音喰らう脳髄[96]脊髄反射で地政学を語るな/モモヨ

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尖閣諸島のことがあってから、私の周囲でも俄かに政治的な論議を交わす人々が増えてきているが、そんな中で気になることがある。

政治的な事柄、国益や領土の問題に対して目を向けたり目覚めるのは悪いことではない。たしかに私たち日本人は、そうした残酷な現実に対して鈍感すぎたところがある、私も政府のこの問題に対する対応には甘さを感じて憤っている一人であるけれど、その一方で、気にかかってならないことがある。

それは、尖閣を口に出す人の中に、ややもすれば、軍事的な攻撃傾向に直結しかねない安直な、脊髄反射とすら思える軽口を吐き出すような人がいることだ。私は、彼らを見たり、その発言を読むにつけ、太平洋戦争へと突き進んでいった過去の日本と日本人を見るような気がして、嫌な気分になるのである。



少年の日の私には、祖父母や父母達の世代がどのようにして戦争に突き進んでいったのかが謎だった。で、幾度となく大人たちにそれを問いただして、そのつど嫌な顔をされたものだ。むろん明確な返答など一度としてもらえなかった。しかし、その答えが今回の尖閣諸島の問題で一挙に明白になった、そんな感じがしている。

一人一人が戦争を望んだわけでないにしても、ある種類の(国民)感情がともすれば戦争への道へと国家を導くことは、決して、ありえないことではない。そう思い知った気もする。

様々な事象が錯綜とからみあったなかで動いているのが現実世界というものだ。かんたんに一刀両断にできるはずもない。中でも国益だの領土だのという地政学的な問題に対しては、脊髄反射的な行動は慎むべきだと思う。脊髄反射による放言の先に待っているのは、いつか来た道に他ならない。

......しきりにそんな不安を覚えていたところへ、ノーベル平和賞の問題が浮上した。対話や議論で世界にバランスをとりもどす好機としてこれを生かすことはできないか、そう願ってやまない。

Momoyo The LIZARD 管原保雄
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