[2819] 壱岐島観光案内の巻

投稿:  著者:  読了時間:22分(本文:約10,800文字)


《そのお値段は一式650,000円也(165,000円じゃないぞ、お若いの)》

■わが逃走[62]
 壱岐島観光案内の巻
 齋藤 浩

■つはモノどもがユメのあと[最終回]
 mono13:幸運な分岐点「Macintosh IIci+Power Macintosh Upgrade Card」
 Rey.Hori



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■わが逃走[62]
壱岐島観光案内の巻

齋藤 浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20100325140200.html >
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先日、バイクで人と接触したような気がしたが、周りにそれらしきものが見当たらなかったので気のせいかと思っていた。

5日後にその場所で美女3人にナンパされたものの「ついて行ったらやっぱ危険だよなあ」と思い視線をそらしたら、側溝にぴったりと収まる形で男がはまっていて、そいつが5日前にバイクではねた男なんじゃないかと心配になる。という夢をみた。

翌日、散歩していたら出前用のおかもちを下げたスーパーカブが背後からオレを追い越し、そのとき何故かピザのボックスに入れた大量の餃子を落としていったので、追いかけてその旨伝えると、彼はバイクを降りてダッシュで餃子を拾いに行こうとしたので、私は「急ぐ気持ちはわかるが、礼のひとことくらいは言ってほしいものだな」と池田秀一の声で言った。という夢をみた。

みなさん、ご機嫌いかがですか? 齋藤浩です。春になるとおかしな夢をたくさん見ます。常日頃から理不尽な悪夢にうなされることが多いのですが、この季節になるととくにそういった傾向が強くなる。困ったものです。

さて、これからの語りは悪夢とは何の関係もありません。先週の土日にちょいと訳あって、長崎は壱岐島まで行ってまいりましたので、そのときの模様をご報告したいと思います(文章の一部はtong-poo graphicsのブログからの引用もありますが、まあ誰も読んでないでしょうからよしとしてください)。

さて、その"訳あって"の部分ですが、実はこのたび壱岐にオープンした長崎県埋蔵文化財センターと壱岐市立一支国博物館のロゴ及びサインを我がtong-poo graphicsが手がけ、そのご縁で開館記念式典に招待されたのでした。というか、無理矢理招待してもらったんだけど。

式典出席を大義名分に掲げ、旨い魚と焼酎の旅に旅立ったのは3月13日。

7:55羽田発の飛行機に乗って博多着が9:50。空港からタクシーで博多港へ移動、10:45発のジェットフォイルに乗ってしまえば、11:50には壱岐の芦辺港に着いてしまう。ここで予約しておいたレンタカーを受け取り、島巡りを始めたのだった。それにしても日本の道路行政というヤツはとんでもなくて、誰も通らないような農道でさえも完璧に舗装されている。

とりあえず昼飯だ! ということになり、一路郷ノ浦港へ。途中農業用ダムを発見、つい見学してしまうが空腹には勝てずすぐに出発、郷ノ浦の旨そうな魚料理の店に入る。

刺身と天ぷらの盛り合わせのセット・煮物と茶碗蒸し付き! を食べたのだが、これがまた旨い。とくにイカが旨い。

イカといえば、私が幼い頃食べたイカリングフライを思い出す。とにかく噛んでも噛んでもなくならない、ひどいシロモノだった。そんなこともあって私はイカはゴムでできていると思っていたし、成人するまで旨いイカに巡り会うことはなかった。ああ、このイカを子供の頃の私に食べさせてやりたい!

昼食後、そのへんを散歩する。ここ郷ノ浦は何もない芦辺港とは違って、渋い昭和な感じの商店が立ち並ぶ、由緒正しい港町だ。ちょっとした路地や坂道に風情を感じる。しばらくすると我々の前にこつ然とご神体が姿を現した!

いわゆるひとつの巨大な男根ですね。ここは塞神社といって夫婦和合や性病にご利益があるそうで、賽銭箱の奥にある部屋をのぞいてみると、ありがたいモノがずらりと並んでいた。私はこういった神社をいままで訪れたことがなかったのでそりゃもう感激し、念を入れて拝んできた。

その後は、いわゆる観光名所っぽいところに向かった。まずひとつ目は『ゴリラ岩』と『鬼の足跡』。郷ノ浦町の西、牧崎というところにある。

ゴリラ岩は見てのとおり、海をバックに遠くを眺めている、いいヤツそうな岩だ。鬼の足跡は、そのすぐ近くの草原にこつ然と現れる巨大な穴。玄武岩質の断崖絶壁を波が浸食し、陥没してできたものらしい。周囲は約110mあり、穴のまわりをぐるっと一周できる。しかし柵もなく、とくに海側の崖と鬼の足跡との距離はいちばん狭いところで3m〜5mくらい? 風が強かったので、ここを渡るときは腰が抜けるかと思った。

ここ壱岐島というところは実に良い島である! とにかく全ての景色が絵になるのだ。海と山とくねった道。この3大構成要素の絶妙なバランスにより、1m進む度に景色が変わる。あまりに絵になる風景が多いので、その度にいちいち車を停める訳にはいかない。とてもクヤシイ。

くねくねと楽しく車を走らせ、猿岩がどーんとそびえ立つ黒崎半島の先端に到着した。俗にいう『ナントカ岩』の類は「ああ、言われてみれば...」的なものがほとんどだが、この猿岩は実に見事に猿なのである。

かなりの距離まで近づいても猿、多少角度が変わっても猿だ。頭の毛の生え具合といい目元の感じといい、素晴らしい。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/03/25/images/01.jpg >

思わずSONYウォークマンのCMを思い出してしまうオレだが、いまどきの若いモンにはわからんだろう。この猿岩のすぐ脇には、黒崎砲台の遺構が残っている。いわゆる軍事遺産という奴で、戦艦土佐の41センチ主砲を砲台として据え付けたもの。その要塞部分と砲塔の回転軸にあたる巨大な穴が、今でも見学できるようになっている。

さて、そんなこんなで陽も傾いてきたので、郷ノ浦港のすぐ脇にあるホテルに向かう。到着するといい感じな夕陽が漁船やフェリーにあたり、実に絵になる。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/03/25/images/02.jpg >

夜、クライアントのK氏、M氏らと合流。いい感じの居酒屋に招待される。もう、何を食べても旨い。旨すぎる。魚も鶏も馬も野菜も全てだ。もちろん焼酎も旨い。ちなみに、私の知人で今までに壱岐に行ったことのある者、数人に聞いてみたところ、全員が「何を食べても旨い」と言っている。もちろん料理人の腕もいいのだろうけど、素材が良すぎるのだろう。

翌朝、旨い朝飯(湯豆腐に干物!)を食べてから博物館へ向かう。

入口にはサインがちゃんと建っている。壱岐の『壱』と長崎の『長』を組み合わせた土台に、ステンレスのプレートで『壱岐市立一支国博物館 長崎県埋蔵文化財センター』とあるのだが、やはり図面で見るのと実際のモノを見るのとは違う。しかも今日からこれはきちんと機能するのだ。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/03/25/images/03.jpg >

あいにく曇り空のため立体感がイマイチに思われる。晴れた夏の日にまた来よう。敷地内に進むと、緑に覆われた曲面で構成される不思議な建築が現れる。これこそ故・黒川紀章氏の国内における遺作である一支国博物館だ。

この日は式典開催のため仮設テントが張られていて、全体像がいまいちはっきりしなかったので、夏に再度訪れて美しい姿を撮影したい。で、ここから式典やらいろいろあって、内覧会に参加したのですが、そのあたりについては後日書きます。

午後は見事に晴れた。M氏の案内で素晴らしい酒蔵と素晴らしい海と素晴らしい漁村を見学。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/03/25/images/04.jpg >

手作りにこだわる酒の造り手の心意気を感じつつ、日本離れしたエメラルドグリーンのビーチと、正統な日本の漁師町とをひとつの島で味わえるとは感激モノ。贅沢すぎる。身も心もおなかいっぱいで5時の船で帰途についた。

壱岐といえば、九州在住の人々の中では沖縄と人気を二分する観光地とのことだが、それ以外の地域の人からしてみればわりとマイナーな存在だろう。海も山も食も酒も全てがハイクオリティで、おまけに物価も安い。変にリゾートぶったところもなく、地元の方々の生活そのものが面白く、そして美しいのだ。

こんなすばらしいところを『2泊3日でなんと19,800円!』的パッケージツアーの餌食にはされたくないので、当分黙っていようと思う。あ、夏はウニが旨いらしいよ。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

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■つはモノどもがユメのあと[最終回]
mono13:幸運な分岐点─「Macintosh IIci+Power Macintosh Upgrade Card」

Rey.Hori
< http://bn.dgcr.com/archives/20100325140100.html >
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筆者宅のさして広くもない押し入れに眠る、現役を引退した数々の製品=モノを紹介してきたこの連載だが、当初予定よりやや早めにひとまず今回でシメ、ということにした。名残惜しいうちが花というつもりなので、やっと終わってくれるか、などと言わないように。

またそれかい、と言われそうだが、筆者は現在もバリバリのMac派で、仕事上の「何かをつくる作業」は全てMacだ。これを書いている現在はMacPro(early2008)をメインマシンにしている。全ての物語には始まりがある、というのは「スターウォーズ・Episode I」のコピーだが、そういうわけで最後に採り上げるモノは筆者最初のMac、Macintosh IIciだ、と言いたいところだが、すっきりそう言い切れない事情がある。詳しくは後に述べる。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono13.html >

筆者がMac購入を検討し始めたのは1991年後半のこと。その少し前にキューハチことNEC PC9801RA上でWindows 3.0を動かしてはみたものの、非常に重くて且つ使いづらかったことと、当時のこととて「やっぱりグラフィックならMacじゃねーのフツー」という風評に流されたことにあった。前者は純正DOS/V機に対して独自進化(この頃からガラパゴスが得意だったんだなぁ>ニッポン)していたキューハチのアーキテクチャのせいもあったようだが、後者についてはMacユーザのグラフィック系友人のマシンなどを見てしまったことの影響が大きかった。

92年になっていよいよ購入となったのだが、当時を知る人ならお判りの通り、その頃のMacはそれはもうお高かった。中程度のモデルで一式揃えるとお値段的にはアッと言う間に7桁に届く。その時点でまだホビイスト(しかも安月給)に過ぎなかった筆者には躊躇する金額だ。

フラッグシップモデルのIIfxは当然選定機種から予算的に外れる。当時のラインナップとして残るのは、上からIIci、IIsi、LCの3モデルだ。それぞれの機種の特徴を紹介すると長くなるので割愛するが、ソフトウェアも含めて何とか100万円以内に抑えたい筆者としては、薄型筐体のIIsiが現実的な選択だった。

そこにラッキーな事が起こる。その頃は三週に二週は秋葉原通いをしていたのだが(当時のアキバはまだ萌えとかメイドとかの予感すらない、ひたすら図工系の女人禁制シティだったので念のため。筆者が詣でていたのはジャンク屋、中古屋、たまにApple正規代理店、だった)、今はもう存在しない某ショップで現品限りのIIciが純正ディスプレイ込みで売られていたのを発見したのだ。そのお値段は一式650,000円也(165,000円じゃないぞ、お若いの)。激安!(これでも)

ひと晩考えてお買い上げ、となるわけだが、揃えるべきソフト代を考えるとやや予算オーバとなるこの買い物が、とてもとても幸運な運命の分岐点となることが後に判る。

本体とディスプレイは宅配にしてもらったが、キーボードだけは持ち帰り、本体が届くまで作業机の上にそのキーボードだけを置いてみる。ああここにMacが来るんだ。起きて見つ寝て見つ林檎のキーボード、という「エアMac」状態(=無線LANステーションのAirMacやMacBook Airとは無論関係ないので念のため)を楽しんだほどの高揚感を記憶している。あんなに興奮した買い物はかつてないかもしれない。ちなみに購入時点のMacOS(という呼称もまだなかった。単にSystem)は6.0.7だった。Color QuickDrawとかGomTalkとか口走りたくなるが、際限なく長くなるのでこれも割愛する。

さて、こうしてやって来たMacに筆者は見事にハマり込み、3年後にプロデビュー、5年後に会社を辞めてフリーランスとなるに至るのだが、さておき、今のPCやMacからは想像しづらい、当時のMacの良き習慣に「同一筐体はアップグレード可能」というものがあった。

何かというと、ニューマシンが発表された時、それが以前のモデルと同一筐体であれば、正規代理店に本体を持ち込み差額のナニガシかを支払って中身をニューマシンと同じにしてもらえる、というものだ。今やちょっと信じられないが、ある時期ある時代、Macについてはこの規程というかシステムが存在した。マシンが高価でモデルチェンジ間隔が長かった頃の古式ゆかしい風習だ。

筆者が安くIIciを買えたのにはちゃんと理由があって、前年1991年10月には新たなフラグシップモデルQuadraシリーズが発表されていたのだ。初代Quadraには700と900の2モデルがあり、900は新設計の筐体だったのに対して、700は何とIIci(とその前のモデルであるIIcx)と同じ筐体だったのだ。ということは、多少カネはかかるが、IIciはQuadra700として再出発できる、ということを意味する。

このアップグレードサービスが日本でも開始されてしばらくして筆者もこれに申し込んだ。デカいバックパックに本体を入れて秋葉原まで行き、作業完了の連絡を受けてまた引き取りに行った。小柄で軽いIIciなりゃこそだ。お値段方面は、ウロ覚えだが20万円ぐらいかかったと記憶している。Quadra700の重厚な起動音にはシビレたものだ。

IIciとしての購入から一年以上が経っていたが、筆者のマシンはQuadra700として新たなスタートを切った。68030のIIciから68040のQuadra700へ、強力な延命処置を受けたことになる。今回のタイトルにIIciを謳っているのに、写真画像がQuadra700なのはこういう事情があったからだ。

最初の購入時に迷ったIIsiと同一筐体のQuadraは存在しないし、後にIIsiと同じ外観のニューモデルが出ることは遂になかったので、もしも予定通りIIsiを選んでいたらこのアップグレードは不可能だったわけだが、筆者の幸運はまだ続く。

最強のMacとして発表されたQuadraシリーズにも、その座を追われる時が来る。AppleがMotorola、IBMと共同開発したRISCプロセッサ「PowerPC」時代の到来だ。最初のPowerPC「601」を搭載したMac=Power Macintoshは94年3月の発売とされている。初期3モデルはどれも新デザインの筐体なので、同一筐体アップグレードはない。ところがここで68040搭載機種(の一部)をPowerPCで作動させるApple純正の拡張カードPower Macintosh Upgrade Card(以下PowerPC Card)が発売になったのだ。発売時期が判然としないが、94年末頃には市場に現れていたようだ。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono13.html#p2 >

対応機種にQuadra700も含まれていて、もちろん筆者はこれに飛びついた。押し入れから発掘した箱に残る値札シールは109,000円。お安くはないが、これでかつてのIIciは68030、68040と来てPowerPC 601時代まで生きながらえることになったのだ。誰が何と言おうとこれは幸運であると言いたい。CPUが三世代変わっても、純正部品で(←ここ大事)CPUを載せ替えながら生きながらえたモデルはザラにはないと思う。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono13.html#p3 >

PowerPC Cardはマザーボード上のCPUを差し換えるのではなく、通常のインタフェースカードとも違う、PDS=Processor Direct Slotという特別なコネクタに挿す。マザーボード上の68040プロセッサはそのままに、その動作を「乗っ取って」作動する仕組みだ。一体Appleの誰がこんな先見の明のある仕掛けを用意したのか知らないが、おかげで筆者のIIciは、次のメインマシンであるPower Macintosh 8500導入後もかなりの期間、サブマシンとして大いに働いてくれた。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono13.html#p4 >

今の目で見るとメモリも貧弱なら、HDDもSCSIで小さく、DVDどころかCD-ROMドライブすら搭載していないIIci。もちろん、現在の環境への現実的な現役復帰の可能性などもはやほとんどないのだが、一緒に買った13インチのApple純正ディスプレイと共に、樹脂成形の美しい外観もあって、まだ当分処分してしまう気にはならない。筆者におけるモノ中のモノなのである。

【Rey.Hori/イラストレータ】 reyhori@yk.rim.or.jp

今年も祝F1開幕。なんだかマイルドなシーズンになりそうな予感です。筆者宅には地上波環境しかないので、放映されないフリー走行はFIA(国際自動車連盟)のサイトでリアルタイムにタイミングチャート観戦。予選と決勝は一部を除いて生中継ではないので、実際の走行時刻から放映時刻までは情報遮断。結果を知らずに観戦するのがささやかな楽しみなのでありますよ。

うっかり結果を知ってしまわないよう、ウェブやスポーツニュースを見ないようにするのに加えて、今期はTwitterにも気を付けなくてはいけません。某デスクの濱○さんなんて「おーっと、マッサがスピン!」なんて実況中継しかねない勢いですから(笑)。

誰かが言ってましたが、Twitterには「スルー力が必要」というのに同意。スルー力に欠ける筆者はアドレス非公開で、フォローも被フォローもトゥイートも最小限でつましく楽しんでます。CERN(欧州原子核研究機構)は数少ないフォロー先のひとつ。LHCの3.5TeV運転成功、なんてのがいち早く判るのは嬉しいですけど(TwitterじゃなくてRSSでいいんじゃね?)。最近の仕事の関係で気になってまして。ちなみにそのLHC、次は3.5+3.5TeVの衝突観測、でもってHiggsかな。そんなすぐには見つかんないでしょうが、それより何より、もう壊れないでくれぃ。
< http://press.web.cern.ch/press/PressReleases/Releases2010/PR05.10E.html >

お話かわって。この連載ではラジオについて長々と書いた時期がありました。フリーランスになってからラジオ、特に深夜放送を中心にしたAMラジオへ回帰しているのですが、最近昼の番組に面白いものを発見。昼のラジオなんてユルいものばかりだろうと思っていたので嬉しい誤算でした。それで、ずっと以前にデジクリに書いたウォーキング中(サボる日もあるものの、まだ続いてます)にもこの番組を聴こうと、小さなラジオを新しく買いました。

そのラジオというのが、3千円ほどでAM/FMの2バンド、周波数はデジタル表示、選局はプリセットでアナログなダイヤルは音量ボリュームだけ、というもの。作りはいかにも安価なのに、テクノロジは満載。中身はきっとワンチップ化されているのだろうなぁ。また同じ事に嘆息しそうですが、技術の進化とは恐ろしいものです。サイズだけはmono01に近いこのラジオが、モノになる可能性はまだ何ともかとも。

で、そのAMラジオを聴きながら外を歩いて気付いた事。世の中デジタルノイズだらけ。多分携帯電話の中継電波だろうか(確証はありませんが)、ビルの影にいるわけでもないのにノイズに塗りつぶされるように音声が途切れること多々。AMラジオには雑音の逆風が吹きまくってます。マンションで聴いている分にはこれほどひどいとは思いませんでした。

こうした問題の回避策としてのradikoにも期待したいですが、例えばテロや災害などの時のために"電波で発信する"AMラジオ放送はなくしてはいけないものだと思っています。高度なテクノロジほどブッ壊しやすい、と村上龍氏が書いていたのは「愛と幻想のファシズム」でしたっけか。民生品としては人類最高度の技術で作られたLHCが1年もダウンしたのだって、ごく小さな電気接続の不良が発端だったとされていますし。......あれ? 何の話でしたっけ(笑)。

ともあれ、冒頭にも書きましたが、本連載は今回が最終回であります。お名残惜しいせいか(ほんとか?)後記が長くなりました。まだ筆者宅の押し入れには未踏領域というか開かずの段ボールというかがあちこちに残っているので、しばらくしたらネタにできるモノが新たに発掘されるかもしれません。それまではイチ読者に戻ることにします。実際、あと一押しでネタにできるのになー、なモノ予備軍があるにはあるのでして......。ご愛読ありがとうございました。

連載は終わっても、3DCGイラストとFlashオーサリング/スクリプティングを中心にご打診を引き続きお待ちしています。
サイト:< http://www.yk.rim.or.jp/%7Ereyhori/ >

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■編集後記(3/25)

植物図鑑・有川浩「植物図鑑」を読む(2009、角川書店)。この作家は何冊も読んだが、結局みんな恋愛小説だった。今回は、本当の意味の「草食系男子と女子の物語」である。始まって4ページ目にして、同居していた男がいきなり消えたまま行方がわからない、という女の状態が知らされる。それから物語は一年前に戻る。女はマンションのポーチで行き倒れている男を拾う。同居を始めた彼は家事万能のスーパー家政夫だった。名前はイツキ、過去は語らない。二人は休みの度に野原に狩りに出るようになる。フキノトウ、ツクシ、フキ、セイヨウカラシナ、ノビル、タンポポ、イヌガラシ、スカシタゴボウ、ワラビ、イタドリ、ユキノシタ、クレソン、そのほか、家でそれを絶妙に料理する男。まったりと幸せな二人だが、女はいつまでもこのままではいられないことは分かっていた。読者もそれを知っている。でも、ハッピーエンドなのも予想できる。いくつも出て来る道草料理レシピがおいしそうだ。いま荒川土手はオオイヌノフグリが満開で、ツクシが出始めている。これから本格的な道草シーズンだ。いいタイミングで、物語はイマイチながら、なんとも実用的な本を楽しんだ。(柴田)
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4048739484/dgcrcom-22/ >

・Rey.Horiさん、連載ありがとうございました! 復活お待ちしておりますっ! 実況しちゃいますねぇ(汗)。前回はテレビをつけつつも、音声のみという悲しい状況でしたが......。ここしばらくはタイムラインを読む時間もとれなくて。自分がツイートすることより、人のを読むのが楽しいのに〜。月島慕情 (文春文庫)/シューシャインボーイ。テレビ東京開局45周年ドラマ、とあったのと、他に何も見たいものがなくて、かけてみた。何の予備知識もなし。競馬のCMのあとに競馬のシーンがあって失笑。競馬が舞台のドラマかと思ったら違った。食事をしながら見始めたが、食後、急遽ルーティンワークに変えて音声で続きを見る。映画化して海外公開してくれ〜と思った。後半泣きっぱなし。ラスト、わからへん〜! わかるけどわからへん〜! サイトに行く。書かれてあった説明は「戦争孤児から一代で会社を築きあげた男と、新宿の靴磨きとの絆を通して、戦後を生きた人々の思いを描く」。台詞一つ一つが良くて、一番最初に知りたかったのが脚本。浅田次郎原作に脚本鎌田敏夫。そりゃ泣くわ。西田敏行がなんというか、じんわりと良かった。他のキャストも良かった。私が役者ならやってみたいお話。こんなん文章にできへんわ。とにかく見なされ。再放送はいつ?(hammer.mule)
< http://www.tv-tokyo.co.jp/shoeshine/ >  シューシャインボーイ
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そういやこの手の本が欲し勝った。『葉っぱで調べる身近な樹木図鑑』
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4092080220/dgcrcom-22/ >
『葉で見わける樹木』
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『葉でわかる樹木 625種の検索』