映画と夜と音楽と... [486]人を親密にし心を解放する音楽の力/十河 進

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〈グリーンカード/正義のゆくえ I.C.E特別捜査官/扉をたたく人〉

●開かれた移民の国アメリカは今どうなっているのか

アメリカは移民の国だ。しかし、不法移民問題もアメリカが抱える大きな問題でもある。労働ビザ(グリーンカード)を取得する難しさは、「グリーンカード」(1990年)でも描かれていた。独身者は入れない庭園付きのアパートメントを借りるためにヒロイン(アンディ・マクダウェル)は、グリーンカードがほしいフランス男(ジェラール・ドパルデュー)と偽装結婚する。

書類上の結婚であるはずが移民局の捜査が入るために、ふたりは一緒に暮らさなければならなくなる。僕はグリーンカードを取得するために、アメリカ国籍を持つ女性と偽装結婚をするという設定が最初はよく飲み込めなかったが、それを移民局がわざわざ調査にくるというので、アメリカではよくあることなのかと思った。観光ビザで入るのは簡単だが、労働ビザは簡単にはとれないようである。

そして、2001年9月11日以降、アメリカの移民問題は別の様相を見せ始めた。同時多発テロでビルに旅客機を衝突させたテロリストたち。彼らを見逃した捜査当局や移民局などへの世論が厳しいのかもしれない。9・11以降、アメリカへの入国審査は、かなり厳しくなったと聞いた。さらに、不法移民の取り締まりは厳密になり、強制退去も増えたという。

そんな状況を描いた映画を、ここ数年の間に二本見た。まったく異なるタイプの映画だが、そこに描かれた背景は共通している。一本はハリソン・フォードが主演した「正義のゆくえ I.C.E特別捜査官」(2009年)だ。監督自身が南アフリカからアメリカにやってきて、グリーンカードを取得した人だという。自らの体験を盛り込んで、シナリオを書いたのだろう。



一種の群像劇である。ハリソン・フォードが演じた移民局の捜査官マックス、レイ・リオッタはグリーンカード発行の権限を持つ判定官、その妻(アシュレイ・ジャッド)は人権派の弁護士で不法移民や難民を救済する活動をしている。彼女は、アフリカからやってきて母親を亡くし、難民や不法滞在者の収容施設に二年以上も入っている黒人の少女を養女にしようとする。

イギリスからやってきた歌手志望の若い男はグリーンカードを取得するために、ユダヤ人学校の教師として就職し、ユダヤ教については何も知らないのに付け焼き刃でラビの資格を取り永住権を取得しようとする。その恋人であるオーストラリアからやってきた駆け出し女優は、滞在延長の申請を却下され、グリーンカードほしさに判定官レイ・リオッタの愛人になる。

マックスの同僚ハミードの両親はイランを出てアメリカに移住し、プールのある大きな屋敷に住むほどの成功をおさめた。彼らは、近々アメリカに帰化することになっている。長男は移民局の捜査官、次男はエリートの弁護士である。彼らの悩みは厄介者の末娘だけだが、彼女だけはアメリカで生まれたためアメリカ国籍である。

一方、対照的に描かれる一家がいる。バングラデシュから移住してきたタクシー運転手の五人家族である。父と母は不法滞在であり、長女はバングラデシュ生まれ、長男と次女はアメリカ生まれだから国籍がある。彼らはイスラム教徒であり、長女のタズリマは学校でも布で頭を覆っている。それが生徒たちの揶揄の的になる。

ある日、タズリマは同時多発テロの犯人たちを擁護するようなニュアンスの作文を書き、教室で発表する。それを読んだ校長が不安を感じて、当局に通報する。一家の食事中に踏み込んできたFBI捜査官と移民局の担当者は、彼女の部屋からテロリスト支持の証拠を集め、彼女を収容施設に連行する。

タズリマの弁護士になったアシュレイ・ジャッドはFBIの捜査官と交渉するが、不法滞在の両親を見逃すからタズリマの強制退去を受け入れろと言われる。タズリマは、アメリカにとって危険人物と判定されたのだ。そこでも、9・11以降のアメリカのイントレランスな空気が反映されている。禁酒法が成立したり、赤狩りに走ったり、アメリカは極端に振れる国なのである。

●仕事と個人的な感情のせめぎ合いの中で優しさを保つ男

自分が従事している仕事に疑問を持つことは、どんな人にも起こりうることだと思う。絶対の確信を持って、自分の仕事を遂行できる人はうらやましい。もちろん、仕事に誇りを持つことは美しいし、大切なことだと思うけれど、人はどこかで「仕事だから...」と自分に言い聞かせながら、自分をムチ打つように仕事をすることもあるのではないか。

マックスは、長く移民局の捜査官として仕事をしてきた。しかし、彼は誠実で心優しいが故に、組織の中で軋轢を生んでしまう。不法移民を逮捕し移送してきた収容施設で、彼は健康が気になる老人が医師の診断を受けたかどうか、別の担当官に確認する。「そんなことは自分の管轄ではない」という相手に、マックスは苛立つ。彼は不法移民を取り締まってはいるが、彼らを同じ人間と見ている。彼らは法を犯しているが、犯罪者ではない。

マックスは移民局の捜査官であり、彼はアメリカという国家のために、その国家が定めた法律のために、身を挺して仕事に従事してきた。しかし、彼が人に優しくあろうとすると、ときに自らジレンマに陥る。ある工場を一斉捜査したとき、彼はメキシコ人の若い女性が隠れているのを見付け、必死に懇願する瞳の光に打たれ見逃そうとする。

しかし、そのとき現れた若い同僚が「見逃すのか、マックス」と彼を責める。マックスは仕方なく、そのメキシコ女性を逮捕する。その女性はスペイン語で「幼い息子がいるの。女性に預けてあって、お金を持っていかないと...。お願い」と懇願し、金と部屋の住所を書いたメモをマックスに渡そうとする。「無理だ」とマックスは金を返す。

しかし、収容された車の中から、女はすがるようにマックスを見つめる。その哀しそうな顔がマックスに焼き付く。若い同僚が「美人だな。電話番号でももらったか」と冷やかす。マックスはその男の前でメモを棄て、「若造が...」と忌々しそうにつぶやく。マックスが不法滞在の移民に手加減をしていることを、他の同僚たちは快く思っていない。それは、自らの仕事への批判になるからだ。

マックスは帰宅し、酒を飲んで寝ようとするが、眠れない。黒髪の美しいメキシコ女性の悲しみに充ちた声が甦る。懇願する瞳がちらつく。子供を思う母親の気持ちが痛いほど伝わってくる。やがて彼は起きあがり、深夜に棄てたメモを探しにいく。翌朝、仕事を休んでメモの住所の部屋を訪ね、女に金を払って子供を引き取る。

問い合わせると、女はすでにメキシコへ強制送還されていた。女の部屋で電話の通話記録から、メキシコにいる女の両親の住所を調べ、マックスは子供を連れていくが、両親は強制送還された女は子供が心配で再びアメリカへ向かったという。彼女のことが、のどに刺さった小さなトゲのようにマックスの心を疼かせる...。

「正義のゆくえ I.C.E特別捜査官」は、自らの職務に懐疑的にならざるを得ない心優しい捜査官マックスの存在が心に残る映画だった。老いたといってもよいハリソン・フォードの沈んだ顔が、映画を見終わった後も浮かんでくる。人にはそれぞれの人生があり、それぞれに事情があるのだ。それを国や法律が画一的に括ってしまうことの疑問が伝わる。余韻は深い。

●ここ数年で見た映画の中でも大切にしておきたい一本

「扉をたたく人」(2007年)は、僕がここ数年で見た映画の中でも、大切にしておきたい一本になった。主演のリチャード・ジェンキンスは長いキャリアを持つ人だが、長く脇役に甘んじていた。こういう名脇役はたいがい舞台出身だが、彼もそうであるらしい。しかし、映画デビューは「シルバラード」(1985年)だというから年季は入っている。

僕も、彼の顔は見覚えがあったけれど、名前は知らなかった。名前を憶えたのは「扉をたたく人」を見たからだ。彼は、この作品でアカデミー主演男優賞にノミネートされた。そのことも僕は知らなかったけれど、確かに名演技だと思う。もらえなかったのが不思議だ。映画が小品すぎたのか、9・11以降のアメリカを批判的に描いているのが支持されなかったのか。

しかし、60を迎えて初主演をオファーされ、アカデミー賞にノミネートされるというのは、いい話だ。「持続すること、持続すること」というのが、若い頃の僕の口癖だった。持続していれば何かが起こる可能性はある。「継続は力なり」かどうかはわからないけれど、少なくとも「持続する志」は失わずにいたいと、改めて思うような話である。

そのリチャード・ジェンキンスは、偏屈な大学教授ウォルターとして登場する。ピアノ教師だった妻を亡くした彼は、妻が残したピアノを弾こうと思い立ち、ピアノ教師を依頼するが、その偏狭さからすでに四人もの教師をクビにしている。新しくきた老婦人も、その教え方が気に入らず、「もうこなくていい」と言う。

大学では提出の遅れた学生のレポートは受け取らない偏狭さを示し、授業の概要は年度を修正して前年と同じものを出すような無気力な教師である。学部長がニューヨークでの学会の発表を依頼してきても、共著に名前を貸しただけだからと断る。しかし、断り切れず、久しぶりにニューヨークへ出かける。

ニューヨークに着いたウォルターは、自分のニューヨークのアパートにいく。しばらく使っていなかったのだが、そのアパートに入ると人がいる気配がある。バスルームのドアの下からは光が漏れている。ドアを開けると黒人の女性がバスタブにつかっていて、悲鳴を上げる。悲鳴を聞いて、男が飛び出してくる。アラブ系の若い男だ。

男はシリア系のタレクであり、恋人はセネガル出身のゼイナブである。彼らはだまされて家賃を払い、ウォルターのアパートに何ヶ月か住んでいたのだ。ゼイナブはタレクをなじり、タレクはウォルターに詫びて荷物を持って出ていく。彼らを見送ったウォルターだが、何かが気がかりで彼らを追い、途方に暮れる彼らの姿を見て、しばらく同居してもいいと告げる。

●踊り出すような軽快なリズムにウォルターは解放感を感じる

タレクはアフリカン・ドラム(ジャンベ)奏者である。タレクの練習を見て、ウォルターはそのリズムに魅せられる。ある夜、ウォルターはジャズ・クラブで演奏するタレクをゼイナブと一緒に聴きにいき、身体が自然と踊り出すような軽快なリズムにますます解放感を感じる。ある日、ウォルターはタレクのジャンベを叩いてみる。それを見たタレクは、彼に叩き方を教える。

教師と生徒の関係になったふたりは親密になり、アフリカン・ドラムのリズムが人種や偏見といった垣根を取り払う。しかし、ある日、ふたりで公園で練習するためにジャンベを担いで地下鉄に乗ろうとしたとき、タレクが私服警官に疑われ逮捕されてしまう。私服警官たちはタレクをテロリストのように扱い、「そこまでしなくても...」とウォルターは抗議するが、彼らは聞く耳を持たない。

タレクは不法滞在の移民だった。それが判明し、警察署から不法移民を収容する専用の拘置所に送られる。ウォルターはゼイナブにそのことを告げるが、ゼイナブも不法滞在者なので面会にもいけない。ウォルターはタレクのために弁護士を依頼し、ゼイナブの手紙を持って面会にいく。そこで、ウォルターが見たのは不法滞在の移民たちに対する、一方的で冷たいアメリカ政府の処置である。

ゼイナブは友人の部屋へ移るが、タレク釈放のためにウォルターは奔走する。リチャード・ジェンキンスは淡々とした、どちらかと言えば沈んだ表情を通し、あまり感情を顕わにしない。「弁護士を頼んだ」とゼイナブに告げたとき、「そんなお金なんて...」という彼女に、「いいんだ」と答えるひと言が観客の胸に響く。あの無気力で偏屈だった男が、初めてあった移民の青年のために、そこまでやるのかという熱い気持ちが伝わってくる。

ウォルターのアパートにアラブ系の中年女性が訪ねてくる。「息子を捜している」という彼女に「タレクのお母さん?」とウォルターは訊く。やはり不法滞在のため面会にいけない彼女を拘置所まで案内し、ウォルターだけがタレクに面会する。面会を待つウォルターの前で、アラブ系の男が移送された身内のいる場所を教えろと係官とやり合っている。

ウォルターは、彼らのやりとりをいつもの表情で見つめている。ウォルターは面会を待つ様々な人種の人たちを見渡す。そこには、何の感情もうかがえないのだが、彼が何かを強く感じていることが伝わる。まったく知らなかった世界だ。タレクと知り合わなければ、そんな世界に関心を持つこともなかっただろう。経済的にも恵まれた白人の大学教授とは、縁のない遠い世界だ。

だが、ウォルターはタレクとは友人になり、その母親のモーナに深い愛情を抱く関係になった。そんな大切な人間を、アメリカという国家は不法滞在で国外退去させようとする。彼は、それを理不尽だと感じ始めるのだ。ある日、ウォルターの感情が爆発する。それまで静かで抑えた演技だっただけに、そのときのウォルターの感情の高まりが見る者の心にくっきりと刻み込まれる。

人は誰かを好きになることで、再び人生を生きようとする。愛妻を亡くし、人生を投げていた初老の男は、移民の青年と友情をはぐくみ、その母親を愛し、再び積極的に生きることを選んだのだ。そのウォルターの再生の物語の背景には、5拍子のアフリカン・ビートを刻むドラムの音が鳴り響いている。「扉をたたく人」を思い出すたびに、そのリズムが身体を揺らす。深い余韻が甦る。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >
この連載は12年目に入っています。20世紀末に始めたものが、もうすぐ2011年。来年3月には500回を迎える予定です。そのときどきの原稿に僕の気持ちの振れが出ていて、読み返すとその頃の感情が甦ります。そういう意味では、日々の記録になっているのかもしれません。

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