[2960] 人を親密にし心を解放する音楽の力

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《アイドルって、大変だわ〜》

■映画と夜と音楽と... [486]
 人を親密にし心を解放する音楽の力
 十河 進

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■映画と夜と音楽と... [486]
人を親密にし心を解放する音楽の力

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20101119140200.html >
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〈グリーンカード/正義のゆくえ I.C.E特別捜査官/扉をたたく人〉

●開かれた移民の国アメリカは今どうなっているのか

アメリカは移民の国だ。しかし、不法移民問題もアメリカが抱える大きな問題でもある。労働ビザ(グリーンカード)を取得する難しさは、「グリーンカード」(1990年)でも描かれていた。独身者は入れない庭園付きのアパートメントを借りるためにヒロイン(アンディ・マクダウェル)は、グリーンカードがほしいフランス男(ジェラール・ドパルデュー)と偽装結婚する。

書類上の結婚であるはずが移民局の捜査が入るために、ふたりは一緒に暮らさなければならなくなる。僕はグリーンカードを取得するために、アメリカ国籍を持つ女性と偽装結婚をするという設定が最初はよく飲み込めなかったが、それを移民局がわざわざ調査にくるというので、アメリカではよくあることなのかと思った。観光ビザで入るのは簡単だが、労働ビザは簡単にはとれないようである。

そして、2001年9月11日以降、アメリカの移民問題は別の様相を見せ始めた。同時多発テロでビルに旅客機を衝突させたテロリストたち。彼らを見逃した捜査当局や移民局などへの世論が厳しいのかもしれない。9・11以降、アメリカへの入国審査は、かなり厳しくなったと聞いた。さらに、不法移民の取り締まりは厳密になり、強制退去も増えたという。

そんな状況を描いた映画を、ここ数年の間に二本見た。まったく異なるタイプの映画だが、そこに描かれた背景は共通している。一本はハリソン・フォードが主演した「正義のゆくえ I.C.E特別捜査官」(2009年)だ。監督自身が南アフリカからアメリカにやってきて、グリーンカードを取得した人だという。自らの体験を盛り込んで、シナリオを書いたのだろう。

一種の群像劇である。ハリソン・フォードが演じた移民局の捜査官マックス、レイ・リオッタはグリーンカード発行の権限を持つ判定官、その妻(アシュレイ・ジャッド)は人権派の弁護士で不法移民や難民を救済する活動をしている。彼女は、アフリカからやってきて母親を亡くし、難民や不法滞在者の収容施設に二年以上も入っている黒人の少女を養女にしようとする。

イギリスからやってきた歌手志望の若い男はグリーンカードを取得するために、ユダヤ人学校の教師として就職し、ユダヤ教については何も知らないのに付け焼き刃でラビの資格を取り永住権を取得しようとする。その恋人であるオーストラリアからやってきた駆け出し女優は、滞在延長の申請を却下され、グリーンカードほしさに判定官レイ・リオッタの愛人になる。

マックスの同僚ハミードの両親はイランを出てアメリカに移住し、プールのある大きな屋敷に住むほどの成功をおさめた。彼らは、近々アメリカに帰化することになっている。長男は移民局の捜査官、次男はエリートの弁護士である。彼らの悩みは厄介者の末娘だけだが、彼女だけはアメリカで生まれたためアメリカ国籍である。

一方、対照的に描かれる一家がいる。バングラデシュから移住してきたタクシー運転手の五人家族である。父と母は不法滞在であり、長女はバングラデシュ生まれ、長男と次女はアメリカ生まれだから国籍がある。彼らはイスラム教徒であり、長女のタズリマは学校でも布で頭を覆っている。それが生徒たちの揶揄の的になる。

ある日、タズリマは同時多発テロの犯人たちを擁護するようなニュアンスの作文を書き、教室で発表する。それを読んだ校長が不安を感じて、当局に通報する。一家の食事中に踏み込んできたFBI捜査官と移民局の担当者は、彼女の部屋からテロリスト支持の証拠を集め、彼女を収容施設に連行する。

タズリマの弁護士になったアシュレイ・ジャッドはFBIの捜査官と交渉するが、不法滞在の両親を見逃すからタズリマの強制退去を受け入れろと言われる。タズリマは、アメリカにとって危険人物と判定されたのだ。そこでも、9・11以降のアメリカのイントレランスな空気が反映されている。禁酒法が成立したり、赤狩りに走ったり、アメリカは極端に振れる国なのである。

●仕事と個人的な感情のせめぎ合いの中で優しさを保つ男

自分が従事している仕事に疑問を持つことは、どんな人にも起こりうることだと思う。絶対の確信を持って、自分の仕事を遂行できる人はうらやましい。もちろん、仕事に誇りを持つことは美しいし、大切なことだと思うけれど、人はどこかで「仕事だから...」と自分に言い聞かせながら、自分をムチ打つように仕事をすることもあるのではないか。

マックスは、長く移民局の捜査官として仕事をしてきた。しかし、彼は誠実で心優しいが故に、組織の中で軋轢を生んでしまう。不法移民を逮捕し移送してきた収容施設で、彼は健康が気になる老人が医師の診断を受けたかどうか、別の担当官に確認する。「そんなことは自分の管轄ではない」という相手に、マックスは苛立つ。彼は不法移民を取り締まってはいるが、彼らを同じ人間と見ている。彼らは法を犯しているが、犯罪者ではない。

マックスは移民局の捜査官であり、彼はアメリカという国家のために、その国家が定めた法律のために、身を挺して仕事に従事してきた。しかし、彼が人に優しくあろうとすると、ときに自らジレンマに陥る。ある工場を一斉捜査したとき、彼はメキシコ人の若い女性が隠れているのを見付け、必死に懇願する瞳の光に打たれ見逃そうとする。

しかし、そのとき現れた若い同僚が「見逃すのか、マックス」と彼を責める。マックスは仕方なく、そのメキシコ女性を逮捕する。その女性はスペイン語で「幼い息子がいるの。女性に預けてあって、お金を持っていかないと...。お願い」と懇願し、金と部屋の住所を書いたメモをマックスに渡そうとする。「無理だ」とマックスは金を返す。

しかし、収容された車の中から、女はすがるようにマックスを見つめる。その哀しそうな顔がマックスに焼き付く。若い同僚が「美人だな。電話番号でももらったか」と冷やかす。マックスはその男の前でメモを棄て、「若造が...」と忌々しそうにつぶやく。マックスが不法滞在の移民に手加減をしていることを、他の同僚たちは快く思っていない。それは、自らの仕事への批判になるからだ。

マックスは帰宅し、酒を飲んで寝ようとするが、眠れない。黒髪の美しいメキシコ女性の悲しみに充ちた声が甦る。懇願する瞳がちらつく。子供を思う母親の気持ちが痛いほど伝わってくる。やがて彼は起きあがり、深夜に棄てたメモを探しにいく。翌朝、仕事を休んでメモの住所の部屋を訪ね、女に金を払って子供を引き取る。

問い合わせると、女はすでにメキシコへ強制送還されていた。女の部屋で電話の通話記録から、メキシコにいる女の両親の住所を調べ、マックスは子供を連れていくが、両親は強制送還された女は子供が心配で再びアメリカへ向かったという。彼女のことが、のどに刺さった小さなトゲのようにマックスの心を疼かせる...。

「正義のゆくえ I.C.E特別捜査官」は、自らの職務に懐疑的にならざるを得ない心優しい捜査官マックスの存在が心に残る映画だった。老いたといってもよいハリソン・フォードの沈んだ顔が、映画を見終わった後も浮かんでくる。人にはそれぞれの人生があり、それぞれに事情があるのだ。それを国や法律が画一的に括ってしまうことの疑問が伝わる。余韻は深い。

●ここ数年で見た映画の中でも大切にしておきたい一本

「扉をたたく人」(2007年)は、僕がここ数年で見た映画の中でも、大切にしておきたい一本になった。主演のリチャード・ジェンキンスは長いキャリアを持つ人だが、長く脇役に甘んじていた。こういう名脇役はたいがい舞台出身だが、彼もそうであるらしい。しかし、映画デビューは「シルバラード」(1985年)だというから年季は入っている。

僕も、彼の顔は見覚えがあったけれど、名前は知らなかった。名前を憶えたのは「扉をたたく人」を見たからだ。彼は、この作品でアカデミー主演男優賞にノミネートされた。そのことも僕は知らなかったけれど、確かに名演技だと思う。もらえなかったのが不思議だ。映画が小品すぎたのか、9・11以降のアメリカを批判的に描いているのが支持されなかったのか。

しかし、60を迎えて初主演をオファーされ、アカデミー賞にノミネートされるというのは、いい話だ。「持続すること、持続すること」というのが、若い頃の僕の口癖だった。持続していれば何かが起こる可能性はある。「継続は力なり」かどうかはわからないけれど、少なくとも「持続する志」は失わずにいたいと、改めて思うような話である。

そのリチャード・ジェンキンスは、偏屈な大学教授ウォルターとして登場する。ピアノ教師だった妻を亡くした彼は、妻が残したピアノを弾こうと思い立ち、ピアノ教師を依頼するが、その偏狭さからすでに四人もの教師をクビにしている。新しくきた老婦人も、その教え方が気に入らず、「もうこなくていい」と言う。

大学では提出の遅れた学生のレポートは受け取らない偏狭さを示し、授業の概要は年度を修正して前年と同じものを出すような無気力な教師である。学部長がニューヨークでの学会の発表を依頼してきても、共著に名前を貸しただけだからと断る。しかし、断り切れず、久しぶりにニューヨークへ出かける。

ニューヨークに着いたウォルターは、自分のニューヨークのアパートにいく。しばらく使っていなかったのだが、そのアパートに入ると人がいる気配がある。バスルームのドアの下からは光が漏れている。ドアを開けると黒人の女性がバスタブにつかっていて、悲鳴を上げる。悲鳴を聞いて、男が飛び出してくる。アラブ系の若い男だ。

男はシリア系のタレクであり、恋人はセネガル出身のゼイナブである。彼らはだまされて家賃を払い、ウォルターのアパートに何ヶ月か住んでいたのだ。ゼイナブはタレクをなじり、タレクはウォルターに詫びて荷物を持って出ていく。彼らを見送ったウォルターだが、何かが気がかりで彼らを追い、途方に暮れる彼らの姿を見て、しばらく同居してもいいと告げる。

●踊り出すような軽快なリズムにウォルターは解放感を感じる

タレクはアフリカン・ドラム(ジャンベ)奏者である。タレクの練習を見て、ウォルターはそのリズムに魅せられる。ある夜、ウォルターはジャズ・クラブで演奏するタレクをゼイナブと一緒に聴きにいき、身体が自然と踊り出すような軽快なリズムにますます解放感を感じる。ある日、ウォルターはタレクのジャンベを叩いてみる。それを見たタレクは、彼に叩き方を教える。

教師と生徒の関係になったふたりは親密になり、アフリカン・ドラムのリズムが人種や偏見といった垣根を取り払う。しかし、ある日、ふたりで公園で練習するためにジャンベを担いで地下鉄に乗ろうとしたとき、タレクが私服警官に疑われ逮捕されてしまう。私服警官たちはタレクをテロリストのように扱い、「そこまでしなくても...」とウォルターは抗議するが、彼らは聞く耳を持たない。

タレクは不法滞在の移民だった。それが判明し、警察署から不法移民を収容する専用の拘置所に送られる。ウォルターはゼイナブにそのことを告げるが、ゼイナブも不法滞在者なので面会にもいけない。ウォルターはタレクのために弁護士を依頼し、ゼイナブの手紙を持って面会にいく。そこで、ウォルターが見たのは不法滞在の移民たちに対する、一方的で冷たいアメリカ政府の処置である。

ゼイナブは友人の部屋へ移るが、タレク釈放のためにウォルターは奔走する。リチャード・ジェンキンスは淡々とした、どちらかと言えば沈んだ表情を通し、あまり感情を顕わにしない。「弁護士を頼んだ」とゼイナブに告げたとき、「そんなお金なんて...」という彼女に、「いいんだ」と答えるひと言が観客の胸に響く。あの無気力で偏屈だった男が、初めてあった移民の青年のために、そこまでやるのかという熱い気持ちが伝わってくる。

ウォルターのアパートにアラブ系の中年女性が訪ねてくる。「息子を捜している」という彼女に「タレクのお母さん?」とウォルターは訊く。やはり不法滞在のため面会にいけない彼女を拘置所まで案内し、ウォルターだけがタレクに面会する。面会を待つウォルターの前で、アラブ系の男が移送された身内のいる場所を教えろと係官とやり合っている。

ウォルターは、彼らのやりとりをいつもの表情で見つめている。ウォルターは面会を待つ様々な人種の人たちを見渡す。そこには、何の感情もうかがえないのだが、彼が何かを強く感じていることが伝わる。まったく知らなかった世界だ。タレクと知り合わなければ、そんな世界に関心を持つこともなかっただろう。経済的にも恵まれた白人の大学教授とは、縁のない遠い世界だ。

だが、ウォルターはタレクとは友人になり、その母親のモーナに深い愛情を抱く関係になった。そんな大切な人間を、アメリカという国家は不法滞在で国外退去させようとする。彼は、それを理不尽だと感じ始めるのだ。ある日、ウォルターの感情が爆発する。それまで静かで抑えた演技だっただけに、そのときのウォルターの感情の高まりが見る者の心にくっきりと刻み込まれる。

人は誰かを好きになることで、再び人生を生きようとする。愛妻を亡くし、人生を投げていた初老の男は、移民の青年と友情をはぐくみ、その母親を愛し、再び積極的に生きることを選んだのだ。そのウォルターの再生の物語の背景には、5拍子のアフリカン・ビートを刻むドラムの音が鳴り響いている。「扉をたたく人」を思い出すたびに、そのリズムが身体を揺らす。深い余韻が甦る。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >
この連載は12年目に入っています。20世紀末に始めたものが、もうすぐ2011年。来年3月には500回を迎える予定です。そのときどきの原稿に僕の気持ちの振れが出ていて、読み返すとその頃の感情が甦ります。そういう意味では、日々の記録になっているのかもしれません。

●306回〜446回のコラムをまとめた「映画がなければ生きていけない2007-2009」が新発売になりました。
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かわいいと 百遍言われ そうかしら──デザフェスでまた はっちゃける私

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< http://bn.dgcr.com/archives/20101119140100.html >
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人生のたいていの悩みはセーラー服を着ると吹っ飛んじゃう。悩んでるのが馬鹿馬鹿しくなってくるっちゅうか。一条の外光すら差さない暗いトンネルの中を歩むような閉塞的な日常にうんざりしてきたら、ばーんと自分を解放してみるのがいい。セーラー服は特効薬。脳内モルヒネがドバドバと分泌される。

11月6日(土)、7日(日)には東京ビッグサイト西ホールで「デザインフェスタ32」が開催された。プロ・アマ交えて約8,500人のアーティストが出展し、2日間の来場者数は5万4千人にのぼる。私のセーラー服姿は1万人ぐらいには見られたかな、という気がする。

今回は、三つ編みにしたヒゲに、リボンがついた。たいへん好評で、会期中ずっとモテモテ。1日に軽く100回ぐらいは「かわいい!」と声がかかった。恐ろしいもので、人間、100回言われると、すっかり暗示にかかるものらしい。私、女子高生。自分でも思ってたけど、やっぱりかわいいんだわ。認めてもらえてうれしいわん。ノリノリなのがポーズや表情に反映されて、5月のときよりは、だいぶん写真写りがよくなっているはずだ。時には「セーラー服、似合う」と言ってもらえたりもした。

片足をぴょこんと上げたりなんかしたもんだから、翌日は背筋が筋肉痛に。ちょっとした二日酔いの気分。酒、飲んでないんだけど。アイドルって、大変だわ〜。

●乙女喫茶でリボンをプレゼントされる

10月30日(土)には、池袋の乙女喫茶Cougarでハロウィーンパーティがあった。店長のアメフラシ氏の知り合い関係で店を借り切ってのイベントなので、一般のお客さんとかち合ってビビられるということはない。私はもちろん、いつもの制服で参加。

アメフラシ氏とは、'05年4月22日(金)に秋葉原のメイド居酒屋「ひよこ家」で知り合っている。仕事で外出した帰りに寄ったら、たまたま近くにいたお客どうしで意気投合したのである。翌々月の6月11日(土)には、アメフラシ氏の率いるチームに混ぜてもらい、サバゲを体験させてもらっている。

アメフラシ氏は、最近、自主制作映画に出演しているそうである。なんでも、頼まれて拳銃の構え方を指導しているうちに、出演してみてはどうかと監督さんから声がかかったとかで。その関係で、ハロウィーンパーティには企画・脚本担当の方も来ていた。中尾鼎(かなえ)さん。実は、Cougarでの内輪パーティは、前回9月23日(木)にあり、そのときにお会いしていた。今回は私の三つ編み用にと、リボンを持ってきてくれたのである。それを、ありがたくデザフェスでも活用させてもらった。11月24日(水)には映画のロケが予定されていて、そのときは私も写真を撮らせてもらえる話になっている。

11月24日(水)には映画のロケが予定されていて、そのときは私も写真を撮らせてもらえる話になっている。

●おバカなセーラー服老人

東京ビッグサイトの西ホールで「デザインフェスタ32」が開催されている間、東ホールでは、(株)リクルート主催の「リクナビ★LIVE」が開催されていた。臨海線の国際展示場駅から会場まで、リクルートスーツに身を固めた'12年卒業予定の学生たちがすごい数、ぞろぞろと向かっていた。スーツの背中の裾にバッテンの糸がついたままだったり。

コミケの光景を見慣れている私には、パラレルワールドに飛ばされたかのようなシュールな感覚だった。真面目そうな人の大集団がビッグサイトに向かってるって、なんだかコメディみたい。誰がどっちのイベントへ向かっているのか、一目で分かる。これを見たら、東ホールへおちょくりに行きたい気持ちがわいてきた。東の2階には、食事のできるお店が並んでいて、そこはイベントに無関係な人が行っても問題ないはずだ。

一様にダークグレーのスーツを着た若者の大集団の中にセーラー服を着たじいさんがぽつんと混ざり、平然とメシを食ってたら、そうとうシュールな光景になるに違いない。でも実は私も同類、ひとつの会社に勤めて23年目になる真面目なサラリーマンなのだ。その会社は1万人以上の従業員を擁し、年間の売り上げは1兆円を上回る。多くの学生が目指している姿かもしれないという皮肉。まったく、人生どこにどんな落とし穴が待ち受けているか、分かったもんじゃない。そんな説教をしてやりたい衝動が...。

まあ、なんとか思いとどまったけど。後でリクナビのウェブサイトで調べたら、やっぱ私の勤め先の人事のおじさんたちも来てるではないか。あぶねえ、あぶねえ。

さて、デザフェス会場のほうは、外国人が多かった。1割ぐらいか。出身国を聞いてみると、アメリカ、イギリス、スコットランド、フランス、ドイツ、イタリア、ニュージーランド、イスラエル、プエルトリコなど、多岐にわたっていた。ヒゲをダリのようにくるりと固めてる外国人がいた。"mustache wax"という商品があるそうで、日本では製造・販売していないので、海外から取り寄せているのだという。

私のヒゲ三つ編みも相当なインパクトだったようで、お互いに「負けた」、「負けた」と言い合ってしまった。また別のところでは"truly awesome"と声がかかった。直訳すれば「真に畏敬の念を起こさせる」、意訳すれば「まことにすばらしい」ということで、外国人にもウケがよかった。

西ホールの中央の吹き抜けの広場では、ステージが設けられ、かなり見応えのあるパフォーマンスが繰り広げられていたが、それとは別に、ほとんど路上パフォーマンスに近いノリで、自分のブースで小規模に歌ったり楽器演奏したりする人たちもいた。歌ってるオニイサンの近くを通りがかると、「おお、すごい!」とかなんとか、声をかけてくれた。

で、こっちは立ち止まり、踊るってほどでもないけど、リズムに合わせて軽くくねくね、ひょこひょこしてみた。そしたら、人が面白がっていっぱい集まってきた。みんな大笑いしてる。いい客寄せになったかと思ったが、肝心の本人が、笑って歌えない。「無理です」と敗北宣言。周囲、爆笑。あー、じゃましてごめんよー。

「パンツも女性用なのですか」と聞いてきた人がいた。いい質問だ。ついついサービス精神が出て、スカートの脇の裾を引き上げて、チラッと見せちゃった。いちおう紺のオーバーパンツを穿いて覆い隠しているけど、その下は、一日目はピンクの縞パン、二日目はピンクの小粒の水玉。どちらもコットン100%、前には小さなリボンがついていて、割と気に入ってる。確か、セシールの通販で買ったのだった。このときは一日目。ついでにオーバーパンツの裾も引き上げて、下の縞々をチラッと。「本格的ですねぇ」、「はい、がんばってます」。

●全部ひっくるめて壮大なアート作品

東京ビッグサイトというひとつのファシリティの東ホールと西ホールとで「リクナビ★LIVE」と「デザインフェスタ」とが同時開催されている、それ全部をひっくるめて壮大なアート作品のように見えてくる。まったく異質な2つの空間が、観念的には互いを否定しあっているようでありながら、現実の空間においては平和に共存している。

真面目で、型にはまって、お互いに牽制しあい、均質的で、元気のないニッポン。ノリノリで、型破りで、あらゆる方向へ発展的で、個性的で、とてつもないエネルギーが発露するニッポン。どっちも、ニッポン。

東への参加が目的だったが、ついでにということで、リクルートスーツのままデザフェスを見て回る人がけっこういた。その中には、かつて出展者としてデザフェスに参加したことがあるという人がいた。それなら逆の表敬訪問もアリだったか。西への参加者のアホなやつがセーラー服のまま東の2階で食事して帰ってきたりするのを思いとどまったことをもって、この壮大なアート作品は画竜点睛を欠いていたかもしれない。惜しいことをしたかも。

サラリーマンとは、コスプレ+お芝居なり。サラリーマンとしての天性の資質をもって任ずる人などいない。みんな場に合わせた保護色でわが身を守っているにすぎない。それは、趣味のサークルであれ、スポーツのチームであれ、同じことなのかもしれない。現代においては、住んでいる地域でコミュニティが形成されるのではなく、場所の制約を飛び越えて、目的別・関心別のコミュニティがたくさんできている。ネットでつながっていることもあれば、オフラインのイベントやクラブ活動で集まることもある。

人はたいてい複数のコミュニティに属し、それぞれで場の空気に合わせて自分の人格のごく一部だけを表出して、ひとつのキャラを演じる。異なる場では異なるキャラを演じる。演じられたそれぞれのキャラ間の人格的齟齬が指摘されることは、めったにない。情報のほとんどは、コミュニティ内で流通して完結し、壁を超えて複数のコミュニティに流れていくことが起きづらいからだ。

余談だが、結婚式は特別。「丸裸にされた気分だ」と言った新郎がいた。それぞれのコミュニティの仲間によるスピーチで、彼の演じてきたキャラのバラしあいが起きるのだ。それはさておき。

バラバラなコミュニティの総体として、現代社会がある。情報流通がセグメンテーション化されている。今回の東と西はそれを象徴し、模式化しているかのようだ。今後、情報流通のセグメンテーション化がますます進むのか、あるいは、どこかの時点で決壊が起きるのか。後者のような予感がするのだが、断言はできない。

●ベーシックインカムのこと、補足

前回、ベーシックインカムについて書きましたが、これについて、N様からメールでコメントを頂戴しました。ベーシックインカムの基本的な原則は、「最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で支給する」ことにあり、特に「無条件」であることが特徴のようです。

反対論者がその理由として提示する「フリーライド(タダ乗り)」の問題に対して納得の得られるような理論付けをするためには、「労働の義務を果たしてもらう方向へと結びつけられるような形の支援」が望ましく、「雇用創出策や職業トレーニングとセットになってなきゃならないか」と私は考えたのだが、それだと「無条件」ではなくなり、ベーシックインカムとは別の制度になってしまいそう、とのことでした。

な、なるほど。このあたり、勢いで書いてしまい、勉強不足のところがありました。どうもすみません。「ベーシックインカム=セーフティネットと誤解されている方が増えているみたいなので」とのことで、私がその誤解が広がるのに加担してはまずいので、取り上げました。そう言えば、去年の暮に山根さんちで忘年会があったとき、武さんがしきりに「福祉ではない」と強調するのをほとんど睡魔に負けながら、聞いてたっけ。

さて、それを踏まえた上で、あらためてベーシックインカムを考えてみると、賛成でも反対でもないような気がしてきた。斬新で思い切った考え方だという点では魅力を感じるけど、どうなるか分からなすぎて、恐くて実現には踏み切れないんじゃないかな〜、と。

最低限の生活は保障されるという安心感を土台にして、失敗を恐れずにいろんなことにチャレンジしていけるのはいいことだし、それによって産業が発展すれば、国の歳出を補って余りある歳入が見込まれるのかもしれないけど。でも、歳出は約束で、歳入は見込み、というのは、ちょっと危なっかしくないかな。タダ乗りされて、意欲の向上に結びつかなかったら、国が滅びるぞ。人生を自分で終わらすことができないから、自然に終わるのをただ待ってよう、という消極姿勢な人って、実は意外とたくさんいるんじゃないか、って気も。

......考え始めると際限なくなりそうなので、もう少し基礎的なところをちゃんと理解した上で、またこの話題に戻ってくるかもしれません。

●ご案内:銀座の画廊で人形の展示、ふたつ

前回も告知しましたが、人形作家の吉村眸さんの個展「the ivory gate」が銀座のGallery 156で開かれます。去年の12月に同じ画廊で人形作家10人の作品と私の撮った写真を展示する「臘月祭」を開催しましたが、それを見に来てくださったことで、吉村さんと知り合いました。案内状の写真は私が撮らせてもらっています。

吉村眸 人形彫刻展 the ivory gate
会期:2010年11月19日(金)〜11月28日(日)11:00〜19:00 最終日17:00
会場:Gallery 156(東京都中央区銀座1-5-6 福神ビルB1F)
< http://www.kino19.com >

さて、その「臘月祭」、今年もやります。「臘月祭010」。「臘月」とは12月のこと。なので必然的に開催時期は12月。去年以上に意欲的な姿勢で準備を進めています。統一コンセプトの下に、全体的な空間作りをしよう、と。そのコンセプトとは「発狂して変死した写真家の部屋が、そのまま廃墟になりました」。面白そうでしょう?

今週末20日(土)、21日(日)は北海道へ行って、青木萌さんの人形を撮ります。さ、さ、寒そう〜。がんばります。

臘月祭010 ドヲル&フォト エキシビション
会期:2010年12月13日(月)〜12月23日(木・祝)11:00〜19:00 会期中無休
会場:Gallery 156(東京都中央区銀座1-5-6 福神ビルB1F)
< http://www.kino19.com >
< http://www2s.biglobe.ne.jp/%7Emidoti/GrowHairDM01.jpg >
< http://www2s.biglobe.ne.jp/%7Emidoti/GrowHairDM02.jpg >

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp

カメコ。ネット通販の楽天市場に「コッペリア」というバレエグッズとルームウェアのお店があって、コットンネグリジェの「レイシースワン」がとてもいい。ネグリジェというより、白ワンピに近い。上品で清楚なかわいらしさに抗しきれず、けっこうなお値段したけど思い切って買っちゃったのが去年の9月。すごく気に入ってて、よく着て寝てる。

やはり綿100%のネグリジェで「フェアリー」という商品もあって、これもかわいい。ふわっとしてて。この商品には購入者からのレビューが3件寄せられているが、そのうちの1件は、30代の男性から。「自分用」にチェック入れてるし。「デザインが可愛くて購入を決めました」と。同じ病を感じる。これを載せちゃうショップも度量大きいわ〜。

で、今度はコットンパジャマの「スウィート」を購入。3色の中から、淡いピンクの。前回、スペースの関係で書けなかったのが、この話。私も負けじとレビューを書いてみた。載った載った、わーい!
< http://item.rakuten.co.jp/coppelia/10000122/ >

9月26日(日)には、人形作家・松本潤一さんの作品を原っぱで撮らせてもらいました。人形作家さんも、被写体の人形も、撮影者も男、という、割とめずらしいシチュエーション。写真は "Japanese Gay Art" のウェブサイトに掲載されています。見ると、ほんっっっとに男の子が好きなんだなぁ、というのがよく伝わってきます。撮影者のクレジットもありがたく入れてもらってますけど、残念ながら私はそっちのほうの趣味、ありません。
< http://www.japanesegayart.com/?p=1374 >

11月13日(土)は、APEC開催に伴う厳戒態勢の監視の目をかいくぐり、横浜の「港の見える丘公園」で八裕沙さんの人形をゲリラ撮影。APECって、パシフィコ横浜でやるとは知らなかったのだ。決して怪しい者ではありません。帰りがけ、「横浜人形の家」に立ち寄ろうと歩道橋を渡っていたら、下の道を白バイに先導されて大きな車が走り抜けて行きました。

横浜人形の家も、15:30ごろ着いたら、16:30までは一般入場できないとのこと。詳しくは教えてくれなかったけど、きっと会議の間、要人の奥様方が市内観光をしていて、ここにも立ち寄ったに違いない。

人形を撮ってる姿など、私が被写体の写真はこちら。
< http://picasaweb.google.com/Kebayashi/xUfqJL# >

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■編集後記(11/19)

・(2959号から続く)Bでは、死刑判決後閉廷の直前、裁判長が被告に対し「控訴を求めます」と述べた。裁判長が自ら下した判決に、控訴を促すとはなんたる自己矛盾か。判決に自信がない、つまり死刑判決の重みを自ら否定した、ということになる。こんな情けない裁判をやられたのでは、司法のへの信頼はなくなる。「自分たちだけの判断で死刑を確定させたくないという裁判員の意向を受けたものだったという可能性もある」「裁判員にとっては控訴審の存在が負担の軽減になる」という推測が、読売新聞にあった。じっさい、裁判員の男性が「自分が何か言えるとすれば、『控訴してください』という言葉になるだろう」と会見で語っていた。本末転倒もいいとこで、素人の裁判員に配慮した裁判などやられては、被害者の家族はもとより被告もたまったものではない。裁判員のための裁判か。裁判員というよけいな装置が、厳正で神聖であるべき裁判を歪めている。そして、とうとう死刑求刑の3番目で初の否認事件となるC(鹿児島夫婦強殺)がやってきた。A、Bが3〜5日だった評議期間が約3週間になるという。こんな難しい裁判をやらされる裁判員は気の毒の極みだ。誰にもいいことがない裁判員制度なんかやめてしまえ。(柴田)

・昨日、アップルストア銀座で、フリーランスの生き方というテーマのイベントがあった。ロンドンと大阪をSkypeで中継することになり、大阪の私たちは事務所で、代表が真面目に受け答えしている横で、大阪の制作会社の日常ってこんなんですよと、たこ焼きを焼いて食べた。銀座で受けたそうだ。子供の頃はたこ焼き器はあったし、よく焼いて食べていた。学生時代は、料理の上手でかつ知識のある子が必ずいたので作ってもらったりした。今は、家人がたこ焼き器を買いたいというのを、家の近所で美味しいプロのがいつでも買えるじゃないか、片付けが面倒だし、収納場所を取るからと押しとどめていた。が、このイベントで、「たこ焼粉」というミックス粉があることを知り、千枚通しで器用に焼きかけのたこ焼きをひっくり返すメンバーの姿を見、細かなレクチャーを受け、ただ単に焼いて食べるだけなのにこの楽しさ奥深さは何? と、欲しくて欲しくてたまらない。買うしかないと決心し、道具屋筋(大阪・千日前)に行くという話をしていたら、ネットで安く売っているという。鉄板を育てるのに1〜2年はかかるという話を聞いて、早く入手せねばと焦っている。粉の具合、中に入れる具やトッピングの選択によって、ひっくり返すタイミングや方法は変わってくるし、焼き上がり方、堅さも違うので、過程に興味津々。そして、これはどんな味なんだろうと出来上がる度に食べたくなってしまう。人数多い方が楽しいし、時間が経つのも早いよ〜。終電逃しました......。(hammer.mule)
< http://www.nisshin.com/products/kona.html >  たこ焼粉
< http://homepage3.nifty.com/%7Eyamashita/tako/ >
カセットボンベ式がおすすめ、とのこと。
< http://www.doguyasuji.or.jp/ >  道具屋筋
< http://www37.atwiki.jp/yuki_yugoslav/pages/1.html >
戦争の体験談を語るわ 読むなら最後まで