つはモノどもがユメのあと[最終回]mono13:幸運な分岐点─「Macintosh IIci+Power Macintosh Upgrade Card」/Rey.Hori

投稿:  著者:  読了時間:11分(本文:約5,300文字)


筆者宅のさして広くもない押し入れに眠る、現役を引退した数々の製品=モノを紹介してきたこの連載だが、当初予定よりやや早めにひとまず今回でシメ、ということにした。名残惜しいうちが花というつもりなので、やっと終わってくれるか、などと言わないように。

またそれかい、と言われそうだが、筆者は現在もバリバリのMac派で、仕事上の「何かをつくる作業」は全てMacだ。これを書いている現在はMacPro(early2008)をメインマシンにしている。全ての物語には始まりがある、というのは「スターウォーズ・Episode I」のコピーだが、そういうわけで最後に採り上げるモノは筆者最初のMac、Macintosh IIciだ、と言いたいところだが、すっきりそう言い切れない事情がある。詳しくは後に述べる。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono13.html >



筆者がMac購入を検討し始めたのは1991年後半のこと。その少し前にキューハチことNEC PC9801RA上でWindows 3.0を動かしてはみたものの、非常に重くて且つ使いづらかったことと、当時のこととて「やっぱりグラフィックならMacじゃねーのフツー」という風評に流されたことにあった。前者は純正DOS/V機に対して独自進化(この頃からガラパゴスが得意だったんだなぁ>ニッポン)していたキューハチのアーキテクチャのせいもあったようだが、後者についてはMacユーザのグラフィック系友人のマシンなどを見てしまったことの影響が大きかった。

92年になっていよいよ購入となったのだが、当時を知る人ならお判りの通り、その頃のMacはそれはもうお高かった。中程度のモデルで一式揃えるとお値段的にはアッと言う間に7桁に届く。その時点でまだホビイスト(しかも安月給)に過ぎなかった筆者には躊躇する金額だ。

フラッグシップモデルのIIfxは当然選定機種から予算的に外れる。当時のラインナップとして残るのは、上からIIci、IIsi、LCの3モデルだ。それぞれの機種の特徴を紹介すると長くなるので割愛するが、ソフトウェアも含めて何とか100万円以内に抑えたい筆者としては、薄型筐体のIIsiが現実的な選択だった。

そこにラッキーな事が起こる。その頃は三週に二週は秋葉原通いをしていたのだが(当時のアキバはまだ萌えとかメイドとかの予感すらない、ひたすら図工系の女人禁制シティだったので念のため。筆者が詣でていたのはジャンク屋、中古屋、たまにApple正規代理店、だった)、今はもう存在しない某ショップで現品限りのIIciが純正ディスプレイ込みで売られていたのを発見したのだ。そのお値段は一式650,000円也(165,000円じゃないぞ、お若いの)。激安!(これでも)

ひと晩考えてお買い上げ、となるわけだが、揃えるべきソフト代を考えるとやや予算オーバとなるこの買い物が、とてもとても幸運な運命の分岐点となることが後に判る。

本体とディスプレイは宅配にしてもらったが、キーボードだけは持ち帰り、本体が届くまで作業机の上にそのキーボードだけを置いてみる。ああここにMacが来るんだ。起きて見つ寝て見つ林檎のキーボード、という「エアMac」状態(=無線LANステーションのAirMacやMacBook Airとは無論関係ないので念のため)を楽しんだほどの高揚感を記憶している。あんなに興奮した買い物はかつてないかもしれない。ちなみに購入時点のMacOS(という呼称もまだなかった。単にSystem)は6.0.7だった。Color QuickDrawとかGomTalkとか口走りたくなるが、際限なく長くなるのでこれも割愛する。

さて、こうしてやって来たMacに筆者は見事にハマり込み、3年後にプロデビュー、5年後に会社を辞めてフリーランスとなるに至るのだが、さておき、今のPCやMacからは想像しづらい、当時のMacの良き習慣に「同一筐体はアップグレード可能」というものがあった。

何かというと、ニューマシンが発表された時、それが以前のモデルと同一筐体であれば、正規代理店に本体を持ち込み差額のナニガシかを支払って中身をニューマシンと同じにしてもらえる、というものだ。今やちょっと信じられないが、ある時期ある時代、Macについてはこの規程というかシステムが存在した。マシンが高価でモデルチェンジ間隔が長かった頃の古式ゆかしい風習だ。

筆者が安くIIciを買えたのにはちゃんと理由があって、前年1991年10月には新たなフラグシップモデルQuadraシリーズが発表されていたのだ。初代Quadraには700と900の2モデルがあり、900は新設計の筐体だったのに対して、700は何とIIci(とその前のモデルであるIIcx)と同じ筐体だったのだ。ということは、多少カネはかかるが、IIciはQuadra700として再出発できる、ということを意味する。

このアップグレードサービスが日本でも開始されてしばらくして筆者もこれに申し込んだ。デカいバックパックに本体を入れて秋葉原まで行き、作業完了の連絡を受けてまた引き取りに行った。小柄で軽いIIciなりゃこそだ。お値段方面は、ウロ覚えだが20万円ぐらいかかったと記憶している。Quadra700の重厚な起動音にはシビレたものだ。

IIciとしての購入から一年以上が経っていたが、筆者のマシンはQuadra700として新たなスタートを切った。68030のIIciから68040のQuadra700へ、強力な延命処置を受けたことになる。今回のタイトルにIIciを謳っているのに、写真画像がQuadra700なのはこういう事情があったからだ。

最初の購入時に迷ったIIsiと同一筐体のQuadraは存在しないし、後にIIsiと同じ外観のニューモデルが出ることは遂になかったので、もしも予定通りIIsiを選んでいたらこのアップグレードは不可能だったわけだが、筆者の幸運はまだ続く。

最強のMacとして発表されたQuadraシリーズにも、その座を追われる時が来る。AppleがMotorola、IBMと共同開発したRISCプロセッサ「PowerPC」時代の到来だ。最初のPowerPC「601」を搭載したMac=Power Macintoshは94年3月の発売とされている。初期3モデルはどれも新デザインの筐体なので、同一筐体アップグレードはない。ところがここで68040搭載機種(の一部)をPowerPCで作動させるApple純正の拡張カードPower Macintosh Upgrade Card(以下PowerPC Card)が発売になったのだ。発売時期が判然としないが、94年末頃には市場に現れていたようだ。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono13.html#p2 >

対応機種にQuadra700も含まれていて、もちろん筆者はこれに飛びついた。押し入れから発掘した箱に残る値札シールは109,000円。お安くはないが、これでかつてのIIciは68030、68040と来てPowerPC 601時代まで生きながらえることになったのだ。誰が何と言おうとこれは幸運であると言いたい。CPUが三世代変わっても、純正部品で(←ここ大事)CPUを載せ替えながら生きながらえたモデルはザラにはないと思う。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono13.html#p3 >

PowerPC Cardはマザーボード上のCPUを差し換えるのではなく、通常のインタフェースカードとも違う、PDS=Processor Direct Slotという特別なコネクタに挿す。マザーボード上の68040プロセッサはそのままに、その動作を「乗っ取って」作動する仕組みだ。一体Appleの誰がこんな先見の明のある仕掛けを用意したのか知らないが、おかげで筆者のIIciは、次のメインマシンであるPower Macintosh 8500導入後もかなりの期間、サブマシンとして大いに働いてくれた。

< http://www.dgcr.com/kiji/RH/mono13.html#p4 >

今の目で見るとメモリも貧弱なら、HDDもSCSIで小さく、DVDどころかCD-ROMドライブすら搭載していないIIci。もちろん、現在の環境への現実的な現役復帰の可能性などもはやほとんどないのだが、一緒に買った13インチのApple純正ディスプレイと共に、樹脂成形の美しい外観もあって、まだ当分処分してしまう気にはならない。筆者におけるモノ中のモノなのである。

【Rey.Hori/イラストレータ】 reyhori@yk.rim.or.jp

今年も祝F1開幕。なんだかマイルドなシーズンになりそうな予感です。筆者宅には地上波環境しかないので、放映されないフリー走行はFIA(国際自動車連盟)のサイトでリアルタイムにタイミングチャート観戦。予選と決勝は一部を除いて生中継ではないので、実際の走行時刻から放映時刻までは情報遮断。結果を知らずに観戦するのがささやかな楽しみなのでありますよ。

うっかり結果を知ってしまわないよう、ウェブやスポーツニュースを見ないようにするのに加えて、今期はTwitterにも気を付けなくてはいけません。某デスクの濱○さんなんて「おーっと、マッサがスピン!」なんて実況中継しかねない勢いですから(笑)。

誰かが言ってましたが、Twitterには「スルー力が必要」というのに同意。スルー力に欠ける筆者はアドレス非公開で、フォローも被フォローもトゥイートも最小限でつましく楽しんでます。CERN(欧州原子核研究機構)は数少ないフォロー先のひとつ。LHCの3.5TeV運転成功、なんてのがいち早く判るのは嬉しいですけど(TwitterじゃなくてRSSでいいんじゃね?)。最近の仕事の関係で気になってまして。ちなみにそのLHC、次は3.5+3.5TeVの衝突観測、でもってHiggsかな。そんなすぐには見つかんないでしょうが、それより何より、もう壊れないでくれぃ。
< http://press.web.cern.ch/press/PressReleases/Releases2010/PR05.10E.html >

お話かわって。この連載ではラジオについて長々と書いた時期がありました。フリーランスになってからラジオ、特に深夜放送を中心にしたAMラジオへ回帰しているのですが、最近昼の番組に面白いものを発見。昼のラジオなんてユルいものばかりだろうと思っていたので嬉しい誤算でした。それで、ずっと以前にデジクリに書いたウォーキング中(サボる日もあるものの、まだ続いてます)にもこの番組を聴こうと、小さなラジオを新しく買いました。

そのラジオというのが、3千円ほどでAM/FMの2バンド、周波数はデジタル表示、選局はプリセットでアナログなダイヤルは音量ボリュームだけ、というもの。作りはいかにも安価なのに、テクノロジは満載。中身はきっとワンチップ化されているのだろうなぁ。また同じ事に嘆息しそうですが、技術の進化とは恐ろしいものです。サイズだけはmono01に近いこのラジオが、モノになる可能性はまだ何ともかとも。

で、そのAMラジオを聴きながら外を歩いて気付いた事。世の中デジタルノイズだらけ。多分携帯電話の中継電波だろうか(確証はありませんが)、ビルの影にいるわけでもないのにノイズに塗りつぶされるように音声が途切れること多々。AMラジオには雑音の逆風が吹きまくってます。マンションで聴いている分にはこれほどひどいとは思いませんでした。

こうした問題の回避策としてのradikoにも期待したいですが、例えばテロや災害などの時のために"電波で発信する"AMラジオ放送はなくしてはいけないものだと思っています。高度なテクノロジほどブッ壊しやすい、と村上龍氏が書いていたのは「愛と幻想のファシズム」でしたっけか。民生品としては人類最高度の技術で作られたLHCが1年もダウンしたのだって、ごく小さな電気接続の不良が発端だったとされていますし。......あれ? 何の話でしたっけ(笑)。

ともあれ、冒頭にも書きましたが、本連載は今回が最終回であります。お名残惜しいせいか(ほんとか?)後記が長くなりました。まだ筆者宅の押し入れには未踏領域というか開かずの段ボールというかがあちこちに残っているので、しばらくしたらネタにできるモノが新たに発掘されるかもしれません。それまではイチ読者に戻ることにします。実際、あと一押しでネタにできるのになー、なモノ予備軍があるにはあるのでして......。ご愛読ありがとうございました。

連載は終わっても、3DCGイラストとFlashオーサリング/スクリプティングを中心にご打診を引き続きお待ちしています。
サイト:< http://www.yk.rim.or.jp/%7Ereyhori/ >