わが逃走[67]少年探偵の巻/齋藤 浩

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私の通っていたO宮市立S小学校というのは、増えすぎた人口を沼地に移民させるべく造られた鉄筋コンクリート4階建ての学校だ。

校舎は何度も増築され、それでも対応できずにプレハブ校舎が校庭に造られるという、年がら年中工事をしている学校だった。多い時で全校生徒が1200人くらいいたんじゃないかな。ついでに地盤沈下も進み、入学してから卒業するまでの間に正面玄関の階段が2段増えている。

ちなみに私が育ったその地というのは、荒野だった土地をそこだけビシッと造成したいわゆるニュータウンで、誠にツマラナイ場所であった。引越してきた当時はまだカブトムシやクワガタが採れたり、痴女が出たりする森があったのだが急激な宅地化でそれもなくなり、なんとも当たり障りのない、住むにあたってとくに不満のない、カローラみたいな住宅地として完成度を高めていったのだ。

そんな区画整理された幸せそうな土地も、一歩その境界線から外に出ると、牛を飼っている農家があったり立派な長屋門のお屋敷があったりと、古き良き武蔵野の風情を感じさせる風景が存在していた。子供の私にとっての世界すべてがニュータウンではなかった点は、私の人格形成において不幸中の幸いともいえる。



方や味気ない現代における"つくられた町"、もう一方は時代劇の世界。だが残念なことにその"間"の風景がなかったのだ。その"間"の風景こそ「うら寂しい屋敷町」や「西洋館のある煉瓦塀が続く裏通り」だったりするのだ。そう、江戸川乱歩・少年探偵の世界である。

小学3年生の夏休みには、人生において忘れられない思い出がふたつつある!ひとつ目は生まれて初めて通信簿に5があったことだ! もちろん5段階評価でいちばんイイ奴だ。ちなみに科目は社会だった。

思えば2年生のときも3年生になってからも、私自身はまったく同じだったはずなのに、このあからさまな評価の違いに今さらながら驚く。だいたい小学校時代の成績なんざ担任の気分で決まるとも言えるし、本人のやる気もまた気分で決まるとも言える。

そんなもんなので長い目で見てやってくれ、小学生の子を持つ親。あ、話がそれた。で、もうひとつの事件こそ江戸川乱歩の少年探偵シリーズとの衝撃的な出会いなのだ!!

という訳で、小学3年生の夏休みに学校の図書館で初めて借りた本が、ポプラ社刊・少年探偵江戸川乱歩全集14『夜光人間』だ! やたらエクスクラメーション・マークが多いが、それほど衝撃的だったんだなー。

これ以前にも本は読んでたけど、夜光人間前と夜光人間後はまるで違う! これこそ私の人生における読書デビューだったのではないか? とにかく本が面白いと感じたのはこのときが初めてだった。

そもそも事の発端は見栄である。3年生からは本の貸し出しが許可されるってことで、私は友人の東川くん(仮名)とともに図書館へ行った。親はとにかく漫画は読むな、本を読め本を読めとウルサイ。あまのじゃくな私は、意地でも本なんか読んでやるものかと常日頃から心の中で思っていた。

なので、はなっから借りる気なんてなかったのだが、まあ人付き合いって感じで東川くん(仮名)についていったのだ。そこで「あ、これ面白そうだから借りてみようかな」彼が私に見せた本こそ、少年探偵江戸川乱歩全集13『サーカスの怪人』だったのだ!

...いや違ったかな? いずれにせよ、あのハードカバーで背表紙に仮面の怪人のイラストが入ってる、ポプラ社から出ていたアレである。え、こんな分厚い本読むの? 文字ばっかりでしかも字が小さい! と思ったものの、声には出さず「へえ、面白そうだね。ぼくも読んでみようかな」。

平静を装った私は何食わぬ顔で答えたが、実のところ驚愕していたのだ。ううう、こいつ9歳のくせにこんな本を読むのか。こうなったらオレも読まない訳にはいかねえな。

という訳で、なんでもいいから借りてみようと思い、ずらっと並んだ背表紙を眺める。と、ひとつのタイトルが目に飛び込んだ。
『夜光人間』。
おお、夜光! 夜光塗料の夜光か! イカしてるぜ。

当時の私は夜光塗料というものになぜか異常な関心をもっており、押し入れの中で絵が浮かび上がる、駄菓子屋で買ったカードを眺めては悦に入っていたのだ。虫眼鏡や磁石はもう古い。これからは夜光塗料さ。

現在私は、ガラスと金属とレザーに強い憧れと美を感じる立派な大人に育ったわけだが、当時の私の3大かっこいいものというのが、虫眼鏡、磁石そして夜光塗料だった。

そんなわけで、タイトルに惹かれて『夜光人間』をついに借りたのだった。ちなみに、この本があの有名な怪人二十面相対名探偵明智小五郎+少年探偵団の話だということは読んでから気づいた。

家に帰ると母が「へー、江戸川乱歩借りたの? こわいよー」と言いながら「ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団〜」と歌った。え? この本そんなにコワイのか? そしてなんだその古くさい歌は? 「ぼ、ぼ、」って何をどもっているのだ? 謎が謎を呼ぶ。うーむ、コワイと夜中にトイレに入れなくなってしまうと危険だなあ。読むのやめようかなあ。などと思いつつ、持ち歩くだけの日が続く。

夏休みは理不尽だ。休みと称しているにもかかわらず、やたらと宿題が出る。国語、算数、理科、社会のドリルと読書感想文と自由研究と...。けっこうな量である。そして休みと称しているにもかかわらず、朝は6時に起きてラジオ体操、3日に一度は学校のプールに通い、登校日も4回くらいある。誠に困ったものである。

しかも、何もしないでぼーっとしていると「早く宿題やりなさい!」と二言目には言われる。その都度「いまやろうと思ったのにー」と返事をする。今でも不思議でしょうがないのだが、さて宿題でもやるかなと腰を上げた瞬間に、何故タイミングを見計らったように「早く宿題やりなさい!」と言うのか、母よ。しかし、このタイミングで「お母さん、僕はいま読書中です」と返せばしばらくは宿題やれとか勉強しろとか言われないかもな。

というわけで、このように非常に後ろ向きな考えから、じゃあ読むかと夏休みも半ばになってようやくその1ページ目を読んだのだった。すると! ドキドキしつつも物語に引き込まれる。こんな感じは初めてだった。世田谷区のはずれの、夜になると真っ暗になる森で少年探偵団の団員たちが肝試しの会をしていると、そこに突然ボオッと光る人間の首が!!きゃーっ!!おお、けっこうコワいな。今日はこのへんにしておこう。こんな調子であった。

私は人一倍臆病だったので、この一冊を読むのに結局2週間かかってしまった。しかし、当時の私にしてみればあっという間に"厚くて文字だけの本"を一冊読んでしまったのだ。これは自分でもびっくりだった。いままで読書とはめんどくさいものと信じていたのだが、けっこう面白い本というものがあるんだなあ! こんな調子で次の登校日には『青銅の魔人』を借りた。こんどは3日で読み終え、その後のハマり方は怒濤のごとく。次々と少年探偵シリーズを読破していったのだ。

これら少年探偵シリーズの魅力をひとことで言うのは難しい。謎の男・二十面相と名探偵との知恵比べ。少年探偵団の冒険。どれも思わずグッと来る要素に満ちている。中でも当時私が最も感じていたのは、そのステージの魅力だ。味気ない新興住宅地にはない、歴史のある住宅地。そこには煉瓦作りの西洋館や敷地千坪ほどのりっぱなお屋敷がひっそりと建っているという...。

このへんはもう完全に刷り込まれてしまったね。結局、いま私が心惹かれる建築や風景をまとめてみると、"二十面相が出てきそうな"という形容詞が似合うものが多い。琵琶湖疎水のトンネルも小石川植物園のアールデコ建築も、いかにもアジトっぽい。部屋全体がエレベーターになっていた! などの大掛かりなトリックも魅力的だ。金さえあれば私もそんな秘密基地を建ててみたいなあ。で、これらのステージを表現するなら"かっこいい"じゃなくて"美しい"なのだ。

さらに、である。無駄に水攻めにあったり無駄に蛇の大群に襲われたりする少年の描写や、ギリシア彫刻の石膏像が叩き割られ、そこに閉じ込められていた縛られた少年とか、なんかこう「お花がきれいですね」とは違う意味の言葉では言い表せない美しさを教育されちゃったのね。思わずオネエ言葉になってしまうが。

という訳で、当時の私の価値基準といえば、かっこいいいかかっこ悪いかの二者択一だったところに、この"乱歩ショック"後、新しい価値基準が見えてきたような気がするのだ。今思えばそれこそ"美"だったのではないか。

先日そんなことを思い出しつつ、古本屋に行くと、おお。一冊100円で夢の品揃え。思わず「全部くれーっ」と購入したのがこれ。
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なつかしい。紙もいいし活字もいい。写植でもデジタルフォントでもない、活字である。挿絵もイイ。味わい深い。で、とりあえず一気に5冊ばかり読んでみると、記憶以上に読みやすい。乱歩先生の軽妙な語り口調により、ぐんぐん作品世界に引き込まれていく。

で、思ったのは意外にトリックがチャチ。わりとワンパターン。そして、かなりエロい。言葉の奥に潜むエロティシズム。描写の影に隠れるフェティシズム。うーん、こんな本を少年少女に読ませて良いのでしょうか。

また、戦前作品と戦後のものとはニュアンスが異なる。これは当時から感じていたことなのだが、戦後何かが吹っ切れたのかな。オレ基準において戦後作品の方が"美"がパワーアップしているように思う。そして、今回初めて知ったのだが、シリーズ後半の20冊は乱歩の作ということにはなっているけど、実際は他の書き手によるものだったそうな。まあ乱歩が監修はしたらしいが。どうりで! と長い間の謎が解けた齋藤です。

で、ここで気づいたことは、二十面相と明智は、実は同一人物なんじゃないか?ってことです。あるときは二十面相となって小林少年を美しくいたぶり、あるときは明智となって小林少年からの愛を独り占めにする。その変態男こそ乱歩先生自身なのではないか?

うーん、面白くなってきました。てなわけで、現在私はポプラ社刊・少年探偵江戸川乱歩全集を22冊入手しました。残り24冊を地道に集めて、彼らの謎を解こうと思います。

「それではみなさん、また会おう。ワハハハハハ、ワハハハハハ...。」

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。