映画と夜と音楽と...[480]戦う女の勇姿に見惚れる/十河 進

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〈天使の牙B.T.A/グロリア/エイリアン2/リベンジャー/ニキータ/少女コマンドー・いづみ/スケバン刑事/ブルースチール/ストリート・オブ・ファイヤー〉

●大沢在昌さんの作品群には「戦う女」の系譜がある

先日、NHKの「ブックレビュー」を見ていたら、今年の初めに放映した大沢在昌さんの「ブラックチェンバー」の回を再放映していた。大沢さんの語りは明快で、口跡もいいので話がわかりやすい。前回見たときは「ブラックチェンバー」を読む前だったのだが、その後、読んだので話の内容も理解しやすかった。

「ブラックチェンバー」には、主人公のパートナーになる銃器と格闘技のプロである女性が登場する。彼女は、冒頭で主人公の絶体絶命の危機を救い、その後、反犯罪組織ブラックチェンバーのメンバーになった主人公のパートナーになるのだが、男のような口をきき心を開かない。だが、人を躊躇なく殺すし、格闘でも男には負けない強い女である。

その女性キャラクターの話になったとき、大沢さんは「強い女が好きなんでしょうね。戦う女が...」と、はっきり答えていた。そう、ホントに好きですよね、と僕はテレビに向かってつっこみを入れそうになった。大沢さんの作品には、連綿とつながる「戦う女」の系譜がある。

初期の作品から見ると「相続人TOMOKO」がいて、「撃つ薔薇」の涼子がいる。最近では「魔女」シリーズもある。彼女たちは銃器を分身のように扱い、男と対等に闘い、クールな言動が魅力的だ。そんな系譜の中に「天使」シリーズのアスカもいる。僕が無理を言って解説を書かせていただいた角川文庫「天使の爪」の主人公アスカは、男以上にハードに戦うヒロインである。



「天使の爪」は「天使の牙」の続編である。「天使の牙」は麻薬組織のボス君国の愛人だった神崎はつみが警察に保護を求めてきたため、彼女の護衛として警視庁刑事の河野明日香が派遣され、二人とも銃撃されるところから物語が動き出す。河野明日香の肉体は死に、脳死した神崎はつみの肉体に明日香の脳が移植される。こうして生まれた神崎アスカは、美貌と理想的な肉体を持つ最強の戦う女として生きることになる。

「天使の牙」は「天使の牙B.T.A」(2003年)として映画化され、河野明日香を黒谷友香が演じ、モデルの佐田真由美が神崎はつみを演じた。僕としては、退廃的な佐田真由美のアスカより、黒谷友香そのままのアクションを見たかった。ただ、河野明日香の恋人・古芳刑事を大沢たかおが演じたのだが、これはミスキャストだと思う。ショーケンが演じた君国の狂気だけが、記憶に残っている。

「天使の牙」は自分が河野明日香の記憶を持っていることを恋人の古芳に言えないまま、古芳と共に死地を切り抜けていかなければならないアスカの切なさに涙する。僕が解説を書かせてもらったからというわけでもないが(半分くらいはあるかもしれないけれど)、続編の「天使の爪」はさらなる物語の魅力に充ちあふれ、読み出したらやめられない上下二巻である。

●ギャンブル好き作家が10人を招いて交わす映画談義

樋口修吉さんは「ジェームス山の李蘭」で小説現代新人賞を受賞して出てきた元商社マンだ。昔、まだ新人だった頃の大森一樹監督と話したときに「『ジェームス山の李蘭』を映画にしたいなあ」と、しみじみ言っていたのが記憶に刻まれていて、僕にとってはずっと気になる作家だったのだが、長編のギャンブル小説を一冊読んだだけで、「ジェームス山の李蘭」は未だに読んでいない。

樋口さんはもう10年近く前に亡くなったが、僕は樋口さんが同期デビューの作家たちと映画をテーマにエッセイ対決をしている、「樋口修吉と10人の作家たちのシネマ倶楽部」という集英社文庫は、じっくり読んでいる。対戦相手は、船戸与一、大沢在昌、佐々木譲、宮部みゆき、志水辰夫、藤田宣永、北方謙三、夢枕獏、山崎洋子、逢坂剛とそうそうたる顔ぶれだ。

この本は、ゲスト作家があるテーマで自分の好きな映画についての原稿を書き、それに対して樋口修吉さんが返答の原稿を書く構成になっている。「小説すばる」に連載されたらしいが、忙しい人たちなので顔を合わせて対談という形にできなかったから、こんなややこしい構成にしたのかもしれない。しかし、それが妙に面白いのだ。みんな一映画ファンになって、ミーハーな映画賛歌を歌っている。

大沢在昌さんの回のタイトルは「怒らせなくともコワイ五本の細腕」というもので、戦う女の映画五本を挙げている。「グロリア」(1980年)「エイリアン2」(1986年)「リベンジャー」(1979年)「ニキータ」(1990年)「少女コマンドー・いずみ」である。本当に、大沢さんは戦う女・強い女が好きなんだなあ、と感心する。実は、僕も強い女が好きで、戦う女の勇姿には惚れ惚れする。

「グロリア」で中年女のヒロイン(ジーナ・ローランズ)がふんわりとしたシックなスカート姿で脚を広げて立ち、リボルバーを持った片手をまっすぐに伸ばしてギャングたちに向けて引き金を絞る姿に見惚れ、ミニドレスで大型のオートマチックを撃ちまくるニキータ(アンヌ・パリロー)に喝采し、エイリアンへの反撃のために武器を準備をするリプリー(シガニー・ウィーバー)に拍手する。

「リベンジャー」(1979年)という映画は、マイケル・ウィナー監督の切れ味がよかった頃のアクション映画で、ソフィア・ローレンが強い女を演じた。今では忘れられた映画だが、先日、僕は近所のホームセンターの500円DVD棚を見ていて発見し、すぐに買った。久しぶりに見たが、夫を爆殺されたソフィア・ローレンのクールさが際立っていた。

大沢さんが最後に挙げた「少女コマンドー・いづみ」については、初めて大沢さんと話したときに「あれは、いいよ」と熱心に勧められ、僕は全15話が収録された3枚組DVDを購入した。その帯には「『いづみ、お前がこの街を戦場に変える』こんなセリフ、いつか自分の物語でも使ってみたいものです」という大沢さんのコメントが添えられていた。本気で好きだったみたいだ。

7時間ほどをかけて僕は「少女コマンドー・いづみ」全15話を見たのだが、確かに人間兵器にされた少女コマンドー・いづみの戦い方は、30分のテレビドラマとしてはよくできていて、大沢さんがはまったのもよくわかった。これは南野陽子や浅香唯の「スケバン刑事」シリーズの後継番組として放映されたものらしい。

僕は「落ちぶれ果ててマッポの手先...」と、毎回、決めゼリフを言う「スケバン刑事」は和田慎二のマンガで読んでいて、けっこう好きだったのだけれどテレビドラマは見ていない。だいたい、セーラー服姿の刑事で武器がヨーヨーという荒唐無稽さはマンガならいいけれど、実写版では噴飯ものになるのではないかと思っていた。

ところが、最近、テレビ放映された映画版「スケバン刑事」(1987年)を、僕はけっこう楽しんで見た。南野陽子というアイドルが、違った顔に見えた。面白いじゃないか、と僕は途中で口にした。改めて予見や偏見はいけないな、と思うと同時に、やっぱり大沢さんと同じく「戦う女・強い女」に弱いんだなと改めて自覚した。

●女性監督キャスリーン・ビグローが描いた女性警官

樋口修吉さんの本の中で佐々木譲さんの回は「あっぱれな五人のコップ」というタイトルである。ニューヨーク市警の警官を主人公にした映画から五本を挙げている。その中の一本に、ジェイミー・リー・カーティスが主演した「ブルースチール」(1990年)があった。女性監督キャスリーン・ビグローの名作である。この一本で、僕はキャスリーン・ビグローという名を刻み込んだものだった。

「ブルースチール」は、女性監督だから描けたであろう細部がとてもいい。ジェイミー・リー・カーティスは、コメディからシリアスものまで幅広く活躍していたが、これほどクールでハードな役は他にない。スーパーマーケットに押し入った強盗を射殺した女警官に、その現場を見ていたヤッピーの男が魅了され、女警官のストーカーになる。

当時、セクシャル・ハラスメントなどが言われ始めた頃だろうか。男の職場と思われていたニューヨーク市警のパトロール警官たちの世界に、女警官を投入してみたらどんなドラマになるだろうかと試したような話で、女警官のストーカーになった男が、彼女の戦う姿を見たくて連続殺人を犯す設定も、サイコ犯が頻出した時代の特徴だった気がする。

もっとも、犯人でなくてもスリムで長身のジェイミー・リー・カーティスが、警官の制服姿で拳銃を構える姿はかなりぐっときた。そのシーンを見せたくて撮った映画だろう。監督のキャスリーン・ビグローは元モデルで、ジェームス・キャメロン監督の奥さんだという話だった。彼女自身がスリムで長身、ジェイミー・リー・カーティスより美人だった。

あれから20年、今年のアカデミー賞は元夫婦の監督対決と言われた。キャスリーン・ビグロー監督作品「ハート・ロッカー」(2009年)とジェームス・キャメロン監督作品「アバター」(2009年)が監督賞、作品賞の候補になったからである。しかし、これは「ハート・ロッカー」の完全な勝利だった。

キャスリーン・ビグロー監督は、感傷を排したクールな描写が得意だ。センチメンタルなカットは、どこにもない。対象を突き放したような描き方ができるのだ。思い入れたっぷりに「ここで観客に感情移入してほしい」という、物欲しげなカットはない。男の監督では、どこか情緒的な要素、センチメンタルな描写が出てしまうが、女性が持つ冷徹な目がある。

しかし、冷たいのではない。彼女には、とことん物事を突き詰めて描こうとする意志があるのだ。今年のアカデミー賞発表の後、オスカー像を手にして記者会見場に立ったキャスリーン・ビグローは年齢を感じさせない若さで、相変わらずスリムな長身を美しいロングドレスに包んでいた。彼女自身が戦う女であり、精神的な強さをにじみ出していた。

●最強の女兵士に対しても気持ちは言葉にしなければ伝わらない

僕が大好きな戦う女たちがいる。映画の中に登場したふたりの女兵士だ。「ストリート・オブ・ファイヤー」(1984年)のマッコイことエイミー・マディガンと、「エイリアン2」のバスケスことジャネット・ゴールドスタンである。ふたりとも、実に魅力的な強くたくましい女兵士だった。

ジャネット・ゴールドスタンは「エイリアン2」では、刈り上げ頭にバンダナをして実にかっこよかったけれど、「ターミネーター2」(1991年)ではジョン・コナー少年の里親で、髪も長く口うるさい母親役だったので僕はがっかりした。しかし、液体金属のターミネーターが彼女に化け、腕がスチールの刃みたいになり夫を突き刺すシーンではギョッとした。その冷徹な表情に、バスケスらしさが甦った。

僕は、エイミー・マディガンを初めて見たのが「ストリート・オブ・ファイヤー」だったので、「フィールド・オブ・ドリームス」(1989年)にケヴィン・コスナーの奥さん役で出てきたときは、とても女らしくて驚いた。ただ、「発禁にしろ」と叫ぶ頭の固いPTAを相手に、ある小説(原作では「キャッチャー・イン・ザ・ライ」)の擁護論をぶち、「やったぜ」みたいなガッツポーズをするシーンでは、女兵士マッコイの姿が甦った。

「ストリート・オブ・ファイヤー」のマッコイは宿無しで、主人公トムに拾われて家にいくのだが、「変なことを期待していると、お門違いだぜ」みたいなことを言い、トムは苦笑いをする。マッコイは飾りっ気がなく、ほとんど男のようだ。トムは暴走族ボンバーズに誘拐された元恋人のロッククィーン・エレンを、彼らの本拠地から救い出すためにマッコイを雇う。

マッコイは見事な戦い方で、トムを助ける。鍛えた戦闘能力で主人公の危機を救う。息の合った連係プレーを見せる。そんな中で、マッコイは充実感や使命を果たした喜びを感じていたに違いない。相棒(バディ)としてトムを認めたのだ。兵士たちにとっては自分の命を安心して預けられるバディは、最高の存在なのである。絶対の信頼を寄せられるバディ...。マッコイにとってはトムがそんな存在になる。

しかし、トムはマッコイの仕事について何も言わない。報酬を支払うだけだ。ねぎらいの言葉もない。マッコイは「おまえは最高の相棒だったぜ」という言葉を、トムに望んでいる。面白いのは、この辺からマッコイがすね始めることだ。ここで、僕はウォルター・ヒル監督がマッコイを女性にした意図を理解した。彼女は報酬を提示されて救出を手伝うのだが、自分がどれだけ役だったか、トムにはっきりと口にしてもらうことの方が大切なのである。

すねたマッコイの姿は、もうひとりの女性に重なる。ダイアン・レイン演じるロッククィーンのエレンは、自分を愛しているからトムが救出にきてくれたと思いたい。しかし、トムは「報酬のためだ」と冷たく言い放つ。男なら、トムの言動は理解できるだろう。心の底から愛しているが、「愛している」とは口が裂けても言いたくないことも、男の心理にはあるのだ。

マッコイは自分に対する言葉がないのと同じように、元恋人に素直に心を明かさないトムをなじる。そのマッコイの言葉でトムはエレンに本心を告白し、ふたりは昔の愛情を取り戻す。もちろん、トムはマッコイにも「おまえは最高の相棒だ」と口にする。だから、エレンに別れを告げて再び街を出ようとするトムに、マッコイは盗んだ車を寄せて「乗せてやってもいいぜ」と声を掛けるのだ。

女性には気持ちを言葉にしないと通じない、とよく言われる。何十年も連れ添った妻であっても「愛している」と言わないと通じないのだ、あ・うんの呼吸を期待するなと人生相談などではアドバイスされる。しかし、昔から男同士の友情や信頼は、「俺の目を見ろ。何にも言うな」的美学で彩られている。

これは古今東西を問わず、世界共通の美意識だと思う。「人生劇場」(1972年)であっても「ワイルドバンチ」(1969年)であっても、僕は同じものを感じた。しかし、マッコイに象徴的なように、いくら強い女性であっても気持ちは言葉で伝えないと伝わらないというのもまた、世界共通の教訓なのかもしれない。肝に銘じておこう。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

ジェイミー・リー・カーティスのお父さんトニー・カーティスが亡くなった。「お熱いのがお好き」ではジャック・レモン、「手錠のままの脱獄」ではシドニー・ポアチエに花を持たせていたけれど、好きなハリウッド・スターだった。特に「ボーイング・ボーイング」のモテモテ・パイロット役が好きだった。ちなみにジェイミー・リー・カーティスのお母さんはジャネット・リー。「サイコ」のシャワー室で襲われる人です。

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