わが逃走[73]ポスター自主制作!の巻
── 齋藤 浩 ──

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こんにちは。
この不況下で紙媒体の仕事が減ってるというのに、何故かポスターの仕事がどっかり入ってきて、にわかに活気づいているtong-poo graphicsの齋藤です。やっぱりポスターは楽しい。もう、面積がでかいってことだけで気合いが入るぜ。

思い起こせば私がこの業界を目指した頃、グラフィックデザインの花形といえばレコジャケ、ポスター、そして新聞広告だった。奥村靫正氏の『BGM』(YMO)、戸田正寿氏の『ランボオ』(サントリー)、大貫拓也氏の『プール冷えてます』(としまえん)は私の人生を変えた三大スバラシイ仕事と言えよう。

『BGM』でレコジャケを作る人になろう! と決意し、『ランボオ』で美大進学を決意し、『プール冷えてます』で広告デザインの道に進むことを決意した訳だ。

なので、偉大なデザインとその作り手は、情報を伝えるというグラフィックデザイン本来の仕事をしつつ、それに興味のある若造に対して通信教育をしてくれていたとも言える。うーん、ありがたいなあ。



なんだけど、最近のデザインにはこの教育的な部分が不足しているように思う。消費者にわかりやすく、親切に丁寧にと言えば聞こえはいいが、それが行き過ぎてしまい、バカでもわかるような表現で作ればいい、みたいに相手を見下したようなツマランものが増えてるように思えてならない。

ここで思い出すのは、20年くらい前の『チョコラBBドリンク』広告事件。かったるそうな桃井かおりが「世の中、バカが多くてつかれません?」と語りかける広告に対し、"お客様"から「バカとは何事か!」とのお叱りが来たとのことで、放映&掲出中止になった。だけど、意味的には全く同じの「世の中、オリコウが多くてつかれません?」バージョンはおとがめなしで、そのまま展開されたのだね。で、当時私が思ったことは、「なんてバカな世の中なんだ!」だったのである。

ちょうどバブルがはじけた直後くらいだったかな。そんなことも影響してか、それ以降の広告はなんとなく元気がなくなってきて、『五感に響くデザイン』が減り、『セールスマン的に説明する』ものが増えてきた。

私はデザインとはじっくり説明するものではなく、わかりやすく感じさせるものだ! と学んできたし、今でもそう思っている。たとえ「新製品のデジタルカメラがなんと19,800円!」的な内容であっても、説明されて安いと認識するよりも早く、デザインの力で自分に必要な情報と感じさせ、欲しいと感じさせ、買おうと感じさせてみせるぜ。

なんて思う今日この頃だったので、今回の案件(あ、ポスター制作ね)はいずれもかなりトンガッた表現を提案してみたところ、奇跡的にもそのトンガリ案が採用されてしまったのです。うーん、信じるものは救われるなあ。現在最後の調整作業中です。

さて、気持ち的にテンションが上がってくると、さらに作りたくなってくるものだ。なんだけど、そうそうポスターの仕事なんかない。なければ勝手に作ればいいのだ! という訳で、ここで自主制作やるぜモードに突入、アイデアを練り始めるのだった。

自主制作とは読んで字の如く『自主的に制作』することだ。なので、当然ながらクライアントも表現もメッセージ内容も自由。なんでもアリなのだ。なのだが、なんでもアリとなると収拾がつかなくなるのである程度制約してみる。

1)目的から入る。まあ当たり前なんだけどね。何を伝えたいかをじっくり整理して、コンセプトをまとめる。でも、これっていつも仕事でやってることなので、自主制作のときは目的を後回しにすることが多い。こんなこと言っちゃっていいのだろうか。最終的に辻褄が合えばいいんです。

2)カタチから入る。田中一光みたいなポスターを作りたいとか言うと「近頃の若者はすぐカタチから入る!」と怒られたものだが、もうバカボンパパと同い年になるのでカタチから入ってもいいのだ。

そんな訳で、80年代にタイムスリップして『モリサワ』からポスター制作の依頼があったという設定で制作する! ということにしてみる。いいのかな? いいよね、趣味だし。

3)素材から入る。
以下の写真素材を使ってポスターを作る、という制約をつけてみる。撮りためた写真を素材とし、紙面上で再構成する。たとえばオレは階段が好きだ。こんな階段の写真ばかり何百枚も撮っている。
< https://bn.dgcr.com/archives/2010/10/07/images/fig01 >

また、オレは脇役が好きだ。ギャラリーの展示台とか。
< https://bn.dgcr.com/archives/2010/10/07/images/fig02 >

博物館のガラスケースに乗った展示物の影とか。
< https://bn.dgcr.com/archives/2010/10/07/images/fig03 >

さらに、オレはたまたまできちゃった系の構成美が好きだ。美しいものを作ってやろうと意気込んだ時点で、その下心は見透かされてしまう運命にあるものだ。たとえば、この写真を見てくれ。
< https://bn.dgcr.com/archives/2010/10/07/images/fig04 >

これをここにこのように置いた人は、決して美しいバランスを追求した訳ではなく、ここにこのように置くことが適切と考えたからこれをここに置いたにすぎない。さらに、この写真を見てくれ。
< https://bn.dgcr.com/archives/2010/10/07/images/fig05 >

このホースを巻いた人は、バックとの色彩的対比を追求した訳ではなく、実用本意で掛けているだけだ。なのに! 何故こんなにも美しいのか!! と思ってるヒトはオレだけかもしれんが、だとしたらその美しさを伝える意味からも、これらを素材として使わねばならない! というルールを自らに課してみる。

とかね。まあ、こんなことを考えながら、いっちょ作ってやるかー、という気持ちになってます。テンション上げつついろいろアイデアを練っていたら、某ギャラリーからメールが。

なになに、「お願いしている作品ですが、締切が過ぎてます。進行の具合はいかがでしょうか?」
!!!!!!!!!!!! すっかり忘れてました。

まずは依頼されてる仕事を片付けなきゃね。
シャレにならないオチで今回はこれにて。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/
>

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。