電網悠語:日々の想い[155]Microsoft future vision:作業と仕事/三井英樹

投稿:  著者:  読了時間:7分(本文:約3,100文字)


疲れたときには、天を仰ぐ。突き抜けるような青空なら、なおのこと元気が出る。下を向いて、済んでしまったことをあれこれと考えるよりは健康的。上を向いたときに、首がゴキゴキとなれば、それはしばらく上を向かなかった証。下ばかり見ていた証拠。下ばかり見ていて硬直している、色んな意味で。

そんな風に考えるようになったのは、ここ数年。このまま、ありったけを消耗して行った先に何が待っているのかが気になり始めた。どこまで辿り着けるのか、辿り着いた先はどんなか。

激動の中で、未来を描いてみることをサボっていたのだろう。次々と目の前に展開される、未来の種に食いついて行くことだけで息が切れていた。目の前30cmの視野から離れないと駄目だと思い始めた。世界は50cm先にも、100m先にも、1Km先にも広がっている。もちろんもっと遥か彼方まで。

だから、牛歩の歩みでやってきた映画の中のユーザインターフェース(UI)コレクション(=画面のキャプチャ収集)も、少しは本腰入れ始めてる。SF映画に出てくるUIは、遠くない未来にやって来る。やって来なくても困らないかもしれないけれど、来て欲しいし、来なきゃいやだ。あれらが魅力的なのは、単に格好いいだけじゃない。




映画という、時間制限のあるなかで、正に一目でどんな機能を担っているのかを観客に分からせないと話にならない、という使命を持っているから。この点で、1秒前後で判断されるWebと似ている。座って観ている者には分からない、過酷な制約なのだと思う。

そんなアンテナに引っかかってきたのが、「Microsoft Future Vision」。本音を言うと、MSの描く未来に興味はなかった。でも、これは色々と考えさせてくれる。数か月前から、観ながら色々と夢想に浸っている。

  ・Microsoft Sustainability : Productivity, future vision
  < >
  ・Microsoft Future Vision : Healthcare
  < >
  ※もっとあります。
  ・YouTube - Microsoft Future Vision(検索結果)
  < http://bit.ly/ck2zic >

で、シーンを切り出して、現時点で実現するのはどうすれば良いかを考えてみた。驚くほどに、一つの課題さえクリアできれば、多くのことが今日にでも実現できるんじゃないかと思えた。それは、ディスプレイ。どこでもタッチパネル液晶というインフラが整えば、かなり自由な空間が広がっている。

大学のとき、キャンバスが買えなくて小さな絵ばかり描いていた。そんなことを繰り返している気さえしてきた。オフィス中が、街中が、UIを張り巡らせられる状況なら、どうなるのかと思い始める。

もちろん、人的な障壁はある。街中がキャンバスで、そこにVisualBasic風のボタンがぎっしり秩序なく敷き詰められたら、かなり苦痛だろう。定期券を買うのに、山ほどのボタンを押下(注)しなければならないとしたらウンザリだ。それらは、私の中では、技術や知識の問題ではなく、純粋に人の問題。センスのない人間が、そういったプロジェクトを率いることにこそ問題がある。
 (注)システム系の画面設計書では、クリックのことをこう記述する

正しい知識と正しいスキル、そして判断力。少なくとも一年後程度では陳腐化していない品質での納品を考える力。そんなプロジェクト管理が、どこでも液晶の世界に向き合えば、今すぐにでもかなり生活が変わるだろう。一時的には、ゴテゴテのUIも流行るだろうけれど、そのうちシンプルなものに集約されていき、目に見えて便利な世界が近づく。

流行もシステムも、風化するのは早い。あっという間に、古くなり、次の波がやってくる。だから、少し先の波を見据えるべきだ。今に満足するな、もっと先を見ろ、多くの先人達が口を尖らせて教えてくれている。親の小言みたいに、聞き流すのではなく、真摯に受け止めるべきなのだろう。


でも、正しいものの積み重ねが未来に確実につながっているとも言えない。今やっている作業を何万回繰り返しても、未来に辿り着けると思えない。野球でバントを何百回繰り返しても、点が入らないようなイメージ。

それは、今やっていることの単位が、「作業」だから。作業ができる人と、仕事ができる人とは違う。様々な作業を複合的に組み合わせたものが「仕事」。そしてその組み合わせ方に、人の妙が現れる。

単なる作業の累積の先に明るい未来はない。それは、単に「ご苦労さん」でしかない。でも、正しい仕事の先には、どこか納得できる未来が待っているように思う。少なくとも、思っても良い資格を得ていると感じる。だからこそ、いい仕事をしたいと願う人が多いのだ。良い作業の積み重ねではなく、良い仕事の積み重ねが、未来への階段なのだ。


そして、作業をお願いしたい人と、仕事をお願いしたい人も別。今はその間の格差が拡大している最中。更に更に大きく広がると思う。単なる作業労働者は山ほどいる。心を殺して作業に没頭できる才能も広まっている。そして、その拡大が、作業担当者を交換可能な状況へと加速させている。誰がやっても同じ作業にと細切れにされ、過当競争のレッドオーシャン状態だ。

  < mitmix@Amazon - ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する
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言われた作業だけを見る者、当たり前の作業だけをする者に、正論だけを語る者に、未来は冷酷な態度をとりそうだ。教科書通りにできることをやれても、誰も褒めてはくれなくなる。無理だと思えるようなことを達成すること、それが仕事だと認識されていく。

今行っている作業は、近い将来更なる作業をお願いしたくなる状況へとつながっているだろうか。今勝ち得た作業能力は、仕事能力への一歩となりえているか。作業のレベルではなく、仕事のレベルで顧客の満足を勝ち得ているか。

仕事をお願いしたくなる者、あるいはそうした者にパートナーと思われる人でなければ、次の10年はどう考えても厳しい。足元も見直しつつ、天を仰ごう。未来は先まで続いている。

◎追記:
この主題部分を、推敲のつもりでTwitterしたら、下記のような言葉が返ってきた。「作業ができる人は『自分は仕事ができる』と思い込み、仕事ができる人は『自分の仕事はまだまだだ...』と思っている」。なるほどと感心させられる。自戒もこめて、様々な経験を思い起こす。

  ・Twitter / hasui: 作業ができる人は「自分は仕事ができる」と思い...
  < http://twitter.com/hasui/statuses/15744745456 >

言葉が反響していって、発した者まで感心しながら、広がっていく。何人かが反応してくれて、更に思考が深まる。一瞬だけ何人かが同じことを、違うベクトルで考えている時間が存在する。共鳴。いいこと&凄いことなんだと思える。

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・雨。紫陽花が嬉しそう。
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