映画と夜と音楽と...[455]なんてったって...家族の絆/十河 進

投稿:  著者:  読了時間:13分(本文:約6,400文字)


〈センセイの鞄/雪に願うこと/転々/グーグーだって猫である/トウキョウソナタ〉

●アイドルだったキョンキョンは女優・小泉今日子になった

センセイの鞄 [DVD]川上弘美さんの「センセイの鞄」は、最近、谷口ジローさんが漫画化して話題になっている。その小説を初めて読んだのは、もうずいぶん前のことだ。読んでいるときにはヒロインの具体的なイメージは浮かばなかったけれど、その後WOWOWでドラマ化(2003年)されたときに小泉今日子が演じ、その記憶が僕の中で完全に定着した。あの小説を読み返したら、月子さんは小泉今日子の顔をして立ち上がってくるだろう。

「キョンキョン、うまくなったもんだなあ」というのが「センセイの鞄」を見たときの印象だった。昔で言えば「オールドミス」、最近の言い方だと「おひとり様」である、ひとりで自立して生きる女性が居酒屋で高校(だったと思う)のセンセイと再会し、淡い交流を重ねる中で次第に恋愛感情を募らせていく物語だ。

ところが、ある夜、突然、月子さんは「センセイに抱かれたい」と情熱的に思い立ち、センセイの家に押しかけ、積極的に迫る。相手役のセンセイが柄本明だということもあり、そのシーンはユーモラスに描かれていたが、キョンキョンにこんな役ができるようになったかと感慨深かった。

雪に願うこと プレミアム・エディション [DVD]「最近の小泉今日子はいいよ」と人に言い始めたのは、根岸吉太郎監督の「雪に願うこと」(2005年)を見た頃からだった。北海道のバンエイ競馬場の厩舎を舞台にした物語だ。東京で事業に失敗した弟(伊勢谷友介)は、厩舎長をつとめる兄(佐藤浩市)を頼って戻ってくる。

その厩舎の賄いのおばさんを小泉今日子が演じ、深い抒情感を漂わせた。こんな役を小泉今日子が...と驚いた。しかし、彼女が演じたからこそ、中年の賄い婦の背景に複雑な人生の重さのようなものを感じさせたのだ。佐藤浩市と小泉今日子は互いに好意を持っているのに、いろいろあった過去の重さが中年のふたりを簡単には結びつけない。



転々 プレミアム・エディション [DVD]その後、小泉今日子の個性的な演技が光ったのは、「転々」(2007年)だった。はずみで妻を殺してしまった中年の取り立て屋(三浦友和)は、半蔵門にある警視庁へ自首するために東京を歩いて縦断する。その東京縦断に付き合わされるのが、オダギリ・ジョー演じる借金まみれの青年である。

ブラブラと散歩のようにあちこち寄り道しながら、ふたりは警視庁をめざす。最初は嫌がっていたオダギリ・ジョーだが、次第に中年男に感情移入し始める。途中、三浦友和はかつて偽夫の役を頼まれたスナックのママの家へいき、本物の亭主のように振る舞う。

縁側のある古い日本家屋に住んでいる、家庭的なスナックのママを演じたのが小泉今日子だった。たまたま小泉今日子の姪が現れ、三浦友和とオダギリ・ジョーを加えた4人は、まるで疑似家族のように一昼夜を過ごす。オダギリ・ジョーの世話を焼く小泉今日子は、本当に母親のように見えた。

グーグーだって猫である ニャンダフル・ディスク付き [DVD]その翌年に公開された「グーグーだって猫である」(2008年)を見ると、40を越えた小泉今日子が妙に可愛いので驚く。彼女の役は猫のグーグーと暮らす女性漫画家(原作は大島弓子)なのだが、独特のゆっくりしたテンポで、独り言のように囁くセリフまわしが、フワーッとしたとらえどころのないニュアンスを紡ぎ出し、ヒロインの生き方のベースのようなものを感じさせる。

犬童一心監督のディテールを重んじる演出の結果なのだろうか。小泉今日子が愛おしくなる演技を見せる。猫の縁でたまたま知り合った年下の男(加瀬亮)を意識しているときの表情、酔っ払った男を自宅に連れ帰ったときの戸惑い、病院でその男が医者として現れ「脱いで」と言われたときの何とも微妙な恥じらいの仕草、そんなひとつひとつが可愛く見えてくる。

トウキョウソナタ [DVD]同じ頃、小泉今日子は黒沢清監督の「トウキョウソナタ」(2008年)で、大学生の息子がいる母親役を演じた。専業主婦として生きてきた役である。僕から見れば、まだまだ若く魅力的な女性だが、年齢的には立派なおばさんだし、20代前半で子供を生んでいれば、実年齢でも大学生の子供がいて不思議ではない。歳を重ね、離婚を含め様々な経験をし、アイドルだったキョンキョンは、女優・小泉今日子になったのだ。

●4人がそれぞれの秘密を抱え込んで崩壊していく家族

「トウキョウソナタ」は中年夫婦と大学生になったばかりの長男、小学6年生の次男という4人家族の話である。東京近郊に一戸建ての家があり、それぞれが普通の日常を送っていた。しかし、夫も妻も子どもたちも家族に言えない秘密を抱え始め、ドラマが動き出す。何だか山田太一ドラマのようだが、ホラーを得意とする黒沢清監督だから一筋縄ではいかない物語になった。

父親(香川照之)は大企業の総務課長だったが、ある日、リストラされる。そのことを家族に告げられず、毎日、家を出て公園で時間を潰しながら、ハローワークに顔を出す日々だ。そんなとき、ホームレスへの炊き出しをしている公園で友人に会うが、その友人も自分と同じ境遇だった。やがて、友人は妻を道連れに無理心中をする。その家へいった香川照之は、たったひとり残された少女の悲しみの前になすすべもない。

長男は目的が見付けられないまま毎日を送っていたが、ある日、日本人でもアメリカ軍に入隊できることを知って応募すると言い出す。父親は頭から反対する。妻(小泉今日子)は「話だけでも聞いてやって」と取りなすことしかできない。長男は強引に入隊し、それを見送る小泉今日子の表情が悲しみをたたえて、彼女の複雑な感情を窺わせる。彼女は日本人志願兵がイランに派遣されるニュースを見て、心を騒がせる。

次男は学校で濡れ衣によって立たされることに我慢ができず、教師に向かって「この間、電車の中でエロマンガ読んでいましたよね」と反駁する。そのことによって教師は「エロ教師」というあだ名が付き、次男は教師に反抗したヒーローになる。だが、そのことが彼の心の負担になる。そんなある日、ピアノ教室を覗くと美しい教師(井川遥)がいる。彼はピアノを習いたいと両親に訴えるが、父親は「唐突だ。許さない」とにべもない。彼は給食費をネコハバして、ピアノ教室に通い始める。

そんな男たちを抱えて家庭を仕切る小泉今日子は、いつも心をどこかへ置いたままのような顔をしている。もちろん、子どもたちを心配し、夫を気遣い、家事をこなしているのだが、やはり「充たされない何か」を抱え込んでいるのだろう。彼女は長男には「離婚しちゃえば」と唆され、次男が給食費でピアノ教室に通っていたことを知り、夫が公園で時間を潰しているのを目撃する。

ある夜、香川照之が帰宅すると、小泉今日子はテレビをつけたままソファで眠っている。夫が横に立つと、妻は目を覚ます。「食事は?」と訊く妻。「食べてきた」とぶっきらぼうに返事をする夫。妻は「起こして」と言うように両手を差し伸べるのだが、そのときにはすでに夫は背を向けて台所へ向かっている。

それはささやかなすれ違いかもしれないが、そんなことが積み重なって、夫婦の間に大きな溝ができる。そんなものだ、と僕も経験的に思う。小泉今日子の妻は何かを期待し、それが裏切られた失望感を見せる。だが、夫婦をやっていれば、そんなすれ違いは互いに数え切れないほどある。そのことを諦めなければ、夫婦を続けることは困難だ。

●それぞれの立場に立てばそれぞれの正当な理由がある

結局、それぞれの人物の視点で物語を見れば、それぞれの人物の言い分が納得できるのだ。父親は一生懸命に働いてきたし、長男の入隊を反対したのも、長男の命を心配したからだ。次男がピアノを習っているのを知ったとき、前に反対したから簡単に決定を翻せないと意地を張ったのも、父親の威厳を保つためだった。

彼には「家族を守るため」という免罪符がある。しかし、大企業のホワイトカラーだったプライドが棄てられず、自分が失業者である現実を受け入れることができない彼は、家庭の中で権威を保とうとすればするほど空回りし、どんどん家族の心は離れていく。

長男は、何でも頭ごなしに反対する父親を嫌っている。今の時代に家長の権威をふりかざすなんて、ナンセンスだと思っている。彼は充実感のない日々を送るくらいなら、軍隊に入って明確な目的を持って戦いたいと思う。アメリカ軍で戦うのは世界を守るためだ。それは、家族を守ることでもある。そう信じている。

それを、なぜ父親はわからないのだろうか。「あんたは毎日、何やってんだよ。何やってるのか言えないのか」と挑発しても、父親は「おまえたちを守ってきた」としか答えられない。母親だけが味方だ。だから、離婚を勧めた。それが母親の幸せだと思っているからだ。

次男は教師の理不尽な裁定が納得できなかった。だから反抗したのに、その結果、級友たちが異常に反応し教師虐めが始まった。自分の本意ではなかった。そんな中、美しい教師に惹かれて始めたピアノに夢中になる。給食費をネコババしたのは、ピアノ教師への強い憧れからだ。

そのピアノ教師に「あなたには才能がある。音大の附属中学を受けるべきよ」と言われても、それほど嬉しくはない。それよりピアノ教師に「私、離婚したの」と、まるで大人を相手にするように告白されたときの方が嬉しかった。ずっと年上の女性だが、次男は本気で恋をしている。

そんな家族を黙って見守ってきた妻は、自分が何者なのか、自分が必要とされているのか、もうわからなくなっている。手間をかけてドーナツを作ったのに、次男に声をかけても、帰宅した夫に勧めても、誰も食べてくれない。食べ物を作るのは、愛する家族に食べてもらいたいからなのに、そんな想いには誰も報いてくれないのだ。

彼女は公園でぼんやりしている夫を見かけても何も言わず、責めず、取り乱さない。いつか、夫が自ら口を開くのを待っている。それなのに、夫は家長の権威をふりかざす。長男の話を頭ごなしに否定し、次男の音大附属中学への進学も「ピアノは前に反対したんだ。一度決めたことを簡単には変えられない。父親の権威の問題だ」と言う。

そんな夫に呆れ、妻は「失業中なんでしょ、あなた。私、見たのよ。公園にいるあなた」と、夫を傷つけるように口にする。妻が夫へのいたわりを失った瞬間だ。でも、そうさせたのは夫だと、彼女は反駁するだろう。彼女も心の中では、誰も私をわかってくれない、と思っているに違いない。

●一体どうなるのだろうと身につまされながら目が離せない

「トウキョウソナタ」は、家族が崩壊していく姿をジワリジワリと見せる。夫の友人の悲劇を早くに見せておき、もしかしたら香川照之も...と思わせてサスペンスを盛り上げるのは、黒沢監督がホラー映画で培ってきた手法である。この家族は一体どうなるのだろう、と身につまされながら目が離せない。

三分の二ほどが過ぎたところで、急展開がある。それによって、僕は「トウキョウソナタ」が香川照之の悲劇を描くのではなく、小泉今日子の悲劇を描く映画だったのだと知った。映画は転調し、主人公は小泉今日子に移る。彼女が長男に嬉しそうに取得したばかりの運転免許証を見せるシーン、屋根が自動で開きオープンカーになる車を見るシーンが伏線だったのがわかる。

ブロークン・ハイウェイ [DVD]ここからの展開は、僕に昔読んだアン・タイラーの「夢見た旅」という小説を思い出させた。普通の主婦が銀行強盗に遭遇し、人質になり車で連れ去られ...という物語だ。「ブロークン・ハイウェイ」(19991年)というタイトルで映画化されているらしいが、僕は見ていない。スーザン・サランドンが主人公の主婦をやっているので、機会があれば見てみたい。

──これまでの人生がずっと夢で...、ふっと目が覚めたら別の自分だったら、どんなにいいだろう。

小泉今日子は、そうつぶやく。日常から外れ、彼女は何かから解放されたのだ。しかし、それでも40数年の年月の中で培われ、積もり重なり、あるいは沈殿してきたものは決して消えはしない。それらを完全に棄てることは、それまでの自分をすべて消し去ることだが、そんなことは不可能だ。完璧なリセットなどあり得ない。しかし、彼女が望んだのは、それだった。だから、そんな言葉が口をついて出た。

記憶喪失にでもならない限り、40数年生きてきた人間は完全な別人にはなれない。家族の存在、家族への責任、家族への愛情...、そんな感情を棄てることができたらどんなに身軽になれることか、と夢想することは誰にも経験がある。しかし、夢想するだけだ。愛情が憎しみに変わることはあるかもしれないが、それも継続する感情であり、記憶はつながっている。

「トウキョウソナタ」は、立教大学自主映画サークルの時代からホラー映画を撮り続けてきた黒沢清監督らしく先の読めない展開で、この辺になると小泉今日子は自殺してしまうのではないか、というサスペンスが漂い始める。リセットできないのなら、それまでの自分を消去(自殺)してしまうのではないか。そんな予感が漂い始める。

セリフではなく、小泉今日子の姿勢や歩き方、無表情という表情など、全身の演技でそれを伝えてくる。まだまだ容色が衰えていない(凄い言い方だけど)小泉今日子だけに、その姿からアンピバレンツな感情を掻き立てられる。何かが...見る者の心の中に湧き上がってくる。彼女を救いたい、という焦りのようなものか。

CURE キュア [DVD]「トウキョウソナタ」は、ラストに救いが用意されている。かつて「救済」という意味のタイトルを持つ「CURE キュア」(1997年)を撮った黒沢清監督が示した救いは、一筋の光が差し込む部屋での美しいピアノ演奏だった。心が澄み渡っていくようなピアノの音色である。

「家族の絆」という一種やっかいなものは、一度壊れることによって、その価値をそれぞれの家族に再認識させるのかもしれない。「トウキョウソナタ」は、家族の崩壊と再生を描き、僕にとってはひどく身につまされたけれど、深く記憶に残る映画になった。最後のよすがは、何と言っても家族の絆...なのかもしれない。

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by G-Tools , 2010/03/12