ショート・ストーリーのKUNI[75]技術
── ヤマシタクニコ ──

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おれはその日もアパートの一室に寝そべり、ふやけた雑炊のようにたるみきって過ごしていた。なぜかというと仕事がないうえに仕事をする気もなく、したがって金はないのにひまだけはあったからだ。

すると窓の外をのろのろと車がまわってきた。節をつけ、歌うように言う。
「え〜こちらは技術回収屋でございます〜。不用になった技術〜、いらなくなった技術は、ありませんか〜。どんな技術でも高価でお引き取りいたします〜」
おれはがばりと起き上がり、窓から呼び止めた。すぐにチャイムが鳴り、おれはドアを開けた。

「どんな技術でも買い取ってくれるんだな」
「さようでございます。どんな技術でも即金買い受け、また必要とする人には安価で販売しております」
「もちろん、技術によって値段は違うんだろうな」
「はい。ここに一覧表を持っております。下は30円から上は1,000万円を超えるものまで、いろいろです。ただし、100万円を超える場合は即金というわけにまいりません。後日銀行に振り込ませていただきますが」

「あ、それはそうだな。えっと、その『30円』というのは、どんな技術なんだ」
「『猫の鳴き声のまねができる』『パジャマのズボンのゴムを入れ替えることができる』『ベジェ曲線でハートが描ける』などですね。『お好み焼きを片手できれいにひっくり返す』は178円、『アトムの顔が手描きできる』は480円」



「ベジェ曲線できれいにハートを描くのはけっこうむずかしいぞ。アトムに比べて安くないか」
「ベジェ曲線は一般の人にはあまり必要ありませんので。アトムはけっこう難しいんですよ。頭の『つの』の微妙な角度とか。なんなら描いてみてください」
「いや、そんなにむきにならなくても。じゃあ、高いのはどんな技術が」
「それはもういろいろです。大きな声では言えませんが最近も、とあるフィギュアスケートの選手が『4回転』の技術を売りに出しました。これなんか、もう、かなりの高額になっております。国家レベルでの取引になるかと」

「なるほど。えっと、じゃあ『歴代のウルトラマンの名前を全部言える』というのはどうだ」
「それは知識であって技術ではありません。当店では知識は扱ってないのです。というより、ネットで調べればだれでもすぐわかるので最近知識の価格が暴落しておりまして、こちらも困っているのです」
「え、じゃあアカデミー賞受賞作品を古い順番に全部言えたりしても」
「はい、お取り扱いできかねます。どうしてもじゃまだから引き取ってくれ、ということでしたら引取料をいただくことになりますが...」

「おれは暗算が得意だが」
「単純な計算は電卓で間に合います。昨今、どなたも携帯をお持ちで、電卓機能もついています。つまり商品価値が認められません」
「ううむ。そうなのか。技術にあたらないというわけか」
「あくまで当店ではということですが」
「わかった。技術ならいいんだな。そうか。ある人がこんなつまらない技術は
 だれも必要としていないだろうと思っていても、別の人にはそうでないこともあるわけだ。特に才能というほどでなくとも」

「さようでございます。そこで私どものようなビジネスが成り立つわけでして。たとえば、薪を割る技術、銛で魚を捕る技術などお持ちではありませんか。アウトドア用に人気があります。実際に使わなくともなんとなく男らしいというイメージも付加されますし」
「あいにく都会育ちで経験ないんだよ」
「細かい作業はいかがです。ボタン付けとか魚の鱗を取るのが得意とか」
「根が不器用だからなあ」
「ではどんな技術が」

「そうだなあ。おれにできるのは『電車で絶対席を取ることができる』『ゆで卵のからをきれいにむける』『スパゲティ100グラムを手で正確につかみとれる』『片手でズボンを履き替えられる』『カレーうどんを服を汚さずに食べることができる』『足でチャンネルを変えることができる』『となりの藤本さんの声まねができる』『10分に1回はおやじギャグを言うことができる』くらいかな。うむ、こうしてみるとけっこう技術があるもんだ」

「となりの藤本さんの声まねができても仕方ありません。『10分に1回はおやじギャグを言うことができる』は技術というより、ちょっと困った点であるかと思いますが」
「そんなことはないだろ。受けるときもあるんだぜ」
「うーん。そうですか。それならまあ、大事にとっておかれては。当店では取り扱い対象外ということで...」
「しかたないな。じゃあそれ以外。合計いくらで買ってくれる」
「ええっと...2,450円ですね」

「え、たったそれだけかい」
「うーん、そうですねえ。小物が多くて。これでも勉強させてもらってるんですが」
「電車で席が取れるのは貴重な技術だと思わないか。足でチャンネルを変えると言ったが、音量調節のつまみも自由自在だぞ。チャンネルも逆向きオッケー。しかも早い。だれでもできると思ったら大間違いだ」
「最近はチャンネル式のテレビはほとんど...」
「全然ないことはないだろ。いや、それよりチャンネル式テレビ自体、これから希少価値が出るかも。おれの技術はひょっとしたらいまに無形文化財にでもなるかもしれん。それをあっさり手放そうというんだぜ」

「はいはい、わかりました。ではちょっと上乗せして...4,270円」
「パンツの裏表を2回に1回は間違える技術とエベレストをエレベストと言い間違える技術をつける」
「それは技術ではありません。なんなら引取料各498円いただきますが」
「夜の11時きっちりに、テレホーダイでダイヤルアップ接続できる技術もつけよう」
「もはや意味のない技術です」
「やっぱりそうか...」

「では、思い残すことはありませんね。『電車で絶対席を取ることができる』『ゆで卵のからをきれいにむける』『スパゲティ100グラムを手で正確につかみとれる』『片手でズボンを履き替えられる』『カレーうどんを服を汚さずに食べることができる』『足でチャンネルを替えることができる』以上6件、全部買い取らせていただきますよ」
「ああ、ひと思いにやってくれ」

回収屋は回収機でおれのなけなしの技術を回収し、おれは4,270円を手にした。これでもひさしぶりの収入だ。飯でも食いに行くか。

おれは気のせいか頭の中が2割くらい軽くなったような気分でふらふらと街に出た。電車に乗り、座ろうとして横から来たおばはんに席を取られる。ああ、そうか。おれにはもう、あの技術はないのだ。おれはおばはんの前に立ったまま、少しさびしい気持ちになる。まるで胸の中に生のうどん玉を抱えているような。でも後悔なんかしない。

おれは学生のころからの友だちのアパートに行く。
「ひさしぶりだな。どうしたんだ」
「いや、ちょっとね」
部屋にあがって、おれはおどろく。テレビが、チャンネル式の古い型だ。
「よくそんなもの持ってるなあ」
「中古ばかり扱ってる店で買ったんだ。というより、もらったようなもんだ。たったの500円だったんだから」

そして、寝そべったまま足先で器用にチャンネルを変え、音量調節つまみまでなめらかに操作する。
「器用だな」
「いや...これも買ったんだよ、この技術も」
「え、買った? そ、そんなものが買えるのか」
「うん。何でもリサイクルされるんだよな。おどろいたよ」
「まったくだな」

つまらないものを買う人間もいるものだな、とおれは思った。

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