ショート・ストーリーのKUNI[88]痛み/ヤマシタクニコ

投稿:  著者:  読了時間:5分(本文:約2,000文字)


某医院の診察室。
「はい、次の方。大山のぼるさんですか。えー、問診票によると頭が痛いとい
 うことですな。頭をどうされました」
「それがわかったら苦労はありませんねん」
「といいますと」
「今朝起きたときに痛みに気づきまして。どうも、どこかで打ったようなんで
 すけど。ほれ、ここ...おでこの...あ、痛っ! 先生もむちゃしますな。さわ
 らんといてください」

「いや、診察ですから。そうですか。どこかで打ったようではあるが、どこで
 打ったかわからないと」
「ええ。年をとると打ったあと、しばらくして痛みが出ますやろ。はて、これ
 はなんで痛いのかなと。考えて考えてやっと思い当たる」
「はいはい」
「今まではなんとかそれでも思い出したんですが、今日はまったく思い出せま
 せんので、先生にどないかしてもらおうと思ってやってきました。私はいっ
 たいどうしたのでしょう」

「困った人やな。うーん、ではここ数日間の行動を思い起こしてみてはどうで
 しょう」
「はい。昨日は一日ひきこもってパソコンの前にいました。外には出てません。
 アリバイがあります。証人は猫のまゆみ」
「証人はいりません」
「おとといは外に出ました。午前11時に近所のスーパーに行って特売のレトル
 トカレーと特売のトイレットペーパーを買って帰りました。帰宅は11時40分。
 途中、だれとも会わずに帰ってきました。指紋はふきとりました」
「推理小説の読み過ぎです」



「さきおとといはよく覚えてませんが、特に安い物もなかったので、スーパー
 には行かなかったと思います」
「その前の日は」
「そんな前の日の特売まで覚えてません」
「いや、そうではなく、何をしてたかと。何か変わったことは」
「うーん...あ、ツイッターのフォロワー数がやっと100人を超えました。それ
 が何か」
「関係なさそうですな。つまり、ここ数日間の行動を思い出してみても、さっ
 ぱり見当がつかない、と」

「ええ。ひょっとしたらもっと前でしょうか。3年くらい前にどこかでひっく
 り返ったときの痛みとか。しかし、そんな痛みが今さら勝手に来てもこっち
 としては困りますやろ。いったいどないせえと。何が目的やねん。なんやっ
 たら出るとこへ出て」
「いやいや、そんな前ではないと思いますがね。ほかに痛いところはありませ
 んか」
「あっ」
「どうしました」
「いま、足も痛くなってきました! 右足です。うっ。頭に遅れて右足に来た
 ようです」

「え、そうですか。やはり打ったような」
「ええ、打ったようなぶつかったような、殴られたような。あっ、左足にもき
 ました! ううっ。いや、おかしいな。左足は打ったというより踏まれてる
 ような」
「これは失礼。私が踏んでいました」
「あー、そうでしたか」
「ええ、いまのところ痛いのは頭と右足ですか」
「はい...いや、来ました来ました! 右手に」
「右手にも」
「う、右の腰あたりも痛くなってきました!」
「腰にも」

「は、はい。うー、痛いがな、もー。先生、これはみんな同じときのものでし
 ょうか」
「それは何ともいえませんな。部位によって伝達速度が異なるかもしれません」
「もし同じときのものとしたら、全身打撲でっせ...私、ひょ、ひょっとしてお
 そろしい事件にまきこまれたんではないでしょうか」
「うーむ」
「ひょっとしたら、ほんまはもう殺されてるのに痛みが来るのが遅うて気づい
 てないとか。よう考えたらもうセメント詰めにされて大阪湾に沈められてた
 とか...そうとは知らずにさっきフレッツ光の申し込みしてしまいました。キ
 ャッシュバックにつられて。えらいこっちゃ。こんなことしてる場合やない。
 もう死んでるんやったら無駄やさかい、解約に」

「落ち着いて落ち着いて。たぶん死んでないと思いますから。しかしまあ、な
 にやら不気味ではありますね」
「この調子やと、もっとほかにも痛いとこが出てくるんとちゃいますか。それ
 をどきどきしながら待ってるだけというのもじれったい...いまどこまで痛み
 が来てるかわかる問い合わせ先は」
「アマゾンやあるまいし。だいたいあれもあてにならん...いや、なんでもない」

 そのとき、診察室のドアを看護師が開けて
「先生、急患です。というか、頭が痛いと言って来られた小山さんが、待合室
 にいるうちにあちこち痛くなってきたそうです」
 看護師の後ろから現れた大山さんと同年代と思える小山さんは頭と左足、左
 手、左の腰のあたりが痛いといって押さえながら、といっても一度に押さえ
 られないのであっちを押さえたりこっちを押さえたりしながら入ってきた。

「先生、いつどこで打ったのか思い出せませんが、頭と左手、左足、左の腰の
 あたりが痛くて」
そう言いかけた小山さんと先に入っていた大山さんの目があった。
「あ、ひょっとして!」
「あなたは!」
「4日前に図書館の入口でぶつかったひと!」
声をそろえた次の瞬間、大山さんの右の脇腹と小山さんの左の脇腹に痛みが。

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みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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