[2908] 読書作法の衰退を憂える

投稿:  著者:  読了時間:22分(本文:約10,700文字)


《フィルムのあるうちにフィルムカメラを使おうキャンペーン》

■わが逃走[71]
 「あぜ道を撮りたい」その2 の巻
 齋藤 浩

■電網悠語:日々の想い[164]
 脳内構築力とリアル化力
 三井英樹

■私症説[19]
 読書作法の衰退を憂える
 永吉克之


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■わが逃走[71]
「あぜ道を撮りたい」その2 の巻

齋藤 浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20100902140300.html >
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暑い。暑いなあ。
前回もこんなこと言ってたけど、まだまだ暑い今日この頃です。みなさまいかがお過ごしでしょうか。

巷では熱中症で百何十人も死んじゃったり、非実在高齢者が次々と発見されたりと、いつになく異常な夏です。

21世紀の1/10が終わってしまう訳なので、その節目として思い出に残る演出を考えてくれているのであれば、もう少しまともなのがよいです、神様。

そう、節目っていえば、少し前にライカが「フィルムカメラはすでに製造してないよ宣言」をしちゃいました。カメラの祖ともいうべきライカカメラ社自身がそういうことを言っちゃった。ということは、もうホントになくなっちゃうかもしれないな、フィルム。私のいる業界を振り返っても、写植や版下が消滅したのはあっという間だった。

そもそもレコードジャケットに憧れてデザイナーになったらすでに30センチ×30センチの世界は過去のものとなっていた、と思ったら今や12センチ×12センチまでもが消滅しようとしている。何事も消えるときは早いなあ。

とはいえ、アナログレコード用の針も、プレイヤーも今なお販売されていることもまた事実。そんなことを心の支えにしつつ、フィルムのあるうちにフィルムカメラを使おうキャンペーンがオレの中で絶賛開催中なのだ。

その一環として、子供の頃から好きで撮ってたけどイマイチうまく撮れなかった被写体『あぜ道』をフィルムで撮影することにした。

ここでは『あぜ道』と言ってるけど、極端な話、風情のある田んぼや畑のまわりの道なら何でもOK。さらには林道的な未舗装路も好きなので、そんなものも含めてじわじわと撮っていこうと思う今日この頃だ。

で、7月のある日、思い立ったが吉日ってことで信州は蓼科なるところに向かう。今回使ったカメラはCONTAX G2。今はもうカメラ事業から撤退してしまった京セラが、最後っ屁のごとく世に放った究極の変なカメラだ。

いわゆるレンジファインダーカメラと銘打っているもののオートフォーカス採用、しかも距離計用の測距窓とフレーミング用のファインダーがそれぞれ独立していて、ピントの合焦が確認できない。つまり、レンジファインダーカメラのいいところが全て機械めの手中にあり、使い手は機械の言うことを信じて構図を決めてシャッターを押すだけ。

こんなアホなカメラのどこがいいんだ?しかも重いし。

えー、何事も(とくにカメラは)一度惚れてしまったら最後、いかなる欠点も美しく見えてしまうものです。「だって写りが良くてカッコいいんだもん」。G2の魅力を語るなら、このひと言に尽きる。

とにかくスゴイその1として、レンズがスゴい!

このカメラのためにラインナップされたレンズは全てカールツァイスレンズ。まあCONTAXにはツァイスと相場は決まっているのだが、あの天下のツァイスレンズが16mmから90mmまでずらっと揃ってる。しかも中古価格が安い!

ただでさえお値ごろ感あふれる当時の定価の半額以下〜1/4程度の値段で買えちゃうのだ。言うなれば、ライカ用のツァイスレンズを1本買う値段で4本くらい買えちゃう。G2は今最もリーズナブルにツァイスのシステムを組めるプラットフォームと言えましょう。

ちなみにツァイスレンズのすごさについては『わが逃走[38]ツァイスがスゴいの巻』も参照のこと。
< http://bn.dgcr.com/archives/20090212140300.html >

今回は具体例としてこんな写真を紹介します。信州は佐久市臼田町の"うすださん"ことJAXAのパラボラアンテナ。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/09/02/images/fig01.jpg >

明るい青空をバックにした白いパラボラの写真ですが、パラボラが白いのに空が青い! しかも階調に黒ツブレもなければ白トビもない。

普通、一般的なレンズで一般的に撮ってもこんな絵にはなりません。ところが、G2で露出オートにして普通に撮っただけで、こんな写真が撮れてしまう。おそるべし、ツァイス。

しかもこのスゴイレンズ群に、デジタル時代の救世主・マウントアダプターが登場した。これにより、マイクロフォーサーズやソニーαEマウントでもG2用のレンズが使えるようになった。そんな訳でCONTAXのGマウントレンズはお買い得です。あ、話が少しそれた。

さてスゴイその2はスタイルの美しさだなあ、オレ的に。

G2のチタン外装+丸みを帯びたデザインは、カメラが正常進化した形状だと断定する。オレ的に。

最近のフィルムカメラ(とくにレンジファインダーカメラ)のスタイリングが軒並みノスタルジック路線なのに対し、G2は過去の名機の意匠を継承しつつもCONTAXが提案する(当時における)カメラのありかたを具現化している。このへんの突っ走ってる感じがまたイイ。

まあ結果としては突っ走ったまま5年前に製造を終え、デジタル化の波に乗り遅れた京セラはカメラ事業から撤退してしまう訳だが。

と、機材の紹介が長くなってしまった。さて撮影だが、朝5時半に起きて、田んぼや畑のまわりを散歩しつつ撮影する。

今回のテーマはあくまでも道であり、状況説明ではない。なのだが、つい癖で道を脇役としたありがちな構図になっちゃうんだなあ。未舗装の轍を見てるだけで嬉しくなっちゃって、つい勢いでシャッターを切っちゃう。テーマを決めて写真を撮るには強い意志が必要ですね。で、撮ってみたのがこちら。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/09/02/images/fig02.jpg >

なにやら道を撮るんだ! という無駄に強い意志を感じて逆に不自然。これならもう少しカメラ位置を低くして、レンズを地面に対して水平に持っていった方がよかったかも。

次。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/09/02/images/fig03.jpg >
色はきれいなんだけどもっと絞るべきだったなー。被写界深度が中途半端でした。手前のボケはいいとして、奥をもう少しシャープに見せられればそれなりに気持ちよかったかも。

次。
< http://bn.dgcr.com/archives/2010/09/02/images/fig04.jpg >

望遠レンズで緑を圧縮し、草の臭いみたいなものが定着できれば...なんて思いながら撮った。こちらも、もう少し深度が深くてもよかったかも。ツァイスレンズだー! って嬉しくなると、つい絞りを開けたくなる。このあたりの自制心が必要ですね。

また、圧縮された分どこかにヌケを作ってあげないと息苦しい。空を入れるべきだった。また、画面中央に、構図を2分割する電信柱に気づかなかったのは愚か。

< http://bn.dgcr.com/archives/2010/09/02/images/fig05.jpg >
田んぼの緑と舗装路の動物の足跡。
うーん、つまんないですね。

以上、張り切って撮影した割にはたいした成果は得られませんでした。今気がついたのだが、幼少の頃の原体験としてのあぜ道ってのが根底にあるのだとすれば、いずれも視点を低くすべきだったのかも。

そのへんを踏まえた上で、再度チャレンジしようと思う。でも撮ってるときはとても楽しかったし、次の撮影のときはどこを気をつけるべきかなんとなくわかったのでとても満足。趣味は仕事と違って気楽でいい。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

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■電網悠語:日々の想い[164]
脳内構築力とリアル化力

三井英樹
< http://bn.dgcr.com/archives/20100902140200.html >
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「カミーユ・クローデル」という映画がある。ロダンの愛人:カミーユの、愛するほどに隔たりが深まるという哀しい実話と、イザベル・アジャーニの熱演が生々しく痛々しい物語。もう何年も前に観たのに、銀幕なのに降りしきる雨の冷たさが、未だに思い出せる。

  ▼mitmix@Amazon - カミーユ・クローデル[DVD]
  < http://astore.amazon.co.jp/milkage-22/detail/B00005B3LB >

全体的に哀しいストーリーだが、幾つか心休まるシーンがある。主人公カミーユが小さな女の子の前で、ウサギを彫るシーン。石を彫り進むうちに、徐々にウサギが姿を現す。その見事さに、女の子は「どうして中にウサギがいるって分かったの?」と声を上げる。その質問に戸惑うようなイザベル・アジャーニの顔が見事だった。


この問答が時折頭に浮かんでくる。それは、脳内に構築されたものと、リアルの対比が分かり易いからだろうと思う。

大した作品は作れなかったけれど、大学の頃に絵や彫刻に耽った時期がある。絵が好きというよりも、絵を描いている生活に惹かれていたレベルの話である。そうではあったけれど、時たま気に入った作品が生まれることがある。別に誰に褒められる訳でもないのだけれど、何だか気に入った作品達。それらは、間違いなく、当初(あるいは直前)に脳内にイメージしたものが、ドンピシャで目の前に構築できたと思える作品達だった。

いつもは描きながら様々なことを試行錯誤する。でも、気に入った作品では、その過程は実は少なくて、一直線に「思い描いたもの」に向かって進めていたと記憶している。そんなことが稀だからこそ、記憶に残っているし、「どうしてウサギが中にいるって......」と質問されるような確信的に進めて行けたように思えている。


それは、職として就いたプログラマでも起こった。脳内にイメージできた通りにコーディングできた時の嬉しさ。そのイメージが機能的に合っていた(バグがない)だけではなく、一直線にコーディングできたことも、創り上げた喜びを深くした。

コーディングは、基本的にはテストを意識しながらし進める訳だが、想定していなかったテストすら軽々とパスできた場合、「俺って天才?」的な喜びにつながる。それが脳内で構築したイメージを土台に進めていたものなら、尚のこと不思議さが湧いて来る。

そのあたりの謎解きの究明はしていないけれど、積み上げた経験が様々な角度からの試験を既にしているのだろうと思うことにしている。確かに、利用者のイメージや利用シーンが分かっているときこそ、脳内構築の精度は高い。

そうした精度の高さには、デザインの分野でも時々驚かされる。優れたデザインは、見た目の色合いやレイアウト的な要素だけでなく、どう使われるのかを想定した、つまり情報設計(IA)的な部分の精度の高さが鍵となる。どの角度から見ても破綻しないこと、それが求められる。そして、それが少ない情報収集期間の中で、綿密に設計されていた場合ほど、見事さに溜息が出る。

Webデザインの場では、出来上がってきたデザイン案を色々な立場から検証する。○○を探して、このページに辿り着いた人はどう動くのか、その時に迷子にさせないか、求める道筋に正しく誘導できるのか。ボタンの形状や、使っているメタファー(隠喩/暗喩)、トーン&マナー。それらが不整合を起こさないかも確認される。

過酷なテストだと時々思う。そんなの想定外だよと言い出したい気持ちも分かる。でも、だからこそ、多くのテストにパスするデザインを初期段階で見せられるとき、驚き感心する。その人の脳内では何が起こっているんだろうとも。


思い描いた通りに実現すること。それはプログラミングやデザインに限らないのかも、と最近感じている。例えば、マネージメント。チームマネージメントや、プロジェクトマネージメントが分かり易い。

複数の価値観を持った人間の集団を、きちんと御しながら、御されながら、目的地に進めていく力。これを脳内で構築できて実施できたら凄いことだと思う。そして、プログラミングやデザインでそうした様々な角度からの検証ができるのであれば、様々な価値観からの検証も可能ではないのかと思ってきている。

もちろん、今の自分にできるかどうかの議論ではない。ただ、コーディングやお作法を分かった上で、脳内プログラミングができるように、人間への理解が深まれば、脳内マネージメントを構築してリアル化することも、絵空事ではないように思える。


そして、その先にあるもの。Web屋としては、Webサイト担当者なのかな、と。

脳内で、来訪者の特性に合わせて、そのサイトが提供すべき情報をきちんと渡せて、更に植えつけるべきブランディングイメージも刷り込むシナリオを描ききって、それを実装する(させる)手腕。

Webがあって当たり前の状況になってこそ必要なスキル。企業はそうした責任と能力を備えた担当者を見つけ、配置しなければならない時代になってきた。技術が進むほどに、見極めも難しくなり、自分の思いと企業としての想いに挟まれつつ、適切な光明に向けて日々改良を進めていくこと。ハードルも日々高まっているのだろう。


最後にTweetからの一言を思い出したので、記す。担当者の狙いや企みの大切さ。そして、その重みや覚悟。諸々のことが、この言葉から広がりました。下記は別にサイトに限定していませんが、現実的にはサイトというかネット上での比重は否が応にも高いでしょう。低価格化が進むWebサイト開発ですが、担うべき任務の大きさに武者震いします。

  Twitter / NHK広報局:広報は広告とは違って、皆さんが持っている...
  < >
  広報は広告とは違って、皆さんが持っているNHKのイメージを再構築する
  仕事なんです。「NHKは真面目でお固い」というイメージ(←実は大切に
  しています)に少しだけ「新しい何か」を加えたいな、と願っておりま
  す。 RT @75mix: @NHK_PR NHKってお堅いイメージがある

【みつい・ひでき】感想などはmit_dgcr(a)yahoo.co.jpまで
・暑過ぎ。でも今年もあと4ヶ月。
・一番期待したShuffle、正方形ですか。Appleイヤホンが嫌いなんだけど、先代のタイピンみたいなのはデザイン的には好きだった&期待してたんですが。
・mitmix : < * http://www.mitmix.net/ >
・Twitter : < * http://twitter.com/mit >

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■私症説[19]
読書作法の衰退を憂える

永吉克之
< http://bn.dgcr.com/archives/20100902140100.html >
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iPadもKindleも、使うことはおろか肉眼で見たことすらない人間の言うことだから、その辺りは差し引いて読んでいただきたい。

読書をしている間は、ソファにふんぞり返って両脚をテーブルの上にのせ、本を左手〈ゆんで〉に持ち、右手〈めて〉を背もたれの後ろに投げ出した姿勢をとっているのが、私にとって最も安楽で、かつ精神的充実を得られるのである。その際、右手の薬指は、背もたれの裏に空いた穴につっこんで、内容物を掻き回していなければならない。これが「千曲玉楼〈ちくまぎょくろう〉」という読書作法である。

さて。端末で読書をする場合、私が長年かかって身につけたこの読書作法を捨て去らなければならない。当然だ。例えばiPadは何十キロあるのか知らないが、写真で見た限りでは、およそ片手で持てる代物ではないからである。

そうなると、端末用にまた新たな読書作法を考案し、改良し、洗練し、身につけなければならない。千曲玉楼を自家薬籠中のものにするのに15年以上を費やしたのだ。このうえさらに同じ年月を作法の習得にかける気力はない。さしあたり、腹這いの体勢で新聞を読むときの作法「たまゆら」、コンビニで立ち読みをするときの作法「DEMMAN」などで対応しようと考えている。

夏が終わり、心地よい涼風が家の中を吹き抜ける季節になると、昼食後、畳の上で、右を下にして横たわり、ふたつに折った座布団で本を持った右手を支え、左手を右の腕〈かいな〉にそえた体勢で読書をする「チャーリー」を使い始めるのだが、この作法なら重い端末でも片手で持てないことはない。

しかしながら、食後の満腹感と全身を渡る涼風の心地よさから眠気を催したときに仰向けになって、開いた本を顔の上にのせて、しばしの夢見心地を楽しむ「盧生〈ろせい〉」は、端末では不可能だ。ディスプレイは吸水性ゼロだから、顔が分泌する脂でヌルヌルして気持ち悪いし、何十キロもあるものを顔面にのせていては痛くて、夢を見るどころではないだろう。いや、それ以前に、鼻が邪魔して顔面の上には載らないと思う。

かくの如く、テレビ放送の地デジ化と同様、書籍の電子化の勢いは、抗うことのできない奔流となって、私のささやかな快楽を、泡沫のように呑み込んでしまおうとしているのだ。

                 ●

長時間にわたって外出する時は、たいてい本を携行するのだが、私はカバンというものを持つのが大嫌いなので、本はジャケットのポケットに入れることにしている。文庫サイズなら楽に入るし、私の変色してマダラになった安物の唾棄すべきコートのポケットならB5サイズでも充分入る。

ところが、それを端末で読むとなると話はちがう。写真で見る限り、到底ジャケットのポケットに入る大きさとは思えない。私の油染みたホツレだらけの野暮で無意味なコートのポケットなら入るかもしれないが、そんな大きな精密機器をポケットなんぞに入れて出歩くような蛮勇引力はもちあわせていない。もし、泥酔運転で歩道に乗り上げてきたタンクローリーに正面衝突でもされようものなら、ショックで端末が故障する恐れがあるからだ。

本はおもに、AMAZONかBOOKOFFで買うので、紙のカバーをかけてもらえないから、電車のなかで読むときも本は全裸のままだが、私はその方が好きだ。著者の心情に思いを巡らせるに、一刀三拝して書き上げた労作の表紙を、あたかも恥部のように隠蔽するのはいかがなものか。ましていわんや、文庫本のカバー(書店でかけてもらうカバーじゃなくて、表紙にもともと被せてある、タイトルやイラストなんかが入ったカバー。ややこしいな...)をはずして、裏返しにしてまた表紙にかけている人をたまに見るが、これはムゴい。関節を逆に曲げられたような気分だ。

本を尊ぶ心があるのなら、むしろ表紙を、ひとりでも多くの乗客の眼に触れさせ、できれば音読して、著書の素晴らしさを車内にあまねく伝えるべきだろう。それでもなお隠したいというのであれば、電車の座席で読書をする際の作法「出雲」を用いることによって、誰にも本のタイトルを知られずにすむのだが、一朝一夕に身につくものではないので、これについては触れないでおこう。

従って、誰の何という本を読んでいるのかを、あくまで秘匿したい向きには端末は安心なわけだ。カバーをしなくても、表紙がディスプレイの中にあるのだから、表紙をめくってしまえば両隣の乗客にも恥部を見られずにすむ。

▼1400年の歴史を持つ装丁専門店「トミタ装幀」35代目主人は語る

この店の創業者が、ここ大阪の船場に店を開いたんは、まだ飛鳥に都があった頃ですわ。その頃はまだまだ装丁ゆうもんがあんまり知られとらん頃で、注文が入らんもんやさかい、ご近所のお宅を一軒一軒回って小商いしながら、ときどき近江や紀伊の方まで足を伸ばして、トミタ装幀の名を広めていったて聞いとります。

25代目の時でっしゃろか。それまでの苦労が実って、日本国内どころか明国あたりからも注文が来るようになりました。その頃はもう、装丁屋ゆうたら珍しゅうのうなってましたけど、日本で一番のシェアと信用をいただいとったトミタ装幀の評判が、明国の皇帝にお耳に入ったっちゅうわけですわ。

当時、明国は朱印船の来航を禁止しとりましたよって、トンキンてゆう、今のベトナムの都市の港で荷揚げしてから、陸路を伝って首都の北京までの2000キロ余を、装丁を満載した荷車を引いて何べんも往復したんやそうですわ。ほんまご苦労な話でんな(笑)。その後も、鎖国や維新や戦争やといろいろとおましたけど、トミタ装幀の暖簾だけは守ってきました。

そやけど、このところの電子書籍の普及で、装丁の需要も減る一方で、例えばこの装丁でっけど(そういって、ご主人は店頭に並べてあった装丁のひとつを手に取った)、一時は毎日20本は出たもんだす。それが今では10日以上棚晒しですわ。1400年続いた店をわての代で畳まんならんのかと思うと、ご先祖様に申し訳のうてねえ。

......インタビューの帰りがけ、ご主人が「よろしかったら」と言って、その装丁をくださった。肌触りといい薫りといい光沢といい、これほどの意匠を凝らした装丁が売れなくなっているという現実を知って、私はやりきれない気持ちでいっぱいになった。

帰宅すると、さっそくトミタ装幀の装丁を使って、BOOKOFFで買った町田康の『くっすん大黒』を読んだ。読書作法は、玄関口で正座して読むときに使う「破羅韋相〈はらいそ〉」だった。腰に負担がかかるので、腰痛を発症して以来使っていなかった作法をあえて使ったのは、トミタ装幀のご主人の心痛を少しでも分かち合えるような気がしたからである。

【ながよしかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
このテキストは、私のブログにも、ほぼ同時掲載しています。
・無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz >

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■編集後記(9/2)

・梅佳代2年ぶりの新作写真集「ウメップ」を見る(リトルモア、2010)。税込み2,100円だがバカスカ売れている。早くも3刷、5万部突破だという。B5変型、ハードカバー、オールカラー140ページの丈夫な造本。表紙は「Umep」「Umekayo」だけ、背表紙に「ウメップ 梅佳代」、奥付は「Umep ウメップ」とある。いったい正しい表記はどれだ。前書き、あとがき、作者経歴、写真解説やデータなど一切なし。1点1ページ断ち切り展開、ところどころになぜか白紙のページが計8ページ、なにかの区切りなのか、意図がわからない。最初と最後の見開きに滝らしい風景写真を配するが、これは失敗写真の代表みたいな出来。なにか意味があるのだと思うが、よくわからない。かように不親切な本だが、1点1点のスナップはさすがに梅佳代ワールド、見ていてあきない不思議な面白さが満開である。このさい写真技術など関係ない被写体勝負。これら被写体に、なんと言って近づきシャッターを押しているのだろうか。ところで表紙にもなっている、幼女3人号泣のシーンの謎は? 作者がどこかで明らかにしているかどうかは知らないが、うちの娘に推理させたら「町内の手作りお化け屋敷イベント、ご褒美のシールをもらったけど、こわかったよ〜と泣きやまないの図」とのことで、そうかもしれない。1枚1枚勝手なストーリーを考えて楽しめる。おもしろいぞ梅佳代。あなたは最高だよ。(柴田)
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4898152929/dgcrcom-22/ >
→アマゾンで見る(レビュー4件)

・DocScanner。今日のアップデートでDropboxとGoogle Docsへ。/おととい書いた「sh15uya」。1話の無料視聴できるところがあった。フルスクリーンモードでどうぞ。/「ご飯がススム」。CMは見たことない。料理研究家こうちゃんのキムチ、らしいのだが、こうちゃんの番組や本、サイトは見たことも読んだこともない。というよりなんとなく敬遠していたよ(アマゾンのレビューで同じように敬遠していたという書き込みが!)。名前を知っている程度で、急に出てこられたな〜と思っていたのが数年前。で、このキムチ。キムチを食べる習慣はないのだが、家族がたまたま買ってきたものを食べて、病み付きに。いまは週一程度で食べている気がする。辛すぎず、どちらかというと甘くて、なんだか癖になる味。カクテキと辛口もあるのか。近所のスーパーでは白菜のしか売っていないな。コンビニでも売っているという話も聞いたよ。(hammer.mule)
< http://www.b-ch.com/biglobe/ttl/index.php?ttl_c=332 >
1話のみ無料
< http://www.pickles.co.jp/susumu/ >
ご飯がススム
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4391626470/dgcrcom-22/ >
読むべきか......