武&山根の展覧会レビュー 観念的すぎて、非観念的になっちゃう──【没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった】を観て/武 盾一郎&山根康弘

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山:こんばんはー。お待たせしました。

武:ワインを少々呑んで、寝オチしてた。

山:もう呑んでたんかw

武:最近は酔っぱらうと考えるのもメンドクサクなるんですよ。

山:なんやねんそれ。

武:呑むと、興奮して、喋りたくなるじゃないですか。けどここんとこ呑むと眠くなって考えるの億劫になるんすよ。


山:それはもう年やなw 体調悪いというより体力落ちたってことやろ。

武:やばいね、本当にそうかも。昨日も串カツ甲子園で呑んでもう疲れちゃったんすよね。

山:串カツ甲子園! そんな名前やったんか、あそこ。いやー、しかし昨日は呑んだがな。呑んだ呑んだ。

武:尖閣諸島流出ビデオのニュースが大スクリーンに映し出されてたよね。

山:そう言えばそうやった。あ〜、お湯割りのおいしい季節になったなー、いただきます!

武:ああ、よかったじゃないですか。乾杯〜


山:なんやねん、よかったじゃないですか、って。で、今日はですね、久々。国立新美術館です。

武:くにたちではありません、六本木です。

山:ゴッホ展! < http://www.nact.jp/exhibition_special/2010/gogh/ >

武:ここに来てゴッホかー、ってな感じですな。

山:もちろんゴッホは知ってますけど、よくよく考えてみると、ちゃんと見たことなかったかもしれない。

武:俺もそんなに実物観てないなあ。安田火災ビルかなんかに常設してなかったっけか?

山:『ひまわり』か。そう言えば今回はひまわりなかったな。



武:そうね。ゴッホの生き方には強烈に惹かれるものを感じるんだが、観に行くのって「今更感」あるなあ、現在にアプローチする何かがゴッホの作品にあるのか? という意味でね。語り尽くされちゃってるし、多分、俺たちのチャットで、何か新しいゴッホ観が見いだせるかというとちょっと難しい感じするしね。

山:そうやな、、、特別言うことないな。じゃあ、お疲れさまでした!

武:おい!

山:はは。

武:俺たちの暮らしてる世界ってさこの「終わり」の後なんだよね。言い尽くし、語り尽くし、終わった後の世界を生きてるのさよ。「何も新しいものが見つからない」ってのこそが俺たちの世界のリアリティ。




【没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった】


山:どないしよか。順を追って展示を見ていくってのもしょうがない気もするんで、ゴッホについて思いつくところを話してみましょか。えーと、ではまず、展示観て思ったのは、絵がうまい人ではない。

武:あはは! 模写してもそこまで固い人物になってしまうのか! みたいなね。人のことは言えないんですけど。

山:「表現主義」的というかね。あ、おもいっきり表現主義の先駆けだった。
< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E4%B8%BB%E7%BE%A9 >

武:愚直に模写してああなら普通絵を描くの諦めるよね。まあだから、絵がうまくてなんぞや、ということは感じるわな。


山:ん、どういう意味?

武:いやね、ゴッホは模写してて「俺、絵下手だなあ、もうやめよう」って思わなかったってことだよね。

山:すごいポジティブな人やったんかなw それすごいけど。

武:なんという愚鈍! しかも愚直で大まじめなんだぜ。

山:やっぱ周りの人はたいへんやったんやろうなあ。

武:ゴッホは、ずっと尊敬する人を模倣するんですよね。ミレーとか。

山:ゴッホの絵より断然いいんだな、他の人の絵の方が。

武:あはは! クールベ好きだわ〜。

山:ぎょーさん他の人の絵が展示されてたからな。浮世絵も展示されてたけど、やっぱ浮世絵はええなあ、とか思てまうよw

武:スーラも良かったなあ。あとベルナール!


●日本語の表記は難しい


山:Wikipediaにおもろいこと書いてる。

武:なんすか。

山:《日本におけるゴッホの表記と発音〜オランダ語の「g」は、日本語では表記不可能な発音である。日本語で表記するなら「ホッホ」がより近い》。ほっほやてwww

武:ホッホ〜

山:ほっほっほ

武:ふんがっふっふ(昔のサザエさんのエンディングより)

山:ぜんぜん関係なくなっとるがな! しかしホッホじゃなあ。

武:言いにくいしな。

山:美術雑誌「みずゑ」の古いのには確か、ゴーグって書いてた記憶がある。

武:ゴーグw

山:< http://ja.wikipedia.org/wiki/メディア:Nl-Vincent_van_Gogh.ogg >

武:「しんちゃんとふぁっほっふ」

山:なんのこっちゃわからんなw

武:読み方はどうでもいいっちゅうの!

山:ちょっとおもしろかったんで。

●ゴッホの絵の魅力


武:ゴッホの絵の魅力をひとことで言ってしまうと、強迫観念神経症的な迫力、だよね。

山:晩年の絵はそんな感じやね。最も有名で評価されてる時期の絵。

武:個人的には晩年の素描が好きだな。鉛筆とかで描いてるの。あれが、ゴッホの絵画世界のシンプルな骨子なんだよね。

山:物を面で捉えるというより、筆触、描く、というところに重きを置いているような。一番最後に展示されてたエッチングもとても良かった。線描というのにエッチングはすごく合ってる。


武:その上から油絵の具でごたごた盛っちゃってるので、骨組みが見えなくなってしまってる、という印象を受けたなあ。

山:でも油絵でも線描的に描いてるよな。

武:ああそうかあ。晩年ね。

山:そうやね。素描に近い感じで描いてる。絵の具かてタダやないんやから、あんなにモリモリ絵の具使ってたら、大変やったろうなあ、金。

武:その盛り上げた絵の具が後のニューペインティングに繋がって行くのかあ、と。


山:「ニューペインティング」と言うかゴッホは「表現主義」やけどね。

武:「のちの新表現主義(ニューペインティング)である」ということね。そう考えるとゴッホの絵の歴史的配置点ってのは見えたりはするけど。コンテクスト。ぶっちゃけ「そんなことたあどうだっていいや」的な。

山:どうでもええんかいw


●近代自我ってなんだ?


武:今回のゴッホ展全体で観ると、どうしても「浮世絵が一番面白いだろ」ってなっちゃうな。日本人の依怙贔屓ってのがあるけど。

山:好みはそっちにあったりしてしまう。

武:そうそう。色彩、構図、モチーフ、どれをとっても浮世絵の方が良くね?

山:違うもの、として考えた方がいいんやろうけどね。

武:ああなるほどね。絵の出発点が違う、ってことか。


山:でもなんでゴッホは絵を描いてんやろなあ。

武:なんじゃそらw 理由ってこと?「近代自我」の追求とか?

山:いやあ、描いても売れへん訳やし、好きだから、とかでもないやろうし。嫌いじゃないにしても。絵を描いてね、自我に辿り着ける、と言うかなにかに到達する、って考えることできるんかな。今更こんなこと言うのもなんだが、あえて。

武:やっぱさ、ヨーロッパにしたって「近代自我」ってヤツはなんだかショッキングで新しくて不自然なものだったんじゃないのかねえ。大体さ、恋愛っちゅうヤツも「近代」の副産物でしょうよ。

山:そもそも「自我」ってなんや。


武:「自我という幻想」か。もうさ「実存」だけでいいんじゃね? 最近「他力本願」をまじめに考えるようになってから「近代自我」って要らないんじゃないか?って思うようになって来た。
< http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1262428.html >

山:中心をどこに置くか、ってことなんかな。

武:例えばさ「浮世絵は違うものとして考えた方がいい」って言ったじゃん、

山:ほい。

武:それと同じく日本における「自我」、日本人の個人観でもいいや。これも違うものとして考えていいのかもしれないなあと。

山:なるほど。


武:だってさ、西洋の自我って宗教からの解放ってのが大きいわけでそ、キリスト教っていう縛りの強いウルトラな宗教からの。かたや日本人の宗教観ってのはざっくりと八百万(やおよろず)なわけで。一神との対立構造として人間が居て、そこからの解放みたいには解り易くならないでしょう、日本って。それから、古くから仏教の影響もある。仏教って個人の解脱だから、西欧的自我ではない認識の仕方で「個」がある。だとしたら、日本人の「モダーン」ってなんだったんだ?? と、全然ゴッホには関係ない話をしたところで元気になって来たぞ!

山:なんでやねん!

武:どうやってゴッホに引き寄せるか?

山:まあこのさいゴッホはいいかw


武:どうもゴッホってピンとこないなあ。ゴッホの作品ってことか。ヘンリー・ダーガーの方がよっぽどピンと来るんだよね。ゴッホの「物語」は好きなんだけどね。なんだろうなあ、このもどかしさ。

山:絵のテイストもあるんかもな。

武:油絵だからか? 自分も一時、絵の具をモリモリと物質感出して喜んでたけどね、そういう過去の自分に対するちょっとした嫌悪感みたいなのが混ざって、ゴッホの絵を見てしまってるから、今更あんまし近づきたくない。みたいに感じるのかなあ。


山:ヘンリー・ダーガーは水彩、印刷物的な。浮世絵は版画、印刷物やし。ゴッホはもっと版画やってたら良かったのに、と思たりする。

武:鉛筆とかね。

山:鉛筆だと当時はどうしても価値が低いからねえ。版画ならまだ売れたんとちゃうんかな。

武:ステイタスの問題もあったのかな。油絵じゃないとダメ的な。

山:油絵でガッツリ描いてなんぼ、っちゅうのはあったやろね。今でも若干残ってたりするやろ。


●現代とオリジナリティ


武:現代だと、コミュニケーションじゃないとダメ。みたいな。

山:ダメってことはないにしても、そこに重きをおいたりするとこあるよな。

武:コミュニケーションって物質じゃないからなあ。てことは映像か?

山:パフォーマンス、ライブ性、とかな。でもそこに何かしら問題とか興味の対象があったりするから、表現手段として使ったりするわけやろ。

武:けどさあ、その時代の潮流ってさ、たかだか100年も持たないんだから意味ねえよなあ。ゴッホが100年以上持ったのは油絵だったからか? そういうところはあるんか。じゃあ、油絵の具は意味的問題があったのか?


山:油絵の具というより、それこそ「自我の追求」じゃないのw 道具の問題というより、表現された内容の問題なんかな。

武:一所懸命、過去の作品を模倣するけれど、すればするほど、ゴッホ自身のどうしようもない実存が立ち顕われて来てしまう、と。てことは、彼自身は「自我」を追求したわけではないんだ。ミレーだったりしたんだよな。

山:過去の作品の模倣、模写は、習練の意味合いが強いやろうけど。技術の習得......。

武:そうなんかなあ。ミレーになりたかったんじゃないのかなあ、違うかなあ。


山:違うんちゃう? 『種巻く人』という主題には共鳴してたんやろね。

武:でもいわゆるさ、きょうびいわれてる「オリジナリティ」ってゴッホにないじゃん。ずっと模写して、題材も既存ものを描くだけだし。言ってみれば、同人漫画とかDJのサンプリングみたいな「コピー」なわけじゃないですか。

山:ん? そう? 十分すぎるぐらいにオリジナルやと思うけどw

武:飛び抜けた画風ってないじゃん。

山:飛び抜けてるやんw 画風。

武:ねちっこく模写してるうちに、じわじわとああなっていくけど。


山:過程はどうあれ、結果としてはめちゃめちゃオリジナルやと思うけど。

武:最終的にはね。

山:オリジナルやんかw

武:いやさ、ぱっと描いた瞬間に、ふわっとその人らしいエッセンスが顕われる絵ってあるじゃん。

山:はい。あるね。

武:そういうのではないよね、ゴッホ。という意味でオリジナリティがないって思ったんす。

山:そうやな。ごりごりやってくしかない、みたいな。でも晩年のあたりの、草木をかいた素描なんかは、エッセンスみたいなものが立ち現れてるような気がする。


武:ああ、だから本当に晩年だよね、見えてくるの。例えばさ、エゴン・シーレとかいきなりじゃないですか。

山:真面目だからか、主題を描こうとすると、例えば『種巻く人』とかになるとガチガチやねんな。観念が全面に出ちゃってて、絵としては観づらい。

武:そうそう、そういうことかもしれないなあ。がっちがちの観念な人なんだろうけど、強迫観念過ぎて通り抜けちゃうんかな、晩年。観念的すぎて、非観念的になっちゃう。そこが驚愕するところなのかなあ。

山:病気になってしもたからね。

武:病気ってのもなあ。曖昧な定義だよなあ。要するに社会接続性ってことだからね。


●モンマルトルのカフェでヤ・マネとテク・ジュネの会話


山:そうねえ。もうちょっとゴッホについて、なんかないかな。

武:共通の友達としてゴッホがいたら、ということで、ゴッホのうわさ話をするのはどう?

山:うわさ話?

武:ゴッホが死んじゃうちょっと前だなあ。結構仲良しだったのよ。ゴッホの黄色い家に実は行ってたりしたの。

山:ああ、例の芸術家の共同生活ってのに誘われたやつらって設定やなw ほう。やってみようw

武:で、パリで会うのさよ。俺はテク・ジュネ(Take Jeunet)、山根はヤ・マネ(Ya Monet)

山:その名前はなんやねんw


○1888年。パリ、モンマルトル。
(BGM:オー・シャンゼリゼ/ダニエル・ビダル < >)

Take Jeunet(武、以降T):AH、ボンジュール。久しぶりじゃん。ヤ・マネ君。

Ya Monet(山根、以降Y):おお、ひさしぶりやないか、テク・ジュネ君。ところでこのBGMはなんや。いるんかw

T:ちょっとお茶しようよ。ヤ・マネ君のおごりでw


Y:なんでやねん! こっちかて大変なんやぞ。まあしゃーない、ほんならモンマルトルのカフェ「ベッチーオ・モツ・サマンサ」に案内するわ。こないだ連れて来てもらってん。

T:おお、いいカフェだね。ん、ちょっと生肉の匂いがするね。。ママー、チンカチンカの冷ゃっこいルービー!

Y:ここはパリやぞ! なぎらはおらん!

T:で、ここんとこ、パリはどうなの? いやさ、ちょっとフランクフルトに帰ってたからね。お母さんがジャガイモ料理余ってしょうがないから食え食えって。


Y:なんや、豪勢やないかジュネ君。でも君、知らんの? いまパリは大変なことになってるんだよ。これからはもっと、自我に生きるべきなんだよ!ジュネ君! わかっているのかい! 自我の意味を!!

T:な、なんだい薮から棒に。ヤ・モネ君。

Y:ヤ・マネじゃ! ふざけてる場合ちゃうぞ! 一番大事な問題なんやぞ!

T:「自我」って、そういえば良く聴くよなあ、最近。

Y:そうやろ? 田舎にいる場合じゃないんだよ! 都市こそが「自我」を体現できる場所なんだよ、テク・ジュネ君!


T:「自我」ってのがなんだか知らないけど、パリにくれば最先端の絵が観れるからねえ。なんでも点々で絵を描いたりとか、あるらしいじゃないか。

Y:え、そんなんあるんや、、、っていうか君知ってる? 最近なんや、ゴーグ、ホッホ、、、えーとなんやったっけ名前、まあええわ、あいつなんかちょっとおかしなってるみたいやで。ロートレックとも親しくしてるってちょっと小耳に挟んだけど。そんなやつ信用できるん? なあ、ジュネ君!

T:ロートレックはドイツでも耳にしたなあ。オシャレだよね、お母さんも「素敵ねー」って言ってたよ。ああ、ゴッホかあ、久しぶりだなあ。そう言えばちょっと前に行ったなあ。アルル!


Y:そう! なんかアルルで芸術家村を想定してるらしいで。って君もう行ったことあるんかい!

T:うん。で、アルルから直接フランクフルトに帰った。そんでこのまえゴーギャンから手紙来たんよ。「ゴッホのことはもう聴かないでくれ」って。「うんざり」だってwww

Y:まじで! ゴーギャンから手紙来たの?? すごいやないか!

T:なんかあったんかね? アルルのあの黄色い家で、ゴッホとゴーギャン。

Y:なんかこれは噂やけど、あいつ、耳切りおったらしいで。。

T:ゴーギャンが?

Y:いやいや、ゴッホが。詳しくは知らんねんけど。。


T:ああ、それゴーギャンがぶち切れてゴッホの耳切ったんじゃねえの? ゴーギャンってさ、けんか強そーだしさ、ちょっと怖いじゃん。

Y:めっちゃ強いよ、ゴーギャン。会ったことないけど。でもほんまあいつおかしいで、ゴッホ。

T:二人ともめちゃくちゃいい感じだったけどなあ。ああ、でもゴッホはな、なんか思い詰めてた感じはあったなあ。

Y:やっぱ金とちゃうか?

T:つか、あいつうざいよな。ゴッホ。

Y:そう! うざいよな! 実際挨拶もまったくせーへんかったりすんねんで?こっちが行ってんのに。めんどくさいっちゅーねん。


T:絵もさあ、いい所ある気がするけど、いまいち私の好みじゃないんだよ。けどまあ、アルルに行った時は、絵を描いたり酒呑んだりでそれなりに楽しかったなあ。

Y:なんやねんそれ! ほんならおまえ行ったらええやないか!

T:いや、だって、いまあそこ強制撤去になっちゃったんでしょ?

Y:まだあるらしい。

T:へえ。つか、耳切ってどうしたんよ、血が出ただろう。

Y:そのまま封筒に入れたらしいぞ。


T:え? なにそれ、どゆこと?

Y:わからんがなw おかしーやろ?

T:封筒に入れて保管してたのか?

Y:誰かに送ったらしいで!

T:送る? 誰に? テオにか。

Y:噂ではな、女におくったらしいで。。

T:ええええ! ブリジットちゃんかいな!

Y:うん。たぶんな。。

T:うわあ、まじで。

Y:やばいやろ? いかれてるやろw


T:なんでだろうなあ? そういえば「UKIYOE」ってのがあったよな、ゴッホが興奮して教えてくれたじゃん。

Y:なにそれなにそれ。

T:なんか、東の方の絵なんだよ。トルコより遥か東の島で作ってるらしいぜ。あれの影響かねえ?

Y:まじで? どんな絵なんやろ。。

T:でね、ゴーギャンもその東の方に行く、みたいなこと言ってたよ。

Y:あいつら頭おかしいわ!

T:UKIYOE(ウキヨエ)って神を冒涜してるような絵なんだよ、これがまた。「UKIYOE脳」なんじゃね? ゴッホが耳切っちゃったのって。

Y:「UKIYOE脳」?? なんやろそれ、気になるな。。で、ジュネ君、、おまえそこ行くん?

T:うーん、興味あるけど、ちょっと怖いなあ。私はフランクフルトでのんびり絵を描くよ。

Y:俺はいくわ!

T:えええええ!

Y:お前はあかん!


T:えええええ! そ、そういえば、最近のゴッホの絵ってどうなってるの?

Y:きもいで。

T:そうなの?

Y:いや、見たことないw あれはただのアホやからそうにきまってる。

T:ゴッホって今は、サン・レミってところにいるらしいよ。サン・レミってどこ?

Y:知らんがな!

T:サン・レミ行ってみようぜ。

Y:だから僕は東に行くって言ってるやないか!

T:そうかあ、残念だなあ。マスター、モツ煮一つ〜、あとホッピー白で。

Y:だからここはパリやっちゅうねん!!

【没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった】
< http://www.nact.jp/exhibition_special/2010/gogh/index.html >
会場:国立新美術館(東京・六本木)
会期:2010年10月1日(金)〜12月20日(月)
開館時間:10:00〜18:00 金曜日は20時まで ※入場は閉館の30分前まで
休館日:火曜日 ※11月23日(火・祝)は開館、翌24日(水)休館
観覧料当日券:1,500円(一般)、1,200円(大学生)、800円(高校生)

【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/芸術働者宣言からベーシックインカム
へ】
渾身の思いで書きました。『芸術労働者宣言』
< https://docs.google.com/document/edit?id=1A0Tf87in_GANG_WsChJRbo50u9zVYKO3Rx0ZCgJowpI&hl=ja >
これは恋文です。『Art(ist)とベーシックインカム』
(前編)
< http://bijp.net/site01/mailnews/article/220 >
(後編)
< http://bijp.net/site01/mailnews/article/221 >
『シラフで再考「ベーシックインカム」』(デジクリ2009年6月10日)
< http://bn.dgcr.com/archives/20090610140500.html >

take.junichiro@gmail.com
twitter < http://twitter.com/Take_J >
Take Junichiro Art works
< http://take-junichiro.tumblr.com/ >
246 表現者会議
< http://kaigi246.exblog.jp/ >

【山根康弘(やまね やすひろ)/いまめっちゃ幸せかも。なんにもないしたくさんある】
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最近放置。twitter < http://twitter.com/swamp_jp >
SWAMP PUBLICATION
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