ショート・ストーリーのKUNI[87]7番目
── ヤマシタクニコ ──

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ある夜、ある家の子ども部屋で。
「みんな知ってる? またおやじがシールを集めているみたいだ」
末っ子の六郎が言った。
「シール?」五郎が言った。四郎、三郎、二郎が順々に
「シールを集めて?」
「それが?」
「どうなるんだい?」
最後に一郎が遅れて
「ぼく、知らない」と答えた。

「何も知らないんだな」六郎はため息をついた。
「おやじが集めているのは缶コーヒーについてるシール。それを10,000枚集めるとロボット1台と交換してくれるんだ。おれたちみたいな。今、キャンペーンやってるんだよ」
「えっ」五郎から二郎までが声をそろえて、少し遅れて一郎も驚いた。
「おれたち、ロボットなの?」
「今ごろ何言ってんだよ」
「知らなかった」
「おれ、ロボットだったんだ」
「そういえばなんとなくそんな気がしないでもなかったけど」

「じゃあおれたちも、その...シールを集めて交換されたわけ?」
「おれたち、おまけだったのか!」
「あ、それで!」
「どうした?」
「にいさんの首のところにYAMADA COFFEEと、小さく刻印してあるんだ。ほら、ここ」
「そういうおまえの首にもあるぞ」
「やっぱり!」
「あ、おれの首にもあるっぽい」
「げ! じゃあほんとなのか!」
「おれたちロボット」
「しかもおまけ」



「でも、なんで6人、いや、6体も?」
「うちの親はふたりともオタクだもん。違うモデルが出ると絶対ほしいんだ。だから、必死で集めるみたいだよ。なんせ10,000枚だから簡単じゃない。自分でコーヒーを買って飲むだけじゃなく、頼んで譲ってもらったり、シールが落ちていたら拾うとか」
「異常だな」
「1体で十分だろ、ふつう」
「同意」

「でも、そのつど性能がよくなってるだろ。初号機である一郎にいさんは前後に歩くことができるだけで、表情も変えられない。2号機の二郎にいさんから『ほほえみ』という表情が加えられた」
「ああ、それで一郎にいさん、いつも同じ顔なんだ」
四郎が言った。
「すみません」
一郎がまじめに答えた。

「3号機の三郎にいさんからは『怒り』の表情が加わった。歩行も、前後に加えて横にも歩けるようになった」
「え、にいさんたち、横に歩けないんだ」
三郎が言った。
「ほっとけ」
「ほっといてください」

「4号機の四郎にいさんから斜め方向にも歩けるようになった。表情には『大笑い』が加わった。5号機の五郎にいさんからは『悲しむ』という表情が加わり、歩行はあらゆる方向に、くるくるまわることもできるようになった」
「で、おまえ、六郎はどんな機能が加わったんだよ」
「6号機のぼくからは、歩行フォームがぐんと美しくなった。ひざを曲げてよちよち歩いていたのが人間のようになめらかに歩ける。そして、まぶたを閉じたり開けたりできるようになった」

「それでおまえ、自慢そうにしょっちゅうまばたきしてるんだな!」
「まばたきできたってどうってことないだろ!」
「ひざが曲がってたって歩けりゃいいじゃないか。自慢すんな!」
「別に自慢してないし。文句は開発者に言ってくれよ」
「えっと...すると、次の新しいモデルというのは、もっと機能がアップしてるわけだよな?」
「だろうな」
「6号機、つまりおれの後、2年半のブランクがある。それまでは1年〜1年半くらいで次のモデルが出ていたのに。だから、YAMADA COFFEEロボマニアの間では異様に期待が高まっているんだ」

「ええっ」
「そうなんだ」
「おれたちよりはるかに、優秀ってわけ?!」
そのとき、玄関で物音がした。
「しーっ! おやじが帰ってきたようだ」
6人は声をひそめた。といっても、これらのロボットたちの会話は人間に聞こ
えるはずないのだけどね。
「お帰りなさい、遅かったわね」
「ただいま。疲れたよ」
そんなやりとりに続いて、隣の居間にふたりが移動してきた気配がする。

「シールはどうなったの?」
「それだよ。喜んでくれ。やっと10,000枚目を手にいれた」
子ども部屋の6人はどきっとした。
「そうなの?! すばらしいわ。いよいよ7人目を迎えることができるのね」
「うん。すでにシールのついたコーヒーの発売は終了しているから、もうだめかと思ってた。応募期限があさって必着だから、ぎりぎり間に合った。確認してみよう。今日手に入れた一枚で10,000枚になるはずだから...おや、おかしいな。9,999枚しかない」
「え、そんな。数え直したら?」

「うん...数え直そう...いや、やっぱり足らない。9,999枚あると思っていたのがまちがいだったのかなあ。しかし、今からではむずかしいぞ」
子ども部屋の6人はなんとなくほっとした。
「あきらめるって言うの? そんな」
「いや、何回やっても、いっしょだ」
「私も数えるわ...9,992、9,993、9,994、9,995、9,996、9,997、9,998...ああ、やっぱり足りない!」
そのとき、子ども部屋で一郎がゆっくりと腕を上げた。なんと、その手には
「YAMADA COFFEE」のシールが!

「にいさん、そ、それは...」
「そんなものがここに!?」
「落ちて、いました」
「しいっ! 声が大きい!」
「だいたい、にいさん、よくそんなものがつかめるよな」
「まったくだ!」
六郎がまばたきしながら説明した。
「初号機は前後に歩くしかできない、表情もない、なのにそれらとはアンバランスに高機能な部分があって、それが『指先でティッシュ1枚でもつかめる』だった。コストがかさむので、2号機からは搭載されなくなった。おれにもない機能だ...」

「そのシールをどうするんだ、にいさん」
「父さんや母さんが喜ぶのなら、これをわたそうと、思います」
「そりゃあ喜ぶだろう」
「喜んで応募して」
「7体目がくる」
「もうひとりここに? 狭くね?」
「ここは6人でちょうどだと思うけど」
「そうだそうだ!」
「これ以上、弟はいらねえぜ!」

そのとき、隣の部屋から声が聞こえた。
「今回はだめか。でも、今度のモデルはまったくレベルが違うらしい。ああ、ほしいなあ...」
「そうだ、ねえ、いまあるロボットを全部ネットオークションで売って、そのかわり7号機を買えば?!」
「ええっ!」
子ども部屋では悲鳴があがった。一郎はほとんど隣の部屋に渡しにいこうとし
ていたシールをひっこめた。しかし、よく考えたらやはり渡したほうがいいの
だ、と考えてまたひっこめるのをやめた。

「そんなことができるはずないじゃないか」
父親の声が聞こえた。子どもたちはうん、うん、とうなずいた。
「一郎だけ売ろうか。あれはレアもので高く売れるかも」
一郎は泣き崩れた。ただし無表情で。
「にいさん、し、しっかり!」
「初号機を売るのはもったいないわ。二郎、三郎、四郎あたりはどうかしら」
と母親の声。
「ひ、ひでー!」
「鬼かっ!」

またもや子ども部屋では悲鳴。一郎は弟たちを必死でなだめ
「だいじょうぶ。ぼくがこれを、渡すから」
立ち上がりかけたところに父親の声がした。
「いや、ここはよく考えよう。これまで必死になってシールを集め、6体まで入手した。どれもぼくたちには大切な、実の子ども同然のロボットだ。そう思いながら、実は集めることにばかり夢中で、愛することが足らなかったかもしれない。ここはひとまず集めるのは休んで、いまの子どもたちをかわいがってやれ、ということかもしれないな」
一郎はシールをひっこめた。あたたかな感動が子ども部屋を包んだ。五郎はく
るくるまわり、六郎はせわしなくまばたきした。これでいいのだ、これで...と
思っていると

「でも...うわさでは7号機はすごくかわいいらしいのよ。女の子モデルなんでしょ?」
一郎はあわてて立ち上がった。シールを指先に持って。みんなも一郎の背中を押した。すると父親の声。
「いや、それが実はYAMADA COFFEEの社長夫人そっくりに作ってあるらしい」
一郎はシールをひっこめた。広がる落胆ムード。
「それはライバル社のTANAKA COFFEEが流したデマよ」
「え、ほんとに?」
「そうよ。ほんとはそこらのアイドルなんか軽く超えてるレベル。しかもグラマー」
一郎はシールを取りだした。二郎、三郎、四郎、五郎、六郎もなだれを打つように一郎を押した。押しすぎて...

ばきっ。

お父さんとお母さんは驚いた。ドアを破って子どもたち、というかロボットが6体、重なりあって居間に倒れ込んできたから。
「どうしたんだろ、こいつら...おや、一郎の手にあるのは」
「シールだわ! YAMADA COFFEEの!」
「うん、でもこれじゃ無効だね」
一郎が握りしめたシールは熱で無惨に焼けこげていた。
「初号機の限界だな。このスペックでこの機能は重すぎるんだ」
「残念だけど、今回はやっぱりあきらめましょうね」
「そうだな...」

「残念だなあ。妹に会えなくて」
六郎はしきりにまばたきしながら言った。
「そんなこと言うな! 一郎にいさんの身にもなってみろ」
三郎が怒りの表情で言った。
「そうだよ。あんなに、手のひらに大やけどしてしまったのに」
五郎が悲しみの表情で言うそばで四郎は斜めに歩きまわり、二郎は「にいさん、だいじょうぶだよね」とほほえんだ。
「はい、だいじょうぶです」
一郎は無表情で答えた。

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みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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