ところのほんとのところ[32]写真馬鹿というか表現馬鹿/所幸則 Tokoro Yukinori

投稿:  著者:  読了時間:8分(本文:約3,700文字)


北京、上海と回って来た[ところ]が、次に行くのはハワイのホノルルなんですが、日本に帰って少ししたらガクッと来てしまった。意外と[ところ]は弱い部分が多いようです。

特にストレスに弱い。それと一人旅に弱い。外国に行ってコミュニケーションが取れないことが、こんなにきついとは思わなかった。カメラを持って歩き始めると、なぜか体が動くので写真は撮れるのだが、体はおかしくなっていく。荷物を背負って何か月も外国を旅をする人もいるのに。うーむ。うらやましい。[ところ]とどこが違うんでしょうか。

さて、北京は前回のイメージと随分変わってきた。やっぱり度々来ないといかんなあと思った。と言ってもまだ二度目ですが。でかいビルは多いけれど、都市として成熟していないという感じが確かにある。とにかくビルはハンパなく大きい。東京よりNYよりどこよりもでかい。

といってもピンと来ないだろうから、一応例えてみることにします。六本木ヒルズやミッドタウンクラスのビルがその数10倍ある。しかも、もっと大きいものも沢山ある。郊外にいってもそれが結構あるんです



もちろん、裏通りには昔ながらの場所も残ってはいる。この前はあまり時間がなく、巨大ビルの足元には行ってなかったので、今回は何時間も歩いてみたのだ。素敵なコンクリートジャングルには、日本でも有名な牛丼屋がある。もちろんコンビニエンスストアもあれば、携帯電話屋さんもある。中国ならではの中華のファーストフードのような店もたくさんある。世界の食べもの屋さんが軒を連ねている。もともと中国は食には貪欲な国なのだから、考えてみると当然の流れか。

もちろん、ブティックやアクセサリーショップなど様々な店もあるのだが、どの店も異常にでかいビル群の足元にあるので、比較すると極端に小さく、妙な感覚だ。しかも、歩いてる人はなんだか少ない。このビル群に人は埋まってるのだろうか? そして、もっともっとビルを増やそうとどんどん工事が進んでいる。ビル群と人の少なさのアンバランスは、絵としては確かにおもしろい。

撮っても撮っても、どんどん風景は変わっていくんだろうな。ここに住んで、ずっと撮り続けないと面白くないのかもしれないと、ちょっと[ところ]も悩みました。どのビルを撮っても、北京人にはさほど思い入れがない。あと10年後に、落ち着いてから撮った方がいいのかもしれない。その頃に[ところ]が生きてるかどうか分らないし、写真を撮ってるかどうかも分らないんだけど。


最近考えこむことが多い。消えていく職業のこともそう。この連載を読むような人にしか分らないかもしれないけれど、写植屋さんという職業がかつてあった。デザインの世界がデジタル化されていく過程で消えていった。

そして、現像所、いわゆるプロラボという場所。これもどんどん縮小している。いつか東京でも一か所とかになるのかもしれない。最盛期は多分30か所ぐらいはあった。これに関しては、[ところ]は写真家なのでものすごくリアルに感じている。

17年前、ある大手現像所の支店長が[ところ]と一対一で会いたいと電話してきた。当時、デジタル系の雑誌で多く取り上げられていた[ところ]と話したいという。その現像所にはたまには顔も出すから、その時でもいいですかと聞いたけど、なんだか急いでいるようだったので来てもらった。なぜ彼が一対一にこだわっていたのかは、その時わかった。

彼が聞きたかったのは、現像所に未来はあるのか? ということだった。デジタルカメラがようやく出始めて、写真のデジタル化もぼつぼつ語られていた頃だ。当時30歳を少し出たくらいの彼としては、このまま現像所にいても大丈夫なのか、それとも別の分野に転職したほうがいいのかと考えていたらしい。

[ところ]はその会社がどういう方向に行くかで変わると思うので、あくまで写真家の立場でと断って話した。「企業側、発注側とすれば写真のデジタル化は経費節減にもつながる。量が多いチラシの写真や、中古車雑誌などに代表される程度の写真なら、今のデジタルカメラでも間に合うから、この分野ではフィルムは不要になる。デジタルカメラはまだ高価なわりに性能は低いが、あと3〜5年もたてば性能は上がり、プロが使うようになる。ポジフィルムの現像は激減するのではないか。10年後にはかなり大変な事態になっているかもしれない」と答えた。彼は一ヶ月後には会社を変わっていました。

そして、フォトグラファーという職業さえ、いつまであるのだろうかと思い始めている。もちろん、生き残る人もいるけれど。まず、フリーになりたての人がやっていたような簡単な取材、質をそこまで重視しない撮影は、編集者やデザイナーが代わる時代になってきている。それと、最近の風潮でもある、軽くなってしまった「写真家」という言葉。

現像所の支店長が訪ねて来たときはカメラマン、フォトグラファーとは簡単に名乗れても、写真家と名乗るのは重いことだった。[ところ]も写真家と自分で書くようになったのもほんの2年ほど前で、それは回りの人が決めるものでもあったと思う。つまり、それほどまでに写真という技術が軽く見られつつあるということでもある。

[ところ]はずっと一つのことを真面目に取り組めば、必ずやっていけると考えていた。パン職人もそう、寿司職人もそう、父が職人気質だったのを見てきた影響もあるだろうけれど。最近では、どの職種でも最高峰なら生き延びれるかもしれないけど、堅実にやってるだけではダメな世の中になってきているような流れを感じる。

10年前なら3DCGの技術者も、自分のタッチをクリエイションしなくても、目の前にあるものを正確に再現すること、例えば人間を作るモデリング能力があれば地道にやれた。いや、結構引っ張りだこだったりした。今ではそうはいかないし、この10年後はもっとそうなっているだろう。

そして、この不況、多少は回復するようになるかもしれないが、凄くよくなることはもうないとみんな分っている。効率的でホドホドを望むようになっていくような気がする。特にアートと呼ばれるような分野は、しょせん社会にお金があって求められるものだからなおさらだ。

去年の夏テレビでやっていたドラマで、炭鉱労働者が仕事を失い大変な目にあっているのを見た。僕にとっては世代が少しずれているので、詳しくは知らなかったが、ただもくもくと働いてる真面目な労働者が食も故郷もなくしていくという現実を見て、どういう世の中なのかと考えるようになった。炭鉱を追いやった石油産業にしても、現場の人間というのはいるはずだ。

石油の次のエネルギーも、みんなが考え始めてる。いきなり切り替わることはなく、スピードは案外緩やかかもしれないけれど、石油は必ずなくなっていくものなんだろう。国やお金持ちの事情でコントロールされて行くんだろうね。

ちょっと重たい話になってしまったけれど、みんなが時代に敏感でうまく立ち回れる人間ばかりじゃないと思う[ところ]なのでした。だけど、うまく立ち回りたいと思ってる人間の比率だけ上がっていうような気がして、それもどうしたものだろう、人間の本能なんだろうかとも思う。

ひとつのことに打ち込む人間が[ところ]は好きだ。その点スポーツはわかりやすくていいな。体力に自信がないだけに憧れる気持ちは大きい。[ところ]も写真馬鹿というか表現馬鹿なので。いまさら変える気もないけれど。

3月30日から始まる[ところ]史上最大の個展を、まずちゃんと成功させなくては。

◇所幸則写真展「PARADOX」3月30日〜5月30日 GALLERY 21(お台場)
< http://www.gallery21-tokyo.com/jp/exhibitions/2010/yukinoritokoro/ >

そして、「ニコニコミュニティ」で写真家としての話を毎週続けています。ぜひ見てください。

◇「写真家の異常な愛情」所幸則 1sec(ONE SECOND)放送:土曜日21時
< http://com.nicovideo.jp/community/co60744 >

所幸則(写真家)&近江賢介(音楽プロデューサー)がレギュラー、毎回ゲストを呼んで、写真とカメラについてのトークを中心にお送りしています。

ゲストはシグマ繋がりDP繋がりの写真家・保坂昇寿さん、写真家同士で写真とカメラについて語りあいます。保坂さんは音楽も詳しいので、近江くんとも話がしたいようです。お楽しみに! プレミアム会員はひとつ前の回の放送を見逃しても、次の放送開始までは見られます。2月13日(土)21:00〜22:00

【ところ・ゆきのり】写真家

CHIAROSCUARO所幸則 < http://tokoroyukinori.seesaa.net/ >
所幸則公式サイト  < http://tokoroyukinori.com/ >

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by G-Tools , 2010/02/12