装飾山イバラ道[64]Print Composition 2010 多摩美術大学版画の40年/武田瑛夢

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この秋「多摩美術大学版画の40年」という展覧会に出品する。私が多摩美を版画で卒業して、もう20年程も経つようだ。ということは、大学に入った時の年齢とほとんど変わらないくらい、歳月が経ったということか。多摩美版画の40年の歴史からすると、ちょうと中盤ぐらいのミドルな位置にいるということらしい。

●10年前の苦い思い出

私は10年前の多摩美術大学版画の30年記念の展覧会にも、CG作品で出品した記憶がある。当時はCGプリントの作品はほとんどないわけだから、恐る恐るの出品だった。会場で版画の先生に会うと「版画をやりなさい」と言われたり、先輩作家の人からは当時の本名「武田栄子」から作家名「武田瑛夢」に変えて活動していることを「しゃらくせー」と言われたり、ファイン系の方々の手厳しく率直な意見にいちいちめげていたものだ。

自分の絵の側にいると「コンピュータを使っても、結局絵が版画っぽいなら意味ないよね」という言葉が聞こえてきたり。自分でもこんなことよく覚えているもんだと思うけれど、何かの記念の展覧会というのは、記憶の付箋がしっかりと貼られてしまうものだ。その当時にぴったりとピントが合ってしまう。たった一日のほんの数時間のことなのに不思議だ。



私は多摩美に油絵で入学し、その中の版画クラス(リトグラフ)で卒業したので、アートに真剣な人に囲まれていた。こういった「本音を言う方が礼儀」というような世界では、打たれ強くないとやっていけないものだ。でも言っていることは本音なので、そういう嘘のない意見を自分にとっての力に変えていけばいいのかもしれない。

その頃、コンピュータを使っての作品発表の場で出会ったデザイン界の人たちは、感動的なまでにやさしかった。マナーをわきまえていて社交的で、まず壁で自分を防御する必要をほとんど感じさせない人たち。それまでの、どんな槍が飛んで来るかわからないような世界(笑)から一変して、出会いの輪を広げることが怖くなくなっていった。私にとっては、ファイン系から出発していたことが、その後の動きをスムーズにさせた部分もあるのかもしれない。

●圧ゼロの作品

さらに10年経って、今年の40周年でもCG作品での出品だ。版画の世界もいろいろな技術を使う人が多くなっていると思うし、制作の課程でコンピュータを使う人も普通にいると思う。「Print」と書いてしまえば同じだしね。純粋版画ではない私の作品でも、出す気になったのは、確かに私も一時はそこにいたという共通点で見えて来る何かがあるかなと興味があったからだ。

今回の私の作品に使っている紙は、版画用紙を元にしてインクジェット用に改良している「ハーネミューレ ジャーマンエッチング」というもの。けっこうテクスチャ感のある紙なので、大きさがある作品にも向いていると思う。A4でも売っているって、今回検索して知ったけれど、けっこういい値段しますね。

・GIN-ICHI オンラインショップ
< http://www.ginichi.com/product_info.php/products_id/3913 >
ハーネミューレは昔から高級な紙として知られ、版画で使うと一枚が高いので、ドキドキしながらプレス機に通すことになる。自分の手がインクで汚れているのに、紙を触ってしまい台なしとかよくあるパターンだった。予備で何枚用意するかとか、いつも予算に頭を悩ませた。

でも今は出力サービスのお店で紙を指定し、エプソンのプリンターを使って出力してもらうだけ。プリントが出来上がれば確認して、手描きのサインを書いて作品が完成する。CGは簡単だからダメ、という意見があるけれど確かに簡単だ。プリントの部分に苦労はあまりない。ただ色合わせにこだわると、無限の苦労が発生するかな。こればっかりは性格の合う担当者をみつけることしかないかもしれない。

版画作品には「圧」と呼ばれる、紙と版がプレスされる強さを示す値がある。一般に銅版は圧が強く、リトグラフは軽い。銅版はプレスすることで紙がしっかりと版に押し付けられて、グイッっと凹凸の痕跡が紙につくのだ。その質感はただの平面の絵よりも力強いものとなるので人気が高い。それに比べてインクジェットプリントは、弱いどころか圧ゼロの作品なわけだから見た目が軽くなる。あまり軽く見えないように、絵の方で描き込んでバランスを整えておく人も多いと思う。圧ゼロ作品の良さが出せるような工夫を、今後は考えていかなければいけないな。

昔は高性能なインクジェットプリントの値段は高くて、一枚に何万円もかかっていたけれど、今はそうでもない。そう考えるとCG作品を取り巻く環境はすっかり整備され、データから紙作品になるまでは本当にスムーズになった。場数を踏んできたとかあまり関係なく、どんな人でもかなりのクオリティのプリント環境が手に入れられる時代。

「苦労しないと良い作品は生まれない」という、洗脳がかかっていそうな私の頭が古いのかもしれないけれど、私にはやはりどこかに汗水流して魂を込めるべきという強迫観念みたいなものがあるのかもしれない。多摩美版画から出発した呪縛みたいなものかな(笑)。

●エネルギーの痕跡

使うツールは何であれ、絵の中身を作る苦労は今も昔も変わらず存在する。本当にコツコツと仕事を重ねる版画作家の方々への尊敬の気持ちもあるし、同じ空間に作品を並べて良いのだろうかという不安も未だにある。

前半で「どんな槍が飛んで来るか〜」とか少々ヒドイことを書いたけれど、版画家の人たちは普段は槍を持たずに版に全神経を注げる高レベルの集中力の持ち主であり、作品に真剣に挑む人々。そのエネルギーが、紙という場に痕跡として残っているのが版画かもしれない。褒め過ぎのようだけれどこれも本音だ。

展覧会を見るのが楽しみだけれど、会期が約一ヶ月と長いので、実際に見てからの感想もこのコラムに描けると思います。皆様もぜひご覧ください。多摩美術大学美術館で開催され、交通は「多摩センター駅」徒歩5分、入館料は無料です。

Print Composition 2010 多摩美術大学版画の40年
会期:2010年10月23日(土)〜11月21日(日)10:00〜18:00 火休
会場:多摩美術大学美術館(東京都多摩市落合1-33-1)
< http://www.tamabi.ac.jp/museum/exhibition/next_default.htm >

【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
< http://www.eimu.com/ >

今日は「ムール貝が来る」と一日中ソワソワしていた。だんなさんも私も、ベルギー料理のムール貝のワイン蒸しが大好きなので、思い切って愛知県からムール貝を2kg送ってもらったのだ。生きたムール貝を届けてもらえるなんて知らなかった。ムール貝はヒゲがあるので掃除に一番時間がかかった。蒸し上がった後の写真を撮るのを忘れてワシワシと食べてしまったので、また今度料理しながらコラムにまとめますね。

・ヒゲ付きムール貝(写真の真ん中に一個だけまだヒゲ付きの貝があります)
< http://www.eimu.com/col/muru.jpg >