[2805] ふたつの工事現場、普通化するネットという道

投稿:  著者:  読了時間:22分(本文:約10,900文字)


《アトムの顔を手描きできるか》

■電網悠語:日々の想い[149]
 ふたつの工事現場、普通化するネットという道
 三井英樹

■私症説[13]
 ちからは無気力の真空
 永吉克之

■ショート・ストーリーのKUNI[75]
 技術
 ヤマシタクニコ


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■電網悠語:日々の想い[149]
今まで、これから

三井英樹
< http://bn.dgcr.com/archives/20100304140300.html >
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そろそろ年度末である。道路工事を見ながら思う。またこの季節になったなと。同時に before/after の道路の状態と働く人々を想う。綺麗になった頃だけは、評価され、工事中も含めて記憶にも残らない道路工事現場の方々。

まだ子供だった頃、家の周りに舗装されている道は少なかった。目の前の道で、ガリガリと棒切れで絵を描き、ケンケンパと遊んだ。雨の度にどろどろになり、それがまた楽しくて。思えば、そんな時期の方が遥かに短いと思うくらいには生きてきたけれど、強く季節を感じさせてくれた。

それがいつしかアスファルトに変わっていく。もう道端で遊ぶこともなくなった頃だったのかもしれない。それでも真新しいアスファルトの匂いの中、自力で何かした訳でもないのに、なんだかレベルアップというかステージアップしたような錯覚にとらわれたのを憶えている。

アスファルトを流し込み、それをローラーで圧着(?)していく。その工程を見るのも好きだった。怖そうなおじさんに、おらあ見てねぇでどっか行けと言わんばかりに睨まれたものだ。

それがどこでも普通になっていく。今や舗装されていない道路に迷い込んで、ガタガタとした道からの直接信号を受け取ることはほぼない。同時に、工事をじっと眺めることもない。時々見かける女性警備員の姿が珍しかったり、余りに車をさばくのがヘタッピなおじさんの時だけ意識を向ける程度かもしれない。

綺麗であって当たり前。きちんと通れて当たり前。何か特別な配慮を忍ばせても、多くの利用者には分からない。でも、きっと目利きの担当者には、いい仕事をしているのかどうかは分かる。できの良い工事とできの悪い工事があるのだろう。綺麗な道と、そうでもない道とがある。でも、でも、綺麗だからといって工事費用が高くなる訳ではないのだろうな、と。端っこの方が多少残念な仕上がりになっていようが、期間内に終わらせることだけが評価対象なのかもしれない。

そして、そんな当たり前の工事現場があり、もっと注目を集める特別な工事現場がある。スポットライトの当たり方は違っても、そこを通る人達の快適さを支えるための基礎技術は、恐らく変わらない。そして、安全にその工事を進めることも、基本の部分では変わらない。


道が綺麗かどうか、記憶にも残っていない。家でさえ、取り壊しのときになって、あれ、ここに何が建っていたっけと思う。その前の道にどんな表情があったかなんて、考えもしない。それくらい当たり前に、何かが壊され、何かが新たに建てられる。そして当たり前のように風化が進み、定期的にメンテナンスが行われる。とどまるものは何もない。

硬いアスファルトを見ていると、それが磨り減って行く事なんて余り想像しない。できない訳ではないけれど、しない。でも風化していく。気がつかないけれど、消耗していっている。

見えない消耗と日々戦っている人たち。気がつけば朽ちていたと、なる前に対策に着手する。計画的に、数年かけて、あるエリアをくまなく舗装し直すのだろうか。


自分たちのことのように思う。我々もそこに属するのだろうと思う。何を想って実装しようが、その上を人が通る。恐らくは削りながら。どんな想いを込めて作りこんでも、それに気がついてくれる人はまだまだ少ない。でも差はある。差はあると信じたい。

あの人達は、深夜、どんな気持ちで穴を掘り、アスファルトを流し込み、一息入れているのだろう。そういえば、生活時間帯も似通っている気がする。片や、その時間しかできない工事であり、片や祭っ(炎上し)てその時間になっている部分が多いという決定的な違いがあるとは思うけれど。直接話したことはないけれど、きっと使命感があり、楽しさを感じる部分があるんだろう。

きっと、工事の人たちから見れば、我々のモニターにかじりつきながらコーディングやピクセル着色の面白さは分からないかもしれない。我々も、ツルハシの重みも責任も楽しさも分かるとは言えない。でも、お互いの仕事が全くなくなる未来は、そう簡単には来ないだろう。

車が変わろうが、デバイスが変わろうが、そこを走る人間の傾向は急激な変化をしない。でも徐々に変わっていく。それこそ磨耗しているのが分からない道のように、徐々に。でも微細な動きに思うけれど、振り返ると我々は想像以上に遠くに来ている。今でも思う。ほんの10年前に夢想していたことが、いま手のひらの中で動いている。多々不満はあれど、望んでいた未来の片鱗ではある。

'95年前後のパラダイムシフトと叫ばれた頃から、時代が何回か回った気がする。そして、ネットが「普通」になった今、実は更に大きなパラダイムシフトが迫っている気がしてならない。目立った花火ではない。メディアも取り上げにくい微細な動きの連動。でも着実に、一人一人の生活を押し上げる地殻変動。その前兆として、ネットユーザがごっそり入れ替わったとさえ感じる局面も出てきているのではないだろうか。

我々は、そのうねりの中で、様々なことを行っている。その営みの中で、デザインという言葉のもつ意味も、コミュニケーションの実体も、やはり徐々に変えていっている気もする。Webデザイナの未来は、その辺りをどう考えるかによって、明るくも暗くもなる。


そういえば、真新しいアスファルトに、砂埃まみれの運動靴で踏み込んで、その足跡を見つめて、汚してしまったという罪悪感と、初登頂という偉業感の両方を感じたものだった。

無垢の未来に足を踏み入れるのは、実は実は作り手だったりする。そのワクワク感も、この世界から離れられない理由の一つだ。そして、無垢なキャンバスは、かなり技術よりな部分ではあるけれど、まだまだ広大に広がっている。

デザインができること。コミュニケーションができること。技術ができること。そして、作り手ができること。我々の、利用者としての我々の生活を豊かにする術。激動は止まってなんかいない。

【みつい・ひでき】感想などはmit_dgcr(a)yahoo.co.jpまで
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・会社の近所に24時間のドンブリ屋さんがオープン。かなり嬉しい。

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■私症説[13]
ちからは無気力の真空

永吉克之
< http://bn.dgcr.com/archives/20100304140200.html >
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永吉さんが、今のような自堕落な生活をずるずると続けているのは、無気力によるものなんです。といっても永吉さんは、無気力というものを、気力が無い状態ではなくて「無気」という「力」であると定義していて、彼のずるずるした生活は、無気力が発揮された結果だとと考えているようなんです。

彼は、両親が生前にローンを完済したマンションに、ひとりで住んでるんですけど、現在、無気力がこれまでになく充実しているので、掃除だの整頓だのといったことは一切しないで生きていることができるんです。

床の上には、玄関から台所、トイレ、ベランダにいたるまで、雑誌やら弁当殻やら公共料金の督促状やら腐った鳥のモモ肉やら薬瓶やら鈍器のようなものやらが遠近(おちこち)に散らばっていて、永吉さんはそれらの上を平気で歩くんです。昨日なんか、注射器を踏み割って、足の裏を3針縫ったんですよ。それでもその圧倒的な無気力で、そろそろ掃除をしなくてはまずいという危機感を完全に圧殺してしまいました。

永吉さんは、どうせ世間は俺の力を理解できないだろうというので、この数年、部屋はもちろん玄関にすら誰も、唯一の肉親である弟さんさえも入れてません。インターフォンが故障してるんですけど、修理屋を部屋に入れるのが嫌だという理由で放置してあるんです。表に設置されたスピーカーの上には「故障中につき御用の方はドアをノックしてください」とぞんざいな字で書いた紙がもう3年も前から貼ってあって、すっかり変色して風にはためいてます。警察の家宅捜索でもないかぎり、他人が永吉さんの部屋に入ることはないでしょうね。

といっても、年中、無気力を維持するのはさすがにむずかしいらしく、力が衰える時期もあります。そんなときは、彼もついつい整理整頓や掃除なんかに手を出してしまったりなんかしたりするんです。

ちょうど無気力がかなり減退していたころでした。食卓の上がアレやコレやの物体に占領されていて、食事をするスペースがなく、台所で立食いをしていた永吉さんは、それらを片付けようという気を起こしたんですよ。

ところがです。わたしは永吉さんが片付けるところを、そばで見てたんですけど、テーブルの上に積み上げられた物たちを、両腕で丸抱えにして床の上に移動させただけで終ってしまったんです。あとは、嗚呼疲れた疲れたと5分ほどぼんやりしただけでした。いくら減退しているとはいっても、永吉さんの生存の根幹を支える無気力ですから、その影響を完全に抑えることなんてできないんでしょうね。

そんな具合で、永吉さんの家のなかの有様には驚きましたけど、それ以上に彼の「無気=力」という思想に、何やら計り知れないものを感じ取ったわたしは、それについての意見を、我が社のブログ「アワビの咲く丘」に掲載しようと思い立って、いそいそと彼の住まいを後にしたんです。

頭に残っているイメージを早く文字にしないと、興奮が冷めてしまって勢いのある記事が書けないので、急いで帰宅したかったのですが、永吉さんのお宅からわたしの家までは3時間以上かかるのです。そこで、ケータイメールで記事を書き、自分宛に送信しておいて、帰宅してからそれを清書しようと思い、夕方のラッシュ時の電車の中で揉みしだかれながら懸命に書きました。

幸い、そのメールが届く前に自宅に着くことができました。わたしは食卓の椅子に腰かけながら、ネクタイを引き抜いてそこらに放り投げると、背広の内ポケットからケータイを取り出して開き、コンビニおにぎりのセロファンをむしりとって床に叩きつけ、飯を丸呑みしながら着信を待ちました。

5分ほどすると、文字がひとつずづディスプレイに現れてきました。たしかに電車のなかから送ったメールです。全文が表示されるまでに1時間はかかりそうだったので、現れる端から原稿用紙にボールペンで書き写していきました。

写し終わると、原稿をスキャナーでパソコンに取り込み、それをテンプレートにして、Photoshopの文字ツールで清書したものをjpegで保存して、ブログに貼り付けました。なにしろ原稿用紙23枚にもなる長文だったので、終ったころには、東(ひんがし)の空が緑色に白み始めていて、わけのわからない巨鳥が一羽ゲヨウゲヨウと啼きながら飛び回っていました。

以下は、「無気力」についてのわたしの考えを述べたブログ記事からの抜粋です。ちなみに「無気=力」という思想については、まだ永吉さんが頭のなかで熟成を待っている段階で、誰にも話していないはずですから、わたしが先に発表したところで盗作にはならないと思います。もし、四の五の言ってきやがったら、いつでも相手になってやりますよ。

●無気力という「ちから」 2001-03-04 14:26:17

「無」とは存在しないということなのだから、力も存在しないと考えるならば、それは浅慮というほかあるまい。例えば、真空を考えてみるがいい。真空とは一般的には、いかなる物質も存在しない無の空間を意味するわけだが、実はこれが恐るべき力をもっているのである。

諸君は映画『トータルリコール』をご覧になったであろうか。アールドノシュツェ・ワルッネガーと、もうひとり(俳優の名前を忘れた)が宇宙服もつけずに真空の火星の地表に放り出されて、ふたりは目玉が飛び出して危うくくたばるところだった。それは体外と体内の気圧の差によって起きる現象なのだ。

「有」が拡張し「与える」力であるのに対して「無」は収縮し「奪う」力なのである。「無」である真空は、あのアールドノシュツェ・ワルッネガーの、全身に銃弾を浴びても死ななかった男の目玉をも奪い取るほどの力をもっていたのだ。しかし両者に優劣も善悪もない。人間はみな因業ババアだから、奪われるより与えられる方が好きだというだけのことなのだ。同様に、有気力に比べて無気力は表面的に見劣りするため、人は無気力を嫌うのである。

ところで、最近は、家庭のトイレのほとんどが水洗なので、バキュームカーというものを見なくなってしまったが、この「バキューム(vacuum)」という言葉は真空を意味する。真空の吸引力によって汚穢を除去するのだ。つまり「無」が、われわれ無辜の民を糞尿地獄での悶死から救ってくれたのだ。

キスマークもそれと同じ原理である。愛する者の首筋に唇をあてがい、口腔内を虚しゅうして皮下出血を出来(しゅったい)せしむるのだ。糞尿吸引とキスマーク。このふたつの例を挙げただけでも無の力、つまり「無力」がいかほどのものかお分かりいだだけるであろう。

したがって「無気力」も「気の無い力」であるとすれば「気」の抜けた後にできた真空の空洞に、弁当殻や脱脂綿や鈍器のようなものなどが流れ込んでくるのは理の当然であり、無気力に満ちた人の住居に、弁当殻や脱脂綿や鈍器のようなものが散乱しているのも、また理の当然である。

                 ■ 

真空とバキュームカーと無気力を関係づけている点にすこし飛躍があるとは思うんですけど、革新的な理論には、飛躍や矛盾やこじつけや本末転倒はつきものなんじゃないでしょうか。永吉さんもこの理論には反対しないと思います。

ブログに投稿し終えると、もう10年以上も寝起きしている自分の部屋を見回しました。ちょうどわたしも無気力が衰えている時だし、このゴミ集積場のような部屋をもう少し人間の住処らしくしてもいいかなと思いました。ただ、故障しているインターフォンは、修理にお金がかかるので、もうしばらく放置しておくことにしました。公共料金の督促状は、支払い期限まで2日あるので、これもとりあえず放置。

放置しておくとまずいものを優先的に処分しようというわけで、腐って悪臭を放っている鳥のモモ肉は生ゴミに出し、この間、踏み割って足の裏を3針縫った注射器のガラス片を用心深く拾って処分したんですけど、放っておいてまずいものって、結局それだけかと気がつくと突然、体中に、指先毛先にまで無気力がみなぎってくるのが感じられて、わたしは寝ました。

【ながよしかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
このテキストは、私のブログにも、ほぼ同時掲載されています。
・無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz >

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■ショート・ストーリーのKUNI[75]
技術

ヤマシタクニコ
< http://bn.dgcr.com/archives/20100304140100.html >
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おれはその日もアパートの一室に寝そべり、ふやけた雑炊のようにたるみきって過ごしていた。なぜかというと仕事がないうえに仕事をする気もなく、したがって金はないのにひまだけはあったからだ。

すると窓の外をのろのろと車がまわってきた。節をつけ、歌うように言う。
「え〜こちらは技術回収屋でございます〜。不用になった技術〜、いらなくな
った技術は、ありませんか〜。どんな技術でも高価でお引き取りいたします〜」
おれはがばりと起き上がり、窓から呼び止めた。すぐにチャイムが鳴り、おれはドアを開けた。

「どんな技術でも買い取ってくれるんだな」
「さようでございます。どんな技術でも即金買い受け、また必要とする人には安価で販売しております」
「もちろん、技術によって値段は違うんだろうな」
「はい。ここに一覧表を持っております。下は30円から上は1,000万円を超えるものまで、いろいろです。ただし、100万円を超える場合は即金というわけにまいりません。後日銀行に振り込ませていただきますが」

「あ、それはそうだな。えっと、その『30円』というのは、どんな技術なんだ」
「『猫の鳴き声のまねができる』『パジャマのズボンのゴムを入れ替えることができる』『ベジェ曲線でハートが描ける』などですね。『お好み焼きを片手できれいにひっくり返す』は178円、『アトムの顔が手描きできる』は480円」

「ベジェ曲線できれいにハートを描くのはけっこうむずかしいぞ。アトムに比べて安くないか」
「ベジェ曲線は一般の人にはあまり必要ありませんので。アトムはけっこう難しいんですよ。頭の『つの』の微妙な角度とか。なんなら描いてみてください」
「いや、そんなにむきにならなくても。じゃあ、高いのはどんな技術が」
「それはもういろいろです。大きな声では言えませんが最近も、とあるフィギュアスケートの選手が『4回転』の技術を売りに出しました。これなんか、もう、かなりの高額になっております。国家レベルでの取引になるかと」

「なるほど。えっと、じゃあ『歴代のウルトラマンの名前を全部言える』というのはどうだ」
「それは知識であって技術ではありません。当店では知識は扱ってないのです。というより、ネットで調べればだれでもすぐわかるので最近知識の価格が暴落しておりまして、こちらも困っているのです」
「え、じゃあアカデミー賞受賞作品を古い順番に全部言えたりしても」
「はい、お取り扱いできかねます。どうしてもじゃまだから引き取ってくれ、ということでしたら引取料をいただくことになりますが...」

「おれは暗算が得意だが」
「単純な計算は電卓で間に合います。昨今、どなたも携帯をお持ちで、電卓機能もついています。つまり商品価値が認められません」
「ううむ。そうなのか。技術にあたらないというわけか」
「あくまで当店ではということですが」
「わかった。技術ならいいんだな。そうか。ある人がこんなつまらない技術は
 だれも必要としていないだろうと思っていても、別の人にはそうでないこともあるわけだ。特に才能というほどでなくとも」

「さようでございます。そこで私どものようなビジネスが成り立つわけでして。たとえば、薪を割る技術、銛で魚を捕る技術などお持ちではありませんか。アウトドア用に人気があります。実際に使わなくともなんとなく男らしいというイメージも付加されますし」
「あいにく都会育ちで経験ないんだよ」
「細かい作業はいかがです。ボタン付けとか魚の鱗を取るのが得意とか」
「根が不器用だからなあ」
「ではどんな技術が」

「そうだなあ。おれにできるのは『電車で絶対席を取ることができる』『ゆで卵のからをきれいにむける』『スパゲティ100グラムを手で正確につかみとれる』『片手でズボンを履き替えられる』『カレーうどんを服を汚さずに食べることができる』『足でチャンネルを変えることができる』『となりの藤本さんの声まねができる』『10分に1回はおやじギャグを言うことができる』くらいかな。うむ、こうしてみるとけっこう技術があるもんだ」

「となりの藤本さんの声まねができても仕方ありません。『10分に1回はおやじギャグを言うことができる』は技術というより、ちょっと困った点であるかと思いますが」
「そんなことはないだろ。受けるときもあるんだぜ」
「うーん。そうですか。それならまあ、大事にとっておかれては。当店では取り扱い対象外ということで...」
「しかたないな。じゃあそれ以外。合計いくらで買ってくれる」
「ええっと...2,450円ですね」

「え、たったそれだけかい」
「うーん、そうですねえ。小物が多くて。これでも勉強させてもらってるんですが」
「電車で席が取れるのは貴重な技術だと思わないか。足でチャンネルを変えると言ったが、音量調節のつまみも自由自在だぞ。チャンネルも逆向きオッケー。しかも早い。だれでもできると思ったら大間違いだ」
「最近はチャンネル式のテレビはほとんど...」
「全然ないことはないだろ。いや、それよりチャンネル式テレビ自体、これから希少価値が出るかも。おれの技術はひょっとしたらいまに無形文化財にでもなるかもしれん。それをあっさり手放そうというんだぜ」

「はいはい、わかりました。ではちょっと上乗せして...4,270円」
「パンツの裏表を2回に1回は間違える技術とエベレストをエレベストと言い間違える技術をつける」
「それは技術ではありません。なんなら引取料各498円いただきますが」
「夜の11時きっちりに、テレホーダイでダイヤルアップ接続できる技術もつけよう」
「もはや意味のない技術です」
「やっぱりそうか...」

「では、思い残すことはありませんね。『電車で絶対席を取ることができる』『ゆで卵のからをきれいにむける』『スパゲティ100グラムを手で正確につかみとれる』『片手でズボンを履き替えられる』『カレーうどんを服を汚さずに食べることができる』『足でチャンネルを替えることができる』以上6件、全部買い取らせていただきますよ」
「ああ、ひと思いにやってくれ」

回収屋は回収機でおれのなけなしの技術を回収し、おれは4,270円を手にした。これでもひさしぶりの収入だ。飯でも食いに行くか。

おれは気のせいか頭の中が2割くらい軽くなったような気分でふらふらと街に出た。電車に乗り、座ろうとして横から来たおばはんに席を取られる。ああ、そうか。おれにはもう、あの技術はないのだ。おれはおばはんの前に立ったまま、少しさびしい気持ちになる。まるで胸の中に生のうどん玉を抱えているような。でも後悔なんかしない。

おれは学生のころからの友だちのアパートに行く。
「ひさしぶりだな。どうしたんだ」
「いや、ちょっとね」
部屋にあがって、おれはおどろく。テレビが、チャンネル式の古い型だ。
「よくそんなもの持ってるなあ」
「中古ばかり扱ってる店で買ったんだ。というより、もらったようなもんだ。たったの500円だったんだから」

そして、寝そべったまま足先で器用にチャンネルを変え、音量調節つまみまでなめらかに操作する。
「器用だな」
「いや...これも買ったんだよ、この技術も」
「え、買った? そ、そんなものが買えるのか」
「うん。何でもリサイクルされるんだよな。おどろいたよ」
「まったくだな」

つまらないものを買う人間もいるものだな、とおれは思った。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://midtan.net/ >
< http://yamashitakuniko.posterous.com/ >

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■編集後記(3/4)

・確定申告のシーズンである。一昔前はまる一日かけて申告書を書いていたものだが、いまはネットを使うし、そもそも収入が少ないから30分もかからない。給与も配当も"贈与"もないから収入は「雑」のみ(それにしても「雑」ってあんまりな表現だ)。さて、「週刊現代」に「鳩山さんの『巨額脱税』を国税に聞いてみた」という興味深い記事があった。「税金を払っていなかったわけではない。税金を払っていなかったこと自体、何度も申し上げているがまったく知らなかった。事実が分かった瞬間に、すべて納税の義務を果たして来た」とあっさり6億円の贈与税を納付した首相だが、それですべて解決したのか。税理士の浦野広明・立正大学法学部教授は「贈与というのは民法549条で規定された行為ですが、『これを差し上げます』という出し手と、『いただきます』という受け手との間の契約です。しかし鳩山首相は母親からの資金提供を『知らなかった』と言っている。つまり首相と母親の間で贈与は成立しないのです。だから本来、鳩山首相は提供された資金を『雑所得』とし、所得税・住民税を支払わなければなりません」と指摘する。氏が試算したら合計で約15億円以上のおカネを納めなければならないそうだ。おお、たしかにそういう理論は成立する。しかし、同じ「雑」でも桁がいくつも違う、想像も及ばない世界があるもんだなあ。とにかく明日、申告に行ってこよう。/アトムはむずかしい。ミッキーマウスもむずかしい。鉄人28号ならすぐ描ける。(柴田)

・iPhone版「Final Fantasy(1)」をやっている。いつも持ち歩く携帯電話にゲームがあると、どこでもやれちゃうので、少しの空き時間やお風呂で立ち上げてしまう。ゲームはあまりやらないし、FFシリーズはほとんどやったことがないので、ついドラクエと比べてしまったり、FFやっているはずなのに、ふとした時に頭に浮かぶ音楽はドラクエだったりする。いまはアースの洞窟。このFF1はクリアすべきミッションはあるものの、不親切なところ、一本道じゃないところがいい。適当にぶらついていると、会話ヒント以外の場所に行ける。とても強い敵がいて、あっ、ここはまだ来るところじゃないんだなぁとわかる。今の時点では、何のためにあるかわからない場所が複数ある。地図の出し方ぐらい、村人たちが教えてくれたっていいんじゃないかとも思ったりした。なんだろう、このシンプルで、でも面白いのって。重ねて書くが、FFシリーズはあんまりやったことがない。借りてちょこっとやってみるが、コントローラーがきかなくなるシーンがたびたびあって、主人公達は自分のもののような気がしていたのに、急に第三者の目で見なければいけなくなるのが苦手だった。FF1は今のところそういうことがなく、不便なところがかえって楽しい。(hammer.mule)
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