映画と夜と音楽と...[452]......は売っても魂は売らない/十河 進

投稿:  著者:  読了時間:12分(本文:約5,800文字)


〈あるいは裏切りという名の犬/裏切りの闇で眠れ/やがて復讐という名の雨/いずれ絶望という名の闇〉

●ラストシーンの男の背中から寂寥と哀愁が漂っていた

もう初老と言ってもいい歳だ。大きな躯に盛り上がった肩。そのせいか少し猫背に見える。若い頃から金髪を長く伸ばし、独特の風貌をしていた。特徴的なのは、いかつい顔の真ん中にある鼻だ。大きな鼻は団子鼻のように盛り上がり、その先がカーク・ダグラスの顎のようにふたつに割れている。フランス一の名優と呼ばれたこともある。

後ろ姿は独特だ。横幅のある大きな背中が上半身を占め、そう長くはない脚が、その下に伸びている。まるで、昔の漫画に出てくるロボットのようなシルエットである。その背中を揺するようにして歩いていく男のシルエットに画面はズームし、片脚を踏み出すストップモーションになってその映画は終わった。男の背中からは寂寥と哀愁が漂っていた。

やがて復讐という名の雨 [DVD]なぜ、こんなによい映画が劇場未公開になったのだろう。しかし、DVDで出ただけマシなのかもしれない。一時期、フランス映画の日本公開作品は絶滅状態になったことがある。今はDVDマーケット狙いでも、発売してくれるのは有難い。そう言えば、主演俳優と監督とタイトルに惹かれて、昨年「やがて復讐という名の雨」(2007年)もDVDで買った。これも劇場未公開だった。

あるいは裏切りという名の犬 DTSスペシャル・エディション [DVD]以前に「あるいは復讐という名の犬」(2004年)について書いた(「映画がなければ...」第三巻278頁)ことがある。ダニエル・オートゥイユとジェラール・ドパルデューが競演したフィルム・ノアールである。主人公のダニエル・オートゥイユは刑事だったが、フィルム・ノアールでは刑事と暗黒街の住人が密接な関係だったりする。単純な正義漢ではない。

いずれ絶望という名の闇 [DVD]「あるいは復讐という名の犬」ではジェラール・ドパルデューは、警察長官をめざす権力欲の権化のような卑劣な男を演じた。その大男ドパルデューが主人公の刑事マックを演じたのが「いずれ絶望という名の闇」(2009年)である。この映画は前述のように、ドパルデューのロボットのような後ろ姿のショットで終わる。ダーティな初老の刑事の「愛と友情と裏切り」の物語だ。



刑事には女刑事の相棒がいる。ふたりのパトカーに交通事故の報が入り、現場にいくと若い女の首がハイウェイに転がっているという。鑑識係がその首を拾い上げてゴミ袋のようなものに包み込んでいる。それを受け取り、中を見たドパルデューは顔をしかめる。ダーティな仕事だ。彼は首の入ったビニール袋を相棒の女刑事に「プレゼントだ」と渡す。

ダーティハリー アルティメット・コレクターズ・エディション [Blu-ray]また、彼は高い塔から飛び降りようとしている娼婦に、飛び降りた人間の死体写真を見せて説得する。汚れ仕事は彼の担当なのかもしれない。僕は「ダーティハリー」(1971年)の似たようなエピソードを思い出した。ただ、ドパルデューが演じると、イーストウッドとは違い侘びしさと哀愁が漂う。

裏切りの闇で眠れ [DVD]彼には麻薬捜査官の友人がいる。演じたのは、オリヴィエ・マルシャル。「あるいは裏切りという名の犬」の監督である。彼は警察に勤務しながら演劇学校に通い、アラン・ドロンの映画に出演し、40半ばで監督デビューしたという。変わった経歴である。「あるいは裏切りという名の犬」にも出演していたらしいが、僕は俳優としてのオリヴィエ・マルシャルを「裏切りの闇で眠れ」(2006年)で初めて認識した。

●トーンやムードなどテイストを形作るものが似ている

「裏切りの闇で眠れ」は出てくる人間たちが冷酷な殺人者ばかりで、リアルな拷問シーンや血まみれのシーン、あるいは露骨なセックスシーンが続き、目を背けたくなるような映画だったが、見終わって何かが残った。もう一度見る気にはならなかったが、ブノワ・マジメルが演じたフランクとオリヴィエ・マルシャルが演じた相棒のジャン=ギィのコンビがよくて、記憶に残る。

相棒がいるから一匹狼とは言いにくいのだが、フランクはどこの組織にも属さない暗黒街の男だ。クールで冷酷で、狙った男がたまたま女連れだったときには、ためらわずに女も一緒に射殺する。ジャン=ギィ役のオリヴィエ・マルシャルは中年男の渋さを見せて、「なかなか味のある俳優だなあ」と僕は思った。知らないうちに出てきた印象のオリヴィエ・マルシャルだったが、長い実績のある俳優であり監督だったのだ。

ゴッドファーザー コッポラ・リストレーション ブルーレイBOX [Blu-ray]「裏切りの闇で眠れ」は、「ゴッドファーザー」(1972年)を過激にした雰囲気と「仁義なき戦い」(1973年)の躍動感のようなものがあり、単なる暗黒街の覇権争い映画ではない。誰が味方で、誰が敵かわからなくなる怖さは身に沁みる。「マクベス」以来の裏切りの物語だ。フランクがラストシーンで見せる表情が、僕の中に刻み込まれた。

「やがて復讐という名の雨」はオリヴィエ・マルシャル監督作品だが、出演はしていない。主演は僕の大好きなダニエル・オートゥイユ。彼もドパルデューのように鼻に特徴がある。ワシ鼻とぎょろりとした目。「やがて復讐という名の雨」では泥酔してバスに乗り、拳銃を取り出して警官隊に逮捕され、留置場で失禁するというダーティなイメージで登場する。だが、現職刑事である彼の不祥事を警察は隠蔽する。

見分けのつかないタイトルばかりが並んだが、これは「あるいは裏切りという名の犬」という邦題をつけた配給会社の担当者が自画自賛し、「よし、ずっとこれでいこう」と決めたからだと思う。この4本の映画に一貫したものはないが、テイストのようなものは似ている。もっとも、原題はまったく違うのだ。共通しているのは、オリヴィエ・マルシャルが監督しているか、出演していることである。

しかし、「裏切りの闇で眠れ」を除くと、後の「××という名の××」はシリーズと言えなくもない。「あるいは裏切りという名の犬」と「やがて復讐という名の雨」はオリヴィエ・マルシャルが監督・脚本を担当し、「いずれ絶望という名の闇」は脚本を担当している。オリヴィエ・マルシャルがクリエイトする側に参加しているので、トーンやムードといったテイストを形作るものが似ているのだろう。

もうひとつ共通点があった。この3本には、すべてカトリーヌ・マルシェルという女優が出演している。「あるいは裏切りという名の犬」で初めて彼女を見たとき、美人ではないが魅力的な(それなりに歳を重ねた)人だと僕は思った。はっきり言うと、かなり気に入ったのだ。「やがて復讐という名の雨」では主人公の元愛人で、現在は上司の警視役だった。彼女は、主人公をかばい続ける。

そのカトリーヌ・マルシャルは、「いずれ絶望という名の闇」でも、事件現場の写真を撮りながら主人公の姿をスナップする、謎めいているけれど重要な役を演じた。「なぜ、俺の写真を撮る?」と訊く主人公に、「あなただけがまともだから...」とミステリアスに答える。最後に、親友が残した警察の高級官僚を含んだ汚職グループを摘発する証拠を手に入れた主人公は、そのファイルを彼女に託す。

オリヴィエ・マルシャルの2本の監督作品と、脚本に参加した「いずれ絶望という名の闇」に出てくるカトリーヌ・マルシェルの扱いを見ると、彼女はオリヴィエ・マルシャルの奥さんじゃないかと思う。渋い中年俳優だといっても、オリヴィエ・マルシャルはまだ50を過ぎたばかりのようだから、まさか彼女は娘ではない。きっと、愛する妻なのだ。彼女を魅力的に撮ろうとする意志を、僕はスクリーンから感じた。

●人生に疲れているが仕事をまっとうするプロフェッショナル

「やがて復讐という名の雨」のダニエル・オートゥイユは、交通事故で寝たきりになった妻を抱え、酒浸りになりながらも連続殺人犯を追いつめる。「いずれ絶望という名の闇」のダニエル・オートゥイユは、警察組織内の迫害にめげず、政治家や警察の高級官僚たちの汚職グループを暴き出す。どちらの主人公も年老い、人生に疲れてはいるが、自分の仕事をまっとうするプロフェッショナルである。

彼らの生活は侘びしく、孤独だ。ダニエル・オートゥイユは汚い部屋のベッドに横たわり、酒瓶を呷るように飲み干す。彼を責めるのは、自分自身だ。ある夜、彼が愛人と会っているとき、妻は交通事故を起こす。以来、何年も病院のベッドで植物人間として眠り続けている。彼自身は組織内で問題を起こし、夜勤のパトロール班にまわされる。

だが、優秀だった刑事としての彼の本能は、かつての相棒との無許可の捜査に走らせる。やがて浮かび上がってきた連続殺人犯らしき人物。彼は相棒と共に踏み込むが、犯人の逆襲に遭って相棒を殺される。その亡骸を抱えて叫ぶダニエル・オートゥイユを突然の雨が濡らす...。「やがて復讐という名の雨」というタイトルの由来である。

「いずれ絶望という名の闇」のドパルデューは、汚職の噂がある麻薬捜査官の友人に頼まれて麻薬の売人を逮捕にいき、友を救うために売人を射殺する。それは正当防衛だと判断されたが、数年後、その友が麻薬王と通じていると上司に告げられる。上司は、彼の別れた妻である。かつての妻は上昇志向の強い女で、彼の部屋を訪れ「人が住むところじゃないわ」などと言う。

ドパルデューは生活することにも、生きていくことにも疲れているように見える。投げ遣りな態度で仕事をこなし、人質を取った強盗犯に「そんな娼婦、いくら殺しても代わりがいる」とうそぶき、一瞬の隙を見て強盗犯を射殺する。優秀だが、組織内でははみだしている。

麻薬捜査官フランクを演じたオリヴィエ・マルシャルもドパルデューと似たような男だ。彼は、麻薬を運んできた黒人をトイレでホモ同士の殺人のように見せかけて殺し、大金を奪う。彼の行動は、麻薬捜査官の行動を逸脱している。彼は、ある夜、何者かに射殺される。その後、ドパルデューは友が集めた政治家と高級官僚たちの汚職の証拠を手に入れる。ドパルデューは汚職の噂を聞いても友を信じていた。やはり友は根っからの捜査官だったのだ。

警察内でのドパルデューの味方は、相棒の女刑事レオンだけだ。そのレオンが、取調室からおとがめなしで出てきて職務に戻ったドパルデューに言う。

──戻ったのね。何を売ったの?
──何も売ってない。

汚職グループのリーダーである政治家に、「これで、きみも我々の仲間だ」と言われて釈放されたドパルデューが何も売っていないことを、観客はわかっている。政治家は彼が権力に屈し、汚職警官になったのだと高を括っている。だから彼を職場に戻したのだ。人間は権力に媚び、金を得るためなら何でも売るのだと思っている。自分がそういう人間だからだ。

しかし、権力や組織に屈したように見えても、ドパルデューは魂は売らない。彼は、孤独な戦いを展開する。それは、彼が警察官であり、それを仕事に選び、プロフェッショナルな魂を持っているからである。そして、彼を突き動かしているのは、象徴的に言えば誇りだ。自分に対して誇りたい何かを、彼は守ろうとする。

「あるいは裏切りという名の犬」「やがて復讐という名の雨」「いずれ絶望という名の闇」は、すべてミステリである。したがって、結末にはどんでん返しがあり、意外性がある。細かくカテゴライズすれば、刑事が主人公のハードボイルド・ミステリのジャンルに入るだろう。最近、流行している警察小説と共通する雰囲気がある。

しかし、物語を読んだり見たりするのは、単にラストの意外性を期待するだけではなく、主人公たちの生きる様が魅力的で共感できるからではないのか。彼らは長い時間を生き、人生に疲れているように見える。仕事にも倦んでいる。刑事という職業だ。人間のイヤなところや醜い面ばかりを見てきた。人間嫌いになるのも無理はない。

だが、自分が選んだ仕事なのだ。初めてその仕事に就いたときには、夢も抱いた。希望も感じていた。だから、自分の仕事はまっとうする。人は生きている以上、何かをしなければならない。だとすれば、他人がどう思おうと関係ないけれど、自分に対しては誇れる人間でありたい。耐えられないのは、自分で自分を肯定できないこと。そう、自己蔑視だ。

だから「やがて復讐という名の雨」のダニエル・オートゥイユも、「いずれ絶望という名の闇」のジェラール・ドパルデューも魂は売らない。酒浸りで失禁するような醜態を演じても、汚職警官と名指しされても、彼らは己の職務をまっとうし、孤独な人生を歩んでいく。僕も、そんな精神性は保っていたいと願っている。生きる糧を得るために人生の時間は売っても、魂は売らない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com   < http://twitter.com/sogo1951 >
映画がなければ生きていけない 2007-2009社員の結婚式の後も呑み続け、靴を取り違えられたけど、とりあえず帰宅。その間、私のツイッター・アカウントがダイレクトメールでスパムを撒き散らしていたらしい。処置法を教えてもらって火を消したけど、知らないで迷惑をかけるのは情けない。朝日新聞の書評に「映画がなければ生きていけない2007-2009」が取り上げられました。「同じ名前の人がいるな」と瞬間的に思い、それから「あっ、おれの本だ」と気付きました。

●306回〜446回のコラムをまとめた「映画がなければ生きていけない2007-2009」が新発売になりました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1447ei2007.html >
●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4880651834/dgcrcom-22/ >
photo
映画がなければ生きていけない 2003‐2006
水曜社 2006-12-25
おすすめ平均 star
starはまる。

映画がなければ生きていけない 1999‐2002 映画がなければ生きていけない 2007-2009 オールタイム・ベスト 映画遺産200 外国映画篇 (キネ旬ムック) オールタイム・ベスト 映画遺産200 日本映画篇 (キネ旬ムック) 太陽を曳く馬〈上〉

>


photo
映画がなければ生きていけない 1999‐2002
水曜社 2006-12-23
おすすめ平均 star
star特に40歳以上の酸いも甘いも経験した映画ファンには是非!
starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 映画がなければ生きていけない 2007-2009 オールタイム・ベスト 映画遺産200 外国映画篇 (キネ旬ムック) オールタイム・ベスト 映画遺産200 日本映画篇 (キネ旬ムック) ジャガーノート [DVD]

by G-Tools , 2010/02/19