わが逃走[66]デザイン教育!の巻/齋藤 浩

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こんにちは。趣味で学校のセンセイをやってる齋藤です。

何故"趣味で"なのかというと、ひとつ目の理由は、学校のセンセイはとても楽しいってことです。そしてふたつ目の理由は、ギャラに対して割に合わない仕事だからです。

私は某専門学校にて非常勤講師をやっています。センセイやってる時間をデザイナーとしての仕事に充てた方がおそらくは稼げるのですが、そうしない理由をひとことで言うなら、絆のようなものを感じているからです。教育の現場に立つことによって、『デザイナーを目指す者』が、私を通じて『私を育ててくれた偉大なデザイナー』と繋がっていく感覚とでも申しましょうか。この繋がりこそ私の財産であり、私を成長させてくれる源でもあります。

よく「趣味でセンセイやってます」と言うと、そんな軽い気持ちで不謹慎だとか、教育の仕事を何だと思っているのだ! とか言われちゃうのですが、逆にビジネスで講師をやるとなると、採算が合わないので続けられなくなる。でも趣味であるなら、そんなことは一切関係なく思う存分没頭できる。



という訳で、学校のセンセイはあくまでも趣味でやってる齋藤浩です。私を雇ってる人も、私の授業をとっている学生も、是非そのことを理解してもらいたいところ。


なんだかんだで今の学校でセンセイを始めて今年で10年(?)くらいになるのだが、10年前はそりゃもうタイヘンだったのだ。
→わが逃走[10]学校のセンセイの巻 その1・始動編 参照のこと
< http://bn.dgcr.com/archives/20071122140300.html >

最近は学生の質も上がってきて、本気でデザイナーになりたい奴が何人もいる!何それ? とお思いでしょうが、10年前は「あれやりたくない、これやりたくない」で、最後にデザインが残ったからこの学校に来た、なんて奴がけっこういたのだ。いわゆる消去法で人生決める人(まあ今でもいることはいるけど)。そんな連中に「お前らやる気あるのか!」って言ったところでやる気なんかありゃしねえ。

しかも、当時は学校側も学生もMacが上手に使える人=優秀なデザイナーだと誤解していたので、まずそのあたりからきちんと語っていかなければならなかった。10年で環境はかなり変わり、グラフィックデザインの授業も私の担当する広告系ゼミの他にエディトリアル系のゼミも設立され、なかなか充実してきた。しかもそのエディトリアルゼミを担当してるO氏(仮名)が、デキるデザイナーだったもんだから、こちらとしてもテンションが上がる。

座右の書『官能小説用語表現辞典』の装丁も彼の手によるものと知り、オレの中でのこいつタダモノではない度がさらにUP。教育現場において「優秀な学生の出現によってオレも周りもノリノリに!」という現象はかつて何度か経験していたが、ジャンルの異なる同業者・O氏(仮名)の出現は、私にとって今までとは全く異なる刺激となったのだ!

そんな訳で、先日O氏(仮名)と(飲みながら)デザイン教育について熱く語り合っているうちに、お互いの分野にまたがるような課題を一緒にやったら面白そーじゃん! といった展開となり、実際そうなってしまった。合同で講評会をやれば各ゼミ約15人×2で30作品揃うことになる。15人の中で1番になるのと30人中1番とでは重みが全然違うはずだし、そもそも30点もあればマトモな作品が1点くらいは出るでしょ。

ってことで、今回はそのときの様子について語っていこうと思う。前置きがものすごく長くなっちゃってスマンです。

で、その勢いで作った課題というのがこれ。

┃ 澁澤龍彦の世界を音楽で表現したトリビュートアルバム『エロティシズム』
┃ が発売されるとします。商品の販売形態を a)CDショップ限定 b)書店
┃ 限定 c)通販限定 の中からひとつを選択した上で、いままでの枠にとら
┃ われない新しいパッケージ+ブックの形態を提案せよ。

┃ ・参加ミュージシャンは好き勝手に設定して可。
┃ ・ブックは8p以上。
┃ ・タイトルロゴ、メインビジュアルはオリジナルで制作。
┃ ・その他ビジュアル要素、コピー要素はダミーで可。
┃ ・サイズ:自由
┃ ・素材:自由

どうだい? 素晴らしい課題ですね。制作期間は3週間。ちょっと長いか? とは思ったけど、初めてゼミを履修する2年生はそれなりに戸惑うだろうし、GWで授業が1回休講になるのでまあいいか、ってことになった。ちなみにウチの学校は3年制で、2年生からゼミを選択できるようになる。

学生にしてみれば、流通形態もミュージシャンも自由に選べるから表現の幅が広い! しかも"澁澤龍彦"という柱がしっかりと中心に存在するので、お互いの目指すイメージが共有でき、作品のイイところとダメなところが認識しやすい。こりゃ結果が楽しみだね。ふっふっふ。あ、私のゼミでは「澁澤龍彦って誰ですか?」という連中がほぼ100%だったのがちょっとビックリでした。

ちなみにジャッジする側としては、「なんでもいいからレコジャケ作ってこい」では、知らないミュージシャンを出してこられたときに戸惑っちゃうけど"澁澤龍彦"という条件のおかげでブレなく講評できる。私もO氏(仮名)もかつて澁澤の世界にハマった身なのでなおさらです。年齢的にオッサンになると、このように身を守る術もしっかり課題に取り入れておくのだ。

◇◇
さて、課題は同じだけど、O氏(仮名)の担当するエディトリアルゼミと私の担当する広告系ゼミとでは授業の進行は全く違う。ちなみにウチでは翌週までに1人30案アイデアを出すよう指示した。A4サイズの用紙1枚につき1アイデアで30枚。これを全員の見てる前でババッと広げて、ひとりずつプレゼンしてもらう。

最初に「30案」と聞くと学生はたいていビビるんだけど、現場では普通にやってることだし、なによりもアイデア出しに慣れることがこの道で食ってくための第一歩と言えましょう。ちなみに良いアイデアをたくさん出すコツは、セルフボツをしないこと。つまり、たとえツマンナイ案でも思いついたら一応描き出すと、枚数が増える分安心し、面白い案を出せる確率が上がる。また、ツマンナイ案同士を足したり引いたり掛け合わせたりすることで、面白い案に生まれ変わることもある。

なお30案と指示されて30案考えればいいと思ってしまいがちだが、実はそうではない。50案、100案と考えた中から自分の納得いくアイデアを30案に絞るのだ。ここまで行けるかそうでないかでステージが分かれる。思うに、デザイナーの仕事で最も難しいことは、"創造"ではなく"選択"なのではなかろうか。これが効率的かつ確実にできるようになれば一流になれる! ような気がする。

で、なんだかんだで少なくとも『一人30案』は出せたみたい。質のばらつきは当然あったけどね。全体として「エロティシズム」という言葉に引っ張られすぎて、澁澤の世界観みたいなところまで考えられていない傾向にあった。このへんは気にしなきゃいけないポイントだ。そして、各自オレ様のアドバイスを受けつつ制作する案を決定、これを2週間で仕上げることとなるのだった。

◇◇◇
講評当日。テーブル上に約30点弱の作品が並んだ。なぜ"弱"かというと、脱落者がいたからです。正攻法で仕上げたもの、バカなアイデアを真面目に追求したもの、やりすぎて焦点がブレたもの等さまざま。でも、幸いなことに間違った作品はひとつもなかった。これはたいしたモンだと思う。

齋藤ゼミの連中は、O氏(仮名)率いるエディトリアルゼミの計算されたレイアウトや色彩計画に目からウロコが落ちていたようだし、逆もまたしかりで、エディトリアルの学生は齋藤ゼミの広告的発想に刺激を受けていたようだ。

講評する側としても、普段見慣れたものとは違う視点の作品が多く、オレもO氏(仮名)もノリノリ。うーん、実に楽しい。こりゃ後期もまたやんなきゃねー、なんて話していた。で、今回はこの場を借りてオレ的優秀作品を3点紹介します。O氏(仮名)の評価となると、またちょっと順番が変わる。そのへんがまた興味深い。

その1◎エディトリアルゼミよりSの作品。
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書店で販売されることを前提にデザインしたもの。バリバリ正攻法な作品。本人曰く『澁澤龍彦の部屋に飾ってある額縁』がテーマ。澁澤ゆかりの芸術家の作品をカード形式にまとめたものをブックレットとし、好みで表紙のビジュアルを入れ替えて楽しむことができる。パッケージを展開すると澁澤龍彦驚異の部屋! の全貌が現れる、といったもの。

美しく、仕事も丁寧。澁澤龍彦の世界観をストレートに表現している。構成もきちんとしているし、文字組もきれい。なんか池袋西武に昔あった美術書専門店アール・ヴィヴァンなんかに置いてありそうだなー。

と、褒めてはみたものの、この"実際に売ってそう"ってのがオレ的に気になるポイントでもあった。つまり、美しいし完成度も高いんだけど、他の人にも作れそうなんだな。突き抜けてないのだ。彼女ほどの実力があれば、もっと大胆な発想による新しい提案があっていいと思うのだ。これはこれで正解なんだけど、よりぶっ飛んだ案も見てみたかった。

その2◎齋藤ゼミよりNの作品。
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タイトルはSM2進法。澁澤龍彦の世界観を色彩や形状ではなく概念でとらえ、それを独自の美意識フィルターを通してアウトプットしている(←良く言えば)。面白い!

本人曰く『日常のものごとをSとMに分けて対にし、それらをSとMのみで表記する』んだそうだ。曲名や解説も全てこのSM2進法に則って表記されている。澁澤テイストなセピアトーンが多く並ぶ中で、この白地にスミ文字だけのシンプルなデザインは目を引く。そのへんの戦略もイイ。欲を言えば、プラスチックケースではなく紙ジャケの方がよりグッとくると思うのだが、どうだろう?

その3◎齋藤ゼミよりYの作品。
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すごい。見事。バカなアイデアを真面目に仕上げた好例。本人曰く『背表紙が表紙だったら面白いかなーと思って』。澁澤龍彦の世界観をコレクター視点でとらえるという発想がイイ。コンセプトに最も奥行きを感じる作品。

物としての魅力もあり、澁澤コレクターじゃなくても物欲を刺激される。一発屋的発想のみで終わらず、仕事も丁寧、ブックもレーベルも真面目に仕上げて好感が持てる。大変良くできました。

といったところで、今回はこれにて。ちなみに紹介した3名は全員3年生で、現在就職活動中です。他にも優秀な人材多数。興味のある人事担当者は齋藤までメールを。では皆さん、ごきげんよう。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。