映画と夜と音楽と...[449]アウトローたちの悲しい結末/十河 進

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〈顔役暁に死す/花と嵐とギャング/恋と太陽とギャング/暗黒街の顔役・十一人のギャング〉

●あれは一体何というタイトルの映画だったのか

あれは、一体いつのことだったのだろうか。何という映画だったのか。そう気になっている映画がある。父親に連れられていった映画だ。鶴田浩二が出ていた。高倉健も出ていた。それは憶えている。男たちが犯罪計画を練る。決行の夜、鶴田浩二は女が運転する車の助手席に乗り、女の太股をスカートの上から鷲掴みにする。そのシーンが、今でもくっきりと浮かんでくる。

顔役暁に死す [DVD]網膜に焼き付けられたようなワンシーンだ。それだけがずっと記憶に残っている。そんな映画が何本かある。最近になって、そんな何本かが解明できた。若き加山雄三が主演した「顔役暁に死す」(1961年)もそんな一本だった。岡本喜八監督作品だから、衛星放送などで放映される機会もあった。先日も岡本喜八特集の一本として放映されていた。



僕が憶えていたのはアラスカ帰りの青年が、市長だった父親が殺された事件を追う物語だった。その中で、加山雄三が義理の母親に誘惑されそうになったとき、唇を近づけてくる義母の鼻を自分の鼻でいきなりこする。「何?」と問う目をする相手に、加山雄三は「これがエスキモーの挨拶だ」と答える。

まだ10歳にならない頃だったと思うが、よくわからないなりに性的なものに敏感だったのだろう、僕はそのシーンを強く憶えていて、あれは何の映画だったのかと思っていたのだが、それが「顔役暁に死す」だと判明し、さらにそのシーンの相手は義理の母ではなく、水野久美だったと記憶違いを訂正されたのだった。

その映画で加山雄三の若く色っぽい義理の母を演じていたのは、島崎雪子だった。それって、あの神代辰巳監督と結婚した人だったっけ。改めて、そんなことを連想した。考えてみれば半世紀近く昔の映画だ。公開は4月10日である。小学4年生になったばかりの僕は、父に連れられてそんな映画を見ていたのである。

9歳だった。僕は高松市立松島小学校の4年生で紫組だった。白組、青組、赤組、黄組、緑組とあって、紫組は最後だった。要するに6組である。ひとクラスに55人近くの生徒がいた。木造の校舎で、床にところどころ穴が開いていた。冬場は、そこから風が吹き込んだ。拭き掃除をすると、棘が刺さることもあった。遙かな昔の話だ。

●石井輝男監督の「ギャング」シリーズを集中して見た

すでに翳りが見え始めてはいたが、まだ日本映画は全盛の頃だった。東映は、メインのプログラムを公開する映画館チェーンに加えて、第二東映を設立した。その第二東映では、新人監督の深作欣二がデビューした。後に知ったのだが、京都撮影所の作品ではなく、東京の大泉学園にある大泉撮影所での作品が多いようだった。

僕が見た鶴田浩二や高倉健が出ているギャング映画も、そんな中の一本ではなかったのだろうか。そこで昨年、石井輝男監督の「ギャング」シリーズを集中して見た。東映の「ギャング」シリーズは、1961年から始まり、11本が作られた。石井輝男監督が6本、深作欣二監督が2本、小沢茂弘監督、井上梅次監督、降旗康男監督が一本ずつ作っている。

「網走番外地」シリーズも石井輝男監督のヒット作である。新東宝で監督になった石井輝男監督は、60年代に東映で大活躍したのだなあ、と今更ながら感心する。成瀬巳喜男監督の助監督として育った石井監督は、どんな思いでギャングやヤクザを描いていたのだろう。

それにしても、東宝で岡本喜八監督が中心になって「暗黒街」シリーズが制作され、日活で無国籍アクションが大量に製造されていたその頃、東映も「ギャング」シリーズを作っていたのだと思うと、何だか感慨深いものがある。当時は、アウトローが映画の主役だったのかもしれない。

花と嵐とギャング [DVD]しかし、東映の石井輝男監督の「ギャング」シリーズは、タイトルが少し変わっていた。「花と嵐とギャング」(1961年)とか「恋と太陽とギャング」(1962年)といったタイトルで、人はどんな物語を想像するだろうか。まるで青春映画のタイトルではないか。しかし、東映の映画では、アウトローたちはいつも悲しい結末を迎えた。

キャストは、鶴田浩二、高倉健、江原真二郎、待田京介、杉浦直樹、丹波哲郎といったところだ。なぜか東宝の「暗黒街」シリーズにも鶴田浩二は出演していたが、東宝から東映に移籍して東宝時代の役柄をそのまま継承したのだろうか。その辺の事情はよくわからない。

「花と嵐とギャング」も「恋と太陽とギャング」も、当時のガンブームを反映していたのだろう。予告編では「ガンアクション」というフレーズが、やたらに使われている。「ボンドショップ・MGC」といった、モデルガンショップの宣伝が頻繁に少年雑誌に載っていた。子どもたちはモデルガンを手にして、仲間たちと遊んでいた。もちろん僕も例外ではなかった。

●ついに見付けた鶴田浩二主演の洒落た犯罪映画

石井輝男監督の「ギャング」シリーズを一本一本見ていった僕は、ついにあの映画を見付けた。鶴田浩二主演の犯罪映画である。情婦が運転手をつとめている。いよいよ決行となったとき、鶴田浩二は助手席から手を伸ばして運転する女の太股をぐっと鷲掴みにする。そのシーンだけが、僕の頭の中に50年近く刻み込まれてきたのだ。

暗黒街の顔役 十一人のギャング [DVD]その映画は「暗黒街の顔役 十一人のギャング」だった。問題のシーンは三分の二を過ぎた頃に現れた。鶴田浩二は、情婦(瞳麗子)の太股をぐっと掴んだ。その瞬間、「この映画だったのだ」と僕は興奮したけれど、その掴み方は決して鷲掴みではなく、掌を太股に置いてやさしく力を入れたという感じだった。僕が50年抱いてきたイメージは、一体何だったのだろう。

その映画は1963年の1月15日に公開になっている。ということは、僕は小学5年生の三学期に見たことになる。父は東映の映画が好きで、よくひとりでも見にいっていた。日曜日になると、父はフイッといなくなる。夕方、帰ってきた父のズボンのポケットからは、次週公開作品を紹介する映画館発行の薄いパンフレットがよく覗いていた。

しかし、そのときは僕も連れていってもらえたのだ。併映は「一心太助 男一匹道中記」(1963年)だった。沢島忠監督で、もちろん主演は中村錦之助だ。だとすれば、母と兄も含めた家族4人で見にいったに違いない。その頃、中村錦之助の「一心太助」シリーズは明朗時代劇として人気があった。なぜか、将軍家光と太助(魚屋です)は錦之助の二役だった。

今になってみれば、「一心太助 男一匹道中記」については、ほとんど記憶がない。太助と天下のご意見番・大久保彦左衛門のやりとりのシーンは何となく憶えてはいるが、深く刻み込まれたという印象はない。僕は大久保彦左衛門役としては進藤英太郎をよく憶えているけれど、彼が彦左衛門を演じたのは「家光と彦左と一心太助」(1961年)だけである。

なぜ、進藤英太郎の大久保彦左衛門役を憶えているかというと、いつも悪役ばかりやっていた(錦之助に斬られてばかりいた)進藤英太郎が、善玉の役をやっていたからである。「一心太助」シリーズは1958年から1963年までに5本制作されたが、大久保彦左衛門役は月形龍之介(水戸黄門役で有名です)に決まっていたのだ。

父と母は子どもたちに「一心太助」を見せようと映画館にいき、そこでおかしな犯罪映画「暗黒街の顔役 十一人のギャング」も見せることになったのだ。当時のそうした映画には、東映作品でも東宝作品でも日活作品でも、なぜかナイトクラブのシーンがあり、そこでは必ずヌードダンサーが踊っていた。ストーリーに関係しないサービスカットである。それはセミヌード程度なのだが、当時の僕にはひどく扇情的に思えた。

●女好きの前科者を演じている後の大スター高倉健

「暗黒街の顔役 十一人のギャング」にも、お約束のナイトクラブのシーンがあり、もちろんヌードダンスがローアングルで捉えられていた。しかし、そのヌードダンサー役は、ストーリーにからむ重要な役だった。瞳麗子という女優が演じたダンサーは、主人公である鶴田浩二の情婦であり、鶴田浩二と杉浦直樹の強奪計画を知り、積極的な協力を申し出る。

──運転手がいるな。
──私がやるわ。運転はお手のものよ。

ザ・ドライバー [DVD]こんな具合で、瞳麗子は浜松の大きな工場の給料強奪計画に参加する。「話したのか」と最初は鶴田浩二をなじった杉浦直樹も「あんたがやってくれるのなら安心だ」と納得する。そう、強奪計画の要は、いつもドライバーだ。強盗の運転だけを請け負う男を主人公にした「ザ・ドライバー」(1978年)という、ウォルター・ヒル監督の映画だってあったじゃないか。

「暗黒街の顔役 十一人のギャング」を50年ぶりに見て僕が驚いたのは、日本に正統的で洒落た犯罪映画があったことだ。犯罪の計画を立て、スポンサーを募り、必要な人材を集め、決行する。もちろん、スポンサーや集められた人材の方にもいろいろな事情があり、奪った金を横取りしようとする企みなども描かれる。

シビれるねぇ(ほとんど死語ですが)と思ったのは、鶴田浩二が拳銃を手に入れるために、ある酒場を訪れるシーンだ。マスターが武器商人なのである。屋根裏部屋のようなところで、ビジネスの話が始まる。「素人が相手だ。ルガーがほしい。脅すには最適の銃だ」などと鶴田浩二が言い、マスター役のアイ・ジョージが「あんた、気に入った。いいものが手に入ったんだ。安くしとくぜ」みたいなことを言う。

今から見れば、これもお約束のシーンなのだが、パターンがきちんと守られている犯罪映画は見ていて安心できる。計画を実行する途中で、いろいろな障害が起こり、仲間割れがあり、計画を知った別のギャングたちの襲撃がある。気持ちよいくらいにパターン通りに進んでいく。当時のモラルだから、もちろん犯罪は引き合わない。やはり彼らも、悲しい結末を迎える。

今や寡黙な大スターになった高倉健だが、この映画では女好きの前科者を演じている。口が軽く、軽薄なトラック運転手役だ。脇役だから出演場面はそんなにないのだけれど、後年の自身の主演作に比べたら5倍くらいのセリフを喋る。彼は、ナイトクラブのホステスをやっている浮気女(三原葉子)に入れあげていて、金がいる。

そのことを調べた杉浦直樹が札束を見せて、「仕事しねぇか。ひと晩で一年分の給料が稼げるぜ」と誘うと、情けないくらい簡単に尻尾を振る。しかし、女に口を滑らせ、そのせいで別のギャングたちが計画をかぎつけることになるし、決行当夜、酔っ払って計画を台無しにしそうになる。あまりいいところはない。後に、日本を代表する俳優になるとは誰も予想しなかっただろう。

ところで、僕はもう少し年をとった三原葉子しか知らなかったが、この映画の彼女はふっくらとした肉感的な美人だ。高倉健を惑わし、彼が漏らした言葉から犯罪計画を知り、別のギャングに情報を売る。杉浦直樹を尾けてつかまり痛めつけられそうになると、「話は寝ながらでもできるわ」と誘惑する。こういうヴァンプ役をやらせると、三原葉子は絶品だった。

昭和30年代の映画だなあと思ったのは、主人公が実家に顔を出すシーンだ。貧しい長屋に老母がいる。彼は母に金を渡し「そのうち、楽をさせてやるよ」と孝行息子らしいことを言う。母親は「もう少ししたら妹が帰るから、会っておいで」と言うが、「またくる」と言って家を出る。

しかし、妹が「おにいちゃーん」と追いかけてくる。妹役は本間千代子だ。ふたりの互いを思いやる気持ちが伝わる。何億円もの金を奪おうとしているギャングだが、家族想いのやさしい男であることを観客に印象づける。ふたりの背後には、千住のオバケ煙突がそびえている。4本の大きな煙突が見る位置によって、2本に見えたり3本に見えたりするのでそう呼ばれたのだ。

映画は、その時代の空気を保存している。フィルムに定着し、封じ込めている。「暗黒街の顔役 十一人のギャング」は、僕が小学5年生のときの映画だが、僕にはその時代の空気が理解できる。子供なりに記憶がある。懐かしい雰囲気だ。街の様子、人々の服装や顔つき、当時の人々の心根や思いやり...、それは映像でなければ伝わらない。

しかし、その映画の翌年には、東京でオリンピックが開催されることになっていた。すでに、小林信彦さんが言うところの「街殺し」が進行中だった。首都高速が開通し、東海道新幹線が開業をめざしていた。世界中からやってくる人々に恥ずかしくないようにと、古くから続くものが壊され隠された。現在の東京の基礎は、そうやって作られたのだ。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com

昨年のことだけれど、東映の女優だった千原しのぶさんが亡くなった。ワイズ出版から「千原しのぶ」という写真集が出て、僕は買おうかと思ったが恥ずかしくてまだ買っていない。キツネ目の姉御タイプで、鳥追い女や小唄の師匠、女スリなどやらせると絶品でした。

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by G-Tools , 2010/01/29