ショート・ストーリーのKUNI[84]炊飯器/ヤマシタクニコ

投稿:  著者:  読了時間:8分(本文:約3,900文字)


炊飯器が壊れたので、新しいのをネットで買った。そこそこの値段でそこそこの機能。まあご飯が炊ければいいのだ。

翌々日に炊飯器が届くと、ぼくはうきうきして梱包を解いた。不足しているものがないか、保証書はあるか、などをチェック。オッケー。と思ったら、「ご注意」と書かれた紙が出てきた。

直射日光にあてないでください。
火のそばに置かないでください。
乳幼児の手の届かないところに置かないでください。
炊飯器の上に乗らないでください。

まあもっともだよなあとぼくは思いながら読んだ。
するとその次に

おおいそぎメニューはなるべく3回までにしてください。

ん? おおいそぎメニュー?
そういえば、前の炊飯器は小さくて安物ながらいくつかメニューがあって「ふつう」「おいそぎ」「おかゆ」があった。「おいそぎ」にすると普通に炊くときの半分ちょっとくらいの時間で炊けて、便利だった。

でも、「おおいそぎ」? なんか「お」が多くね? と思いながら炊飯器を見ると、確かに、「おいそぎ」があって、その隣に「おおいそぎ」というボタンがあるのだ。ふーん。

マニュアルを取りだし、メニューボタンの説明のページを開いてみる。



「おおいそぎ」メニューにすると、たった5分でおいしいご飯が炊きあがります。食べたいと思った5分後には炊きあがっている。すばらしいでしょ。これは本機だけの特色です。

ほー。5分! 確かにすごい!

ただし、「おおいそぎ」メニューの実行は本機に大きな負担をかけることになります。なるべく3回までにしてください。

3回。そうか。それはちょっときびしいが、まあそういう限界があるせいで、あまり宣伝してないんだな。そうでなければ「5分で炊ける炊飯器」としてもっと派手に宣伝するはずだ。よし。5分で炊かないといけない局面がそうそうあるとは思えないが、大事に使うことにしよう。

と思いながらぼくはさっそく「3回」のうちの1回を使ってしまうことになった。別にものすごく急いでいたわけではない。「おいそぎ」にするつもりが、ボタンを押し間違えたのだ。ぼくは在宅でデザイナーをやっているのだが、いいアイデアが浮かばず悶々としていたところで、なんだかぼうっとしていたのだろう。てきとうにボタンを押すとあっと思う間に蒸気がしゅーしゅーと吹き出し、おいしそうなにおいが部屋いっぱいに満ち、え、もしかして間違えた?! と思うころにはもうカチッ! と音がして炊きあがっていた。ティファールの電気ケトルか、おまえは。

これは設計ミスだな、よく似たボタンが並んでるんだから、押し間違いが起こるのは当然じゃないか、なのに3回までにしてくださいだなんて、よくいうよ。ぼくはぶつぶつ言いながら、とりあえずご飯を食べた。

めちゃおいしかった。これまで食べたどんなご飯より! そのせいかどうか、そのあとパソコンに向かうと、さっきまで煮詰まっていたのがうそのようにアイデアが浮かんだ。翌日が締め切りで、こりゃ間に合わないなとあきらめかけていたのが、余裕で間に合った。

でも、あと2回しか「おおいそぎ」は使えないのだ。まあいいか。もう押し間違えないし。

と思っていたら、電話が鳴った。学生時代からのつきあい、大村先輩だ。
「おい、おれだよ、おれ! いまから行くから飯を炊いておいてくれ!」
「ええ?」
「おまえも知ってる小林、ほら、在学中にエジプト旅行して足の骨折ったやつ、そいつがマレーシアの女と結婚して今九州に住んでるんだけど、今朝こっちに明太子持ってやってきたんだよ! うまそうな明太子だ! あつあつご飯で食べたらたまらんぞ! 早く炊け! すぐ行く!」

10分後には大村先輩と小林さんが来たが、ご飯はちゃんと炊きあがっていた。
「おおいそぎ」メニューを使ったからだ。
「おお、明太子もうまいが、この飯もうまいな! おまえ、おれたちが来るのを知ってて飯炊いて待ってたのか!」
「いや、そうではなく...」
「大村くん、いい後輩を持ったもんだね」

小林さんとやらにはほとんど記憶がなかったが、そんなふうにほめられると、これでよかったのかなという気はした。ふたりは明太子をおかずにばくばくご飯を食べ、帰り際には小林さんはぼくにも明太子一箱くれたし、大村先輩も珍しいことに土産だといって剣菱の一升瓶を置いていった。

しかし、さらに「1回」使ってしまったわけだ。あと1回しかないんだなあ。ぼくは剣菱と明太子を見ながらため息をついた。そして何気なく炊飯器を見てびっくりした。

買ったばかりの炊飯器が激しく劣化しているのだ。白いプラスティック部分はつやを失って黄ばみ、ところどころに傷がついている。ボタンまわりは黒くすすけ、つゆ受けの中にはねっとりとした液体がたまり、気のせいか蓋と本体の接合部もぐらぐらしている。最初は気持ちよくかちっと閉まったのに。

「おおいそぎ」メニューの実行は本機に大きな負担をかけることになります。

そうか、そういうことか。
でもまあ、もう使うことはないだろう。

と思っていたら、また電話がかかってきた。なんと母からだ。
「賢ちゃん? 私、私! おかあさんやがな! たまたまそこまで来たよって、あんたとこに寄っていくわ。いや、別になにもかもてくれんでええんよー。しやけど、いま私、おなかぺこぺこやねん。ちょうどおいしそうな野沢菜見つけたから買うてきたんやけど、あんたとこご飯余ってない? ううん、わざわざ炊かんでもええよー。すぐ帰るしー」

ぼくはすごく迷ったが、ええい、と「おおいそぎ」で炊いた。あっという間に超おいしいご飯が炊きあがり、ばっちりのタイミングでやってきた母は満足そうに食べてくれた。帰り際には残りの野沢菜だけではなく、「あんたも苦労してるんやろ。これ、少ないけどお小遣いやから」と、諭吉さんを5枚ばかり寄越してくれた。そんなこと、今までなかったぞ!

ぼくは、げっそりとやつれて、今や誰が見ても10年は使い倒したとしか思えないへろへろの炊飯器を見ながら思った。

ひょっとして、こいつは幸運の炊飯器?! 「おおいそぎ」ボタンはラッキーボタン?! いや、このやつれようからするに鶴女房の炊飯器版?! といっても、もう3回使ってしまったんだから関係ないか。

その後、ぼくは炊飯器をいたわるように、「おいそぎ」ボタンも使わず、毎日ふつうに炊いて、ふつうに食べた。特に問題はないようだ。見かけが老けただけかもしれない。

と思っていたら、またもぼくは仕事で行き詰まってしまった。今度はただの行き詰まりようではない。とある大きな団体関係の仕事で、直接やるのはポスターだが、それをきっかけに継続的に仕事がもらえるチャンスがある。でも、ひそかにぼく以外にも声をかけているようで、そのポスターの出来ですべてが決まってしまう。落とすわけにはいかない。なのに、行き詰まってしまったのだ。どうしよう。時間がない。

そのとき、ぼくはひらめき、マニュアルを読み返した。

おおいそぎメニューはなるべく3回までにしてください。

なるべく、ということは...絶対だめなわけではなくて...不可能でもなくて...できたら避けてくださいという意味...だから...。

いけるんじゃないか?

確かに見た目はあれだが、見かけと能力とは関係ない。見た目はよぼよぼのおじいさんでも仕事となるとシャキッという人も世間にはいっぱいいるじゃないか。だいじょうぶ、だいじょうぶだ。

ぼくは米を研ぎ、祈るような気持ちで炊飯器にセットし、実際に炊飯器に向かって両手を合わせ、ぱんぱんと柏手を打ち、おもむろにボタンを押した。やがてあっという間に蒸気があがり始め、いいにおいが漂ってきた...と思ったら

ボムッ!

そのあたりの記憶はほとんどない。気がつけば部屋の中には炊飯器の残骸が散らばり、もともと散らかっていた部屋のあれやこれやと混ざり合ってすごいことになっていた。ぼくは額に炊飯器の蓋の直撃を受け、しばらく気を失っていたらしい。そして、よく見るとカオスと化した部屋の真ん中に炊飯器の内釜がちょこんと位置を占めており、中にはちゃんと炊きあがったご飯が真珠のような光沢を放っていた。ぼくは涙が出た。炊飯器よ、おまえは我が身と引き替えにご飯を炊いたのか!

「申し訳ございませんでした」
メーカーからやってきた技術者は謝りまくった。
「過去に自分勝手に製品の仕様を変更してはひそかに出荷ラインに送り込んでいた問題の技術者がおりまして、お客様の購入された製品はたまたまそれであったと思われます。現在はその人物は退職しておりますので二度とこのようなことは...」

「じゃ、『おおいそぎ』ボタンは」
「正規の商品にはついておりません」
「やっぱり...」
「あ、商品のほうはなんとか復元しておきました。ばらばらにはなっていましたが、お客様にとって愛着のある商品でございましょうから...」

見ると、ぼろぼろながら元通りに組み立てられた炊飯器があった。
どんだけ器用なんだ。
「では、これで。あ、これはほんの気持ちです」

技術者は封筒をぼくに押しつけるように渡すと、帰っていった。中に入っていたのは「新品炊飯器交換券」30枚。いらんだろ、30枚も。
でも、これも「ラッキー」のうちか? そうかも? それに、例のポスターもどうやらいい感触だし。

ぼくは修理された炊飯器を改めてまじまじと見た。いかにもやっつけ仕事っぽい感じで、「おおいそぎ」ボタンがあったところにはシールが貼られ、何か文字が書かれていた。

「とりいそぎ」

取り急ぎ? なんだそれは? どんなご飯が炊けるんだ。気になるじゃないか!

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