ショート・ストーリーのKUNI[86]鉄腕アトム2010
── ヤマシタクニコ ──

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ある日、鉄腕アトムは考えた。
「リアルの世界ではいつのまにか2010年になってる。ぼくが誕生したのは2003年4月7日という設定で、当時は確かにそれが『未来』だった。でも、いまはそうではない。ぼくはいつまでもマンガの世界にいる必要はないんじゃないか?そうだ。リアルの世界に行ってみよう! ぼくの友だちもきっといるにちがいない」

そこで、アトムは2010年の日本にやってきた。
「なんだかごみごみしているなあ。ぼくの想像とだいぶちがっているぞ」

アトムはきょろきょろしながら歩いた。狭い道路に車がひしめき、自転車がたくさんあるのは意外だった。なぜだろう? 自転車にみえてほんとうはそうじゃないのかもしれない。人間たちの服装は20世紀なかばとそんなにちがっていない。ぴかぴかの高層ビルが建っているかと思うと、すぐそばにはいまにも倒れそうな木造のアパートがある。妙におじいさんやおばあさんが多い。でも、人間たちがすごく薄くて小さな電話を持ち歩いているのには驚いた。

「あら、アトムの着ぐるみ?! かわいい!」
「最近の着ぐるみはコンパクトにできてるのね!」
あちこちでおばさんたちに声をかけられ、頭をさわられた。着ぐるみって何だっけ? アトムはすっかり疲れてしまった。なんだかあまり楽しくないし、少しさびしかった。街には自分のようなロボットがいっぱいいるかと思ったのに。



アトムは交番に入ってみた。
「おまわりさん、ロボットがいるところはどこですか?」
「ロボット? ああ、そうだなあ」
おまわりさんは壁に張った地図を見ながら答えた。
「ここに大きなロボット工場があるから行ってみたら」

アトムはさっそく行ってみた。工場には確かにロボットがいたが、業務用ロボットばかりだった。
「あんた、何しにきたん?」
介護用ロボットが聞いた。
「ぼくは鉄腕アトム。よい子のためにたたかうんだ」
「ふうん。ほんで何しに来たん」
「ぼくはリアルの世界で友だちを見つけたいんだ。君はぼくのともだちになってくれる?」
「何ねぼけてんねんな、もー。毎日毎日介護介護でそんなひまあるかいな」
「かいごって何?」
「からだの不自由なお年寄りを寝返りさせたり、おむつ替えたりするねん」
「毎日、そればかりなの?」
「そのために作られたんやからしゃあないやないの」
「ふーん」

アトムの足元では、丸いお掃除ロボットがくるくるとまわりながら移動していた。声をかけようとする間もなく、くるくるまわりながら向こうに行ってしまった。

「ぼん、何してんねん」
横から声をかけたのはすしロボットだった。ロボットといっても金属製の箱形だ。ごはんをセットすると、にぎり寿司用に成型したもの、いわゆるシャリ玉をひとつひとつトレーの上に出すようになっている。

「ぼくは鉄腕アトム。心やさしい科学の子。七つの威力を持っているんだ。君は...どこが口? どこが頭?」
「頭もなにもあるかいな。毎日毎日すし飯をまるめるだけや。悪いか。ASIMOかて、えらそうにしてるけどひざ曲げて歩くだけやないか。くやしかったらすし握ってみいっちゅうねん」
「ぼくの友だちになってくれる?」
「そら別にええけど、わしら店に配置されたらそこから動かれへんで」
「そうなんですか」

「まあ友だちになりたい言うんやったらなってもええけどな。わし、実は明日から店に置かれるねん。おまえもついていくか。おれがすし握るかっこええとこ見せたるわ。ほんで、おまえもいっしょにすし握ってみ。どんだけたいへんな仕事かわかるで」
「わかりました。ついていきます」
「おれのことはジョージと呼んでくれ」

翌日、アトムはすしロボットについていった。連れて行かれたところは宅配専門の寿司店だった。どんどん注文が入る。ジョージは頭からほうりこまれたシャリをローラーを回転させながらみるみる形を整え、ぽとり、ぽとり、と吐き出していく。

「うまいなあ、ジョージ。よし、ぼくも負けずにやってみるよ」
アトムはジョージが作ったシャリ玉を見ながら手でまるめてみたが、これが意外にむずかしい。
「へたやな! なんじゃそら! 大きさがばらばらじゃ!」
「ご、ごめんなさい。次はちゃんと作ります」
しかし、今度は形がばらばらだ。

「なんじゃそら! そんなバナナみたいなすしがあるかい! そっちはギョーザか、これはまた回転焼きか! おまえ、まじめにやらんかい!」
「まじめにやってたんですけど...ごめんなさい、やりなおします」
「あー、そない何回もやってたらシャリがつぶれてまうがな! おはぎとちゃうぞ! それはもう捨てて、新しいのを作れ!」
「食べ物を捨てるなんてもったいないと思います。お百姓さんたちが一生懸命作ったお米なんです」

「ええかっこゆうな! いややったら捨てんでもええもん作らんかい!」
「は、はい。わかりました」
アトムは一生懸命、どこが悪かったか考え、作り直した。
「ジョージ、できました」
「おお、形になっとる。しやけど時間かかりすぎや。話にならん」
「一生懸命作ったんです。ぼくの愛がいっぱい詰まっています。食べた人はきっと幸せになります」
「なにが幸せじゃ! 10年早いわ!」

ば、こーん!
ジョージはアトムをぶん殴った。といっても、すしロボットには腕らしきものがないが、そこは体全体を使ったか何かしたのだろう。とにかく殴った。アトムはぶっとんだ。
「しょーむないご託並べやがって! 何が愛や何が幸せや! おれらロボットにはそんなもん関係ない! 心とか愛とかを『無』にして作るもんや! 毎日毎日おんなじもんをおんなじように作ってなんぼの世界やねん! 甘いこと言うな!」
「ぼ、ぼくは...心正しい科学の子」
「どーでもええわっ!」
「ううっ...」

アトムは嗚咽をもらし、しばし伏せったままだった。やがてゆっくり、ゆっくり立ち上がると、きっぱりと言った。
「わかりました。ぼく、心を無にします」
アトムはまぶたを閉じ、精神を集中した。心を無にした。次に目を開けると、全身に力がみなぎったようだった。アトムの体はまばゆいばかりに光り輝き、オーラを放ち、テーマ音楽が鳴り響いた。
♪そ、ら、を超えて〜ら・ら・ら星のかなた〜〜〜〜〜〜!!!

アトムは10万馬力でシャリ玉を作り始めた。ものすごいスピード。まったく同じ重量、同じフォルム。少しの乱れもない。作る、作る、作る、作る、作る。
「作りすぎじゃ!」
「えっ」
「おまえな、商売は需要と供給で成り立っとんじゃ! わしらは必要に応じてセットされたすし飯を握ったらええんじゃ! だれが勝手にすし飯取ってきて握れゆうた! シャリ玉が山盛りやないか! こんなもん余ったらどないすんねん! どあほ!」
ば、こーん!
「ジョージ...」
「もうええ、しばらく何もすんな!」

アトムは泣きながら部屋の隅の椅子に腰掛けた。ああ、いったい自分は何をしているんだ。ウランやコバルト、お茶の水博士がなつかしかった。
「やっぱりぼくはマンガの世界でしか生きていけないのか。この世界にはぼくの友だちはいないのか...」
ふと見ると床に紙が落ちていた。アトムはそれを拾い、そこにプリントされた画像に見入った。

「おーい」
ジョージが呼んだ。
「あ、はい」
「さっきは悪かった。わしもちょっと言い方きつかったわ。別にいけずする気はないねん。わしの信念をストレートに伝えたかっただけや。まあ、ゆうたら、愛やな」
「はい...むずかしいんですね...」
「まあだんだんわかってくるわ。みんなそうや。気にすんな...おい、何見てるねん、それ」
「あ、そこに落ちてたんですけど、この人はどこにいるんですか」
「どこにって」
「もしかしたら、ぼくの友だちになってくれる人かも」
「友だち? こいつと?」
「はい。だめですか?」
「だめなことないよ...だめなことないけどな...」

アトムが握りしめた紙には、先行者の画像が印刷されていた。だれがこんなものを今ごろプリントしたんだ。ジョージはためいきをついた。
「おまえもさびしいねんなあ。そやなあ。わしでは物足らんやろし。わしよりはこのひとのほうがええかもしれんなあ」
「ぼくは...そんな意味で言ったのでは」
「いや、ええねん! 気ぃ使うな! わしがとやかく言うことやない。よし...とりあえずもう一回、シャリ玉作ってみるか! なんでも経験や。むだにはなれへん!」
「はい!」

ふたたびジョージによるシャリ玉作り特訓が始まった。ジョージは自分の知識と技術のすべてをアトムに注ぎ込んだ。鉄腕アトムはすっかりシャリ玉作りの名人になった。
「もうわしが教えることは何もない! おまえは一人前や! どこにでも行ってこい!」
「ジョージ! ありがとう。君のことは忘れないよ!」

鉄腕アトムはその後、習得した技術を携え中国の「友だち」に会いに行った。ついでにシャリ玉作りの技術指導をしたそうである。

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