わが逃走[59]犬と悪夢とスパイスの巻/齋藤 浩

投稿:  著者:  読了時間:6分(本文:約2,800文字)


みなさんコンニチハ。2週間ぶりの『わが逃走』です。

先日、ちょっとしたナニなものを食ったところ腹をこわし、熱を出してしまいました。皆さんも消費期限無視や拾い食いにはご注意を。そんな訳で、金曜の夜から月曜の朝まで寝続けたオレな訳だが、こうして何もせずにぼーっとしていると、いろんな(どーでもいい)ことを考える。

普段たいして気にしていなかった雑音が妙に意味ありげに迫ってきて、いつもとはベクトルの異なる(どーでもいい)ことを考えてしまうのだ。外でアサヒが吠えている。アサヒというのはオレが飼っている犬だ。



1●脳内で犬を飼う

オレの家の向かいに某新聞販売所がある。ちょうどウチのベランダから見下ろせる位置に犬小屋があり、ハスキーとも柴犬ともつかない奴がいつもこっちを見ているのだ。

これといって美しい訳でもなく、利口な訳でもないのだが、なんとも愛嬌があり気になる。オレは勝手にそいつをアサヒと名付け、高いところからなんとなく愛でるようになっていったのだった。

そうこうしていくうちに、アサヒは本当にウチの犬であるような気になってくるから不思議だ。オレは仕事が忙しいので飼い犬を向かいの某新聞販売所に預け、エサ代として毎月3,925円を払っている。

すると、「犬をお預かりしているだけなのにこんな大金はいただけません。せめて当店で扱っている商品をお収めください」と某新聞を毎日届けてくれるようになった。

というストーリーを妄想しているうちに、それがまるで事実であるような気になってきちゃったからスゴイ。

そういえば最近アサヒが表に出てこないなあ、なんて日が続くと、つい「寒いからってウチの犬を甘やかさないでください。ちゃんとベランダから見える場所に出していただかないと困ります」と店に怒鳴り込みたくなる。

このままオレが後期高齢者になったら本当にやりかねないなあ。最近でも事実と虚構がを混同してしまい、妄想がそのままリアルな記憶となっていて愕然としたことがあったのだ。

なんか押井守の世界を地で行ってる。このまま夢と現実が入れ替わってしまっては困る。とても困る。なぜならオレは、最近、ほとんど悪夢しか見ないのである。

2●悪夢

普段からあまりめでたい夢は見ない方なのだが、病気で寝ていたりすると悪夢を見る確率が上がる。

今回もその例にもれず、男に襲われる夢を見てしまった。筋骨隆々の屈強な大男がオレをおさえつけ、オレのチンチンに頬擦りするのだ。髭のちくちくする感触が異常な程リアルで、まだ感覚が残っていて実に不快。

「やめろー!」という自分の寝言で目がさめた。凄い寝汗だ。こんな夢を見るなんて、オレはひょっとしたらホモなんじゃないかと不安になる。

事実、オレは男にモテるのだ。実家から埼京線で通勤していた頃は何度も痴漢にあっているし、何年か前にロンドンに行ったときは、ジローラモさん似の二人組の男性にナンパされて断るのに苦労したし、ペーペーだった頃はロケバスでヘアメイクのお兄さんに、手を握られてじっと見つめられてしまったこともある。

なんかこう書いていると、自慢話をしているような気になってきた。もしかしたら、もしかしたら、そうなのかしら?(byピンクレディー)そうであったら嫌だ。絶対に嫌だ。

そもそもオレは幼稚園の頃から女子高生が好きで、学生の頃も女子高生が好きで、社会人になってからも女子高生が好きで、借りるビデオも大半が女子高生モノだが、最近ちょっと30代女性もいいな、なんて思っている。なのに何故こんな夢を見てしまうのか。やはりあの呪いのせいなのだろうか。

今を去ること30年。母の妹であるところのK叔母が、私のいる目の前で、母に「この子は絶対芸術家になるわよ。そして美を追求していくと、必ず肉体の美しさに気づくの。そこで、女より男の体の方がはるかに美しいことに気づくのよ。だからこの子は絶対ホモになる」と語ったのだ。

多分本人にはわからないとでも思っていたのだろう。しかしそれ以来、忘れた頃にその言葉を思い出すのだ。その度に違う! 違う! 絶対違う!!! と思い続けて30年か。

自分の無責任な発言で、今でもオレが悪夢にうなされているなんて、K叔母はこれっぽっちも感じていないだろうし、そんな話をしたことすら忘れていると思う。

そんな訳で、全国の叔父さん、叔母さん。甥っ子の目の前で大人の話をする際は、くれぐれも発言内容に気をつけるようにしてください。「どうせ子供だから」という油断は、その子の人生を大きく狂わせる恐れがあります。気をつけましょう。

3●「いつもの」

そんなこんなで無事熱も下がり、腹の調子も元通りになった。腹が治ればカレーを食べたくなるのが世の必定。

という訳で、近所の旨いカレー屋『M』のランチを食べた。ここのカレーは基本的にあまり辛くないので、注文の際「ベリーホットで」とひと言添えるのを常としていたが、うっかり今日は忘れてしまい、通常の辛さのものを食すこととなった。

今日食べたのはインド豆のカレーで、チキンやマトンと比較するとさらにマイルドな位置づけになる。とはいえ、絶妙なスパイスの豊かな階調表現はより明快になり、普段食べてるものとは異なる方向(X軸に対してY軸みたいな感じ?)の深みを感じたのであった。

頭の毛穴から、じんわり汗が浮かんでくる。正しいスパイスの効果である。よく「辛いもの好きなんだー」とか言われて困ることがあるのだが、辛いことと味わいの豊かさはベクトルが違うのだ。

てなことを思いながら、食後のマサラティなんぞ飲んでいると、隣の客と店のおねえさんとの会話が耳に入った。

おねえさん「ご注文を伺います」
男「いつもの」
おねえさん「は?」
男「あ、野菜カレーください」

うーん、微笑ましい。

友人のO君は、毎日同じタバコ屋へ同じ時間に通い、何日目に「いつもの」と言うべきか真剣に作戦を練っていたなあ。20年近く前の話だけど。

オレ独自の統計によれば、寂しがりやさんの男に、『「いつもの」願望』が強いようである。

そういえば10年くらい前、電車の中で携帯電話をかけていたおっさんが「あー、私だが」と言ったところ「どちらさまですか」と言われてしまったらしく、「私だーっ!!」と怒鳴っていたことを思い出した。朝のラッシュ時にいい迷惑である。まあ、これも一種の『「いつもの」願望』と言えよう。

目的は、「いつもの」と言うことなのか、いつもの商品を購入することなのか。そのへんを客観的に分析してみると、自分が寂しがりやさんか否かが見えてくる。かどうかはわからんが、まあ話のネタにはなるでしょう。

てなところで今回は平凡な日常を綴っただけになってしまったけど、病み上がりなのでこのへんで。それではみなさん、また次回。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。