ショート・ストーリーのKUNI[82]観察日記/ヤマシタクニコ

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○7月21日
きょうからなつやすみだ。
学校からもってかえったあさがおをうえかえることにした。あさがおはどんどんのびるから、ひろいところにうえてあげたい。でも、ぼくのうちには、にわがない。それに、おかあさんは花をうえたりするのがきらいだ。どこにうえたらいいかなあ。

○7月21日
あさがおをへいのそばにうえることにした。へいというのは、ぼくのうちのそばにある、高いへいのことだ。そのへいのむこうには、大きなこうじょうがあった。がっこうがいくつもすっぽり入るくらいで、たくさんのひとがはたらいていたそうだ。だけど、ずいぶんまえにふけいきでこうじょうはなくなって、ずっと、たちいりきんしになっている。へいのこちらがわにはほそながいけど、あきちがひろがって、そこにうえると、大きな花がさく、ときいたことがある。どうしてなのかしらないけど。ぼくは、大きなあさがおの花が見たい。

○7月24日
あさがおはどんどん大きくなっている。つるがからみつくためのぼうの高さをこえてのびている。ぼくはもっと長いぼうをさがしてたててやろう。

○7月26日
あさがおはどんどんのびている。きょうさいた花は25。

○7月29日
へいはとても高い。こうじょうがあったときはふつうのへいだったと思う。なぜかしらないけど、こうじょうがなくなり、さいきん、気がついたら高くなっていた。でんしんばしらより高い。ふしぎだ。だれも気がつかないうちにへいが高くなるなんて。きょうさいたあさがおの花は41。

○7月30日
ぼうをなんぼんもくくりつけて、つないで長くして、へいにたてかけてやった。あさがおがつるをまきつけられるように。

○7月31日
あさがおはうれしそうにつるをまきつけている。それでもたりないので、ぼくはロープをなげ、へいの上のぎざぎざのてっせんにひっかかるようにしてやった。

○8月2日
あさがおはロープをつたい、とうとうへいをこえてしまった。へいのむこうでどうなっているのか、ぼくにはわからない。あさがおはくきも太くなり、葉っぱも花もすごく大きくなっている。きょうは87も花がさいた。いちばん大きい花はぼくのかおより大きい。くきは、さいしょはほそかったのに、もう、ひまわりのくきみたいになっている。はっぱがいっぱいしげって、まるでちいさな森のようだ。

○8月3日
ぼくはときどき、へいのむこうを見たいと思う。ジャックと豆の木みたいにあさがおに登れるんじゃないかとおもって、そうしようとしたことがあるけど、だめだった。のぼるには、あさがおはたよりなくて、むりなようだ。
きょうもあつくて、へいの上のほうを見ているだけでまぶしくてくらくらしてきた。おかあさんは、あまり外に行ってはいけません、といつもいう。

○8月7日
だいはっけん。あさがおのはっぱにあおむしがいたのだ。いままで見たことないあおむしだ。でも、ほんとはあおむしではない。だって、とてもきれいなむらさきいろで、そこにそら色のせんが入っているから。むらさきむしだ。むらさきむしはたぶん、へいのむこうから、あさがおのつるをつたって、きたのだろう。ぼくは、いつもそばで見ていたいので、むしをつれてかえった。はこに入れて、かうつもりだ。おかあさんにはないしょだ。



○8月8日
あおむしはとてもきれいだ。ぼくは、このあおむしをみているとうっとりしてしまう。これがさなぎになり、うかすると、どんなにきれいなむしになるのだろう。そうおもうと、どきどきする。

あおむしはあさがおのはっぱを食べない。おかしいなあ。あさがおについてきたのだから、あさがおのはっぱがすきなのだろうとおもっていたのに。そういえば、はっぱにあながあいているようすもなかった。ぼくはいろんなものを食べさせてみた。ぎょにくそーせーじを小さく切って、やったら、おいしそうに食べたので、ちょっとびっくりした。ふたくち目からは、ぼくの手からひきちぎるようにして食べるのだ。そーせーじはあっというまになくなった。

○8月9日
あおむしのすきな食べもの。
そーせーじ。はむ。つなかん。びーふじゃーきー。

○8月10日
ぼくのおこづかいでは、そーせーじやびーふじゃーきーをそんなにたくさんかえない。それで、ゆうべはれいぞうこから、こっそりおにくをもってきて、あおむしにやった。ぶたばらにく、とかいてあったやつだ。あおむしはものすごくおいしそうに食べた。

○8月13日
あおむしはどんどん大きくなっている。ぼくは、こんなに大きなあおむしは見たことがない。

○8月15日
ぼくはとてもこまっている。あおむしが大きくなりすぎて、だんだんかくすことがむずかしくなってきた。あおむしのからだは、いまでは60センチくらいある。いや、70センチかもしれない。まきじゃくをあおむしの体にあててはかろうとしたけど、あおむしがいやがりそうな気がした。あおむしに近づくと、からだがひくひくとなみうつように動いているのがわかり、ぼくはなんとなくびびるのだ。それで、そうっと、おそるおそるはかったので、もうちょっとでまきじゃくを落っことしそうになった。だから、ちゃんとせいかくにはかれたかどうか、じしんがない。

ぼくは、あおむしをはこに入れ、はこのそこに土も入れて、ぼくのへやの、つくえの下にいれている。ふだんは、ふたもしているので、おかあさんはたぶん、気づいていないとおもう。

あおむしがどんどん大きくなるので、なんかいも、大きなはこをさがしてひろってきて、入れなおした。いまのはこは、ぱそこんが入っていたはこだ。とても大きい。あおむしはそれでもきゅうくつそうにしている。これいじょう大きくなったら、どうしたらいいんだろう。

おかあさんは、さっきも「ねえ、いちろう。あそこのスーパー、さいきんぶたにくのぱっく、ラベルのひょうじよりすくないみたい。もんくいわなくちゃね」と言ってたけど、それはスーパーのせいじゃなく、こっそりぼくがなかみをとるからだ。

あおむしは、おなかがすくときげんがわるくなる。そして、きげんがわるくなると、むらさきのからだがどすぐろい色にへんかして、ひくひくと動く。そのようすがなんだかおそろしくて、ぼくはまたびびってしまう。だけど、えさを食べたあとのあおむしはおだやかで、まるくふくらんだせなかが、かわいいとおもう。ぼくはあおむしのせわをせずにはいられない。

○8月16日
あおむしは、もうはこからはみだしそうだ。
ぼくは、なんだかこわい。

○8月17日
あおむしが土のなかにもぐった。

○8月22日
はこの中はしんとしている。あおむしがさなぎになったのだろう。ぼくはほっとしている。いまのところは。

○8月31日
まよなか、ぼくはふと目をさました。つくえのしたの、ふたをしたはこの中で、みしっ、みしっというおとがしていた。ぼくは、おとをたてないようにベッドからおり、はこのそばに行った。まどからがいとうのあかりがさしこみ、はこをななめにてらしていた。

はこの中のおとはしだいに大きくなっていった。めり、めり、ときこえた。ぼくは、むねがどきどきしてきた。ぼくのそだてたあおむし。ぼくは、あおむしがどんなすがたになるのか、この目で見たかった。だけど、いっぽうでは、ぜったい見たくないとおもった。ぼくはどうすればいいかわからなくなった。

おとはますます大きくなり、はこががく、がくとうごきはじめた。ぼくはおもわず、はこにうまのりになった。はこのなかのさなぎはまるで、それがわかったように、もがきはじめた。はこのすみから土のかけらがぼろぼろとこぼれだした。それでもはこの上にのっていると、おとが、かわってきた。くぐもったおとだったのに、はっきりしたおとになった。ぼくは、いきをころし、はこをひっしでおさえつけた。だんぼーるのはこごしに、なにかがうごくのをかんじた。

そのとき、「いちろう、どきなさい!」おかあさんがへやにとびこんできた。おかあさんはほうちょうを手にもっていた。そしてぼくをおしのけ、そのはずみにふたがあきそうになったはこをおさえつけた。そして、はこの上にまたがり、ほうちょうを、なんどもなんども、はこの中めがけてふりおろした。はこがものすごいうごきをして、おかあさんは、はこの上からふりおとされそうになっていたけど、やがて、うごきがとまった。へやじゅうに、ものすごくいやなにおいがしていた。


午後の教室で、担任の先生が日記から目を上げ、一郎を見た。

「とてもよく書けているよ、きみの観察日記は」

一郎はだまっていた。提出が遅くなって、しかられるかと思ったのだ。もう夏休みもとっくに終わり、新学期が始まって一週間もたっていた。

「問題は、きみとそっくりの日記を、田村くんも小林くんも、小川くんも、そのほか何人もが書いているということだ。そう...きみが15人目だ」

「ぼ、ぼくはだれの観察日記もうつしていません! 自分で書きました!」

「うつしたなんて、だれも言ってない。それに、結末がちがっている」
先生は疲れたように言った。

「この町の子どもたちのうち、少なくとも15人が、この夏、巨大な青虫を飼育した。だれも見たことのない青虫をね。そして、そのうち14人の青虫は羽化した」

一郎ははっとした。

「14人はきみとほぼ同じ時期に飼育を始めた。すべての青虫のルーツがきみのアサガオかどうかはわからない。そして、青虫は順調に成長し、羽化した。しかし、その後のようすはくわしく書かれていない。14人は観察日記を提出したあと、なぜか欠席している」

教室が妙にがらんとしている、とは思っていた。一郎が登校したのは今日が初めてだった。「箱」の後始末。それに、あのときにけがをしたせいだ。

「しらない間に町が変わってしまっている」

先生はそこで黙り込み「どういうことなんだ」と、ひとりごとのようにつけ加えた。窓の外を一瞬、大きな飛行体の影が通り過ぎていった。

「あの塀を見てごらん」

先生が指さした方向には電柱より高い塀がそびえていた。

「あの塀は今やこの町を完璧に囲んでいる。塀の中にいるのは、われわれなのだ」

切り取られた空の青がまぶしかった。

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