[2946] スクリーンの中の名医たち

投稿:  著者:  読了時間:26分(本文:約12,600文字)


《延期の理由は言わずと知れた尖閣問題》

■映画と夜と音楽と...[483]
 スクリーンの中の名医たち
 十河 進

■ところのほんとのところ[46]
 不安と期待の個展【上海1秒】
 所幸則 Tokoro Yukinori

■デジアナ逆十字固め...[111]
 WEBギャラリーの形が見えてきた
 上原ゼンジ



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■映画と夜と音楽と...[483]
スクリーンの中の名医たち

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20101029140300.html >
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〈瞳の中の訪問者/コーマ/酔いどれ天使/静かなる決闘/赤ひげ/本日休診/カンゾー先生〉

●ピカピカ輝いている近代的な設備の充実した病院

カミサンが膝の手術をすることになり、火曜日に入院した。水曜日の9時から手術だと連絡が入り、水曜日の朝、8時前に車に乗って病院に向かった。それほど遠い病院ではないし、裏道を抜ければ大丈夫だろうと思っていたのだけれど、やはり通勤時間にぶつかったせいで、それなりに混んでいた。

それでも8時20分には着いて、広い駐車場のどこに車を駐めようか迷うほど、まだスペースは空いていた。端っこの方が埋まっているのは、病院関係者の車なのだろう。大きな病院で、働いている人も相当いそうである。場所を移転して新しくなった病棟で、何もかもがピカピカ輝いている感じだった。近代的な設備の充実した病院になっていた。

病室でカミサンに言われるまですっかり忘れていたのだが、僕もこの病院には入院したことがあった。もう10年ほど前か、古い病棟で昔ながらの病院という感じだった。急性胃炎で七転八倒し、カミサンの運転で運び込まれ、それから5日間入院した。最初の3日間は点滴だけ、4日目におもゆから始め、三分がゆ、五分がゆ、七分がゆと進んで、ようやく復帰した。

死ぬかと思った、と人はよく口にするが、あのときは本当に僕も死ぬかと思うほどの鋭い痛みだった。ひと足歩くごとに胃に響き、鋭い痛みが走る。車に乗ると振動が耐えられない。歯を食いしばる。病院に着き緊急注射をしてもらい、少し落ち着いたが不安で動けない。「入院しますか?」と訊かれ、「お願いします」と答えた。病院にいる安心感が広がる。そのせいか、その後、痛みは嘘のように消えた。

さて、新しくなった病室でベッドに寝ていたカミサンは、手術が近付くと「嫌だ、嫌だ」と言い始めた。そういうのに弱い人で、今回も下半身麻酔だけでいいのだが、怖いからと全身麻酔を頼んだ。今は、脊椎麻酔で瞬間的に感覚がなくなる。僕も17年ほど前に脊椎麻酔をした。痛くはないが、意識ははっきりしているので何が行われているかはわかる。確かに、あまり気持ちのよいものではない。

カミサンに改めて訊くと、麻酔は脊椎注射で下半身だけ。同時に、薬を飲んで手術中は眠っている状態にすることになったらしい。目が覚めると、手術が終わっているわけだ。全身麻酔よりリスクが少ないので、その病院でもよく使われているという。そんな話をしていると、看護士さんがきて準備を始めた。それでも、カミサンは声に出さずに「嫌だ」と口の形だけで訴える。そんなこと、今さら言われても...。

三国連太郎のエピソードだったと記憶している。「飢餓海峡」(1965年)のロケのときの話だと聞いた。飛行機嫌いの三国さんは、覚悟を決めて飛行機に乗ったのはいいが、扉が閉まり飛行機が動き出した途端、どうしても我慢できなくて「降ろしてくれ〜」と叫んだという。結局、飛行機は引き返し、三国さんは降り、列車で北海道にむかったとか。

その話が刷り込まれていたのか、僕も最初に飛行機に乗ったとき、同じことをやりそうな気がした。あれは、三国連太郎だから許されたのだ。一介の勤め人が「降ろしてくれ〜」と叫んでも、無理だろうなあ。ていうか、そんなことして人に迷惑をかけられないよなあ、と煩悶した。もっとも、そのときの飛行は割に快適で、その後、2時間程度なら何とか飛行機も我慢できるようになった。

しかし、手術台に載せられて、さあオペだ...となった瞬間、患者が「どうしても嫌だあ〜」と叫んで逃げ出したら、一体、どうなるのだろう。まさか、無理矢理おさえつけるわけにもいかないだろうなあ。そんな不謹慎なことを想像しながら、僕はカミサンが手術室に消えていくのを見送った。まあ、命にかかわる大手術ではないので、待つ方も気楽ではある。

●僕はシロクマのように室内をいったりきたりしていた

テレビドラマや映画で、手術結果を待つ人々のシーンは、かなり見た。そういうのは、たいがい命にかかわる手術なので、待っている人たちは沈痛な顔をしている。心配した知人が駆けつけてきて「容態は?」などと質問し、待っている人物が暗い顔をして首を振る。「かなり出血しているらしい」と、沈んだ声で言ったりする。何だかパターン化されたイメージだけど、他にどんな描き方があるだろう。

僕は、カミサンの手術に立ち合い、待合室で待つのは二度目である。もう12、3年前になるだろうか。たったひとりで、5時間近くかかる大手術が終わるのを待っていた。そのとき、僕は誰もいない親族の待合室で何もできず、ときどき立ち上がってうろうろするくらいだった。僕ら夫婦には近くに親戚もいないので、そういうときに駆けつけてくる人はいないのだ。

印象に残っているのは、小さな音でずっとBGMが流れていたことである。「恋は水色」とか「真珠取りのナントカ」という曲だ。ポール・モーリアとかビリー・ボーンといった楽団である。そういう人の心を穏やかにすると思われる、ヒーリング・ミュージックである。そんな曲を聴きながら、僕はシロクマのように室内をいったりきたりしていたのだった。

手術が終わると、医者がやってきて「手術は、うまくいきました」と言った。それから、手術の結果について説明を始めた。僕は、患部の前後10センチずつ、つまり20センチ分切り取られたカミサンの一部だったものを見せられた。「他にも憩室ができていたので、ついでに切除しておきました」と、割に大きな肉片も三つ見せられた。手術で切除された己の肉片を見せられたときは顔を背けたが、カミサンのものは確認するようにじっくりと見た。何だか妙にきれいだな、と思った。

すでに10数年経っているから、そちらの方はもう再発の心配はしていないが、年齢を重ねるといろいろ細かな肉体的支障が出てくるものである。手術は誰だって嫌だが、今回は手術日が決まった後も「膝の痛みはまったくないのよねえ」と、カミサンは「なら、やめれば...」と言ってほしそうな顔をした。「でも、手術しないと直らないと言われたんだろ」と、僕は答えた。

一時間くらいと聞いていたのに、一時間半が経った。僕は持っていたiPadで先日ダウンロードした小説を読んだり、原稿書きのためのメモをしたり、ときどき立ち上がって窓の外を眺めたりした。病院の裏に小さな川が流れていて、両岸に散歩道が造られている。そこを通る人たちを、ぼんやりと見ていたのだ。平日の午前9時。老人と女性の姿が多い。

二時間近く経過した頃、手術着に大きなマスクと髪を覆うカバーのために、どんな顔をしているのかまったくわからない(オマケに黒縁のメガネもしていた)担当医が現れた。「説明室」とドアに書かれてある部屋に僕を呼び入れ、ポラロイド写真を何枚か見せながら説明を始めた。「膝の軟骨が...」「半月板が...」とか、いろいろ言っていたけれど、僕は「はあ」とうなずくだけだ。要するに手術は成功し、直るのは間違いないということだった。

●テレビではいつもどこかの局が医学ドラマをやっている。

医者を主人公にしたドラマは数多い。テレビでは、いつもどこかの局が医学ドラマをやっている。先日も「医龍」というドラマが始まっていた。アメリカには「ER」という連続ドラマがあるし、日本でも「緊急病棟」というドラマは人気があるらしく、何度もシリーズが作られている。病院には、ドラマがいくらでも転がっているのだ。

僕が子供の頃、黒板に様々なシンボルを描くシーンに「男、女、無限...」というナレーションが重なるオープニングで印象的だった、「ベン・ケーシー」というドラマがあった。僕は、アメリカの近代的な病院を初めて見た。外科医が主人公だから、手術シーンは多い。病院と医者に対する僕のイメージは、あれで形作られたと言ってもいい。

医学ドラマが人気があるのは、「生と死」というテーマを浮き彫りにできるからだろう。それに、劇的な展開が考えられるのだ。最近、ドラマでは天才的な医師が登場する設定がよくあるが、これは手塚治虫の「ブラック・ジャック」がハシリではないだろうか。僕は「安楽死」医師のキリコが好きだった。ドクター・キリコの存在が、あのマンガの世界を深めていると思う。

「ブラック・ジャック」は、実写版が作られている。「瞳の中の訪問者」(1977年)というタイトルで、監督はアイドル映画を撮っていた頃の大林宣彦さんだ。主演のアイドルは、片平なぎさである。ブラック・ジャックを演じたのは、宍戸錠。その後、加山雄三もブラック・ジャックを演じたと記憶していたが、そちらはテレビシリーズだった。

テレビドラマが治療や困難な手術を作劇の中心として展開する、医療ドラマの色彩を強くしているのに較べ、映画ではあまりそういう設定はない。医学ミステリものはけっこうあり、僕は「コーマ」(1977年)を思い出す。ミステリ作家ロビン・クックの原作を、マイケル・クライトンが脚色し監督した。主演の女医は、ジュヌヴィエーヴ・ヴィジョルドである。

病院内で、密かに何かが行われている。そんな疑惑を抱いた女医が秘密を探っていく設定だったが、病院という場所はそういうシチュエーションにはぴったりだと思う。僕の経験だと、夜の病院ほど不気味な場所はない。急性胃炎で入院したとき、深夜、誰もいない薄暗い廊下を点滴液の入ったビニール容器を吊すスタンドを押しながら、トイレにいくのはなかなかスリリングだった。

僕は見ていないのだが、最近の医学ミステリと言えば海堂尊原作「チーム・バチスタの栄光」(2008年)が映画だけでなく、テレビドラマ化されて人気があるらしい。映画もシリーズ化され「ジェネラル・ルージュの凱旋」(2009年)が公開された。原作者の海堂尊さんは現役の医師。やはり、医学に対する専門的知識がないと書けないのだろう。

●黒澤明監督は医者を主人公にすることが多かった

日本映画で医者を主人公にすることが多かったのは、黒澤明監督だ。「酔いどれ天使」(1948年)「静かなる決闘」(1949年)「赤ひげ」(1965年)と3本も撮っている。それに、「天国と地獄」(1963年)の犯人(山崎努)は貧しいインターンだった。ヒューマニストだった黒沢監督は、医師を主人公にしてストレートなメッセージを伝えたかったのかもしれない。

たとえば「酔いどれ天使」である。志村喬が演じる真田は、闇市の近くにあるスラム街で診療所の医師をしている。診療所の前にはメタンガスが吹き出すような沼があり、汚いゴミが浮いている。猫や犬の死骸も漂っていそうだ。それは、終戦直後の日本の混沌を象徴するように見える。あるいは、社会の底辺で生きる人間たちの、欲望をむき出しにした醜さを表しているのかもしれない。

酔いどれの中年医師は、腕は確かでヒューマニストである。ヤクザは大嫌いだが、治療はこばまない。ただ、普通の患者に対するより、荒っぽいだけだ。闇市を仕切るヤクザが喧嘩で怪我をして運び込まれてくると、麻酔なしで治療したりする。あるとき、やってきたヤクザが妙な咳をしているのに気付き、結核の検査をしろ、と勧める。そのヤクザの松永を演じたのが、デビューしたばかりの三船敏郎だった。

「酔いどれ天使」の脚本を書いたのは、植草圭之助である。彼は黒澤明とは尋常小学校の同級生で、青春期を共に過ごした友人だった。やがて戦後になり、植草圭之助の脚本で黒澤明は「素晴らしき日曜日」(1947年)を撮る。それは、黒澤映画の中では異色の作品だった。おそらく、植草圭之助の資質が前面に出たからだろう。翌年、彼らは「酔いどれ天使」を企画し、そのストーリーを話し合う。

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私は聞いているうち、黒沢の力の美学、『姿三四郎』の復活だ、と感じた。「時代劇のやくざ映画のパターンだな」本木がやや批判的に言った。「ああ、それでいいんだ。医者も大事な役だが、闇市がやくざの世界なら、やくざ映画の典型をつくればいいんだ。そのつよい縦の線に、医者のヒューマニズムや、君の言う時代の頽廃、戦後社会の腐敗を盛りこめばいい。結論は同じことになるんだ」  ──「わが青春の黒沢明」(植草圭之助・文春文庫)

                 ★

このときの黒澤明の断定的な言い方に植草圭之助は違和感を感じ、自分と黒澤明の資質の違いに気付くのだが、このいかにも黒澤らしい言葉に僕は「酔いどれ天使」に込められたメッセージを読み取った。ヒューマニズムは医者が体現し、美しく汚れなきものを結核の治療に通ってくる女学生(久我美子)が象徴し、否定されるべき存在をヤクザが担う。

黒澤明の「医師=ヒューマニズムの象徴」は、「静かなる決闘」の主人公になり、「医は仁術」の権化のような「赤ひげ」につながる。しかし、僕は立派すぎる彼らのような存在は少し苦手だ。渋谷実監督作品「本日休診」(1952年)のとぼけた老医師(柳永二郎)や、今村昌平監督作品「カンゾー先生」(1998年)の飄々とした中年医師(柄本明)に、優しく暖かいものを感じる。診てもらうのなら、あんな医者がいい。

ところが、みんながそうではないだろうけど、僕が会った医師たちは「ちゃんと説明しましたよ」というアリバイのために、事務的に説明している感じである。まるでマニュアルがあって、それに従っているみたいだ。「いらっしゃいませ、店内でお召し上がりですか、お持ち帰りですか」とは訊きはしないけど、病院のマクドナルド化である。そりゃあ、まあ、医療訴訟の多い現代では、医者をやっていくのもかなり大変なんだろうと思うけどね...

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >
朝起きて、掃除して洗濯して、昼飯を作って息子に食べさせ、洗濯物が乾いたら取り込んで、買い物にいって野菜を買い込み、夕食用にたっぷりの野菜サラダを作りました。ひさしぶりにそんな休日を送ったら、原稿書きより充実した気分に...。もしかしたら、家事が好きなのかも?

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■ところのほんとのところ[46]
不安と期待の個展【上海1秒】

所幸則 Tokoro Yukinori
< http://bn.dgcr.com/archives/20101029140200.html >
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急激に冷え込んで来た。日本の秋はいったいどこへ行ったのか。今日11月28日、木曜日、朝8時半、ものすごく寒い。最高気温10度いかないかもね。12月並みの気温とか、最近気象がおかしい。

さて、いよいよ二つの個展も明日で終わり、個展や「東京フォト」などイベントラッシュも一段落する。今回の冬青ギャラリーは、一つのテーマでくくるとなかなか出せない作品も多かったので、自分では楽しめました。

客層もちょっと面白かったですね。普通の趣味のおじいちゃんから、ヌードはもうちょっとエロくしてくれるとうれしいなあとか、構図の講義まで受けました。ちょっとピントがずれていましたが面白かったです。

もうじき上海での個展が始まる。本来ならワークショップも同時期にあって、渡航費用から額縁代金まで、費用すべてこっちもちでも平気なはずだったのだけど、ワークショップが当分延期になってしまった影響でお金が入らなくなった。随分ショックな[ところ]です。

延期の理由は、言わずと知れた尖閣問題だけど、何故このタイミングで? と思うときにやってくれる。かの国は、内政がまずい方向にいくと日本と問題を起こすようにしてるようで。気のせいならいいんだけど、とまあそんなわけでこの時期は問題があるということで、ヘタをすると個展の中止もありえたのですよね。まあ、どうなるかは始まってみないとわからないのが現実なんだけど。

今回の個展は上海のM50(莫幹山路50号)という、上海で最もクリエイティブな所といわれているアートギャラリーエリアだ。もともとは老朽した工場の作業場でしかない場所だったけれど、今ではニューヨークのソーホーのような感じになっている。実際、上海では最大のアートエリアなんだけれど、最近ではもう少しこぶりなエリアも3〜4か所存在していて、上海のアートシーンの今後が楽しみではある。

この上海のエプサイトはアート村にあるせいか、日本にあるカメラ関係の企業ギャラリーとは随分趣が違っていて、写真のアートギャラリーに近いイメージだ。実際の仕切りも、上海で現代アートのギャラリーを運営している鳥本くんに全体のコーディネートを依頼している。今後は、彼のオフィス339というギャラリーにアジアでの個展、アートフェアなんかを任せることにしている。

個展が決まってからこの一年間、上海には随分通ったから、もし中止になったとしたらかなりのダメージだ。[ところ]はどうも海外での個展についてないことが何度かあって、パリではアニエス・ベーのギャラリーで是非と言われた後、リーマンショックで業績が悪化してだめになってしまった。イタリアでも似たようなことがあって中止になった。しかも、今回はスマップのコンサートまで中止になったりしたので本当に心配でした。

今のところ額縁とか、DMとか、いろいろ問題も出てきてるみたいだけど、中国というお国柄を考慮すれば、小さいことはとりあえずは気にしないでいこうと覚悟は決めています。

個展の名称は【上海1秒】。11月6日オープニングパーティーで12月19日まで。内容は、15枚ほどが上海を中心とした中国の都市の写真、12枚ぐらい渋谷、12枚同じぐらい世界の各都市といった構成。40枚弱の作品群です。最近では最大級の作品点数の個展になります。

ずいぶん世界を撮って歩いたので、いつか世界中の都市写真を一挙に展示してみたいという気持ちはあるのだけど、そんなに広いギャラリーないからな。公的なスペースじゃないと、そんな広さは無理なんだろうな。ひとつの都市ずつ個展するしかないのかなと思ったりする[ところ]です。

来週にはもう上海で個展が始まってしまうんだなあと、カレンダーを見ながらちょっとどきどきしています。上海の人がどう捉えるんだろう、僕の上海の写真。渋谷の写真。見当もつかないので楽しみではあります。

【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則 < http://tokoroyukinori.seesaa.net/ >
所幸則公式サイト  < http://tokoroyukinori.com/ >

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■デジアナ逆十字固め...[111]
WEBギャラリーの形が見えてきた

上原ゼンジ
< http://bn.dgcr.com/archives/20101029140100.html >
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7月に立ち上げたWEB上のギャラリー「bitgallery」に新しいコンテンツが加わった。第一弾が私の「Vibrating World」と伊藤紀之さんの「Cloudly Cat」で、ブレ写真とボケ写真だったから、工作系とか、アブストラクト系で攻めるのかと思っていた人もいたみたいだけど、違いました。
< http://bitgallery.info/ >

今回加わったのは、西村陽一郎「青い花」と山崎弘義「DIARY」の2本。「青い花」は2007年に四谷の「Roonee 247 Photograpy」で観た西村さんの作品展で感動したんだけど、大勢の人に観て欲しいと思い、お願いして掲載させていただいた。

作品自体はフォトグラムという技法を使っているのだが、フィルムが介在せず、一点物のオリジナル作品で、すでに売れてしまったものもある。いちおうデジタルカメラで複写した画像があるとのことだったので、今回はそのデータを元に構成した。

元は大判のプリントで、花の花粉が金平糖のような形で目視できるような、緻密な描写だった。さすがにその金平糖の再現まではできないが、西村さんの作品の持つ、緻密で繊細な雰囲気は味わうことができると思う。

山崎さんは「FOTO SESSION '86」という写真のグループで、森山大道さんに一緒に写真を見ていただいた仲間。元々はストリートスナップが専門だったが、お母さんが認知症になられて以降、写真が自由に撮れなくなってしまった時期があった。そんな時にお母さんのポートレイトと自宅の庭を撮影するということを日課とし、撮りためたのが「DIARY」という作品だ。

それまでの山崎さんの写真とはまるで違うコンセプトの写真だが、やはり写真展で拝見した時に、何か力強さのようなものを感じた。写真自体はひじょうに静かな写真なんだけど......。カメラ雑誌に掲載されたり、新聞で紹介されたりということはあったものの、私としては、もう少し評価されてもいいんじゃないか、という思いがあった。そこで、山崎さんに声をかけ、私のギャラリーで公開させて貰うことになったというわけだ。

まだ「bitgallery」には作品は4本しかないけど、なんとなく私のやろうとしていることが、分かってもらえるようになってきたんじゃないかと思う。第三弾、第四弾のネタもあるので、少しずつ形にしていきたいと思っている。

●ゼンラボ「森の撮影会」の報告

先日は森林公園でゼンラボの撮影会をやってきた。森林公園というのは、東武東上線で池袋から、1時間ほど行ったところにある、国営の大きな自然公園だ。キノコ、落ち葉、シダ、コケなどを撮りに行きませんかと、Twitterなどで声をかけ、集まった参加者とともに撮影を行ってきた。

私はなぜか、森の中で見かける植物というか、苔類、菌類、昆虫などに惹かれ、写真を撮っている。まあ、メジャーな分野とは言えないが、撮ってみたら意外にイケますぜ、という感じで声をかけさせて貰ったというわけだ。参加者は特に森の専門家という人はおらず、ちょっと興味があり、どんなもんだろう、と思って参加したという感じだった。

森林公園の南口から入園すると、すぐに雑木林がある。そこで、さあ皆さん撮影してみましょう、という感じで始めたんだけど、最初はなかなかキノコなどは眼に入ってこない。けっこう慣れが必要なのだ。だから蜘蛛の巣に霧吹きで水滴を吹きつける、といったオプションもこなしながらの撮影会となった。

私が持っていったカメラはニコンのD5000。レンズはカールツァイス ディスタゴン T* 2.8/25とAF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G EDの2本だった。D5000というのは、液晶画面が可動式になっていて、上から覗きながら撮影できるというのがポイント。地面にカメラを置いてキノコなどを低い所から撮るのに最適なのだ。そしてレンズの方は、ピントが合っているところはキリッと締まるんだけど、ボケ味もなかなか良し、というところが気に入って使っている2本だ。

その他の必須アイテムは膝あてと虫除けスプレー。けっこう膝まづいて撮影することが多いから、膝あては重要。こんな時期に蚊なんかいるんですか? という人がいたけど、10月だというのに、蚊はたっぷりいました。私はほとんど刺されなかったんだけど、集中して刺されている人がいて、ちょっとかわいそうだった。この刺されやすい人と刺されにくい人の差はなんなんだろう。O型の人が刺されやすいとか聞くけど、本当に血液型と因果関係はあるのか?

あとは、レフ板やディフューザーの類いもあると便利。森の中は薄暗いので、光をレフ板で補ったり、木漏れ日を和らげるのにはディフューザーも役に立つ。ただし、森の中を歩きまわるわけだから、なるべく荷物は少なくするということも重要なポイントだ。

4時間ばかりの撮影会だったけど、最後の方はみんなキノコを発見する能力が身についてきたようだった。なかなかいいフォルムのキノコも見つけることが出来たし、まあ良かったんじゃないでしょうか。目標は、お伽話に出てきそうな毒キノコと出会うことなんだけど、それはまた今度のお楽しみ!

◇森で収穫した写真
< http://zenji.jugem.jp/?eid=59 >

◇「上原ゼンジの写真教室」受講生募集中!
< http://nadar.jp/tokyo/workshop_style355/uehara.html >

見たことのない写真を撮ってみよう「上原ゼンジの写真教室」生徒募集中。さまざまなスタイルの技法を試しながら、写真の基礎知識を学び、自分なりの写真を撮るための写真講座です。
対象:写真を撮り始めたけど、何をどう撮っていいのか分からない人。写真の幅を広げてみたい人。デジタル一眼レフカメラ、ミラーレス一眼を持っている人が対象です。
会場:style355(NADAR/渋谷355)

◇「万華鏡カメラ」を作ってみよう 〜眼の前の光景をすべて万華鏡のパターンに(デジカメWatch)
< http://dc.watch.impress.co.jp/docs/review/special/20101022_401179.html >

【うえはらぜんじ】zenji@maminka.com
< http://www.zenji.info/ >
< http://twitter.com/Zenji_Uehara >

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■編集後記(10/29)

・玄光社発行の「ビデオSALON」11月号は、創刊30周年記念号である。座談会「ビデオの30年とは何だったのか?」や別冊付録の小冊子「ビデオカメラの30年」をなつかしく読む。ずいぶん初期の同誌に、わたしもビデオのユーザーとして掲載されたことがある。当時わたしは「コマーシャル・フォト」編集部にいて、おもにTVCM分野の企画を担当していた。そして、TVCMの記録のために、いち早く日本ビクターのVHSビデオデッキ初号機HR-3300(1976年発売)を個人で購入していたのだ。これって、我ながらけっこうエラい決断だったと思う。一介の平社員が、たぶん会社で3番目ぐらいの早さの導入だった。256,000円、ホンダロードパルが3台買える値段だった。もちろん長期の月賦。だからまだ珍しい個人ユーザーとして記事になった(というか、セルフターマーで自分撮りし、記事も自分で書いて売り込んだような記憶もある)。HR-3300は今考えても優れたデザインだった(2006年には権威ある「IEEEマイルストーン」に認定されている)。その後VHSデッキは6台、βデッキは2台買って、いつのまにかHR-3300は処分してしまった。とっておけばよかった(TEACのカセットデッキA-450も同様だ)。昔のメカは本当に素敵だった。なお、同誌の特集は「パナソニックGH2は本命か!?」である。時代は劇的に変わった。(柴田)
< http://www.genkosha.co.jp/vs/ >
ビデオSALON
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0045V86JM/dgcrcom-22/ >
→アマゾンで購入するなら
< http://www.jvc-victor.co.jp/press/2006/ieee.html >
HR-3300
< http://k-nisi.hp.infoseek.co.jp/a-450.html >
TEAC A-450

・反日運動で知った「日本鬼子」。これを「ひのもとおにこ」と呼んで萌えキャラ化。揶揄しているだけかと思いきや、「日本鬼子ってキャラを作り、日本鬼子に別の意味、概念を作る事」らしい。SEO対策も。日本鬼子と検索して、上位に萌えキャラが並ぶように。こういう流し方好きだわ。(hammer.mule)
< http://www16.atwiki.jp/hinomotooniko/ >
趣旨。政治利用不可。
< http://www16.atwiki.jp/hinomotooniko/pages/22.html >
候補一覧。受付中。
< http://blog.livedoor.jp/kashikou/archives/51593329.html >
中国人の反応。教育と政治がネックなだけじゃないのか?
< http://blog.livedoor.jp/kashikou/archives/51589962.html >
中国のネットで話題のコピペ「日本に来てやっと知った」
< http://blog.livedoor.jp/kashikou/archives/51586425.html >
中国オタク「我が国の軍事奥義が萌え化されちまった......!」
< http://blog.livedoor.jp/roadtoreality/archives/51623025.html >
ポケットモンスター「仕事ブラック」「職歴ホワイト」攻略スレ
< http://journal.mycom.co.jp/news/2010/10/28/076/ >
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