映画と夜と音楽と...[481]「映画は見せ物だ」と三池崇史は言った/十河 進

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〈スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ/中国の鳥人/DEAD OR ALIVE 犯罪者/極道恐怖大劇場 牛頭/十三人の刺客/大殺陣/十一人の侍〉

●タランティーノ監督と三池崇史監督には共通する何かがある

三池崇史監督が「十三人の刺客」(1963年)をリメイクしていると聞いたのは、昨年の秋のことだった。その後、どうなっているのかと思っていたら、今年の秋の公開を前に、ベネチア国際映画祭に出品されたことが新聞に出た。この映画祭の審査委員長はクエンティン・タランティーノだし、何らかの受賞が期待される作品だと書いてあった。

確かにタランティーノ監督と三池監督には、何か共通するものを僕も感じる。それは、単に残虐な暴力シーンの描き方だけではない何かだ。映画をオモチャとして遊びきろうとする志だろうか。タランティーノは、三池監督の「スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ」(2007年)に俳優として出演している。好きな監督の作品だから、出演したのだろう。

三池崇史という名前は、もうずいぶん以前から聞いていた。何本かの作品も見ている。最初に三池作品として意識したのは、「中国の鳥人」(1998年)である。Vシネマ専門監督の印象があったから、本木雅弘主演作品は少し意外だった。この映画に出演した石橋蓮司が、「僕は三池監督の素材。どんな使われ方でもいいから出演したい」と、三池監督に惚れ込んだという。



その後、「DEAD OR ALIVE 犯罪者」(1999年)の評判がよくて見にいったのだけれど、正直、よくわからない部分もあった。簡単に言うと、刑事(哀川翔)とヤクザ(竹内力)の対立と抗争を描いた映画なのだが、ラストにいたってふたりは火を吹く怪獣となって戦い、最後は地球が爆発してしまうのではなかっただろうか。

海外で評価が高いという「極道恐怖大劇場 牛頭」(2003年)も不思議な作品だった。企画製作が東映の脇役だった曽根晴美。主演が曽根英樹である。僕は曽根英樹主演のVシネマは何本か見ている。その「極道恐怖大劇場 牛頭」では極道の頭が牛頭になってしまったり、胎内回帰し再び大人の姿で生まれてきたりするシュールなシーンが続出した。

三池監督と言えば、「新宿」「黒社会」「中国マフィア」「極道」といった単語が浮かんでくる。馳星周の小説と相性がよさそうだと思っていたが、すでに「漂流街」を映画化していた。馳星周の暗黒小説では社会の底辺でうごめくように生きている人物たちが描かれ、犯罪が行われ、人が血まみれになって死んでいく。その描写も克明だ。そのまま映画化すれば、三池崇史作品になる。

もっとも、僕は三池作品が苦手だった。少し敬遠気味だったのだが、「監督中毒 三池崇史」という本を読んで、見方を改めた。監督になる気はなかったのに、たまたま横浜映画学校に入り、その後フリーの助監督になり、Vシネマが始まって監督デビュー。そのまま年に数本の作品を作り続け、すでに50本以上の作品を残している、現在、最も売れっ子の監督である。

その三池監督が工藤栄一監督作品「十三人の刺客」をリメイクするというので、僕は少し複雑な心境になった。工藤栄一監督も職人で本編が作れない時期には、多くのテレビシリーズを撮った人だ。映像派であり、逆光が大好きだった。「必殺シリーズ」や「傷だらけの天使」など、テレビ作品にも名作は多い。しかし、三池監督とは正反対の作風だった。

時代劇としては「十三人の刺客」を「七人の侍」より上位に置くほど、僕は「十三人の刺客」が大好きなのでリメイクを見にいくのを迷ったのだが、予告編で後半の暴君襲撃シーンを見て期待をした。半世紀近く経っているのだ。アクションシーン、爆破シーンなどは、やはり圧倒的な迫力があった。

●「今度のはゴロちゃんがいいと評判だから...」とカミサンは言った

工藤栄一監督の久しぶりの時代劇「影の軍団 服部半蔵」(1980年)が公開され、併映として「十三人の刺客」がニュープリントで再上映された。そのとき、僕はカミサンと見にいったのだろうか。リメイク版「十三人の刺客」にカミサンを誘ったところ、「前の映画はよく憶えてないけど、今度のはゴロちゃんがいいと評判だから...」と言う。稲垣吾郎が菅貫太郎のやった暴君役をやっているらしい。

菅貫太郎という俳優が好きだった。「十三人の刺客」と同工異曲の「十一人の侍」(1967年)でも、悪逆非道、無類の淫逆というサディストの暴君を演じた人である。僕と友人のTは「スガカン」と呼んでいた。俳優座の役者で、映画やテレビで何度殺されたかわからない。僕は小林正樹監督作品「日本の青春」(1968年)で、浪人生の黒沢年男に影響を与える自衛官の役が凛々しくて好きだった。

「十三人の刺客」は、暗殺される殿様の悪役ぶりが非道であればあるほど、主人公たちの行動に観客が感情移入する。先の将軍の子で、現在の将軍とは腹違いの弟が明石藩に養子に入るが、家臣や領民を苦しめ、すぐに手討ちにし、老中たちには「無類の淫逆」と言われるような主君である。

物語は、明石藩家老が江戸城内で訴状を置いて切腹するシーンから始まる。工藤版ではすでに腹を切って死んでいる俯瞰シーンから始まったが、三池版では海外マーケットを意識したのか、内野聖陽のハラキリを見せる。海外の観客にとってはショックだろうが、日本に対して持つイメージを裏切らない。そんな見せ物に徹したサービス精神を感じるのも、三池作品の特徴だ。

明石藩家老の願いは、主君の隠居である。しかし、将軍のひと声で明石藩はおとがめなしになる。さらに、その明石藩藩主は、翌年、老中職就任が決定する。それを阻止するために、現老中の土井大炊頭(丹波哲郎→平幹二郎)は目付の島田新左衛門(片岡千恵蔵→役所広司)に明石藩藩主(菅貫太郎→稲垣吾郎)の暗殺を命じる。

「七人の侍」より人数が多いためか、ひとりひとりを描く余裕はないので、5人ほどはまとめて紹介される。島田新左衛門が援助をしていた剣客・平山九十郎(西村晃→伊原剛志)、新左衛門のご意見番である倉永(嵐寛寿郎→松方弘樹)、浪人佐原平蔵(水島道太郎→古田新太)などは、それぞれ企てに参加するまでのエピソードが描かれる。

工藤版で堅苦しい侍の世界に対するアンチの役を担っていたのが、旗本の家を出て芸者の家に居候しながら、放蕩三昧をしている新左衛門の甥の島田新六郎(里見浩太朗→山田孝之)である。その新六郎も「一度、真剣に生きてみたくなった」と芸者(丘さとみ→吹石一恵)に言い置いて出ていく。

──お帰りは?
──早ければ...ひと月。遅ければ...次のお盆に帰ってくる。迎え火炊いて、待っててくれ。

この名セリフを、三池版はアレンジしていた。脚本は天願大介。今村昌平監督の息子だ。「AIKI」(2002年)や「暗いところで待ち合わせ」(2006年)など、僕の好きな監督だが今回は脚色だけの担当らしい。オリジナル脚本は池上金男。60を過ぎて「四十七人の刺客」を書き、池宮彰一郎の名で小説家デビューした。三池版「十三人の刺客」はオリジナル脚本を原作としており、クレジットに「原作・池宮彰一郎」と出た。

●両手両足のない娘の裸身が正面から映される衝撃

リメイク版を見ると、どうしても以前の作品と比較してしまう。しかし、以前の作品を知らない人には関係のない話だ。僕も極力、比較しないように見ようとしたが、それは無理な話だった。僕は、工藤版を何度見たかわからない。すべてのシーン・すべてのセリフを憶えているし、印象的な台詞は暗記している。

工藤版では木曾の郷士だった13人目の刺客になる小弥太(山城新伍→伊勢谷友介)を山の民として登場させ、重要なファクターを持たせたのは、土俗的な世界を描き続けた今村監督を継承した天願大介の思いが込められている気がした。さらに、ラストで復活する小弥太は、三池監督独特の非現実的世界への飛躍であり、新しい作り手たちの主張が小弥太という存在に託されたのがわかる。

極悪非道な暴君役の稲垣吾郎はアイドルにもかかわらず、よく引き受けたものだ。工藤版の菅貫太郎は悪逆非道だったが、少なくとも正気の殿様だった。稲垣吾郎の暴君は、狂気をはらんで凄みがあった。幕府に直訴した家老の家族を縛って庭に並べ、幼子まで弓矢でなぶり殺しにするシーンの酷薄さは、菅貫太郎より強烈だった。

三池版では暴君の残虐ぶりを強調するために、オリジナルにはなかったエピソードを加えた。老中の屋敷で、新左衛門はひとりの娘を見せられる。一揆の首謀者だった農民の娘で、両手両足を切断され、舌を抜かれ、目を潰されている。その娘を暴君は慰み者にしたうえ、飽きて棄てたという。「家族は?」と訊く新左衛門に、娘は筆を口に加え、血の涙を流しながら「みなごろし」と書く。

CG加工だろうが、両手両足のない娘の裸身が正面から映される。その衝撃は凄い。目を背けたくなった。しかし、娘の姿が新左衛門に暴君暗殺の決意を促す。観客に納得感を与える。後半の一時間を費やして描かれる襲撃を観客は支持する。そして、「お目付島田新左衛門が一党...」と倉永が名乗りを上げ、新左衛門が懐から取り出すものによって、明石藩の侍たちを皆殺しにしても暴君暗殺は正義だ、というモチベーションが保たれる。

それにしても、後半一時間をかけて描かれる暴君襲撃のシーンはすさまじい。半世紀近く経って、こういう描写はどんどん本物らしくなっている。CGも多用されているのだろう。工藤版より明石藩士の数を圧倒的に増やし(200を超えている)、それをたった13人でどう迎え撃つかという期待、「斬って斬って、斬りまくれ」と叫ぶ島田新左衛門のあまりにシンプルな台詞に、観客は盛り上がる。

平日の夜8時50分からのレイトショーだった。200人ほどのスペースに、最初は僕とカミサンだけだった。上映間際になって若者たち数人と、若いカップルが入ってきた。2時間20分ほどの間、全員がスクリーンを見つめていた。最後に首が飛ぶシーンで、カミサンが小さく声をあげた。映画が終わり、クレジットタイトルが流れ、館内が明るくなっても、しばらく死闘の余韻が残っていた。

●正当派明朗時代劇からリアルな時代劇への過渡的な作品

「十三人の刺客」は、東映の明朗時代劇が空々しく感じられるようになり、もっとリアルな時代劇を作ろうという気運が盛り上がった頃の作品だった。その後、任侠映画でも同じことが起こる。「人生劇場・飛車角」(1963年)が当たった東映は、時代劇路線から任侠路線に移行するが、その任侠映画もパターン化し、もっとリアルなヤクザ映画を作ろうという流れで、「仁義なき戦い」(1973年)という集団抗争ヤクザ映画が登場する。

工藤栄一監督の「十三人の刺客」(1963年)「大殺陣」(1964年)「十一人の侍」(1967年)の3作を、「集団抗争時代劇」と評論家たちは名付けた。「十三人の刺客」では御大・片岡千恵蔵が中心にいたが、「大殺陣」「十一人の侍」には大物俳優は出ていない。「十一人の侍」では、まだ新人扱いだった夏八木勲が千恵蔵の役を担った。3作共に出ているのは、里見浩太朗くらいだ。

「十三人の刺客」は片岡千恵蔵や嵐寛寿郎など、戦前から活躍していた時代劇役者たちが、時代劇独特の台詞まわしで格調を高めていたが、「大殺陣」「十一人の侍」は若手俳優が中心のせいか、そういう印象はない。時代劇らしい格調の高さは「十三人の刺客」が一番で、正当派時代劇からリアルな時代劇への過渡的な作品として「十三人の刺客」が存在するのかもしれない。

しかし、三池版「十三人の刺客」を見終わって、リアルって何だろうな、と僕は考えた。工藤版には「ひとりが相手にできるのは、せいぜいが3人」という台詞があり、最期の死闘も13人対50人と現実的だった。しかし、三池版は見せ物に徹する考えからだろう、13人対200人に変えた。ただ、死闘の描写はリアルさを増している。火薬や血糊の使用量も半端ではない。

しかし、血しぶきが飛び、首が飛び、弓矢がのどを貫くからといって、それがリアルだとは思わない。クエンティン・タランティーノの映画が過剰に残虐描写をすることによって、逆に非現実感を帯びユーモアさえ漂わせるのと同じように、三池監督は残虐描写にリアルさを求めているように見えて、実はシュールな世界を作り出そうとしているようなのだ。

リアリティを出すという意味では、東映の明朗時代劇が常にハッピーエンドであったことに対するアンチテーゼのように、集団抗争時代劇を代表とするリアルな時代劇は、アンハッピーエンドで終わることが多い。暗く、苦い終わり方...。「十三人の刺客」は、刺客たちの死体をひとりひとり映して虚しさを感じさせ、「大殺陣」は権力への反抗の無力さを漂わせ、「十一人の侍」も死闘の後の虚無感が観客の胸を吹き抜ける。

三池版「十三人の刺客」も激闘の後の虚しさは漂うが、それでも妙な希望を感じさせてくれる。三池監督は「映画は見せ物」という基本を自覚しているのだろう。受けた仕事を、期日通りに予算内で、面白く仕上げる。そうでなければ、今の時代に、まだ50歳の監督が50数本もの作品を作れるわけがない。徹底した職人である。それでも、どの作品にも必ず三池印が入っている。

今回、オリジナル版以上だと思ったのは、そこら辺中に抜き身の刀が差してある場所に暴君と藩士たちを誘い込み、平山九十郎が流れるような殺陣を見せるシーンだ。彼は弟子に「わしをすり抜けた者はすべて斬れ」と命じ、刀を取り替えながら斬りまくる。オリジナル版では、隠しておいた刀を探しているうちに殺されてしまうのだが、その無様さが僕はいやだった。三池版では、超人的な剣豪のまま死力を尽くして死んでいく。

──「硫黄島からの手紙」のバロン西もよかったけど、伊原剛志がよかったわ。あの役、前は誰がやったの?
──西村晃。
──そんな年寄りがやったの?
──それは...黄門様になってからの話だろ。西村晃も昔は若かったの。「十三人の刺客」の頃は、もしかしたら今の伊原剛志より若かったかもしれないんだから。

誰もいなくなったシネコンのロビーを通り抜けながら、僕とカミサンはそんな会話を交わしていた。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >
村上春樹さんのインタビュー集を読破。例の啓示の話が何度も出る。1978年4月、神宮球場のヤクルト・広島戦。安田と外木場の投げ合い。芝生の外野席で村上さんは、突然「小説を書こう」という啓示を受ける。同じ試合を僕も三塁側内野席で見ていたのだが、啓示はなかったなあ。内野席がいけなかったのかも...。

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