私症説[15]二代目襲名/永吉克之

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私は海鼠紅一也(なまこべに・かずや)と申します。今回のコラムは私が永吉さんに代って担当させていただくことになりました。よろしくお願いします。

さて、ことの次第ですが、永吉さんのお友達が経営する「ゾガヴェグズ」というパブが大阪市の谷町にあって、私はそこの客でした。元気だった頃の永吉さんは毎日のように店に通っては鯨飲していたようなのですが、病を得てからは、月に一度か二度顔を出す程度になり、私と親交をもつようになった時分には、ほとんど飲めなくなっていました。

永吉さんがゾガヴェグズに現れなくなってから三か月ほどしたあるとき、私がカウンター席でひとりで飲んでいると、背後でジャリジャリという音が聞こえてきました。この店の床には玉砂利が敷きつめてあって、それを踏む音で、客が来たことを知らせる工夫になっていたので、私はとくに気にしなかったのですが、アルバイトの女の子の「何してはるんですか?」という声で振り向くと、永吉さんが玉砂利のうえを這いながら店の中に入ってくるところだったのです。



永吉さんが、私を見据えたままオオトカゲのように這い寄って来るので、気味が悪くなって立ち上がろうとすると、彼は話がある、と言いました。
「ひとつ頼みたいことがあってなあ、聴いてくれへんか?」
「そら、聴きますけど......家からずっとここまで這って来はったんですか?」
「そや。わしは世捨て人になろうと思てるんや。人の行き来するところに出て行くときは、なるべく目立たんようにせんならん」
「普通に歩くより、よっぽど目立つと思いますけど......まあ、ともかく起きてくださいな。話しにくうてしゃあない」

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自分には子供がいないから、自分が存在した証を残すことができない、それに何の功績も上げていなので、死んだらたちまち忘れられてしまうのが寂しい、遺伝子も功績も後世に伝えられないのなら、せめて名前だけでも残したい、そんなわけで海鼠紅くんに「永吉克之」を襲名してほしい......それが永吉さんの言いたかったことなのです。

「襲名すると何かせんならんのですか? 戸籍とかどないなるんです?」
「いやいや、改名するんとちゃうねん。十二代目市川団十郎かて、堀越夏雄っちゅう本名があるやろが。ゆうたら、芸名を継ぐみたいなもんやな」
「ほんなら日常生活では、本名の海鼠紅一也でええっちゅうことですか?」
「もちろんやがな。いっこも難しいことあらへん」
そんなわけで、私は二代目永吉克之となることを承諾し、先代の永吉さんは、後で連絡すると言って、また地面を這いながら帰っていっていったのでした。

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その後、先代はまったく、ゾガヴェグズに顔を見せなくなりました。後で連絡するなんて言っておいて電話一本よこしません。こちらから連絡をしようにも、隠れ家だからという理由で、二代目の私にすら居場所も電話番号も教えてくれません。メールアドレスは知っているのですが、家の住所とメールアドレスは磁石のN極同士どうしのように反発しあって、爆発する危険性があるから決して送ってはならない、と訳のわからないことを言うのです。

とはいえ、日常生活では、二代目の名前を使うと混乱を来すので、ずっと海鼠紅一也で通していました。それに芸能人じゃないから襲名披露をすることもないので、名前を継いだ後も、それ以前と何ら変わりのない生活をしていましたが、あまりに何も変らないので却って不安になりました。

家族四人で夕食のテーブルを囲んでいるときでした。小学生の子供がふたりいるのですが、兄弟が口をそろえて噛みついてきたのです。
「おとうちゃん、永吉とかいうおっさんの名前を継いだて言うてたけど、永吉みたいな変な前になんの、ボクいややで」
「そや、いじめられるからボクもいやや! おとうちゃんきらいや、わー!」

「泣かんでもええがな。お前らは関係ないねん。海鼠紅害吉、海鼠紅狂仁のままでええねん。心配すな。おとうちゃんかて、普通の生活では本名のままや」
「へぇえ。ほんなら二代目永吉克之はどこで使うん? 普通の生活やないとこてどこのこと?」
誰に似たのか、長男の小賢しい口振りを、さすがはわたしの子だと言わんばかりの惚れ惚れした眼つきで眺めていた妻が口をはさんできました。

「ほんまそうやわ。日常生活以外の生活て、どこにあんの。なあ」
私は返答に窮したまま、無言で食べ終わると。さっさと食卓を離れました。背後で、長男のケケケという笑い声が聞こえました。

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二代目の名前を使う機会がないまま一年が過ぎたころ、先代から通天閣の写真が載った絵ハガキが届きました。隠遁者が通天閣に行くはずがないから、たまたま家にあった絵ハガキを使ったにちがいありません。宛名は本名の海鼠紅一也になっていました。でないと届かないからでしょう。それと、差出人は名前だけで、相変わらず住所は伏せてありました。

「引き継いだ名前をどこで使えばいいか分らなくて困っているのではないかと思います。私が寄稿しているメルマガの原稿を一本書かせてあげますから、そこで名前を使ってください。原稿は、テキストエディターで作成して、メールに添付し、4月21日(水曜)の午前中までに以下のアドレスに送るように」

内容はそれだけで、何をどう書けばいいのか説明がないのです。まったく不親切な人だなーとブツブツ言いながら、先代の名前で検索をして、そのコラムが掲載されているサイトを参考に、手探りで書いたのが、今回のコラムです。なんとか先代の名を貶めないようなものにしようと工夫しましたが、結局、ここに到るまでの経緯を書いただけになってしまいました。どうかご容赦くださいますよう、読者の皆様にお願いします。〈二代目 永吉克之〉

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【追記】今回のコラムは本日4月22日(木曜)に配信されました。したがってそれ以降の出来事はすべて未来形でお話しなければなりません。

配信された翌々日、先代からまた絵ハガキが届きます。今度は、道頓堀の夜景が載っていますが、写真の側にまで殴り書きしてあって、ひどく興奮しているのがひと目で分るでしょう。そこにはこんなことが書いてあるはずです。

「海鼠紅おまえに書かせても下らんもんしかできんのは分ってたけどせっかく二代目の名前を使うチャンスをくれてやったのにその名前に泥を塗るような真似しやがってどーゆつもりじゃこの恩知らずが飼い犬に手を噛まれるとはこのことでおいぜんぶめちゃくちゃになってしもたからでそれは曇りのいゆだだてそそかえらひらだふ......(以下、解読不能でしょう)」

その便りを読んだ私は、はたして自分がまだ二代目と認められているだろうかと気になるでしょう。メルマガの方はその後も、先代が隠遁者でありながら寄稿し続けているはずですが、いつの間にかタイトルが『死傷説』に変っているでしょう。それは私が先代のコラムのイメージをすっかり傷つけてしまったからで、まったく申し訳のないことをしたものだと、私は慚愧の念に苛まれていることでしょう。

ところがしばらくして、実は先代が、一年余り前、最後にゾガヴェグズで私と会った次の日に、自宅で脳卒中で倒れ、発見されたときにはすでに白骨化していたことを知って驚くと同時に、それではいったい誰がコラムを書いたり、私に指示を出したりしていたのかという謎が生まれるでしょう。しかも、依然としてメルマガの編集部には、毎月原稿が送られているでしょう。

いったい誰がどうやって原稿を送っているのか、さまざまな憶測が飛び交うなか、先代がペットとして飼っていた九官鳥が原稿を書いているという噂が広まり、九官鳥は二代目永吉克之と呼ばれ、全国に知れ渡るでしょう。しかし本来の二代目である私が書いているのではないかなどは誰も思わないでしょう。私は何のために二代目を継がされたのか、さっぱり分らなくなるでしょう。

【にだいめ・ながよしかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
このテキストは、私のブログにも、ほぼ同時掲載しています。
・無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz >