電網悠語:日々の想い[148]今までの技術、これからの技術/三井英樹

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AppleとAdobeのFlashを巡る抗争を斜め見しながら考える。浮かぶ言葉は、未来への視点と、お節介あるいは介入。

伏線は、そもそもiPhoneでFlashが動かないこと。それが、その大型版とも言えるiPadでも、Flashが現状動きそうにないことで議論が加速した。世界的にヒットしているデバイスと、ヒットするだろうデバイスでの未サポートという事実、そもそも根強い反Flash派の流れと、HTML5への楽観的な期待とが織り交じっているように見える。

整理すると:
1)iPhoneにはFlash Playerが搭載されていない
2)iPadにFlash Playerが搭載されない模様である
3)Flash Playerが却下された理由は、メモリ消費量も含めたデバイスへの負荷と、バギーであることへの嫌悪感があるようだ
4)Flash Playerは、ヴァージョン毎に普及率は異なるが、基本的には殆どのブラウザに搭載されていると考えてよく、それを前提にしたサイトも多い
5)Adobeは、Flash Player 10.1にて、メモリ消費量を押さえた、軽量改良版を投入予定
6) HTML5のcanvas機能は、表現能力としてFlashに近く、W3C標準の流れであり、非常に近い将来にはプラグインなしで多くのブラウザで利用が可能

結論から言ってしまうと、私はAppleに正義はないように思っている。私が望む未来に、Apple製のデバイスが含めなくなってきていると言うべきか。



●未来への視点/過去への視線

インターネットが普及しだした頃、いや今でさえ、見ているものは最新ニュースだけのように感じてしまうけれど、実は使っているのは、過去からの蓄積情報の方が多いと思っている。最新ニュースは日々、慣習的にも見て回る。それによって一喜一憂しているのも事実。でも、検索窓に何か文字列を打ち込み、探し回るという極めて能動的な情報収集は、最新情報というよりは過去のものの方が多い。すなわち過去の情報が見られないほうが、能動的な検索活動にとっては面倒が多い。

検索するノウハウなり情報に、Flashが使われているか、と問われればほぼNOだと答える。でも、その情報の周りに配置されているものに、Flashが含まれていることは極めて普通の状況だろう。Flashが見られないということは、代替のイメージなりを置くという処理をしていれば、まぁ見られなくはないだろうが、多少の窮屈さや不自由さは感じるだろう。

ただ懸念しているのは、現実的にどこまでFlashがないと困るかではない。デファクトスタンダードを無視する、という決定をする姿勢である。エンジニアであれば、過去からの決別がそれほど容易でないことは、普通は知っている。ましてや、Appleは、OS9からOS10へのユーザ移行を奇跡的に進めた企業である。過去(の情報やアプリケーション)を切り捨てられれば、更に未来に進むことがどれだけ楽なのかを何度も考えた経験もあるだろう。それが、Webという情報蓄積の仕組みの中の、過去に対して責任を感じていないように見える。

HTML5がFlashの代替になる。それが事実だとしても、今あるサイトにおいて、わざわざリライト(書き直し/作り直し)をするかと言われれば、これまたNOだろう。予算の関係もある。現時点の景気を考えれば、投資に値するプロジェクトだとは考えにくい。しばらくは、Flashコンテンツは多々存在するのである。そんな状況を考えると、Flashの非サポートという指針を軽々しく示すのは、ユーザ軽視としか映らない。それは、Flashが使われることが皆無、あるいは稀になってから口にすべきことではないだろうか。

●お節介あるいは介入

既に開発姿勢というか、ユーザへの対峙姿勢の領域に入っているが、過去(データ)との決別が、バギーさなど技術的に見てiPadを安定稼動するためには必要不可欠だという経営判断だとしても、それこそに嫌悪感を感じてしまう。

それは、ある悪夢を思い出すからだ。Microsoft(MS)を嫌う理由につながる事柄だ。MSが少し前まで極端に嫌われてきたのは、お節介を強制するためだったと思っている。データの使い方、見方、さまざまなことに彼らの流儀を押し付けてくる姿勢。HTMLという標準がありながら、できの悪いIEの解釈を正しいと押し付けてきたことがその最たるものだろう。

コンテンツの見方は、ある規定に則りさえすれば、ツールベンダーがとやかく言うべきものではない。ブラウザごときが、ユーザ様の見方に物申すこと自体に怒りを感じる。ブラウザは正しいHTMLを正しく解釈すればよいのであって、それ以上のことは余計なお節介だろう。

しかし、それほど嫌われたMSも、最近は叩かれない。私の中でも、諦めの境地の部分もあるけれど、今までになく平和関係が保たれている。何故か。標準を意識してきたように見えるからだ。世界中からのIE6駄目っ子宣言にも言い訳をしない。積極的に過ちを認めているようには感じていないけれど、それでも彼らもこの駄目な子に手を焼いている。彼ら自身のマイグレーションの妨げになっているからだ。

皆が絡み合って進んでいく世界観を、だいぶ周回遅れの感はあれど、学んでいる。叩かれるたびに、これでもいけないのかと溜息をついているようにさえ感じる。自分達とユーザとの差異を意識し、学んでいるように見える。そして、それは方針転換というトップダウンではなく、MSに入ってくる社員達が、非MSワールドからも多くなってきているためではないかと予想している。

仮に報道されていることがらだけが真であるなら、Appleが今やっていることは、昔の嫌われ者のMSっぽい。昔から排他的で我が道を行くという姿勢はあったけれど、普及率98%のデータ形式を全くサポートしないという姿勢が本当だとしたら、それは随分な話だろう。

さらに、iPadの利用シーンを考えると、そのお節介さと違和感が尚さら鼻につく。ソファーに座ってネットも利用する、そんな時間を演出し効率化するための道具なのだと予想している。大型化するTVを利用したコンピューティングよりも遥かに現実的だし、皆で凝視するというよりも極めて個人的に文庫本を読むかのようにネットするという未来に、きれいにはまる。DSなどのゲーム機でもなく、Kindleのようなほぼ読書に特化したものでもない道具。そこへのニーズは高い。いや、他人事ではなく私が欲しい。

自分自身のパーソナルな時間を共にする道具。そこにベンダーの趣味やお節介が入り込むのは、辛い。かなり辛い。私が何を見たいかは、私が決めたい。見られるようにだけしてくれ。技術的に無理ならしかたがないが、極力束縛は勘弁して欲しい。そのためにOSが落ちても、私は我慢する。30秒でリブートするなら、昔に比べれば天国だ。それくらい、ユーザには耐久性はあるんだよ。だから、Macのシェアがある一定線から下がらなかったんだよね、皆我慢しながら支えていた。

ただ、常に用意周到にデモをするApple(というかJobsというか)が、わざわざFlash未サポートと分かることを行ったことに、何かしらのあざとさを感じるのも事実だ。普通に考えて、もっとビジネス的な視点での仕掛けを考えていると考えるべきなのだろう。

iPadの発売まで1か月ちょっと。様々な未来を夢想するチャンスでもある。もっと色々と感じ考えて行きたい。

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