歌う田舎者[11]宇宙戦艦ヤマト ─薩摩島の戦士たち─/もみのこゆきと

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無限に広がる大宇宙。生まれ来る星もあれば、死にゆく星もある。無数の星々の間で幾度も起こった戦いは、ヤマトの活躍により終結し、宇宙は平和な営みを取り戻したかに見えた。しかし、この戦いの中で時空は少しずつ歪み、その裂け目にいくつものパラレルワールドが生まれたことを誰も知らなかった。
(↑ナレーション・広川太一郎風※1)


波が打ち寄せる砂浜に生い茂る椰子の木々。ところどころに赤や黄色のハイビスカスの花が咲き乱れている。浜辺には男が二人。

「おい、大丈夫か。相原。目を覚ませ」
「う......うん......」
頬をぴたぴたと叩かれて目を覚ますと、焦げくさい臭いが鼻をついた。
「......真田さん! 僕ら、生きていたんですか!」
「幸運なことに、お互いかすり傷程度のようだな」
「ここは......ここはどこなんですか?」
「どうやらここはパラレルワールドにある地球のようだ」
「ええっ!? パラレルワールド?」

「ガミラスが瞬間物質移送器を使って、多数の戦闘機を出現させた時空の歪みに、俺たちははまり込んでしまったようだ。見ろ、あの太陽を。丸に十の字だ。間違いなく、ここは俺たちが生きていた地球じゃない」
「なんてことに......他のみんなは?」
「わからない」
「僕たちは......元の世界に戻ることができるんでしょうか」
真田の視線の先には、黒焦げになり、およそ使い物になるとも思えないコスモタイガーが、波打ち際で煙を上げていた。



すると突然、馬のいななきが砂浜に響き渡った。
「おぉぉぉい。おまんさぁたちは、そこで何をしちょっとか」
声がする方を振り向くと、馬に跨った男が近づいてくる。
「まこておかしな格好をしちょっが、どこから来たとか」
「どっ、どこからって......」
「あぁ、よかよか。今は誰でんよかで人手が必要じゃ。おまんさあたちは何者か?」
「ぼ、僕はヤマトの通信班長、相原。真田さんは技師長です」
「ヤマト? 聞いたこともなか藩じゃっどな。脱藩してきたとか。通信が専門とはますますよか。ぴったりの仕事があっとでごわす」
「あなたはいったい誰なんですか?」
「おいどんは、郡奉行書役をしちょる西郷じゃ」
「西郷さん、ここはどこなんですか」
「ここか? ここは薩摩島でごわす」

次の日から薩摩島で相原たちの仕事が始まった。西郷に案内され、鶴丸城二の丸にある作業所に入ると、生気のない顔をした多くの藩士たちが、PCに向かって黙々と作業をしている。
「PC......PCがあるのか」
「おまんさあたちの仕事は、幕府から来る公文書をWEBで公開するこっじゃ」
「ええっ。WEB? インターネットがこの時代にあるんですか」
「おかしなことを。インターネットは15年も前から始まっちょっが。ヤマトちゅう藩はまこておかしな藩じゃ。まぁ、よか。幕府からきた公文書はそこの土蔵に保管してあっとでごわす。2年前の分から溜まっちょっで、急いで処理をお願いしもす。真田どんの席はそこ。相原どんの席はその隣ごわんど」

相原の頭は混乱してきた。江戸時代と思われるこの時代に、なぜインターネットがあるのだ。
「相原、だいたいこの島の概要がつかめたぞ」
指定された席のPCでHTMLをいじり始めた真田が耳打ちしてきた。

「この薩摩島は南海の孤島だ。一島で藩を成しているらしい。時代としては我々の知識の範囲では江戸時代後期から末期に近い。薩摩島は他の外様大名を戴く地域と同じく、幕府への忠誠を示すため参勤交代を課されてきた。しかし、南海の孤島からの出仕は財政上の負担が大きすぎるということで、薩摩島家老の調所笑左衛門の尽力によって参勤交代を免除され、代わりに幕府のための広報事業を請け負うようになったらしい」
「でも、どうしてこの時代にインターネットなんかあるんですか」
「相原、俺たちは単純に過去に遡ったわけじゃない。これがパラレルワールドというものなのだ」

西郷に示された土蔵の扉を開くと、内部には公文書の紙束がぎっしりと詰め込まれていた。
「あの、西郷さん。この公文書の元データはどこに? ワードか何かなんですよね?」
「そげなものはなか」
「え。ということは、この紙の文書見ながら、ぜんぶ、ぜーんぶ打ち直すってことですか」
「その通りでごわす。ひとつのキャビネットには一万枚の文書が保管されちょっで、一か月以内で処理をお願いしもす」

......目眩がした。来る日も来る日も土蔵とPCを往復し、一枚ずつ文書を打ち込む日々が続く。作業所で働く藩士たちの疲労は日一日と濃くなり、弱ったものは療養所に送られていく。

「真田さん、気が滅入ってきました。もう一か月ですよ。くそっ、いつまでこんなことを続ければいいんだ。PCで写経やってるようなもんですよ。御利益はなさそうですけど」
「じゃ、雑誌でも読んでみるか。写経PC」
「日経PCの間違いでしょう!」
「冗談だ」
「真田さんっっっ! あ、そういえば僕、おかしなことに気付いたんですよ。この島には女性はいないんでしょうか。僕はここに来てから一度も女性を見たことがないんです」

「おまえも気付いたか。そう、この島に女性はいない。この島の最後の女性は将軍家の正室に差し出されてしまったのだ。篤姫という名だったらしい」
「えっ。......男だけの島に女がひとりって、東京島(※2)みたいですね。しかし、それじゃこの島に未来はないじゃないですか。男たちは年老いていくばかりで、いずれは人口がゼロになる」
「いや、そんな心配はなかとでごわす」
「あ、西郷さん」
「成人男子は幕府に精子をメール添付で送れば、3日後には受精卵が返信されて来っとです。そいを藩校にある西洋科学技術研究所で培養して子供にすっとです」
「えっ? 精子をメール添付? そんなことができるなんて......」
「相原どんもおかしな人じゃっどなぁ。こげなことは常識ごわんど」
「なんでもっと普通に子供を作らないんですか」

「幕府が、子供一人に対して毎年五百両を支給するっちゅう方針を出したとでごわす。じゃっどん、こん財政状況が厳しか折、庶民がぼこぼこ子供を作るようになっと、予算が足りんちゅうこっで、出生は幕府が管理するようになったとでごわす。勝手に子供を増やしてもらっても困っちゅうことで、各藩に支給される受精卵の性別は必ず男と決まっちょっとでごわす」
「そんなバカな......。あ、じゃっ、じゃあですよ、メールができて添付ファイルもできるってことは、幕府からの公文書も添付して送信してもらえばいいじゃないですか。そしたら紙に印刷された文書を、手で打ち直すなんてバカバカしい作業もなくなる。コピペして整形だけで終わりますよ」
「コピペはできんとでごわす」
「なんでですか!」

「テキストデータは添付できんとです。メールに添付できるデータは、バイナリデータだけっちゅうことに武家諸法度で決められておるとでごわす」
「ぶっ......武家諸法度......」
「精子もバイナリデータでごわす」
「そ、それは確かにテキストデータではないような気もしますが......西郷さん、なぜこんなバカバカしいことになっているんですか」
「相原どん。おいどんにも、どげんもできんとじゃ。藩校で朱子学を学び、薩摩示現流の鍛錬も重ねた若い藩士たちの仕事が、幕府の公文書打ちちゅうとは......。おいどんも、臍を噛む思いじゃ」

夏が過ぎ、秋の風が吹いても、相原たちの仕事は相変わらずだ。
「まいにちまいにちぼくらは鉄板の〜〜〜♪(※3)。真田さん。毎日毎日キーボードに文字を打ち込むばかりで、だんだん脳みそが退化してきましたよ。目はクラクラするし、手は腱鞘炎になるし。ノルマをこなすのに毎晩残業で、これじゃ女工哀史(※4)ですよ。女いないけど」
「まぁ、そう言うな、相原。実はいいニュースがある。おまえに見せたいものがあるんだが、ちょっとこっちに来てくれないか」

真田が相原を連れていったのは、土蔵の奥にある物置である。
「真田さん、なんですか? ......あっ、これは!」
「そうだ。OCRできるスキャナだ」
「どうやって作ったんですか」
「コスモタイガーの残骸だよ。焼け残った部品を使ったんだ。データでもらえないなら、アナログ文書をこちらでテキスト化するしかない。細かい部品の調達は、西郷さんにも協力をお願いして、城下で探してもらったんだ」
「真田さん! さすが技師長!。これでやっと苦行のようなルーチンワークから解放されますね。すぐに西郷さんにも知らせましょう。藩士のみなさんも喜んでくれますよ」

「おまえたち、待てぃっ!」
「なっ、なんですか。誰だ、あなたは!」
目の前に立ちはだかった男。薩摩島の財政改革を一手に引き受けている調所笑左衛門である。
「残念ながら、その機械を使うことはできぬ」
「な、なぜです?」
「仕事がなくなるからだ」
「仕事がなくなるって......こんなバカバカしい仕事は機械にまかせて、もっと島のために働くべきことがたくさんあるじゃないですか。藩士のみんなだって、こんなやりきれない人生、イヤだって思ってるはずですよ!」
「何を言うか。我々には深い事情があるのだ。あそこを見よ」

調所笑左衛門が指さす先には、藩士たちの作業を監視するお目付役が大勢鎮座していた。
「業務の効率化など図っては、お目付役の仕事もなくなってしまう。彼らは、元はと言えば幕府から遣わされた旗本衆なのじゃ。薩摩島は、肥大化した幕府が抱えきれなくなった旗本衆に給金を払って養う代わりに、参勤交代を免除するという密約を結んだのだ。だからOCRなどという機械で仕事の量を減らしてはならんのだ。世が世なら、画期的な機械の発明ということで一躍時代の寵児となったであろうに......。わしも残念じゃ。そして、このような藩の命運を左右する構造物を設計・開発した人間は、その秘密が漏れぬように、死ぬまで幽閉せねばならん掟なのだ。許せ、真田どの。さぁ、ものども、ひったてい!」
「真田さんっ!」
「あっ、相原っ!」

「さぁ、皆の者。公文書のWEB公開を急ぐのじゃ。ひとときも手を休めるな。打て。打って打って打ちまくれっ!!!」

薩摩島。それは迷い込んだ者にとって、永遠にキーボードに縛り付けられる運命を背負った無間地獄であった。


えー、わしの仕事のひとつに、幕府(中央省庁などのお役所系)からの情報をWEBで広報するという仕事があるのだが、その情報の98%は紙媒体で来る。仕方がないのでOCRをかけるのだが、誤読チェックも結構面倒だ。場合によってはFAXを何回通って来たのかわからないほどノイズが入り、OCRかけても読めないものまであったりする。よって日がな一日、アナログ文書を見ながらWEB用に打ち直すのだが、全くどーにかならんもんか。

いや、ひょっとすると、わしのような窓際事務員の雇用維持のために、わざと仕事を増やしているのか?? そうだ、きっとそうに違いない。さすが、お上の考えることは奥が深い。日本の未来も安泰だ。
...............キーーーーーーーーッ!!!。

※1「宇宙戦艦ヤマト」
< >
無限に広がる大宇宙・・・のナレーションが入った部分がどーしても見つからなかったので、これで。
※2「およげ たいやきくん」子門真人
< >
※2「東京島」桐野夏生
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※4「女工哀史」細井和喜蔵
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp
働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。
ついたー。< http://twitter.com/otokonotfound >
みくし。< http://mixi.jp/show_friend.pl?id=3402746 >