[2955] 書店員たちの憂鬱な日々

投稿:  著者:  読了時間:34分(本文:約16,600文字)


《受験生の皆さんはよ〜く覚えておくように》

■映画と夜と音楽と... [485]
 書店員たちの憂鬱な日々
 十河 進

■ところのほんとのところ[47]
 個展【上海1秒】無事(!?)オープン
 所幸則 Tokoro Yukinori

■歌う田舎者[17]
 わたしの初体験
 もみのこゆきと



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■映画と夜と音楽と... [485]
書店員たちの憂鬱な日々

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20101112140300.html >
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〈恋におちて/ユー・ガット・メール/ノッティングヒルの恋人/新宿泥棒日記〉

●当然のことだが見た映画の数より読んだ本の数の方が多い

僕が育った家には、本というものがなかった。両親が本を読んでいるのを見た記憶はない。それなのに、どうして僕は本好きになったのだろう。このコラムのタイトルを「映画と本と音楽と...」にしたいと柴田編集長に言って、「当たり前過ぎる」と却下されたのだが、映画と本と音楽が僕という人間を作った三要素であるのは間違いない。当然のことだが、見た映画の数より読んだ本の数の方が多い。

まだ字を習っていない頃、僕は田舎の祖母の家に転がっていた漫画本をすらすらと読んだという。周りの大人が「この子は凄い」と驚くのがうれしく誇らしくて、得意になって漫画の吹き出しを読んでいたのは、自分でもかすかに記憶している。やがて小学校に入り、低学年の頃から僕は図書室に入り浸るようになった。

その当時は、何でも読んだ。地理の本でも、理科の本でも、偉人伝でも、子供向けに出されたシャーロック・ホームズものでも、本であれば片っ端から読んだ。七、八歳の頃だと思うが、黒岩涙香が翻案した「鉄仮面」をクリスマスプレゼントでもらい、繰り返し読んだ。その頃から物語の世界に浸り始めたのだろう。友だちの家にあった講談社版少年少女文学全集を一冊ずつ借りて読んだ。

中学生になり、少ない小遣いを工面して本を買い始めた。読み終わると高松ブックセンター(他の古書店はなかった)へ売りにいき、また読みたい本を買った。その頃は、中学生でも古本屋は買ってくれたのだ。高校生になると市内の丸亀町にある宮武書店と宮脇書店を覗き、タマルレコード店と日本楽器でレコードを見て、最後に田町にあった高松ブックセンターに寄って帰るのが日課のようになった。

だから、書店や古書店とは50年付き合っている。あの本はどこの書店で買ったなあ、と今でも思い出すことができる。もちろん、思い出深い本だけだが、それでも買ったときのこと、その時の書店の棚さえ甦ることがある。記憶に残る書店もいろいろある。有名な新宿の紀伊國屋書店に初めて入ったときのことは、今でも鮮明だ。日本橋丸善に最初に入ったときの興奮だって思い出せる。

結婚して棲んだ阿佐ヶ谷にはダイヤ街やパール街にも書店があったけれど、南阿佐ヶ谷駅前にある「書源」の棚は、今もビジュアルとして目の前に浮かび上がってくる。狭いスペースに天井までびっしり本が詰まっていた。「なんでこんな本を置いてあるんだよう」と、僕はうれしくてじっと棚を眺めていた。

「書源」は、僕が初めて書店員の人に声を掛けた書店でもあった。僕が作っていた月刊誌「小型映画」にライバル誌の「8ミリマガジン」が創刊された頃のことである。僕は最新号が出るたび、「書源」にいって二誌の配本部数と売れた部数を訊いた。書店の人には「お休みの日に大変ですねえ」とねぎらわれた。

「書源」の店頭で「本の雑誌」という見慣れない小冊子が並んでいるのを見たのは、もう30年以上昔のことだ。それからしばらくして「さらば国分寺書店のオババ」で編集長の椎名誠さんが有名になり、「本の雑誌」もメジャーになるのだが、それ以前に名もないミニコミ誌を店頭に平積みする心の広さが「書源」にはあった。

書店の個性を教えてくれたのが、南阿佐ヶ谷の「書源」だった。その後、僕は書店営業を担当し始めた大学時代からの友人Tによって、様々な書店関係者を知ることになるのだが、彼らがみんな大の本好きであることに感心した。本が好きで好きで...、彼らは書店員になったのだ。僕は今まで多くの出版社の人たちや編集者に会ったけれど、書店員の人たちほどの本好きには会わなかった。悲しいことに、本を読まない編集者にはイヤになるほど会った。

●書店員の本当の心は知らないできたのだと思い知らされた

まさか、その本を読んでいて何度も涙を流すことになろうとは思わなかった。「傷だらけの店長 それでもやらねばならない」(PARCO出版)は、新聞の書評で取り上げられていたので読み始めた本だった。僕も出版業界で35年以上、メシを食ってきた人間だ。書店についてはそれなりに知っているつもりだったけれど、書店員の本当の心は知らないできたのだと思い知らされた。

それは「新文化」という出版業界向けの新聞に連載されたコラムを元にまとめられた本だった。伊達雅彦というのは、間違いなくペンネームだ。業界や会社のことを本音で書いているので、正体を明らかにしては書けないのである。そこには、20年書店員として働いてきた著者の嘆きや悲しみや辛さや怒りが赤裸々に綴られているのだが、同時に書店員であることの誇りや喜びや本への愛に充ち、読み続けているうちに涙ぐんでしまったのだ。

本好きの著者は大学時代に書店でアルバイトを始め、そのままその書店チェーンに就職する。若い頃の著者は書店業界を改革する志を持ち、自分の理想の棚を作ることを夢見、開店する前夜に書店の床に頬をすり寄せるような情熱にあふれている。しかし、20年の経験と現実の壁、売上げ至上主義の本社の方針、万引きや酔っぱらった客など、日々起こるトラブルで神経をすり減らし、まさに「傷だらけ」になっている。

駅前に巨大な書店チェーンが進出する。その開店の日、売上げは通常の半分に落ち、その後も影響は続く。著者は様々な対策を提案し、悪戦苦闘する。しかし、売上げの落ち込みは続き、不採算店として本社は閉店を決める。閉店へ向けての日々が始まる。彼は自分も辞職することを決意している。駅前に進出した大手書店の店長は業界でも有名な人物で、彼は一度会食し、その人柄に惹かれる。その店長から「うちにきませんか」と誘われるも、「お気持ちだけいただいておきます」と答える。

やがて、閉店。彼は、それをきっかけに書店業界から足を洗うことを決心するが、ハローワークに通いながらも、あちこちの書店を見てまわることがやめられない。ある日、彼は少し前に出たある本が欲しくて、在庫を期待をせずに駅前の普通の品揃えしかしていない本屋を覗く。ところが、その本は棚にある。「よくぞまあ、こんな本を在庫していてくれた」と彼は感激する。

                   ★

そう、私はこの喜びや楽しさを、書店員として客に提供していきたかった。
探していた本を見つけたときの喜び。
意外な本にであう楽しさ。
客がそれをかなえる空間を創り上げることのみを夢見て、書店員を続けていた。
給料が安くても、理不尽で辛いことがあっても、それがあるから仕事を続ける
ことができたのだ。     ──「志を捨てられない、すべての書店員へ」

                   ★

どんな世界にも、理想や夢を阻む現実がある。若い頃の志は長い年月ですり減り、現実の前に消えようとする。利益が出なければ、商売は成立しない。それは、すべての仕事で同じだ。だが、大昔に北方謙三さんが書いたように、どんな仕事にも「誇りってやつ」が必要なのだ。そして、最も仕事への誇りを感じるのは、自分がやっていることが「誰かのためになっている」と実感できたときである。そのとき、人はどんなに辛いことも、理不尽なことも忘れることができるのだと思う。

●映画で書店や図書館のシーンが出てくると身を乗り出す

本好きが昂じて、僕は映画で書店や図書館のシーンが出てくると、ちょっと身を乗り出すところがある。たとえば、書店のシーンが有名なのは、「恋におちて」(1984年)である。ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープという演技派のふたりが、既婚者同士の大人の恋を見せてくれる作品だ。その冒頭、ふたりが出逢うのがニューヨーク五番街の書店だった。

その書店の新刊書籍を並べているらしい平台が、映画を見ていて僕は気になった。アメリカではクリスマスに本を送るのは一般的らしくて、ふたりはそれぞれの家族へのプレゼントを買うためにその書店に入るのだが、クリスマス用にデコレーションされた店内の華やかさが何となく日本の書店にはない雰囲気で、印象に残ったのかもしれない。それに、あまり客がいなくて、ゆっくり本が探せそうだった。

ニューヨークの大型書店は、「ユー・ガット・メール」(1998年)でも見られる。巨大書店チェーンの経営者がトム・ハンクスで、その近くに専門書店を開いているのが本好きのメグ・ライアン。このふたりがネットで知り合いメル友になり次第に好意を持つのだが、現実の世界では商売敵であることを知らず...、といったストーリーである。

トム・ハンクスが開店した大型書店は大きなビルのフロアーごとに本のジャンルが分けられているらしく、また子供たちを遊ばせるスペースがあったり、コーヒーを飲みながら本が読めたりできるようにしてあったと思う。後に、ジュンク堂が池袋にそんなスペースのある大型書店を開店したとき、僕は「ユー・ガット・メール」からヒントを得たんじゃないかと思ったが、たぶんニューヨークあたりには現実にそんな書店があるのだろう。

メグ・ライアンは専門書店(文学書や人文書だったかな?)を開いていたが、欧米にはそんな形態の書店が多いのだろうか。「ノッティングヒルの恋人」(1999年)の主人公(ヒュー・グラント)は、ロンドン近くのノッティングヒルという街で旅関係の書籍を置いてある専門書店を営んでいる。ある日、ハリウッドスター(ジュリア・ロバーツ)が店に現れ、いろんないきさつからふたりは恋に落ちる。

僕は、あまり客が入っていなさそうなヒュー・グラントの書店が気に入って、あんな本屋をやりながら穏やかに暮らしたいと思ったものだ。日本だと専門分野を持つ古書店の雰囲気である。たとえば、神田の矢口書店なんかは映画演劇関係の古書を専門に扱っていて、僕の憧れの古書店である。僕が死んだら映画関係の本は、まとめて矢口書店に送るようにカミサンには指示してある。

映画の中の書店を最初に意識したのは、「新宿泥棒日記」(1969年)だった。冒頭、横尾忠則演じる青年が新宿紀伊国屋で万引きをし、書店員(横山リエ)に階段の途中で肩をつかまれる。突然、紅テントの役者たちが新宿西口駅前に走ってきて、「昭和元禄美少年、唐十郎の奥を見せてやろうか」と言いながら逆立ちするシーンが挿入されたりして、ストーリーはとても要約できない大島渚作品なのだけど、高校生の僕は「あれが新宿紀伊国屋かあ」とまだ見ぬ書店に憧れたものだった。

●書店員の覆面座談会に出席するような業界の有名人たちだった

大学時代からの友人Tは「書店営業はおれの天職だ」というくらい、その仕事にはまり、多くの書店の人たちと仲良くなった。彼が結婚したとき、東京の主だった書店の店長さんたち二十数名が発起人になってパーティを開いてくれた。僕もその場に参加し、何人かの店長さんと知り合いになった。彼らは「本の雑誌」で書店員の覆面座談会に出席するような業界の有名人たちだった。

そんなひとりに、四谷文鳥堂の店長さんがいた。四谷文鳥堂はビルの一階にある非常に小さな書店だったが、棚を見ているだけで飽きない独特の品揃えをしていた。その時代を象徴する棚になっていたと思う。あの棚の写真を撮っておいたら、今頃は貴重な文化資料になっていただろう。

その棚について、具体的に説明せよ、と言われたらちょっと困るけど、「書源」についで書店の個性を感じたのは四谷文鳥堂だった。「書源」もそんなに大きな書店ではなかったが、もっと狭いスペースの四谷文鳥堂は店長ひとりの個性で作った棚、という印象だった。人の部屋にいくと必ず書棚を見る人がいるし、僕自身がそうなのだけど、そんな個人の書棚を見ている感じがあり、その頃、定期的に四谷にいく用事があったので、僕はよく顔を出して棚を眺めたものだった。

最もよく話をしたのは、やはり会社の近くにあった飯田橋書店店長のAさんだった。会社の近くに本屋がなくて不便をしていたのだが、入社して数年後に飯田橋書店が開店し、僕は毎日のようにそこを覗いた。しかし、Aさんと話すようになったのは、Tと飯田橋書店で待ち合わせをしたときだった。Tは開店して間もないのに、すでにAさんとは親しくなっていて、軽口をたたき合う間柄だった。

大学時代に某セクトに所属し、いろいろ大変な目に遭ったということもTは聞き出しており、Aさんとは初対面の僕にTはそんな話をした。Tの大学からの友人だということで、Aさんにはずいぶん親しくしてもらったし、高い本を割引で売ってもらったりした。書店の裏を見せてもらったこともある。仕事帰りに覗くと、Aさんはよくスリップの整理をしていた。

Aさんの前には講談社や小学館など大手出版社から書店向けに送られてきたポスターが貼ってあり、報奨金が提示されていたりした。大手出版社は、特定の書籍を売ると報奨金を出すことがあり、書店はそれらの本に力を入れる。「傷だらけの店長」でも報奨金制度の記述があり、「売りたくもない本を売らされ、売れ残った分を自分で買った」体験が綴られていた。

出版社には勤めていたが、流通や書店の現場をまったく知らなかった僕は、Aさんの話はずいぶん勉強になった。僕が酔って「編集者がナンボのもんじゃ」などとくだを巻き始めるのは、その頃のことである。編集者は自分が作った本の見本ができると、そこで終わってしまう。売れると思って作った本だから、売れるかどうかは気にしない。「売れていない」と営業部に言われても、実感が湧かない。だから書店の現場を知れば知るほど、僕は己の編集者としての甘さが許せなくなった。

その後、Aさんはパソコン雑誌の版元だったソフトバンクに転職した。「やっぱり、版元の方がいいですか...」と訊いた僕に、Aさんは沈んだ顔をした。そのとき、僕は自分がした質問を悔やんだ。Aさんの表情から僕は、書店から版元に移る後ろめたさのようなものを感じたのだ。書店より版元の方が勤務条件もいいし、賃金だって段違いだろう。しかし、Aさんは書店が好きだった。できることなら、そこにいたかったに違いない。

あれから20数年の時間が風のように消えてゆき、ソフトバンクは巨大企業になった。その長い時間の間に飯田橋書店は売り場を二階フロアーにも拡大したが、やがてオーナーが閉店を決め(その辺の事情は閉店のときの店長さんに聞いた)、僕の会社の周辺から書店が消滅した。街から小さな書店が消えていく。しかし、書店の思い出は消えない。たとえば店員さんの目を気にして、エッチな本を裏返してレジに出していた少年の姿を僕は懐かしく思い出す。何だか人間的で、ほのぼのとした思い出だ。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >
とうとう50代最後の年齢になりました。残り365日。還暦というのは、暦がひとまわりして元に還ることだから、後一年すると何もかもリスタートできるのだろうか。再起動しようと思ったら、起動せずにそのままブラックアウト...ということだってあると思うけど...。

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■ところのほんとのところ[47]
個展【上海1秒】無事(!?)オープン

所幸則 Tokoro Yukinori
< http://bn.dgcr.com/archives/20101112140200.html >
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今年は半分近く海外で過ごしていたような気がするけれど、よく調べてみると3割前後、そんなものだった。外国にいることによるストレスで長く感じていたのか、いつもの渋谷にいるときよりモントリオールやNYや上海の方が印象が強いとか、リラックスできないからというのもあるんだろうか。やっぱり日本が一番であるとしみじみ思う。

とかいいながらも、11月4日から上海に行き、個展の会場であるepSITE Epson Imaging Gallery(中国上海莫干山路50号7号楼106室)の設営を見届けなければならない。

今回の個展は、去年写真雑誌の編集長の石田さんに上海に連れて来てもらって、撮影してみたところから話が始まった。上海のepSITEはあまりメーカーのギャラリーという印象も薄いし、M50(莫干山路50号)というアート村のような所にあるので、アート好きが集まるという話を北京のエプソンの川島さんから聞いていた。行ってみたらとてもいい場所だったので、当時の上海epSITEの館長の王さんに作品を見せたところ即個展が決まった。

随分たくさんの人の力を借りて決まったこの個展。さあ作品も揃ったしいよいよやるぞ、というところであの尖閣の漁船衝突があって、日中間の政治的問題や中国の国内情勢も急展開。できれば個展を止める方向に、という力が動いたこともあったのは事実。

個人なんてちっぽけなものだなーと痛切に感じた。それでもなんとかいろいろな難題を乗り越えて、個展開催にこぎつけたようなので、[ところ]は4日に上海の虹橋空港に到着。税関とか検査とか、この時期は日本人にたいして凄く厳しいのかなーと少なからず危惧していた。今回、渋谷のオリジナルプリントを13枚ほど持ち込んでいたので、スーツケースを開けていろいろ言われたらどうしよう、などと不安だった。

友人へのプレゼントとか、言い訳しようかなとか思ってたけど、事細かに調べられれば、個展やることも作品の値段もわかるだろう。関税33%取られた人の話も聞いたことあるし、小心者の[ところ]としてはビビるビビる。税関の出口に大きなX線の調査マシンが用意してあるし、あーやだなあとか思っていたら、そのまま外に出てよいとの指示。でかい荷物を大量に持ってる人とか、怪しそうな人だけ再度調べられるようで、ほっとした[ところ]でした。

さて、DMもできてないという話なので、ホテルに着いてすぐにoffice339の鳥本くんとギャラリーに向かう。個展の2日前の時点で、ポストカードもリーフレットもできていないというのは日本では考えられない。たぶん、ギリギリまで中止の可能性を考えていて遅らせたのだろう。開催中の展覧会会場には、次回の展示のDMが置いてあるのが普通だ。ミュージシャンまで日本から連れて来て、オープニングパーティをやるのに、これでは人が来ないじゃないか。かなり焦ったが、まあこれで挫けてたら個展なんかできない。

この日は会場で作品の設置スペースなどを決めるために行ったのだが、すでに出来ているはずの額縁がまだなかった(!)。しかも、会場の壁を塗りなおしている真っ最中だった(!)。結局、日本から持ってきたオリジナルプリントにサインをして、額装する業者に渡すだけで帰ることにした。

2日目の11月5日、13時にギャラリーに向かう。明日は13時に来てくれとギャラリー側の責任者に言われたからだが、行ってみると関係者は誰もいない。額縁はすべて揃っていて、それだけは安心した。しかし、中国語しかわからないギャラリーの関係者でもない人達と、黙々と液晶プロジェクターのセッティングをしている専門の業者がいるだけ。13時40分ぐらいに、やっとギャラリーのスタッフがコンビニ袋とか抱えて4人ほど入ってくるが、[ところ]のことは知らない顔して、自分たちだけスタッフルームに入っていく。ちょっと不思議。

14時前には鳥本くんも来て、額縁の並べ方を決め始めることにした。だが、液晶プロジェクターの関係者の道具が散らかっていて、そっちのエリアには置くことができない。もうセッティングはほぼ終わっているようなので、14時半ぐらいになって、どかしてくれないかとギャラリーの責任者にお願いしてみる(この人だけ日本語が少し喋れる)。

しかし、20分ぐらいたっても進展がないので、すぐにどかすように言ってくれと催促すると、しばらく待ってくださいと言う。「私は13時から待っている。もう15時になる。あなたが13時に来てくれと言ったのですよ。あなたは13時にはいなかった。14時まで顔も見せなかった。私はもう充分待った。今すぐ行動してください」これぐらい主張して初めて相手は動く。国民性の違いだろう。

[ところ]が順番や配置を決め終わった額縁を、13時に来ていて何者かわからなかった人達が、光の出る水準器で壁に線を照射して額縁を設置し始めた。凄く手際がいい。始まるとものの30分足らずで43枚の額縁が壁にかかった。いい仕事だ。彼らもこれで帰れるし、よかったよかった。

途中で「私は空間デザインの勉強をしていますが、この一列に並んでいるパートを4枚セットのブロックにした方が面白いと思うのでやっていいか」と、いままでろくに寄ってこなかった女性が主張してくる。そのパートは[ところ]にとってとくに大事な「渋谷1second」の作品だった。

「この一連のシリーズは、始まりから終りまですべて考え抜かれた順に並んでいる。なにも変えることは許しません」と毅然として答えた。これで終わりだ。大陸の人達は、ただの素人レベルの思いつきでも堂々と主張してくる。対する我々も、しっかり意見を言わないと無茶苦茶にされる場合もあるから気を付けないと。

次の日がオープニングだった。前夜に無事到着した、友人のMystic Floor(近江賢介、深見真帆)によるDJイベントも好評だったようだし、作品を見たお客さんが何人も値段を聞いたり、質問をしてきたりと、忙しい初日になった。[ところ]も鳥本君もホッと一安心。結果としては会場も素晴らしいし、大判のプリントアウトも素晴らしい品質のものを飾れた。いろいろあったが、中国のギャラリースタッフにも大感謝の[ところ]である。

鳥本君について、少しばかり説明をしておきます。上海にギャラリーも持つOffice339は、現代アート中心のアートマネージメントをしている会社で、そこの代表が鳥本君です。[ところ]のアジアでのマネージメントもしてもらうことになりました。今回、個展のDMが一枚も送られていなくても、彼が顧客にメールでオープニングの招待状を送っていたので、なんとかお客さんも来たというわけです。彼がいなかったら、マスコミをはじめ誰にも知られることなく寂しいオープニングになったと思う[ところ]です。

打ち上げでは最高に素敵な夜景スポットに連れて行ってもらいました。
< http://tokoroyukinori.com/essay/ >

【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則 < http://tokoroyukinori.seesaa.net/ >
所幸則公式サイト  < http://tokoroyukinori.com/ >

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■歌う田舎者[17]
わたしの初体験

もみのこゆきと
< http://bn.dgcr.com/archives/20101112140100.html >
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かつて15歳の山口百恵は「青い果実」という歌で、♪あなたが望むなら私何をされてもいいわ♪と歌った。"何をされても"って何ですか? どう考えたって、あんなことやこんなことやそんなことですよね。Wikipediaにだって、この歌に続く「ひと夏の経験」も含め、「青い性路線」で山口百恵は絶大な人気を獲得したと書いてありますとも。

誰にも訪れる初体験。あなたの初体験はいかなるものだっただろう。今日は皆さまに、やっと訪れたわたしの初体験を告白しようと思う。

そう、なぜかわたしには、いつまでたっても初体験の日が来なかった。こんなことではオトナになれないと以前から気に病んでいたのだ。2010/3/12付けのデジクリに書いたではないか。アレっすよ、アレ。え? そんなの誰も覚えちゃいねぇって? 知らざぁコピーして聞かせやしょう。

◆参考:2010/3/12のデジクリ─────
ぼく、もみのこゆきとです。小学生です。ほんとうは性ふうぞく関連とくしゅえいぎょうのお店には、まだ行ったことがありません。...略...
1/22のGrowHairさんのコラムに、浅草ロック座というところが書いてあったので、しゅうがく旅行で東京に行くときに、一度見てみたいです。
◆─────

やっとそれを実現できる日がやってきたのだ。
......あの〜、その初体験って......もちろんストリップ劇場を初体験したお話ですとも! 何か文句でも?

ちなみに、わが薩摩藩にはストリップ劇場はない。かつては「東洋ショー」「国際ミュージック」という二大ストリップ劇場が存在した時代もあったのだが、20年以上前になくなってしまった。しかし、存在していたとしても地元でそんなところに行けようか。いや、行けるはずがない。ここ、反語です。受験生の皆さんはよ〜く覚えておくように。

そんなところに並んでいるのを誰かに目撃されようものなら、田舎ではもう生きていけない。「もみのこんちの娘っこの話、聞いたか」「聞いた聞いた。なしてそったなとこにおらしたんかの」「嫁こ行げねぇ行かず後家は、かわいそんだな」「んだんだ」こりゃいったい何弁なんだ? と聞かれても、わたしだってわからないので深く追求しないように。

ここはやはり、花のお江戸に出かけるという絶好のチャンスに体験するしかないではないか。コブクロだって、ここにしか咲かない花を見に行こうと言っている。たとえそれがストリップであっても......言ってねーよ!

しかし、女一人でストリップなんて大丈夫なのか......事前リサーチということで、隔週金曜日にデジクリに現れるG/Hさん(仮名)にお伺いを立てたところ、「浅草ロック座なら、全然おかしいことないですよ、女性一人でも」「以前は、はとバスのコースに組み込まれていて、田舎の農家のおいちゃんおばちゃんがわさっと来るときがあったけど」との心強いお言葉を賜った。田舎の農家のおばちゃんが大丈夫なら、歌う田舎者のわたしだって大丈夫なはずだ。

ええぃ! 薩摩藩士に二言はなかとでごわす。三波春夫先生も歌っておられる。♪止めて下さるな妙心殿 落ちぶれ果てても もみのこは武士じゃ 女の散りぎわは知って居りもうす 行かねばならぬ、行かねばならぬのだ!♪......ちょっと違うがな。

清廉潔白清純無比なわたしとしては、このくらい御託を並べておけば、自らの行動を正当化できるのではないかと思う次第である。

そんなわけで、ストリップ初体験のために浅草を訪れたのであるが、薩摩藩ではいまいち役に立たないiPhoneも、お江戸ではバリバリ役に立つ。ちなみに先日など、鹿児島中央駅で、アンテナは5本立っているのに、電話しようとしたら『接続できません』などと言いやがり、iPhone片手に公衆電話から電話をかけるという素敵な体験をしたわたしは、「こんな携帯、捨てたるわ!」と叫びそうになったのだが、右も左もわからない花のお江戸で、わたしを浅草駅からロック座まで道案内してくれたのはiPhoneのマップ機能だった。やはり捨てなくて良かったかもしれない。

15時15分から始まる二回目公演の30分前にロック座に着いたのだが、だが、だが......どーにも入る勇気が出ない。入口には「祝・団鬼六 小向美奈子さんへ」という花が飾られている。おぉぉ、団鬼六先生の花か! さすがは花のお江戸は違うわい。しかしのぅ、ロック座に入る客を遠くから見ていたのだが、女一人どころか、女複数という客も、男と一緒に来場する女もいやしねぇ。

勇気が出なかったら、お隣の浅草演芸ホールで落語でも見て帰ろうと思っていたところ、強風に吹き飛ばされた小向美奈子のパネルを直しに、ロック座の従業員らしき小太りのおじちゃんが現れた。いかにも、たまたま通りかかっただけの通行人を装って尋ねてみる。

「あの〜、すいません」
「はい?」
「こういうとこって、女性客っているもんですか?」
「あー、いますよ。たまにね」
「あ、そうすか。女性一人ってお客もいます?」
「あー、えぇ、たまにね」
「ふ〜ん」

入り口のボードに目をやると、一般入場料金7,000円と書いてある。
「あ、ちょっとちょっと。一般入場料金7,000円なんですか? 6,000円じゃないの?」
「あー、今回はねぇ、いつもの興行とはちょっと違うんで」

たまたま通りかかった清廉潔白清純無比な通行人が、なんで通常料金が6,000円だと知っているのか、そこは追求してはならない。想定外じゃねぇかと思いつつ、まじまじとボードを見ると、片隅に『女性入場料4,000円』と書いてあることを発見。

「あれ?女性割引ってあるんですか?」
「ありますよ。あとシルバー割引とか学生さん割引とかね。まぁ、これまで社会のために頑張ってくれた高齢者の皆さんには、ストリップ見て元気出して下さいよ〜とかね、そういうこと」

なるほど。高齢者の皆さんは、これまで散々金を落としてくれたんだろうし、学生さんたちは、これからストリップ劇場に金を落としてくれる見込み客だし。しかし、女性割引をしても、あまり将来の集客には繋がらない気がするのだが。

「ところで今回の興行がちょっと高いってのは、やっぱ小向さんみたいな知名度高い人とか、緊縛師の有名なおじちゃんが出てるってんで、人件費が高くついてるんですかね」
「まぁ、そんなとこですね」

たまたま通りかかった清廉潔白清純無比な通行人が、今回の公演には有名な緊縛師が出ていることをなんで知っているのか、そこは追求してはならない。ちなみに今回の公演は、「花と蛇3公開記念特別公演」である。「花と蛇」と言えば、谷ナオミに始まって杉本彩、今回の小向美奈子と、幾度となく映画化された、その世界の名作なのだ。

えぇい! 入ったれい! 従業員のおじちゃんとの会話で勢いをつけて「いや、わたしホントに通りすがりにちょっと寄ってみただけですから」などという雰囲気を意味もなく醸し出しつつ、一目散に階段を上ってチケット売り場に辿りついたわたしであるが、たまたま通りかかった清廉潔白清純無比な通行人のバッグの中に、WEBで印刷した1,000円割引券がなんで入っていたのか、そこは追求してはならない。しかしながら女性割引等の料金が適用されると、WEBの割引券は使えないので、受験生の皆さんはよ〜く覚えておくように。

チケット売り場の若いおにいちゃんに4,000円渡して劇場の中に入る。開演5分前だ。ブルーノート東京より小さめのハコだが、確認すると収容人員は145人であるらしい。なんだってブルーノート東京と比べるかっつーと、いつもなら、お江戸に出かける用事があるときは、ジャズのライブ鑑賞を常としているノーブルなわたしだから、なのである。

前方のステージから花道が客席に伸び、中央部に円形の小ステージがある。ほほぅ。宝塚歌劇の銀橋みたいな役割ですかね、コレ。お客を見渡すと、老若男々寄り集まっているのだが、意外と普通の人々だ。いや、わたしの妄想の中では、欲求不満を持てあました狼のようなギラギラした男ばかりかと思っていたのだ。一人だけ女性客を見つけたのだが、よくよく観察すると、このおねーちゃん、踊り子さん志願でOJT中なんじゃないか? という気がしなくもない、金髪ロングつけまつげ神盛りのうら若き女子である。ふっ......無関係な女の客はあっしだけかい、そうですかい。

そうこうしているうちに照明が落ちて開演だ。......いやいや、どんな淫靡な世界が繰り広げられることかと思ったら、やっぱり宝塚みたいなものじゃありませんか。踊り子さんが歌わないだけで。KARAの「ミスター」に合わせてヒップダンスを披露したり、「リベルタンゴ」でタンゴを踊ったり、男性の踊り子さんも一緒に力強い和太鼓の演奏があったり。

......しかし、しかしな、やっぱり宝塚ではない部分が......あたりめぇだな。花道から客席中央の円形ステージに出てきた踊り子さん、衣装を脱ぎつつヒモパンに手を伸ばした。はい? そこに手を伸ばして何をするんですか?

わたしの脳内メモリは、VB的に言うと、こういうことになっていたのである。
─────
Dim St1 As String
Dim St2 As String
St1 = "浅草ロック座のストリップショー"
St2 = Replace(St1, "ストリップ", "トップレス")
─────

ストリップという文字は、わたしの脳内でトップレスという文字に置き換えられていたのだ。よって、踊り子さんがおっぱい出しても平常心だったのだが、ヒモパンに手をかけた時、初めてストリップの真実を知ったのである。いや、ホントだってば。つーか、お尻くらいは見せてくださるだろうが、そちらの方もあのよーにキッパリ見せてくださるとは思わなんだ。そして拍手喝采の鳴り場所も、そこなんである。男性の踊り子さんが「あ、おまえ、シロートじゃねぇな」ってな素晴らしいグラン・ジュテやピルエットを披露しても、哀しいかな、そんなところで拍手は沸き起こらない。女性の踊り子さんが見せて下さったときにだけ拍手喝采は起こるのである。

観客の方はどんな感じなんだ? と横目で観察していたが、かぶりつきでご覧になられていた殿方が、ちょっと身を乗り出していた程度で、皆さま終始穏やかにご覧になっておられた。そして御贔屓の踊り子さんが中央ステージから引くときに、花束や高級宝飾店のものと思しき水色の紙袋などを差し出したりもするのであった。

終演後、ロビーにいた従業員のにいちゃんに聞くと、通常は男性の踊り子さんはいないのだが、今回は特別にプロのダンサー3人に出演をお願いしているのだそうだ。ちなみに、男性の踊り子さんは脱がないので、受験生の皆さんはよ〜く覚えておくように。ついでに言えば、香盤表に名前が掲載されているきれいどころの踊り子さんは、皆さま円形ステージで全て脱いでおしまいになられたのだが、本公演のトップスターであらせられる小向美奈子嬢は、トップレスオンリーであったため、終演後の観客から「あな、口惜しや」の声がちらほらと聞かれた。

ストリップ初体験で、ひとつオトナになったわたし。知らなかった過去のわたしには、もう戻れない。「うちのサヤカちゃんたら、すごい大股開きで寝てるの。ほんと子供って体が柔らかいわよねー」などと言いながら赤子をあやす御近所の奥さまに、「ふっ......君たちは本当の大股開きを知っているのか」と呟き、トレンチコートの襟を立てる苦み走った女がいたら、それはわたしで間違いない。

※「青い果実」山口百恵
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※「ひと夏の経験」山口百恵
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※「ここにしか咲かない花」コブクロ
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※「大利根無常」三波春夫
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※「ミスター」KARA
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※「リベルタンゴ」
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp
働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。18歳未満の方々はロック座には入場できないので、受験生の皆さんはよ〜く覚えておくように。

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■編集後記(11/12)

・11月10日の衆議院予算委員会の集中審議。小泉進次郎の質問に対した仙菅は、時間稼ぎののらくら答弁を展開、逃げ口上の連発で防戦一方だったが、気になる一言。菅答弁で「本来は出るべきでない情報が、公の情報が、流通したことは大変遺憾であり」と言っている。NHKニュースでもテロップ入りで放送されたが、「公の」とは表立つこと、表ざた、なんだから、機密でもなんでもないことを、はからずも自ら言っているわいと嘲笑うしかない。まあ、公には政府の意味もあるから、そっちのことだと言い逃れされるだろう。首相は尖閣事件をめぐる政府の対応について「100点満点とは言わないが、冷静に対処したということで、私は歴史に堪える対応を現在もしていると思っている」とトンデモな答弁も。無為無策で歴史に残る外交失敗をやらかしいまも国益を著しく損ない続ける張本人が、恥知らずによくもまあ。前に仙谷総理w の中国様に対する敬語を非難したが、具体例が産経紙上にあったので拾っておく。「中国人民解放軍が日本を侵略なさいました」「中国は司法権の独立、政治・行政と司法の関係が近代化され、随分変わってきていると認識していたが、あまりお変わりになっていなかった」「14人と船がお帰りになれば、違った状況が開けてくるのではないか」「(中国海洋調査船が)周辺にいらっしゃることは確認している」。嗚呼、一刻も早く沈んでくれ仙菅ヤマト。(柴田)

・N氏より創業祝いのお花が届いたと連絡あり。ありがとうございます! しばらく事務所に行けていないので、早く生で見たい〜、香りを味わいたい。/イチローが、毎日カレーを食べるという番組を見て、毎日のコンディション統一のためには、栄養のあるものを、同じだけ食べないといけないんだなぁと勝手に考えていたのに、いまはカレーじゃないのだそうだ......。/iPad用会議アプリ「AirMeeting」。ネットに繋がっていなくても、ファイル共有や名刺交換、画面共有ができるらしい。いいじゃないかと思ったが、これ相手も使っていなかったら意味ないよね。企業のiPad導入にはずみがつく?/競合するSliverlight、FlashとHTML5は共存できるとの姿勢を、マイクロソフトとアドビがアピール。/スーパー。ステーキ用のお肉に3割引のシールがついていた。隣の人に先に取られたのだが、戻ってきたのでラッキーとばかりゲット。先に取られたのには理由があって、「ステーキ用牛肉(イチボ)国内産」と書かれてあって迷ったせい。「イチボ」って何? ステーキ用と書かれてあるから、まぁいっか、と帰宅して調理。これが肉汁が口の中に広がるわ、柔らかくて甘いわ、美味しいわで大満足。下手なステーキハウスのお肉より美味しい。で、「イチボ」を検索したら、お尻の下の方の柔らかい部分で、希少部位らしい。近所のスーパーで買ったぞ? 安かったぞ?(hammer.mule)
< http://blog.shueisha.net/sportiva/mlb/index.php?ID=58 >
イチロー衝撃発言! 「もうカレーは食べてない」
< http://www.airmeeting.jp/ja/ >
AirMeeting
< http://www.computerworld.jp/topics/move/189816.html >
HTML5に注ぐ「愛情」をそれぞれにアピール
< http://www.daidomon.com/words/ichibo.html >
イチボとは