんですけどー、来てもらえたらうれしいかも〜」
「私は警察官であったりするが、おまえはさっき自転車で追い越しざまに女性のバッグをひったくったようであることよなあ」

「総理、たいへんです。国民が思いきりあいまいなことばかり言ったりしたりするので国内が混乱している、かな?」
「うむ。私もここまで国民がおっちょこちょい、いやあいまいだとは思っていなかったりして」
「いざ禁止されるとなると惜しくなるのが人情といいますか。急にあいまいなものの人気が高まりまして、コンビニでは『期間限定チョコ・あいまい』とか『期間限定あいまいラーメン』とかが売れてます。『あいまいモコ』という歌手まで急遽デビューしたそうです」
「私的にはどうでもいいかもという気がしておる今日この頃だし、まあいいのではないだろうか」

どこかの国のおよそ20日後の午後7時。

「ニュースをお伝えします。たいへんです。先の与党代表選挙ですが、精密な調査の結果、票の集計が誤っていたことがわかりました。明確派が明確に調査集計をやりなおしたところ、なんと、本当はあいまい派のほうが多かったのです。あいまい派の集計はやはりあいまいだったのです。次期総理大臣は明確派ではなく、あいまい派総裁です」

全国民がいっせいに「えーっ!」と言った。その声は近隣諸国に響き渡り「なにごとだ」「あのあいまいな国の人間たちもやるときはやるものだ」と、事の真相がわからぬままひそかに恐れさせたほどであった。

「では、ここであいまい派の総裁にインタビューです。総裁、というわけでまた政権の座に戻られたわけですが」
「雨降って地固まるとか犬の目にも涙とか申しますが、まったくもって時には少年ジャンプが二人三脚でしょう」
「総裁、意味がわかりませんが」
「それは色上質紙に両面コピーするよりもなおケンタッキーのへそが茶をわかすごとく」

アナウンサーはゆっくりと正面に向き直って言った。
「あいまい派はより高度な次元へと突入した模様です」
ニュースが終わった。

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