[2859] これがプロフェシオナールだ!

投稿:  著者:  読了時間:24分(本文:約11,900文字)


《何もかもが海の向こうからやってくるじゃないか》

■わが逃走[66]
 デザイン教育!の巻
 齋藤 浩

■電網悠語:日々の想い[154]
 iPad狂想曲、頑張れニッポン!
 三井英樹

■私症説[17]
 これがプロフェシオナールだ!
 永吉克之


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■わが逃走[66]
デザイン教育!の巻

齋藤 浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20100603140300.html >
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こんにちは。趣味で学校のセンセイをやってる齋藤です。

何故"趣味で"なのかというと、ひとつ目の理由は、学校のセンセイはとても楽しいってことです。そしてふたつ目の理由は、ギャラに対して割に合わない仕事だからです。

私は某専門学校にて非常勤講師をやっています。センセイやってる時間をデザイナーとしての仕事に充てた方がおそらくは稼げるのですが、そうしない理由をひとことで言うなら、絆のようなものを感じているからです。教育の現場に立つことによって、『デザイナーを目指す者』が、私を通じて『私を育ててくれた偉大なデザイナー』と繋がっていく感覚とでも申しましょうか。この繋がりこそ私の財産であり、私を成長させてくれる源でもあります。

よく「趣味でセンセイやってます」と言うと、そんな軽い気持ちで不謹慎だとか、教育の仕事を何だと思っているのだ! とか言われちゃうのですが、逆にビジネスで講師をやるとなると、採算が合わないので続けられなくなる。でも趣味であるなら、そんなことは一切関係なく思う存分没頭できる。

という訳で、学校のセンセイはあくまでも趣味でやってる齋藤浩です。私を雇ってる人も、私の授業をとっている学生も、是非そのことを理解してもらいたいところ。


なんだかんだで今の学校でセンセイを始めて今年で10年(?)くらいになるのだが、10年前はそりゃもうタイヘンだったのだ。
→わが逃走[10]学校のセンセイの巻 その1・始動編 参照のこと
< http://bn.dgcr.com/archives/20071122140300.html >

最近は学生の質も上がってきて、本気でデザイナーになりたい奴が何人もいる!何それ? とお思いでしょうが、10年前は「あれやりたくない、これやりたくない」で、最後にデザインが残ったからこの学校に来た、なんて奴がけっこういたのだ。いわゆる消去法で人生決める人(まあ今でもいることはいるけど)。そんな連中に「お前らやる気あるのか!」って言ったところでやる気なんかありゃしねえ。

しかも、当時は学校側も学生もMacが上手に使える人=優秀なデザイナーだと誤解していたので、まずそのあたりからきちんと語っていかなければならなかった。10年で環境はかなり変わり、グラフィックデザインの授業も私の担当する広告系ゼミの他にエディトリアル系のゼミも設立され、なかなか充実してきた。しかもそのエディトリアルゼミを担当してるO氏(仮名)が、デキるデザイナーだったもんだから、こちらとしてもテンションが上がる。

座右の書『官能小説用語表現辞典』の装丁も彼の手によるものと知り、オレの中でのこいつタダモノではない度がさらにUP。教育現場において「優秀な学生の出現によってオレも周りもノリノリに!」という現象はかつて何度か経験していたが、ジャンルの異なる同業者・O氏(仮名)の出現は、私にとって今までとは全く異なる刺激となったのだ!

そんな訳で、先日O氏(仮名)と(飲みながら)デザイン教育について熱く語り合っているうちに、お互いの分野にまたがるような課題を一緒にやったら面白そーじゃん! といった展開となり、実際そうなってしまった。合同で講評会をやれば各ゼミ約15人×2で30作品揃うことになる。15人の中で1番になるのと30人中1番とでは重みが全然違うはずだし、そもそも30点もあればマトモな作品が1点くらいは出るでしょ。

ってことで、今回はそのときの様子について語っていこうと思う。前置きがものすごく長くなっちゃってスマンです。

で、その勢いで作った課題というのがこれ。

┃ 澁澤龍彦の世界を音楽で表現したトリビュートアルバム『エロティシズム』
┃ が発売されるとします。商品の販売形態を a)CDショップ限定 b)書店
┃ 限定 c)通販限定 の中からひとつを選択した上で、いままでの枠にとら
┃ われない新しいパッケージ+ブックの形態を提案せよ。

┃ ・参加ミュージシャンは好き勝手に設定して可。
┃ ・ブックは8p以上。
┃ ・タイトルロゴ、メインビジュアルはオリジナルで制作。
┃ ・その他ビジュアル要素、コピー要素はダミーで可。
┃ ・サイズ:自由
┃ ・素材:自由

どうだい? 素晴らしい課題ですね。制作期間は3週間。ちょっと長いか? とは思ったけど、初めてゼミを履修する2年生はそれなりに戸惑うだろうし、GWで授業が1回休講になるのでまあいいか、ってことになった。ちなみにウチの学校は3年制で、2年生からゼミを選択できるようになる。

学生にしてみれば、流通形態もミュージシャンも自由に選べるから表現の幅が広い! しかも"澁澤龍彦"という柱がしっかりと中心に存在するので、お互いの目指すイメージが共有でき、作品のイイところとダメなところが認識しやすい。こりゃ結果が楽しみだね。ふっふっふ。あ、私のゼミでは「澁澤龍彦って誰ですか?」という連中がほぼ100%だったのがちょっとビックリでした。

ちなみにジャッジする側としては、「なんでもいいからレコジャケ作ってこい」では、知らないミュージシャンを出してこられたときに戸惑っちゃうけど"澁澤龍彦"という条件のおかげでブレなく講評できる。私もO氏(仮名)もかつて澁澤の世界にハマった身なのでなおさらです。年齢的にオッサンになると、このように身を守る術もしっかり課題に取り入れておくのだ。

◇◇
さて、課題は同じだけど、O氏(仮名)の担当するエディトリアルゼミと私の担当する広告系ゼミとでは授業の進行は全く違う。ちなみにウチでは翌週までに1人30案アイデアを出すよう指示した。A4サイズの用紙1枚につき1アイデアで30枚。これを全員の見てる前でババッと広げて、ひとりずつプレゼンしてもらう。

最初に「30案」と聞くと学生はたいていビビるんだけど、現場では普通にやってることだし、なによりもアイデア出しに慣れることがこの道で食ってくための第一歩と言えましょう。ちなみに良いアイデアをたくさん出すコツは、セルフボツをしないこと。つまり、たとえツマンナイ案でも思いついたら一応描き出すと、枚数が増える分安心し、面白い案を出せる確率が上がる。また、ツマンナイ案同士を足したり引いたり掛け合わせたりすることで、面白い案に生まれ変わることもある。

なお30案と指示されて30案考えればいいと思ってしまいがちだが、実はそうではない。50案、100案と考えた中から自分の納得いくアイデアを30案に絞るのだ。ここまで行けるかそうでないかでステージが分かれる。思うに、デザイナーの仕事で最も難しいことは、"創造"ではなく"選択"なのではなかろうか。これが効率的かつ確実にできるようになれば一流になれる! ような気がする。

で、なんだかんだで少なくとも『一人30案』は出せたみたい。質のばらつきは当然あったけどね。全体として「エロティシズム」という言葉に引っ張られすぎて、澁澤の世界観みたいなところまで考えられていない傾向にあった。このへんは気にしなきゃいけないポイントだ。そして、各自オレ様のアドバイスを受けつつ制作する案を決定、これを2週間で仕上げることとなるのだった。

◇◇◇
講評当日。テーブル上に約30点弱の作品が並んだ。なぜ"弱"かというと、脱落者がいたからです。正攻法で仕上げたもの、バカなアイデアを真面目に追求したもの、やりすぎて焦点がブレたもの等さまざま。でも、幸いなことに間違った作品はひとつもなかった。これはたいしたモンだと思う。

齋藤ゼミの連中は、O氏(仮名)率いるエディトリアルゼミの計算されたレイアウトや色彩計画に目からウロコが落ちていたようだし、逆もまたしかりで、エディトリアルの学生は齋藤ゼミの広告的発想に刺激を受けていたようだ。

講評する側としても、普段見慣れたものとは違う視点の作品が多く、オレもO氏(仮名)もノリノリ。うーん、実に楽しい。こりゃ後期もまたやんなきゃねー、なんて話していた。で、今回はこの場を借りてオレ的優秀作品を3点紹介します。O氏(仮名)の評価となると、またちょっと順番が変わる。そのへんがまた興味深い。

その1◎エディトリアルゼミよりSの作品。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/06/03/images/s.jpg >

書店で販売されることを前提にデザインしたもの。バリバリ正攻法な作品。本人曰く『澁澤龍彦の部屋に飾ってある額縁』がテーマ。澁澤ゆかりの芸術家の作品をカード形式にまとめたものをブックレットとし、好みで表紙のビジュアルを入れ替えて楽しむことができる。パッケージを展開すると澁澤龍彦驚異の部屋! の全貌が現れる、といったもの。

美しく、仕事も丁寧。澁澤龍彦の世界観をストレートに表現している。構成もきちんとしているし、文字組もきれい。なんか池袋西武に昔あった美術書専門店アール・ヴィヴァンなんかに置いてありそうだなー。

と、褒めてはみたものの、この"実際に売ってそう"ってのがオレ的に気になるポイントでもあった。つまり、美しいし完成度も高いんだけど、他の人にも作れそうなんだな。突き抜けてないのだ。彼女ほどの実力があれば、もっと大胆な発想による新しい提案があっていいと思うのだ。これはこれで正解なんだけど、よりぶっ飛んだ案も見てみたかった。

その2◎齋藤ゼミよりNの作品。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/06/03/images/n1.jpg >
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/06/03/images/n2.jpg >

タイトルはSM2進法。澁澤龍彦の世界観を色彩や形状ではなく概念でとらえ、それを独自の美意識フィルターを通してアウトプットしている(←良く言えば)。面白い!

本人曰く『日常のものごとをSとMに分けて対にし、それらをSとMのみで表記する』んだそうだ。曲名や解説も全てこのSM2進法に則って表記されている。澁澤テイストなセピアトーンが多く並ぶ中で、この白地にスミ文字だけのシンプルなデザインは目を引く。そのへんの戦略もイイ。欲を言えば、プラスチックケースではなく紙ジャケの方がよりグッとくると思うのだが、どうだろう?

その3◎齋藤ゼミよりYの作品。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/06/03/images/y.jpg >

すごい。見事。バカなアイデアを真面目に仕上げた好例。本人曰く『背表紙が表紙だったら面白いかなーと思って』。澁澤龍彦の世界観をコレクター視点でとらえるという発想がイイ。コンセプトに最も奥行きを感じる作品。

物としての魅力もあり、澁澤コレクターじゃなくても物欲を刺激される。一発屋的発想のみで終わらず、仕事も丁寧、ブックもレーベルも真面目に仕上げて好感が持てる。大変良くできました。

といったところで、今回はこれにて。ちなみに紹介した3名は全員3年生で、現在就職活動中です。他にも優秀な人材多数。興味のある人事担当者は齋藤までメールを。では皆さん、ごきげんよう。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

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■電網悠語:日々の想い[154]
iPad狂想曲、頑張れニッポン!

三井英樹
< http://bn.dgcr.com/archives/20100603140200.html >
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どちらを向いてもiPadやiPhoneの話ばかり、おまけに来週はWWDC。漏れ伝えられている情報が多いけれど、やはり世界中が林檎色に染まるのだろう。

  ・Apple Worldwide Developers Conference 2010
  < http://developer.apple.com/wwdc/events/ >

大きいだけとは言えぬ新しいUIを見つめながら、今までの情報操作の是非を問う。ブラウジングする行為を見つめる。情報を得るためにしなければならない操作の無駄さ加減を考える。本当に効率よく情報にアクセスできていたのか、と自問する。

綺麗にデザインされた、あるいはチューニングされた情報は見やすい、伝わりやすい。bAで学んだことの一つは、デザインするとは制約整理をすること。自由にする方向ではない、逸脱するものを制する壁を、如何に邪魔にならぬように、かつ気が付かないように張り巡らせるか。そこの巧さにスキルが現われる。

  ・[bA]Business Architects Inc.
  < http://www.b-architects.com/ >


熟練したエンジニアが書くプログラマコードに感嘆したのも思い出す。そこでそのように制御するのか、罠のようにユーザのデータの動きを漏れなく拾う。その巧みさを美しいと感じた。単なるインデントされた文字列を何時間も凝視しながら、いつかこんなコードを書けるようになりたいと夢見ていた。

美しさへのアンテナは、美しくないことへのアンテナにもなる。小さいことで言えば、壁にかかっている絵が左に5mm下がっていても気になる。最初は自分の目の錯覚かと疑うが、気になりだすと、他人の家でも、なるべくさりげなく近寄って修正したい衝動に駆られる。

多分そういった日常生活も含めた感性スパイラルが、少しは自分の感覚も磨いてくれたのではないかと思う。同時にもっと磨かれておけば良かったと反省する。もっと集中して更に深みに入っておくべきだった。そうすれば、今違うように物事が見えるような気がする。

時間をかけられなかったことではなく、集中の度合いだとも思う。与えられた時間にどこまで集中してきたか。1を見て10を知るというのは、そういうことなのかとも想う。革新的なUIやデバイスを考案できるのには、きっと普通の人には見えないものまで見える眼力があるんだろう。

iPadを綺麗なタブレットと認識すれば、同じようなコンセプトのデバイスは他にもあった。電子書籍と思っても同じだ。でも、これほど熱望され、愛されるムーブメントを起こせたものはない。かろうじて思い出せるのは、やはりSONYのウォークマンだろうか。今ググれば、脳内印象とは違う残念感は否めないが、当時はあれが格好良くて、ロゴが輝いて見えて、欲しくてたまらなかった。

  ・ウォークマン - Wikipedia
  < http://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=32381952 >

きっと、人とは異なる眼力があれば、こうしたものを作れるのだろうと思ってしまう。だから、研ぎ澄ましておくべきだったのだ、感性を。こうした時代に活かすべき武器を。そうすれば、何かしらそうしたワクワクするプロジェクトに参加するチャンスが増えた気がしてならない。

しかし、と考える。ウォークマンを思い出すと、特に、ちょっと待てよと声がする。iPadが日本製でないことに、腹立たしく思っている人はどれほどいるのだろう。何もかもが海の向こうからやってくるじゃないか。別段、国粋主義ではないけれど、かつてのモノ作りニッポンの栄光は遠い記憶なのか、それともそもそも幻想だったのか、と思ってしまう。

自分が快適になることと引き換えに何かを失っていないのか。満足してしまうことで、何かに対する視力を失ってしまうのではないかと想いがよぎる。ピノキオが快適な遊園地から離れられなくてロバになっていく姿を思い出す。

  ・mitmix@Amazon - ピノキオ スペシャル・エディション[DVD]
  < http://astore.amazon.co.jp/milkage-22/detail/B001RPFHV4 >


先日、よくコンペで出会う競合会社の社長さんのお話を聞けた。100名以上を前にして、Blogをやっている人に挙手を求めたら、僅かに数人が恐る恐る手をあげるような状況での講演。それでも、使い勝手の追求で売上向上を狙うといったことがテーマのセミナーである。

そこで語られた事例は、Amazon、AppleやGoogleなど。いまやそうそうたる大企業である。Appleが時価総額でMicrosoftを追い抜いた数日後のことだった。

  ・ついにAppleがマイクロソフトの時価総額を追い抜く、iPhoneが躍進に
  大きく貢献 - GIGAZINE
  < http://bit.ly/ajycTV >

ただし、この成功事例の理由を、それぞれの会社の強さに求めはしなかった。結論は、「強い会社が勝つ訳じゃない、変われる会社が勝つ」。様々な試練の中で、どのように頑張り抜いたか、そのためにどれ程の自己変革を行ってきたのかを熱弁した。そして、それは彼らにしかできないことではなく、集中と選択を正しく行い、何かを徹底的に行い、何かを捨て、利用者の利便性を高め、自分達の強みを強めていったプロセス、いわば当たり前のプロセスだった。

Blogを実際に行っている人が殆どいない、実のところネットから離れていると言っても過言ではない人たちに向かって語りかけた熱い想い。言葉としては出てこなかったけれど、沈滞感とか行き詰まりを感じている暇があったら、自分達のビジネスを見直して、大変革を施して、大変身して元気な会社になろうよ、と叫んでいるかのように見えた。

いいモノや、凄い会社に圧倒される前に、凄い会社になろうと思うこと。覚悟を決めること、実行すること。そしてそれはそれ程凄い才能が必要なわけでもなく、単に変わっていくんだという覚悟だけだったりするのかもしれない。

頑張れニッポン!
頑張れ!>Web屋
頑張れ!>俺

【みつい・ひでき】感想などはmit_dgcr(a)yahoo.co.jpまで
・電子書籍が頭から離れない。5年後10年後の自分の本棚を想う。
・iPadは貧しくて買えません、まだ。
・mitmix : < * http://www.mitmix.net/ >
・Twitter : < * http://twitter.com/mit >

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■私症説[17]
これがプロフェシオナールだ!

永吉克之
< http://bn.dgcr.com/archives/20100603140100.html >
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体調が悪いのは年中ですけど、このところ目立って悪いんです。毎年、この時期になると、花粉症ではないのだけれど、とにかく何かのアレルギーで、鼻の奥がしょっちゅうムズムズして、くしゃみを連発するんですよ。そういう時は頭がどんよりして、面白いアイデアも浮かばないし、気の利いた文章も書けません。そのうえ腰痛がまた始まっちゃって、長時間パソコンの前で座っていることができないんですよ。

だから、今回は休載を申し出ようかとも思ったんですけど、敢えて受けて立ったのには理由があるんです。前の日、大阪の桃谷にある料理店「羊頭狗肉」でパーティがあって、ジェントルマン的な紳士たちや、レディ的なご婦人たちと、素敵なひとときを過ごしたので、今日はもうすっかり二日酔いに苦しんじゃってるからなんです。

わたしが何を言っているのかよく分らないでしょう。すいません。つまり、いろんな肉体的苦痛のなかで、二日酔いほど創作意欲をそぐものはないんじゃないかということなんですよ。頭痛とか歯痛みたいな痛みは局所的だけど、二日酔いは頭痛とか胃のもたれとか吐き気とかだるさといった全身にわたる苦痛をともなうからなんです。

まだ、わたしが何を言っているのかよく分らないでしょう。つまり、鼻水と腰痛と二日酔いという三重苦を背負ってコラムを書くことができるということを証明したいんです。どんな状況下でも、一定のレベルを維持することができるかどうかが、プロフェシオナールとアマチュールの違いだと思うんですよ。

もちろんわたしは、これでご飯を食べてるわけじゃないので、アマチュールなわけですけど、わたしとしては自らを「潜在的プロフェシオナール」と呼んでいるんです。しかし、こんな才能のある人間をいつまでもプロフェシオナールにしてくれない世間を俺は呪い、社会秩序を破壊してやろうと思った。

                 ■

俺は手始めに、小学校時代、何か言うたびにいちいち癇に障る口のきき方をしていた意地悪な用務員を成敗してやろうと、近鉄電車で名古屋まで行った。そして学校の敷地内に侵入すると、まっすぐに自動販売機のところまで行った。小銭がないので、千円札を投入口に差し込んで商品を選ぼうとしたら、それが牛乳パックの自販機だということに気がついた。俺はタバコを買うつもりだったのだ。タバコを吸うことは、世界に対する反抗の第一段階だ。

しかたなく俺は牛乳を飲みながら、用務員の詰め所に向かった。詰め所の前では、あの恨み骨髄のデブ用務員が、棒切れを振り回して、野良犬の集団を追い払っていた。昔からこの学校には野良犬がよく入り込んで、用務員の弁当を食べたり、校長室のソファを食い破ったり、保健室で交尾をしたり、生徒を噛み砕いたりして手を焼いていたのだ。

「おい。久しぶりだな、デブ。俺だ。憶えてるか」「貴様か。何しに......」
用務員が俺に気を取られたスキに、野良犬の一頭が背後から飛びかかって、脳天に噛みついたので、奴はうつ伏せにどうと倒れた。そこに他の犬たちが駆け寄ってきて、用務員の脚といわず尻といわず腕といわず食らいついて引きちぎろうとするので、奴は起き上がることもできずに、げふげふ言いながらもがくしかなかった。

「おい。助けてくれ。誰か呼んできてくれ」
「助けてやってもいいが、その前に訊きたいことがある。お前は、俺のことをアマチュールだと思っているか?」
「なんなんだ、それは? そんなことより早く助けてくれ!」
「答えろ。俺をアマチュールだと思っているのか? どうなんだ」
「わかった。認める。あんたはアマチュールだ。だから早く!」
「ばかやろう! おれは潜在的プロフェシオナールだ!」

そう言って、俺は学校を去った。用務員の奴も、生きていれば反省していることだろう。帰途、近鉄電車の線路沿いに広がる屈斜路湖の照り返しに目を細めながら発泡酒を飲んだ。

                 ■

うーむ。座って執筆しているのがますます辛くなってきました。腰痛だけじゃありません。胃もたれと全身のだるさが、わたしを畳の上に引き倒そうとします。それに、鼻の通りが悪くて何も考えられないのですが、そんな時でも、いやそんな時だからこそ、プロフェシオナールはより鋭い筆鋒を見せつけなきゃいけないんですよ。

過去の怨恨にいつまでも拘泥しているわけにはいかない。ましてや過去に報復することに何の意味があるだろう。俺たちは生きている限り、死ぬ直前まで将来について語る権利を持っているのだ。どんなに短い人生でも将来はある。だから俺は近鉄電車が大阪に着いても降りず、そのまま終点の群馬駅まで行った。

俺は将来、群馬か熊本か鳥取か鹿児島で暮らすのだ。どの県にも動物の名前が含まれているからだ。そこで先手を打つために、群馬駅を出たところにある郵便ポストの横に立って、目を閉じて夢想を始めた。俺が群馬に転居届けをだして、それから一生を終えるまでの夢想だ。

まずは、住む所を見つけなきゃいけないわけだが、俺が不動産屋を見つけて、その前で物件の張り紙を見ているところまで夢想したとき、ちょっとちょっと、と誰かが声をかけてきた。最初、俺は夢想のなかの不動産屋が声をかけたのかと思ったが、目を開けると、変な色の口紅をつけた若い女が、俺の前にいた。

「群馬はあなたが夢想できるほど簡単な国じゃないわよ。お帰んなさい」
「どういうこと?」
と聞き返すと、その女は、今度は口を閉じたまましゃべった。
「群馬はつねに夢想を裏切る国なのよ」
変だと思ったら、その女の後ろから、もうひとりの女が出てきた。体格も服装も髪型もまったく同じなので、重なって立っていると、ひとりに見えるのだ。
「君らはソーセージなのかい?」
と聞くと、ふたりの女は、ひとつながりの文章のようにして答えた。
「ちがうわ。ほら、顔立ちがまるっきりちがうでしょ?」
「おわかりかしら? あなたの夢想なんて、モグラの見る夢と変らないのよ」

たしかに、前に立っていた方の女は、目鼻口が顔の中心に凝集していて、後ろにいた方は拡散している。
「もしかして君たちは、プロフェシオナール?」
「そう、プロフェシオナール。名前は、肺魚シスターズ姉妹よ」
「どうして肺魚なの?」
「とくに意味はないわ」
俺は熊本へと向かった。

【ながよしかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
このテキストは、私のブログにも、ほぼ同時掲載しています。
・無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz >

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■編集後記(6/3)

・鳩山政権が発足して以来8か月半、毎朝新聞を開くのが楽しみだった。新聞を1ページから順に読むようになったのだから、スキだらけで突っ込みどころ満載の民主党政治は、一般人に政治へ関心をもたせるようになったという点で功績大といえる。ぶざまな迷走ぶりは床屋政談のかっこうの肴だったが、それは日本にとってリアルに深刻な事態だったから、遅きに失したとはいえ、とにかく辞めてもらってよかった、よかった。昨日の首相退陣劇には驚いたが、業界内(?)では意外なことではなかったようだ。じっさい、10日も前からそんな兆候はあったとか。週刊文春と週刊新潮が今日どんな広告を出すか、昨日から勝手に気を揉んでいた。だって、首相が辞任を発表した時点では、もう刷り上がっていたはずだ。果して、今日の新聞を開くと新潮は「騒々しい臨終の内幕」「自業自得の辞任劇」、文春は「鳩山VS小沢"抱き合い心中"全暗闘」「また"政権投出し"が」なんて文字が踊る。急遽広告をいじった部分もあると思うが、内容も的外れでないようでよかったねと勝手に安心した(まだ現物は見ていないけど)。首相を退陣に追い込んだのは、結果責任から目をそらし続けた「甘え」の政治姿勢と、選挙で勝てば何でもできるという「万能の幻想」であると評論される。それはまったく正しいが、そんな反省はまったくなく、今回の引きずり下ろし劇の理由はたんなる民主党の選挙対策にしか過ぎない。ってこと、国民はまるっとお見通しだい。(柴田)

・今日の後記のネタはあるぜ、ディスプレイだぜ、と思ったのに、まだ設置できていない......。机の横に持ってくる、箱から出す、机の上に置く、繋ぐ、電源を入れる、箱を始末する、キャリブレーションをする、なのだが、この「横に持ってくる」と「箱を始末する」を考えると頭が痛い。でかい箱なのだ。これ捨ててもいいのかな。修理時は箱がなくても大丈夫みたいなことは書いてあるからいいか。/ネタがない時に開いてみる「ののワ」で拾ったネタ「ESPNが作ったW杯各国代表のポスター酷すぎワロタwww」。日本のはかっこいい〜と思いきや、いろんな突っ込みが入り撃沈。どの国のポスターも洒落が効いているよん。/過去の天気はどうだったか? gooの「天気出現率」は過去30年間の平均。都道府県名、月、日をクリックすると天気の傾向、出現率、気温や降水量などが出てくる。1976年以降のその日のデータを個別に見たいなら、気象庁へ。都道府県と地点を選び、年月日を選べば、その日がどうだったかわかる。夏休みの日記用に。年を選ばなければ、過去のその日(たとえば6月3日の34年分)のデータが一覧できる。どちらも旅行やアウトドアの計画をたてるのに便利。といってもあくまで過去の話なんだけどね。(hammer.mule)
< http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1485285.html >
痛いニュース(ノ∀`)
< http://weather.goo.ne.jp/appearance_ratio/ >
天気出現率。
< http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php >
過去の気象データ検索