[2829] 護国寺界隈構造物散歩の巻

投稿:  著者:  読了時間:19分(本文:約9,100文字)


《主流と異なる意見を堂々と主張できるオレってどうよ!》

■わが逃走[63]
 護国寺界隈構造物散歩の巻
 齋藤 浩

■歌う田舎者[10]
 ろくなもんじゃねえ
 もみのこゆきと



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■わが逃走[63]
護国寺界隈構造物散歩の巻

齋藤 浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20100408140200.html >
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こんにちは。散歩好きの齋藤です。

いい感じに暖かくなってきた今日この頃でございます。こんな日は美しい花を愛でるのもいいのですが、美しい構造物を鑑賞するのもまた一興。

てな訳で、先日、護国寺〜茗荷谷〜本郷と散歩してきまして、今日は護国寺近辺の魅力を語ろうと思います。

前も書いたかと思うのですが、私は子供の頃、一般的に「美しい」とされているものをそのまま美しいと思うことに抵抗がありました。例えば「花は美しい」。だから花を描きましょう、みたいな考えにものすごい抵抗を感じていたのです。それよりも、もっと普通にそのへんに落ちてる石ころを拾ってきて、美しいアングルを探す方がよっぽど楽しいじゃないか!

まあそんなひねくれ幼児の私は、道ばたに落ちてる釘やらボルトやら木の根っこ等を収集し、気に入ったものを棚に飾ったり祖父・三郎にプレゼントしたりしていた訳ですが、まさかそれが40過ぎても続いているとはね。カメラという文明の利器を手にしたので、さすがに最近はあまり拾ったりはしないけど、同じような感覚でシャッターを切っているような気がするのです。

さて、今回の散歩のプランニングに大変重宝した文献は以下の3冊。
『タモリの東京坂道美学入門』講談社 2004
『東京の階段─都市の「異空間」階段の楽しみ方』日本文芸社 2007
『東京ぶらり暗渠探検』洋泉社 2010
いずれも超マニアック視点の東京案内と言えましょう。

こういう狭く深い本が普通に出版される世の中って、さすが21世紀だなーと思う。ネット社会ならではのマーケティングってやつ? 昨今の工場や廃墟ブームにしてもそうですが、まさかこんな偏った趣味の人がこうもたくさんいたとは! と心強くもあり、気味悪くも! あります。

かく言う私もその一人であります。こういった本のおかげで、普通に暮らしてる東京が知らない国のようにも見えてきます。まさに、拾ってきた石ころの美しいアングルを探す旅が毎日味わえるのです。

しかし、東京は新陳代謝の激しい都市です。本に出ていたのでいつか行こうと思っているうちに、土地は削られタワーマンションが建ち、前日の面影すらなくなることもよくあります。なので、思い立ったら出かけちゃうことをおすすめします。

某月某日午前11時、同じような趣味の若者及びシジュー代計7人が揃い、だらだらと出発。お茶の水女子大の裏手から豊島ヶ岡御陵の東を北上する。

このあたりは昔、水窪川という川が流れていた。いまは暗渠化されているその川に沿って歩くと、ちょうど尾根に相当するところが春日通で、そこから見下ろした谷を歩いているのがよくわかる。

という訳で、この周辺には美しい坂道や階段道がたくさんあるのだ。傾斜地は平地と違って区画整理がされにくい。なので、昔ながらの風情のある景色や建物が鑑賞できることが多い。とくにここ大塚5丁目あたりは、いわゆるワビサビ密集地と言えましょう。

なお、今回ここで紹介する階段は全て春日通から水窪川暗渠にかけての傾斜上にある。さっそく階段その1発見。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/04/08/images/01.jpg >

おそらく数年前に改修工事が成されたらしく、階段そのものは白く新しいコンクリートになっている。

しかし、周囲の家並みは大変風情があり、とくに頂上から見下ろす風景は古き良き昭和の東京だ。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/04/08/images/02.jpg >

数年前までは奥の駐車場にも昭和的木造建築が建っていたのだろうか。新陳代謝の激しい東京という街において、10年前の景色を想像することはなかなか難しいが、このあたりはまだそういった楽しみも残されている。

さらに進むと、そのテの本でも大きく取り上げられている名階段がある。細い路地の突き当たりから、突然扇型に広がる急階段がそれだ。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/04/08/images/03.jpg >

この階段の美しさを伝えるのは難しい。複雑な構造ゆえベストなポジションがみつからず、撮影しても平面的に見えてしまう場合が多いし、その立体的な美しさを伝えたくても、カメラのフレームで切り取った途端、ツマラナイ縞模様になってしまうのだ。

そんな訳で、ベストな一枚を撮影すべく、季節や時間帯を変えてこれからも見に行きたいと思っている。なお、この場所だけでなく、ここら一帯は限りなく私道に近い感じの住宅密集地である。訪れる際は近隣住民の方の迷惑にならないよう、充分気をつけたい。

さらに暗渠を進むと、ほどよく曲がりくねった階段がある。頂上から見下ろせば、なんとなく尾道の風景をイメージしてしまう。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/04/08/images/04.jpg >

屋根の向こうに尾道水道を幻視しつつ野良猫と戯れる。
と、階段の途中に素敵な構造物を発見。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/04/08/images/05.jpg >

どうやらコンクリート塀のちょうど真下に下水の蓋がきちゃったのかな? 蓋を機能させつつ、排水との両立を図った結果がこの仕組みなのだろう。私はこういった、現場合わせ的ささやかな工夫が大好きなのである。なんでもかんでもユニット化され、同じ形の家がコピペされたような新興住宅地にはこのような物件はまず存在しない。

気にせず通り過ぎてしまいそうな、これらのちょっとした"でっぱり"なども、構造から機能を読み解く楽しさを与えてくれる先生的存在なのだ。

そして、次に現れるのが昭和な木造建築にはさまれたこの階段。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/04/08/images/06.jpg >

うーん、美しい。とくに道路と接するところで幅がせまくなってるところになんともいえない美を感じる。

このような構造になったには、おそらくちゃんとした理由があるのだ。この日は駆け足ツアーだったので、再び訪れたときにはその理由を探ってみたい。ちなみにこの近所のいい感じの壁や塀を切り取るような感覚で撮影すると、抽象画のような絵ができる。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/04/08/images/07.jpg >

このような"絵"を発見する楽しさも散歩の楽しみである。
水窪川の暗渠が左にくいっと曲がるあたりで、驚くほど急な階段を発見。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/04/08/images/08.jpg >

住宅の玄関に通じる階段だと思うのだが、とにかくハシゴ並みに急なのだ。ここまで来るともはや『機能する芸術』。そのインパクトたるや、ヘンリー・ムーアやイサム・ノグチの彫刻作品のパワーを越えると言っても過言ではない。

モノを創り出す際、「芸術を作る」と思った時点で芸術には至らぬことが決定付けられるのかもしれない。真の芸術とは無意識の、無作為の中でつくられた作為なのではないかと思うのである。

というところで今回はこれにて。今後タイミングを見つつ、茗荷谷編、本郷編を書いていこうと思います。んではみなさま、また次回。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

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■歌う田舎者[10]
ろくなもんじゃねえ

もみのこゆきと
< http://bn.dgcr.com/archives/20100408140100.html >
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郷土の英雄が嫌いだ。

郷土の英雄と言っても、明治維新の英雄、西郷隆盛とか大久保利通ではない。バルチック艦隊撃破の英雄、東郷平八郎でもない。ご長寿界の英雄、泉重千代でもなければ、フラメンコ界の英雄、西郷輝彦(※1)でもない。サラリーマン界の英雄、沢村一樹(※2)でもないのだ。

わたしが嫌いなのは、順子という女と付き合っていた男だ。順子に捨てられて、悲しい気持ちを抱きしめながら名前を呼んでいた、ナイーブな青年のことだ(※3)。え?誰 のことかわからない? その後、成長してギターをかき鳴らしながら結婚式場で♪き〜みに〜しあ〜わせ〜あれ〜♪とお歌いになった"あのお方"ですよ(※4)。

そして、ときには鋼のような肉体で国会議事堂にしょんべんひっかけたりするワイルドさも魅力の"あのお方"(※5)。だいたいわかってきましたか? 最初の奥さんはスタ誕出身のアイドル歌手で、狼なんか怖くないのに旦那のことは怖かったらしい(※6)。週刊新潮4月1日号によると、朝青龍、清原和博と3人ユニットで歌手デビューするんではないかと噂されている"あのお方"。あ、もういいですか? これ以上説明しなくても。

.........言ってしまった。これでわたしはSAT(Satsuma Ansatsu Tokusyubutai薩摩藩暗殺特殊部隊 ※7)に狙われる身の上になってしまった。薩摩藩では西郷隆盛の悪口よりも、"あのお方"の悪口言うほうがよっぽど恐ろしいのだ。ごめんなさい、ごめんなさい。わたし、こう見えて気が小さいんです。カエルの死体とか送らないでください。箱を開けたとたんに心臓マヒ起こして死にます。

えぇ、そうよ。わたし、小さな頃から言われていたわ。「人を噂や外見だけで判断してはいけないよ。自分の目で、耳で、心で確かめてから、判断はするものだ。それが我が家の家訓だよ」と。会ったこともない"あのお方"を悪しざまに言い募るなんて、天国のご先祖様が泣いているわ。だいたい本名で書いてないコラムに人の悪口書くなんて、卑怯以外の何者でもなくってよ。

でもね、正確に言うと、わたし"あのお方"が嫌いなんではないの。だって、"あのお方"がデビューしてから3枚目くらいまではアルバムも買ったのだもの。えぇ、もちろんCDじゃなくてLPよ。悪かったわね、年寄りで。あれは今思うとわたしの音楽人生最大の誤ちだったわ......あ、いえ、もちろんそんなことありませんとも。えぇ、今のは空耳です。

わたしが嫌いなのは、音楽など軟弱者の趣味だと思っているくせに"あのお方"のことだけは一神教のように信仰しているという男なの。

●"間違った男らしさ"とは

わたしのこれまでの人生の中に、"間違った男らしさ"を振りかざし周りを困らせていた男が3人いる。彼らはたくさんの共通点を持っていた。

1.「大きいことはいいことだ」という信念を持っている。

体格も標準以上だが、声も必要以上に大きい。いつも自信満々に自己主張する。自分をもっと大きく見せるため、王様のように肩をいからせそっくりかえって歩く。ひょっとすると巨根であるかもしれないが、見たことはない(見たくない)。蛇足ながら、巨根であるかどうかは男らしさとかモテ度とか気持ちよさには全く関係ない(多分)。好きな野球チームは「巨根」、いやいやもちろん「巨人」である。......「大きいことはいいことだ」って、そんな意味じゃないよぅ!と、草葉の陰から山本直純先生の泣き声が聞こえるような......(※8)。

2.肉体系自慢話が多い。

男らしさをアピールするためか、肉体系自慢話が多い。過去のスポーツ系勲章を、聞いてもいないのに繰り返し自慢する。筋肉を誇示することが男らしさだと思っているので、日々肉体改造に余念がない。

3.オシャレじゃない。

オシャレするのは男らしくないと信じているので、ファッショントレンドからは程遠い、"ダサい"の一歩手前くらいにいる。しかし"オタク"に比べれば相当ファッショナブルだと思っている。総じて女性の好感度は低いが、女に人気があるということは彼らにとって忌むべきマイナスポイントであるので、むしろ望むところだと肩で風を切っている。そのわりには女性の好感度が高い男を妬んでいたりする。

4.反体制的な言動が男らしいと思っている。

「主流と異なる意見を堂々と主張できるオレってどうよ!」と自己陶酔している。反体制的意見を裏付ける情報は持っているが、主流派の意見と真剣に比較検討しようとはしない。なぜなら、反体制的ポーズを取ることこそ彼らのアイデンティティなので、どちらが正しいか、合理的であるかは関係ないのだ。主流派におもねる必要など全くないが、なんでもかんでも反対していると、文句言うしか能のない万年野党のような気がしないでもない。

5.自分の派閥を作ろうとする。

男らしい男はリーダーでなければならない。リーダーとは役割であって、リーダーシップとは問題解決に必要とあらばポジションに関係なく、人や組織を動かし引っ張っていく能力を言うのだが、彼らが目指すのは、なぜかリーダーシップを身につけることではなく、リーダーになることなのだ。

リーダーは手下を持っている。自分の命令に忠実な手下を。自分がリーダーであることを周囲に証明するためには、どこに行くにも(トイレに行くにも!)手下を従え、徒党を組んで行ってみせねばならないと思っている(ホントなんだってば!)。だから、立場の弱い人間や、断れないタイプの人間を力でねじ伏せ、手下に仕立て上げるのに必死だ。しばらく付き合ってみれば、多くの人間は底の浅さを見破り離れていってしまうので、春がくるたびに新人発掘に忙しい。

あぁ、ろくなもんじゃねえ(※9)。こういう"男らしい"人々はどう扱ったらいいんだろうなぁ。

"男らしい"人々は、ひとりでいることができない。孤独に耐える力も、孤独を楽しむ余裕も持たない。彼らが"男らしく"振舞おうとすればするほど弱さを露呈し、女々しく哀れな男になっていく。

男らしさって何だ? 強いことか? 大きいことか? 手下に囲まれ中心にいることか? じゃ、強いってどういうことだ?

世間の冷たい目を浴びながら、わが道を驀進しているオカマの方が、よほど強くて男らしいぞ。

そして"男らしい"人々の最後の共通点が、"あのお方"の狂信的信者であるということなのだ。

少ないサンプル数で過度の一般化を行うことは良くないと思うのだが、わたしの人生的には3人もいればおなかいっぱいである。そんなわけで、初対面の男が"あのお方"の大ファンだと聞くと、心の中でエマージェンシーランプが点灯するわたしなのだった。

※1「星のフラメンコ」西郷輝彦
< >
※2「サラリーマンNEO セクスィー部長」沢村一樹
< http://www.nhk.or.jp/neo/contents/topic/nyaon5.html >
※3「順子」"あのお方"
< >
※4「乾杯」"あのお方"
< >
※5「お家へ帰ろう」"あのお方"
< >
※6「狼なんか怖くない」石野真子
< >
※7「SAT」Special Assault Team 特殊急襲部隊
< http://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=30508146 >
普通はSATと言えばコレである。
※8「大きいことはいいことだ」山本直純
< >
森永YELLチョコレート、50円だったんですねぇ(遠い目)。
※9「ろくなもんじゃねえ」"あのお方"
< >

【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。

4/6の編集後記に書いてあったコレ↓
< http://c.recruit.jp/library/travel/T20100330/docfile.pdf >

リクルートじゃらん ご当地調査(PDF)なるものを眺めていたら、薩摩藩は、地元の歌・歌手・音楽家に愛着を感じている人の割合が全国5位。ありえねぇ。いや、なんつーか、これ、間違いなく森進一とか坂上二郎に愛着を感じてるってことじゃないっすよね。ひょっとすると中島美嘉とか元ちとせとか、そういう人だと思いたいのだが、きっとやっぱり誰がなんと言っても間違いなく圧倒的に"あのお方"......。あな恐ろしや。

それにしても今回のコラムは怖かった。取りあえず歌詞の内容確認しようと検索したら、何度もパソコンが固まったのだ。去年の年末に買ったばかりの、バリバリのWindows7(64bit)機だと言うのに。SATの仕業かとマジびびった。暗殺される前に一度はGrowHairさんと浅草ロック座に行かなければ、死んでも死にきれない。はっ......うしろに人影が......。

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お詫びと訂正

4月2日(金)配信分の GrowHair 「OTAKUワールドへようこそ!」で櫻井紅子さんの人形作品が去年の12月の展示まで売れたことがなかったという記述がありましたが、誤りで、正しくは、値札をつけたことがなかった、です。お詫びして訂正します。

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■編集後記(4/8)

毒笑小説 (集英社文庫)・テレビの「お笑い」がまるでおもしろくない。S-1、M-1、R-1、キングオブコントなど、いちおう見始めるものの、あまりのつまらなさ、居心地の悪さに途中でいやになって、すべて決勝まで見たことがない。たまたま読んだ東野圭吾「毒笑小説」(集英社文庫、1999)の巻末で東野と京極夏彦が「お笑い」小説について対談していて、それがテレビの「お笑い」と通じるものがあって興味深かった。──芝居などもそうだが、笑わせるのはテクニックとして泣かせるより断然むずかしい。読み返してみて、自分ではずしたなと思ったときの恥ずかしさったらない。読んでて寒かったときはゾーッと引いて手の打ちようがない。「ああ、こいつ、面白くないヤツだ」と思われるのがすごく怖い。ギャグには体力が必要で、途中でテンションが下がるともうダメ。結局、他人の不幸で人間は笑う。笑いの底に悪意あり。感動と笑いは紙一重。危険なのは笑いのツボの周辺にはシラけるというでっかいツボがある。要は「あ、バカだ!」と言って笑える、そのバカのパンチがどれだけあるかということだ。「お前、これギャグ、はずしているぞ」と言われたら、店を畳んでかえりますみたいな感じになっちゃう。──などなど、納得出来る話だ。翻ってテレビの「お笑い」を見ると、覚悟が足りないというか、才能がないというか(それで苦節数十年とは悲しい)、中途半端なのばかり。フリップ持って出てくる芸人はとくに。それにしてもS-1グランプリ、もちろん途中で見るのやめたけど、ずいぶんぬるいイベントだった。ばかげた賞金金額1億円、それにつりあわない芸、これはソフトバンクのばらまきだ。まあ、史上最低のばらまき、子ども手当よりは罪がないが。(柴田)

・昨日書いたiPhoneでradikoが......。「iRadiko」アクセスできず。「ラジ朗」は今のところ大丈夫。AMラジオを久々に聴いて、音声だけでここまで表現しますか、と感動していたのになぁ。地域外では聴けなくする公式アプリが近日中に配信されるらしいが、それまで待ちなさいと。もう、ラジオの地域枠とっぱらえばいいのに。音楽を全国放送するから? 地域密着CMの効果がないから? CMだけ地域別に差し替えるとかって難しい? 今の数秒遅れを15秒遅れとかでもいいしさぁ。ネットしている番組なら、それぞれの地域でCMのない時は音楽流れていたりするよね。朝や昼間は地域放送の方が絶対便利だから自然とそっち選局すると思う。FMや深夜は番組自体で選びそうだけど。ラジオに面白いコンテンツがあるとわかれば、聞く人増えると思うよ〜。radikoの存続については、地域拡大方向の方が良い結果を生むと思うので頑張って欲しいなぁ。元から地域外でも雑音混じりで聴けていたんだし、ワールドバンドラジオ(持ってる)使えば、その範囲も広がる。音楽業界はラジオ盛り上がった方がいいよね。テレビや携帯コンテンツだと偶然音楽が耳に入ることなんて少ないよ。音楽番組見ない人だと、CMか主題歌程度。(hammer.mule)
< http://k-tai.impress.co.jp/docs/news/20100407_359577.html >
radikoのiPhoneアプリに協議会が難色、近日公式アプリ配信
< http://www.sony.jp/radio/lineup/r-worldreceiver.html >
ワールドバンドレシーバー