Otaku ワールドへようこそ![119]狭い鬼門より入る/GrowHair

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●30年ぶりの鬼門

人形を撮影するのにいい感じの古い建物がある、と教えてもらっても、そこに行くのは気が進まなかった。昔、狭すぎて入れてもらえなかった門、はっきり言って、落ちた大学だ。以来、30年近くにわたって一度も近づいていない、鬼門である。

そんなところに今さら用事ができるわけがなく、自分から近づかない限り、一生行くことはあるまいと思っていた。けど、なんだかんだ言って、結局そこで撮ることになった。まったく思ってもみないところから用事って発生するもんである。運命っておそろしい。いやな思い出がよみがえってくる。

そこは一浪して受けた、本命の大学。現役のときは別の大学を落ちてるわけだけど、そっちはいいのである。負け惜しみでもなんでもなく、落ちるつもりで受けて落ちたのだから。高校時代、勉強しなかった。なんか、このまま受かるレベルのとこを受けてするっと進学しちゃうと、一生、すべきことから逃げ回る姿勢で生きていくことになりそうな気がした。

一年間ぐらいは、本気で勉強に専念してみたい。そう思って、最初っから浪人するつもりで、受かる見込みのない大学をひとつだけ受けて、落ちたのである。で、予定通り、駿台予備校市谷校舎へ。市谷校舎は本来、医学部進学希望者の通うところで、数学を専攻したいと決めていた私は御茶ノ水校舎に通うべきところなのだが、数学の秋山仁先生や、物理の坂間先生に教わることのできる市谷を迷わず選ぶ。

あの一年間は、今振り返っても、貴重な一年間だった。気力が充実していた。けっこうちゃんと真面目に勉強した。あこがれの倉田まり子と握手することができて、ラッキーでもあった。クラス編成はおろか、席順まで模試の成績順で決まるので、座っている位置で学力レベルの位置まで丸見えというシビアなシステムであったが、模試のたびにぐんぐん順位を上げ、最後はトップクラスのケツぐらいにはひっついていた。

現役で落ちた大学には楽勝で受かりそうな判定で、もう1ランク上の大学でもじゅうぶん行けそうだった。なんか、あの空気を吸っていたら、自分はいい大学に行って、学問の世界に生きていく以外の人生は考えられないのだという気になっていた。現役のときは、自分にはけっして手の届かない高望みのようなイメージの大学に、もう入ったようなつもりになっていたのだから、いい気なもんである。

2浪はしないと決めていた。一年間、ずっと気を張っていて、いっぱいいっぱいの生き方をしてきたので、これをもう一回では、気力がもたず、かえって成績が縮むと思った。それに、がんばっているのに何の前進もなく、同じループを回っているという状態に、精神が耐えられそうもないとも思った。それで、ぜったい合格の思いで受けたわけだけど、それが過度の緊張を呼び、本番で実力が十分に発揮できなかった気がする。



まあ、そういうわけで、落ちた。なんか、誇張でなく、人生終わった。JR(当時は国鉄だけど)の駅まで魂の抜けたようにふらふらと歩いてきて、脇の川にかかる橋から飛び降りちゃおうかとも思って下を覗き込んでみたが、臭かったので思いとどまった。結局、すべり止めに受けた私立に行くのだが、同じ高校の出で、駿台では大きく水を空けてたやつにばったり会っちゃって、にやにや笑いながら「あれ? なんで居るの?」とか言われたときには、ああやっぱりあのとき飛び込んでおくべきだったと思ったものである。

5月29日(土)、土谷寛枇(かんび)さんに案内されて、鬼門へ。病院のほうから入ってもよかったのだが、嫌がらせにと、色の名前のついた門から入ってくれる。つ〜ち〜や〜、ありがとよー。おや? 人でごった返している。あ、学園祭の真っ最中じゃん。今は6月だけど、行ったときの月の名前がついた学園祭だ。模擬店で陽気にに人を呼び寄せているにいちゃんとも目を合わせたくない俺のコンプレックスの根は深い。

ひとつ予定していた撮影ポイントは、両性具有の人形を据えて撮るには人が多すぎるのであきらめ、奥へ。すぐに人影がまばらになる。夏目漱石の小説の名前のついた池のほとりを回り込んで、アインシュタインも来たことがあるという理学部へ。あ、この景色、見覚えあるぞ。ぜんぜん変わってねーなー。あーなんか吐きそう。

もうひとつの撮影ポイントへ。ぜんぜん人がいない。こっ、こっ、これはっ!古いにもほどがある。芸術的に錆びた鉄管、散らばるガラスの破片。すばらしい。歴史の蓄積が感じられる。うん、ここはいい。こういうのはずっと保存しとかなきゃ、だめだ。今年落ちた人が、30年後に戻ってきて同じ目にあうよう、呪いをかけておこう。

●The Other Side 〜拘束と解放〜

翌日、5月30日(日)は都内のスタジオで枝里さんと橘明さんの人形を撮影。翌週末、6月5日(土)は同じスタジオで土谷さんと由良瓏砂さんの人形を撮影。6月6日(日)は同じスタジオで櫻井紅子さんの人形を撮影。自慢するほどのことでもないけれど、これほど多くの人形に、撮影の順番待ちの列に並ばれたという経験をもつ人は、そうなかなかいないのではあるまいか。人形の行列ができるカメコ。なんじゃそりゃ。

怒涛の撮影も一段落ついて、あと一週間で展示だ。6月18日(金)から7月5日(月)まで、浅草橋の「パラボリカ・ビス」にて。この画廊を主宰するのは今野裕一さん。雑誌「夜想」の編集長である。かつては、寺山修司の率いる劇団「天井桟敷」で演出を手がけてもいた。人様にものを見せるということに関して、たいへん前向きで、実験的なチャレンジ精神にあふれ、かつ、厳しい姿勢をお持ちという印象を私は受けている。打合せで「よそでも見られるような展示をウチではやらないでくださいね」と言われた、その言葉が重くのしかかっている。

はっきり言って、敷居が高い。けど、だからこそ、みんながんばっている。無理して背伸びする必要はぜんぜんない。奇抜なことをやって驚かそうとする必要もぜんぜんない。みんながもっているそれぞれの力を、のびのびと発揮すれば、それでいい。表現したいことを表現したいように表現する。それでぜったいにうまくいく。ここが正念場で、内情はてんやわんやのしっちゃかめっちゃかの戦場のような騒ぎだけど、ちゃんとゴールに向かって、まっしぐらに突き進んでいる。ぜったいにうまくいく。

さて、その騒ぎをちょっと離れ、今回テーマとして掲げている「The OtherSide 〜拘束と解放〜」について、自分なりに語ってみたい。みんなで話し合って決めたテーマだが、その解釈までは限定せず、各自に委ねている。そうしないと、テーマが各作家さんの作風を曲げてしまってはおかしなことになるし、完全に表現の方向性がそろっていては画一的になってかえって退屈だ。

そういうわけで極めて私的な論であり、人形作家さんたちとは解釈を異にするのだが、このタイトルから喚起された想念は、こうだ。都市は、自身をも人をも分裂に追い込む。秩序、利便性、快適性、清潔感、好印象、人工の美。これらはすべて「表の顔」という名の、ひとつの側面にすぎない。どんなに緻密な設計をもって環境をきれいに整備し、細心の注意をもって保全したところで、人の心がそれに適応して、おのずから浄化されていくものでもあるまい。都市にも裏があれば、人にも裏がある。それが、The Other Side。

都市のことを言ったが、アートにも、陽のアートと陰のアートがあると思う。広告もひとつのアートだ。それは、以前に齋藤浩さんがうまいこと言ってたのを拝借しちゃえば、「ラブレターの代筆」だ。ラブレターである以上、受け手に好印象をもたらさなければ、失敗だ。宣伝対象の商品が売れることをもって評価されるアート。かけたコスト以上に売り上げの伸びがなければ存在意義のないアート。

それが、悪いとか浅いとか言っているのでは、決してない。広告の制作がそんな甘っちょろいものではないことは、身をもって関わったことはないながら、感じとしてなんとなく分かる。すぐれた広告を制作する力量はきっとハンパではない。ただ、消費者の側からみたとき、われわれはそういうタイプのアートばかりに囲まれすぎている。「好印象をもたらすもの」と「美しいもの」とはちょっと違う。好印象とは別のところでなにか訴えるものがあり、うーんとしばらく考えてから、あ、そうかこれもまた別の次元の「美」が宿っているじゃないか、と気づかせてくれる、そんな隙間のアートがあると思う。

小ぎれいな都市において、裏は何かの拍子に表の場に出てきたりしないよう、鉄の檻に入れられ、厳重に拘束されている。試しにちょっと解放してみたらどういうことになるか。そんなことはとっくの昔から誰かがやっていて、みんな知っている。公道を裸で走る輩がたまにいたとしても、それに誘発されて「ええじゃないか、ええじゃないか」と集団で裸になっちゃうという動きには決してならない。馬鹿の見本として、世にさらされる。かくて、表の圧力はますます強化され、裏はますます奥へと封じ込められていく。が、消えてなくなりはしない。底流で都市の病が進行していくだけ。

誰にでも開放されていながら、外の世界から遮断された閉鎖空間でもあるアートという場。外の世界の価値観とは別の次元で、互いに分かり合える何かを共有する者たちの寄り合う秘密結社のような狭っこさももつ空間。拘束は、そういう場で初めて解放へと向かい、息苦しさを逃れていく。抑圧されてきた TheOther Side はただ暗く汚く醜いだけなのか。

プラトンのイデアのように、先鋭化された美意識に忠実な姿勢で制作したとみえる作品がある。逆に、人形と人形でないものの境界付近を狙ったとみえる、既存の固定観念に強烈なけたぐりを食らわすかのような作品がある。それはそれで相反する拘束指向と解放指向のようにもみえるが、実はどの作品も両方の側面を兼ね備え、ただ、どちらが前面に現れたかの違いでしかない。

いずれにせよ、大量生産・大量消費の流通機構の中に位置づけられる大量伝達の媒体に必須な分かりやすい好印象というカテゴリには納まらないために、一般の人々の間へは情報が流通していかず、超有名になることは決してないタイプのアート。けど、制作姿勢はみな真剣だし、作品としての完成度は高く、なによりも見ていて面白い。私はそういうアートが好きで、どんなに絶賛してもし足りない。大人気を博する必要はまったくない。いとおしむ人が一人また一人と増えていってくれれば。

週末イベントもお薦め。6月26日(土)のMONT★SUCHTと7月4日(日)の電氣猫フレーメンは、まず何をおいても私がぜひ見たいという前提があった上で、ダークで耽美な世界を指向する方々にはぜひぜひご覧いただければという願いがこもっている。ここまで来るまでには、ちょっとした連絡ミスなどで揉めたこともあったのだが、みんなそれを乗り越えた上で、与えられた条件の下で最高のパフォーマンスを見せることができるようにと、真剣に準備に励んでいる。

それと、いらしていただけた方にもれなく差し上げる小冊子もご覧になってみてください。10人の人形作家の作品の写真をそれぞれ1点ずつピックアップした写真集になっています。最初は、入場料をいただくのは心苦しいのでおまけをつけることで許していただけたら、という動機だったのですが、そこに紙面があればついついがんばっちゃうのがクリエイターの性なのか、この冊子だけでもお得なんじゃないかってぐらいの気合いの乗った仕上がりになってます。

会期:6月18日(金)〜7月5日(日)月〜金/13:00〜20:00 土日祝/12:00〜
19:00 スペシャルイベント開催日は17時に閉館 水曜休館
入場料:500円、ミニ写真集付き(併催の宮西計三・個展「見世物小屋」或は「舞臺裏」と共通)
会場:parabolica bis[パラボリカ・ビス]2F/Galleria Yaso mattina
闇に囚われしもの...
深い森に棲むもの...
〜止まった時間を生きるもの。

写真家GrowHairと人形作家10人が織りなす、もうひとつの世界
枝里、櫻井紅子、赤色メトロ、橘明、土谷寛枇、七衣紋、林美登利、八裕沙、由良瓏砂、吉村眸
写真:GrowHair

◇6月19日(土)7月3日(土)黒澤潤監督作品「猫耳」上映+薔薇絵トーク
ゲスト:由良瓏砂 司会:清水真理
◇6月20日(日)宮西計三 作家自身による作品解説 ゲスト:有間凡
◇6月26日(土)MONT★SUCHTパフォーマンス「St. Elmo's dance」
出演:由良瓏砂、神崎悠雅、有栖川ソワレ、もえぎ子、Mars Medicis Mephistopher(Solomon Grandy)、Kyoco Lunaire Marionnette(Solomon Grandy)
音楽:]k[
◇6月27日(日)宮西計三Onnaライブ
◇7月4日(日)電氣猫フレーメンパフォーマンスライブ「ロメオとジュリエット あるいは純愛の不幸」
出演:永井幽蘭/由良瓏砂/大島朋恵

週末イベント全て open /19:00 start/19:30 \2,000(展示会入場料込)
メールでのご予約・お問合はHPの[お問合せフォーム]より
お名前、お電話番号、ご希望イベント名と日付、枚数をお知らせ下さい。前日17時まで承ります。会場の広さに限りがありますので、ご予約はお早めにどうぞ。パラボリカ・ビス 東京都台東区柳橋2-18-11 TEL.03-5835-1180
会場:parabolica bis[パラボリカ・ビス]2F/Costad'Eva
< http://www.yaso-peyotl.com/ >

アクセス:「浅草橋」JR駅東口徒歩6分/都営浅草線 A6出口徒歩4分
江戸通りを浅草方面に進み、吉野家の角を右に曲がる。2本目の小道を左、ト字路を右に入る。目印の吉野家は5月31日をもって閉店しているので、ご注意!

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。ネットで俺のことが言われているような気がするのは、自意識過剰から来る勘違いだろうか。

・セーラー服着たおじいちゃんとかいた。あそこまで気持ちいいくらいのコス久しぶりにみたなw
・私は会えなかったけどセーラー服のおじいちゃん見たかった〜
・セーラー服に髭三つ編みのこの御仁は仲間の作家さん達と12ブースぶっ通しの「妖怪横丁」をやってました! どうどうとした出で立ちに感服。
・デザインフェスタで見かけたセーラー服を着た男性...世の中まだまだ色んな人がいるものですね
・途中でセーラー服のおじぃさんに出会いました。(写真)このおじぃさん、こういう趣味の方ではなく、普段はちゃんとした写真家さんです。妖怪横丁というブースに展示されていましたが人形のお写真は素敵でした。
・なんかセーラー服のオッサンがいた。横に並んでパチリ!! もちろん無断です。
・セーラー服を着た爺さんとすれ違ったときは衝撃でした
・妖怪横丁のセーラー服お爺ちゃん
・セーラー服を着た白髪のお爺さんがいた。悲しい気持ちになった。
・そして衝撃的なセーラー服のおじ様や、緑色の小人兄弟も目撃。
・今回のMVP。セーラー服仙人様です。可愛い!!! ホントに可愛い!!!
・刺激をうけた! セーラー服着たルンペンみたいなおじいさん
・今回の最凶インパクト大賞。大人気。一緒に写真撮ってください!!みたいな。さすがにこれは「モテ」ではないことはわかるw 珍獣扱いww 話してみると意外に若い感じでした。
・仙人みたいなおじいちゃんがセーラー服を着てうろうろ。
・会場を見渡せばファッションもみんな個性的で、白髪・あご髭はみつ編み・セーラー服にルーズソックスなお爺サマまで歩いていました。いや、今や東京って世界一おしゃれな街なんじゃないかって思います。
・個人的にインパクトでかかったのは、長い髭を二つに分けて三つ編みにして、セーラー服を着てルーズソックス履いてたお爺ちゃん
・他の方から撮影を頼まれていましたね。セーラー服を着たおじいさんです。アートなのか趣味なのかコスプレなのかは不明。
・デザフェスじゃなかったら通報したほうがいいかんじの人がいました。セーラー服...おじいちゃん...ひげがみつあみだった...。

もし、考えすぎではなく、これらが全部俺のことを言っているのだとしたら、......アイドルとしての自覚を新たにしたほうがいいのかも。今、高校時代を振り返ると、倉田まり子にあこがれてたって、対象としてではなくて、自分のなりたい姿としてだったような。んで、現実とのギャップに悩んでた。こういうのは青春特有の悩みであって、いまはもう悩んでいない。
< http://picasaweb.google.com/Kebayashi/xUfqJL#5479305623743101234 >