ショート・ストーリーのKUNI[89]支配/ヤマシタクニコ

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西暦21××年。トーキョーのある小学校では3時間目の授業が行われている。今日は授業参観でもある。ホワイトボードには日本地図がかけられているが、特に地理の時間というわけではなく、総合学習みたいなものだ。

「ほなこないだの復習からいこか。ヨシダくん、ここは何というところやったかな」
「はい、オーサカです!」
「そや。ほな、ここは。トミヤマくん」
「はい、キョートです!」
「正解。ほなここは。ミヤモトさん」
「はい、コーベです!」
「正解。みんなよう覚えてるねー」
「先生!」
「なんや、ミヤケくん」

「そんなん覚えてもむだとちゃうん。どうせ地名なくなるんやろ」
「そや。ぼくもお父ちゃんから聞いた。日本中みんな記号と番号になるんやて」
「わたしも聞いた。トーキョーからの距離とか方角、人口密度なんかによって決めるんやて」
「しやから、元のオーサカはHの7から15、元のコーベがHの1から6やねん。元のキョートがGの...」

教室はざわざわし始めた。

「みんなよう知ってるなあ。そうそう。オーサカとかキョートとかゆうても、どこも似たような街やからな。どこ行っても同じような店があるし、同じようなものを売ってて、同じようなものが食べられる。言葉もおんなじや。しやからわざわざ地名つけることないんちゃうかという考えが出てきて、こないだの国会で決まったんや。しやけど、まあいちおう覚えておいてもええんちゃうかな。もちろん、ここは元々トーキョーやから、ずっとこのままやで」



「先生!」
「なんや、マツムラくん」
「その地図の、オーサカのそばの、海に史跡のマークがあるのは何ですか?」
「ああ、これか。えっと...これはカンクウ跡や」
「カンクウ?」
「うん。むかしここに空港があったんや」
「空港?」

「うん。しやけど、無理矢理海を埋め立てて造ったもんで、だんだん地盤沈下で沈んで、なくなってしもたんや」
「えーっ」
「かっこわるー!」
「あほちゃうん!」
「いまは海上に旗が一本立ってるだけや。とゆうても、先生もよう知らん。昔の話やからな」
「ふーん」
「ふーん」

「ところで、さっき言葉のことが出たことやし、言葉の歴史について、ちょっと話しておこか。いま、こないして先生やみんながしゃべってる言葉はなんていうんやった、ニシダくん」
「はい、標準語です!」
「そうそう。標準語であるし、事実上、日本語といえばこの言葉を指すといってもいい。最近は外国でも日本語の一部が通用するようになってるんやで」
「知ってる!『あかん』とか『えらいこっちゃ』とかやろ」
「こないだニュースでロシアの大統領が『北方領土、カナンナ!』て言うてはったで」

「よう知ってるな、ササキくん。言葉が広く認識されるのは国力が強まってきたということでええことや。それに、いまや日本語は言葉それ自体としても注目されてる。使いやすい、楽しい言葉やとゆうてな。先進国サミットでも、会議の席で必ずひとつはギャグをかましたり、ずっこけたりするんがマナーと言われるようになった。これも日本語の影響や。で、この標準語はもともとはトーキョーの言葉やった。むかしはトーキョーでしか使われてなかった」
「え、ほんま?!」
「トーキョー以外の地方の人はどないしてたん?」
「言葉なかったんか」

爆笑が起こった。先生は手で制して

「そんなこと言うたらトーキョー以外の街の人に失礼やろ。言葉がなかったわけやないけど、単にトーキョーの言葉がユーモアもあって表現力豊かやったから、だんだん認められて、標準語になったということや」
「いやー、ほんまにトーキョー以外は言葉がなかったんちゃうか、むかしは」
「そうや、そうや。何にもなかったんや。田舎やもん。しやから、どこもトーキョーみたいになってるんやんか」
「おまえらあほやな。言葉がなかったらどやって会話すんねん」
「身ぶり手ぶりとか」
「うほっほ、うほっほ、おー、おー、とか」
「それやったらゴリラやん」

爆笑。
そのとき教室のうしろの参観席から一人の男が声を上げた。
「ええかげんにせえ!」
教室はしんと静まった。

「さっきから聞いてたら何やて。いまみんなが使ってる言葉がトーキョーの言葉やったて? あほぬかせ!! トーキョー以外は言葉がなかったて? しばくぞ!!」
「これはこれは...えっと、失礼ですがどちらさまで」

教師はあくまでにこやかに、ていねいに声をかけた。

「名乗るほどのもんやない! もうじきHの7から15になる街のもんや。失われた歴史研究会のメンバーでもある」
「といますと、オーサカ、の方ですか。何かその、授業に気に入らないことでも......」
「いまみんなが使てる言葉はトーキョーやのうてオーサカのもんや。うそ教えんな!」

教室はざわめいた。教師はあわてて

「いいえ、トーキョーの言葉です。本来はトーキョーだけで通用していた言葉でしたが、20世紀末から21世紀にかけてあらゆる面でトーキョーの文化が全国に広まりました。言葉もそのひとつでした。トーキョー出身の芸能人がはやらせたと言われております」
「違う、オーサカの言葉やったんや!」
「言語学の世界でも常識となっております」

「何が常識や。オーサカの言葉やったんや。なんぼ政府がねじ曲げた歴史を広めようとしてもあかん」
「滅びつつあるオーサカの人間としてのお気持ちはわかりますが」
「なんやと!」
「もちろん、私自身はオーサカに元々言葉がなかったなどとは思てません。それはあまりにも失礼です。方言が確かにありました」

教師はそういいながら教材をいつも入れている引き出しを開け、小さな四角い
機器を取りだした。そして「方言資料」とメモが書かれたメディアを挿入し、
スイッチを押すとホワイトボードに映像が映し出された。古いドラマの一場面
のようだ。どこかの家庭の朝の風景といったようす。

「...あなた、おみおつけができましてよ」
「うむ」
「今日は何時に帰ってらっしゃるの」
「今日は遅くなる。先にやすんでいてくれたまえ」
「わかりました。最近、あなたって......」

雑音が入り、画面が乱れて場面が変わる。

「...こちらにおわすお方をどなたと心得る! おそれおおくも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ! 頭が高い! 控えおろう」

データが劣化しているのか音声ははっきりしないが、かろうじてそれだけ聞こ
えた。教師はスイッチを切り
「断片的なものしか残ってませんが、これがむかしのオーサカの方言を使ったドラマと言われています」
「なんか変な言葉〜」
「意味わかれへん」
「かっこわる!」

子ども達は口々に言った。
失われた歴史研究会のメンバーだという男は唇をふるわせ
「よ、ようそんな嘘がいえるな! どこがオーサカの方言じゃ! こんなもん
......こんなもん、オーサカ弁とちゃうわ!」
「ちゃわん」
「『ちゃう』の否定形は『ちゃわん』とちゃう! 変な言葉使うな!」

「嘘とちゃいます。これがオーサカの言葉です。だいたいあなたも私もまだ生まれてないころの話やないですか。21世紀半ば、二度の大きな戦争で資料もほとんど失われた。それからさらに年月が経ってます。証拠もないくせに何ゆうてまんねん。あほなこと言いなはんな」

男は教師の胸ぐらをつかんだ。

「資料は残るとこには残ってるんじゃ。公にでけへんだけや! だだ、だいたい、さっきから聞いとったら気分悪いわ、『ちゃわん』だけやない、おまえのアクセント。『よう知ってるなあ』というときは『し』を、『ちゃいます』というときは『い』を一番高う発音する。なんじゃそら。けったいなオーサカ弁広めるな!」
「オーサカ弁ではありません。標準語です」
「元はオーサカ弁や。正しいオーサカ弁の発音せえっ!」

教師はにやりと笑って言った。

「そんな些末なことにこだわっていたから、オーサカは滅びたのです」

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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