[2963] リーダーシップ:情熱を掻き立てる未来図を描けるか?

投稿:  著者:  読了時間:24分(本文:約11,900文字)


《歩みを止めることは選択肢にはない》

■電網悠語:日々の想い[175]
 リーダーシップ:情熱を掻き立てる未来図を描けるか?
 三井英樹

■ショート・ストーリーのKUNI[90]
 同窓会
 ヤマシタクニコ

■ローマでMANGA[35]
 MANGAの真髄をイタリアに広める第一歩
 midori



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■電網悠語:日々の想い[175]今期最終回
リーダーシップ:情熱を掻き立てる未来図を描けるか?

三井英樹
< http://bn.dgcr.com/archives/20101125140300.html >
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閉塞感という言葉に支配された時期が終わろうとしている。何をやっても手詰まり感のある時期から、じっとしているには惜しい時期に入っている。時がぐるっと回ってきたのを感じる。何周目かは分からないけれど、山ほどの技術とアイデアとデバイスが、人々が追いつくのを待っている状態。活用してよと、チャレンジしてよと声を上げている。

それに対して、情報構造的な部分は安定期に入っている気がする。「気がする」というのは、そう見えるのが、自分の加齢のためか、全体的なトレンドかの判断に迷っているからだ。それでも、様々な方法やメディアやデバイスで、検索から閲覧までを脳内処理していくに疲れが目に付くようになってきた。奇抜さよりも、標準を求める機運を感じる。

Webに「驚き」を求める声よりも、さっさと必要な情報をとって行ける簡便さを求める声の方が強く聞こえる。PCの前に腰を下ろしてじっくりと思索にふけるユーザは減り、目的を持って様々なデバイスでネットにアクセスし、駆け足で通り抜けるユーザが増えている。ネットは目的地から経路になった。

ネットリテラシやデジタルデバイドなどの問題は、依然大きく横たわってはいるけれど、ローマ字入力をさせるキーボードを心配していた15年前のように、中の人が心配するよりも、ユーザは遥かに賢く適応し更に上を要求してくる。もはや、ネットは情報入手の必須経路であり、その適正や危うさや胡散臭さすら、ユーザは本能的に察知していて、かなり巧く活用しているのだろう。

そしてその上で、前にも増して、分かり易さを求めている。操作性をメインとしたUI(User Interfface)デザインや、IA(Information Archetecture)の部分でも。「だから、なにが言いたいんだ?」「だから何をやらせたいんだ?」。その種の苛立ちへの許容度が減っている。一見して伝わらないものは、見向きもされない。

しかも、一見して制作者側の意図は感じ取っている、「なるほど、そーいうのやりたいんだぁ」、でもまどろっこしいのでヤダよ。作り手の無駄な努力は、無視というゴミ箱に直行される。だからこそ、企画段階での真の知恵が必要とされている。

選別の過酷さと、中の人のレベルアップ要求はかなり引き上げられたけれど、目の肥えたユーザが増えることは、そもそも求めていたことだ。生活の質向上を目指す以上、同時に起こりうるべき現象だから。ここは作り手が文句を言う場面ではない。素直に喜び、切磋琢磨の覚悟を決める場面なのだろう。

それにしても、と思う。この10数年、この5年で区切っても良いけれど、日本語で書かれたBlogやSNSやTwitter上の情報たちの質の高さ。膨大な量が日々生産され、選別され、私達を守ってくれている。もはや、Officeの質問を海豚クンに聞く気にもならない(ずっとOffだが)。オフィシャル情報がプアーでも怒る気にもならなくなった。ユーザ側で生産されるものですら、過酷な競争を経て、世に残る。いわんやプロ作品なら、だ。やはりじっとしていられない。


じっとしていられないから、動き出す。何処へ? ここで、行き先を指し示せる地図が欲しくなる。それがビジョンであり、その旗振り役をリーダーという。

牧師であり、大規模なリーダシップセミナーを率いてもいる、ビル・ハイベルズ氏は、ビジョンを「情熱を掻き立てる未来図(人々に情熱を生じさせる将来の絵)」と定義する。

▼勇気あるリーダーシップ > キリスト教書籍・グッズのCLC BOOKSONLINE
< http://www.clc-shop.com/e_shoppy/www/list.cgi?id=G021300180 >
▼mitmix@Amazon - リーダーシップを育てる76の知恵
< http://astore.amazon.co.jp/milkage-22/detail/4264027853 >
▼Willow Creek Association
Serving Christ-following church leaders around the world.
< http://www.willowcreek.com/about/bill_hybels.asp >

また、指導者(リーダー)の選定規律は3つのCだと言う。
・品性(Character)
・能力(Competence)
・相性(Chemistry)
最近は、更に「文化(Culture)」を足して、4つで語ることもある。

特に品性は、日本でもこの言葉を冠するベストセラーが出てもいるので気にかかる。リーダーの品性、開発者の品性、経営者の品性。様々な品性が絡み合って、文化は育まれる。そして、行き先にも影響を与えるのだろう。

執行役員にと請われ、在籍中の8ヶ月役員会が一度たりとも開かれない会社にいたことがある。会社存亡の危機を救った相手から、信じ難い暴言を吐かれたことがある。ITアーキテクトと名乗りながら、四則演算レベルのチェックもしない駄目駄目な設計をしてプロジェクトを崩壊の危機まで追い込み、自分はさっさと逃げ出す輩も見てきた。

システム開発を受託しながら、HTMLコードすら見るのは面倒ですとクライアントの目の前で言ってのける若造も見てきた。昨日届いた「日経コンピュータ」の見出し文言をぺたっとパワポに貼って、さも自分が分析したかのように経営者に語る詐欺師も見てきた。

若い才能を買い叩き、押さえ込み、それで自分が得をしたかのように思っている勘違い野郎も見てきた。現場を無視し、自分のやるべきとをサボり、身勝手を押し通す狸も見てきた。虎どころか、狸の威を借る劣化コピー狐とも付き合った。

嫌な経験の多くは品性という言葉で説明が付く。自分の低品性が招きよせたものもあるだろう。でも、決裂した多くは、そもそもそのままでは歩を共にすることが無理な話であった。

ハイベルズはこうも言っている、「リーダーの言葉に表せない特権は、素晴らしい仲間を集め、その成長を助けるという聖なる挑戦である」。仲間とは他者だけではない、自分の中の「要素」も含まれていると思う。自分の良さを集め、それを育むのが、自分をリードするリーダーの仕事でもある。自分という群を率いる自分というリーダーという視点でも、3つのCを考える。未だ未だだと思い知る。でも未来図を描き続けるのは諦めない。


地図は一度作ったら終わりではない。行き先も一度決めれば終わりではない。定期的にメンテするものである。何度も測定し、書き直す。昔、ボーイスカウトの頃、地図上のルートを進んでいると信じていたのにどうも様子がおかしいと気付いたことを思い出す。周りを見渡し、コンパスを用いて、常に自分の位置を疑いながら確認する。地図を疑うときもある。でも確かに目の前の道がなかったりすることもなくはない。全てを疑いながら、全てを検証しながら歩を進める。

生還したなら、全ては美しい思い出だ。それ程ハードな登山はしたことはないが、笑って話せる失敗談はどれも美しい。迷ったことも、衝突したことも、頂に立つと美しく見える。きついルートであるほど、そう見える。そして、その頂で、更に上空に広がる青の広さと、飛ばされそうな風に晒されると、自分の小ささを実感して、そんな自分が思い煩っていることが更に小さく見えてくる。

そんな神妙になれる頂が、ネットの未来図には未だ未だ点在している。一人で行ける頂もあれば、チームでしか行けない峰もある。測量すらされていないエリアもある。直感だけで道が見えてる気がする所もある。

今漠然と想うことは、5年後に振り返って、真っすぐに歩いてきたな、と思いたいということ。歩みを止めることは選択肢にはない。そもそもワクワクが止まらないのだから。

PS.
宗教嫌いにとっては、あぁ教会かと興味を失うかもしれない。しかし、今年のリーダーシップサミットでは、ジャック・ウェルチ氏が語り、マーケティングディレクターの方も登壇している。語られる言葉も、付け焼刃的な手法紹介に留まっていない、本質的な変革を求めるものが多い。カルトと切り捨てるよりは、学ぶものは多いと思う。

更に補足すると、教会、特にプロテスタント教会は、組織論やリーダー論を考える場としては、今かなり興味深い。キリスト教では、教会を羊の群れに例えることは多く、牧師はまさにその羊飼い(リーダー)として立てられた者だと解釈される。羊を知り、牧場を知り尽くさねば、育成と統率はできない。そして、日本ではクリスチャン人口は1%に満たない。圧倒的なアウェーでの組織運営を強いられる。更に1%に満たない理由は、自分達の宣教組織運営にかかっている。おまけに世襲的牧師の比率が上がっているので、実就労経験のない牧師も増加中。羊のニーズを理解し得ない中、檀家のようなバックボーンを持たないこともあり、会社よりは比較的出入りが自由な状況でもある。

クリスマス。聖夜の雰囲気だけではなく、聖書の言葉に耳を傾けながら、そんなことを想うためでも、お近くの教会へ。

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■ショート・ストーリーのKUNI[90]
同窓会

ヤマシタクニコ
< http://bn.dgcr.com/archives/20101125140200.html >
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なんで同窓会みたいなものに出席する気になったのか、自分でもわからない。「高校卒業後25年にして初めての同窓会!」「もう一度会ってみたい人はいませんか?!」というキャッチフレーズに惹かれたのかもしれない。およそ15年ほどもひきこもって暮らしていたおれも。

少し遅刻して着いた会場の受付で、おれは早くも衝撃を受けた。
「あら、小西くん、小西くんでしょ」
小じわだらけの見知らぬおばさんから声をかけられておれはぎくりとした。
「あたしよ、ほら、山田利香」
うそだろ、とおれは思った。山田利香といえば陸上部の、短距離が得意だった
さわやか系の女の子。隣同士の席になったこともある。こんなしわだらけの出
っ歯のおばさんじゃない。いや、しかし、面影がない...こともない、ような。

「やあね。そんなに変わったかしら、あたし」
「あ、ごめんごめん。そんなことないよ。全然変わってないよ。いやあ、ほんと、ひさしぶりだな」
おれは適当なことを言ってその場を離れた。汗が出た。しわだけじゃない。山田利香ののどもとに、金平糖みたいな突起がいっぱい並んでいたような気がした。気のせいか。気のせいだろう。

ホールに入るとすでに乾杯も終わったところで、おれは遅れを取り返すようにワインやらビールをどんどん飲んだ。すると肩のあたりで声がした。
「小西くんじゃない!」
振り返ると額に鶏卵大のこぶを2つもつけた女が、そのこぶをぐにゃぐにゃと移動させながら笑いかけていた。おれはぎょっとしたが、とっさに胸元の名札を見て
「ああ、藤原さん。ひさしぶりだね」と答えた。

「まあ、だれかと思ったら小西くん」
反対側から別の女の声がした。おれはまた名札を見て「ああ、高田さん、元気そうだね」と答えた。高田さんの頭のてっぺんにはカニの脚みたいなものが何本も生えていて、おれの口はあんぐりとなったが、あわててその口を閉じ、かろうじて
「全然変わってないんだね」と言った。

おれはなんだか頭がくらくらしてきた。そんなに飲んでないのに。日中はほとんど自室にこもりっきり、夜中にコンビニに出かけるくらいという生活を15年続けていて体がなまっているせいか。あせってフードコーナーに行って食べ物を適当に皿にのせ、アルコールのコーナーでワインを調達して飲みながらテーブルにつこうとした。すると
「なんだ。小西じゃないか」

顔がオーブンレンジくらいに膨張した男が、絶えず肉の端をぶるぶると小刻みに振るわせながら、おれに言った。唇の端から小さな泡が絶え間なくぷつぷつとわきだしている。なんでこのばけものはおれを知ってるんだ。するとそのばけものが
「変な顔で見るなよ。おれだよ、おれ。き、た、ざ、わ」
「あああ、ああ、北澤か。ひひひさしぶりだなあ。あはは」
「ああ、今日はなんせ25年ぶりの同窓会だからな。たいていのやつはひさしぶりさ。さあ、あっちへ行って飲もうぜ」

北澤だと主張する物体の示した丸テーブルに行くと、そこには耳が縦方向に異常に発達した男と、鼻からあごにかけた部分が前に長く突きだし、どうみても馬と人間の間の生き物にしか見えない男とが座っていた。耳の発達した男はその耳の先を引っ張ったり結んだりしていた。名札には大島和宏と書いてあった。馬の男は長谷川四郎らしい。えっ、ではどちらもクラスメイトではないか。おれは信じられなかった。

「どうしたんだ、小西」
「なんでそんなにおれたちをじろじろ見るんだよ」
北澤ががははと笑った。
「いま聞いたんだけど、小西、15年ほども引きこもってたらしいんだよ。つまり」
「ああ、つまり」
「25年ぶりの同窓会というより」
「15年ぶりのシャバ?」
大島と長谷川がげらげらと笑った。
「それで珍しいんだ」
「なるほどね」

違う、そうじゃない。おれは言いたかったが、黙っていた。
「そういえば小西はあんまり変わってないな」
「世間の風にさらされてないからだろ」
またみんな笑った。
一人の女がやってきておれのすぐそばの席に座った。

「あたしのママが言ってたわ。人間はだれでも生まれながらにジゲンバクダンを抱えてるようなもんなんだって」
「ジゲンバクダン?」
「そう。生まれたときからセットされてて、かち、かち、かち、と時計の針が進むバクダン。あたしたちはそれによって否応なしに先に進まされて、そしてピークに達すると今度は第2のスイッチが入って違う方向にまた進み始めるの。かち、かち、かち、という音にあわせてね。進む先にどんな変化が待ち受けているかは自分でもわからないし、止めることもできないの。おもしろいでしょ」

ああ、なるほど、と言いかけて女の顔を見ると、それは一面にエノキダケのような細くて白い、つるりとした突起におおわれていた。おれは急に体温が3度ほど下がった気がした。女はくちびるにかかりそうなエノキダケを手でのけて、グラスを口に持っていった。
「谷村さんはさすがに言うもんだ」
「クラス委員だったもんなあ」
「小西はひょっとしたら、まだ第2のスイッチが入ってないのかもな」
「おれなんか10年くらい前に入ったよ。それから進む、進む」
「加速度がつくもんな」

わはははとみんなが笑う。ふいに北澤が
「そうだ。小西、おまえ、谷村さんに気があったんじゃやなかったっけ」
「え、そうなんだ」
「これは知らなかったな!」
「25年ぶりの再会?!」
「いよっ、おふたりさん!」
いつのまにか集まっていた何人ものばけものたち、いや男達がにたにた笑いながらおれを谷村さんのほうに押し出す。エノキダケは谷村さんの腕にも生えていて、おれのほほにくっつきそうになった。おれは必死で身を固くした。冷や汗がわいて、脇腹をつつーと流れた。

「いいぞ、いいぞ、お似合いだ!」
「キスしろ!」
「そうだそうだ、キスしろ!」
谷村さんのくちびるがおれの顔面に迫ってきた。エノキダケがぷらんぷらんと揺れている。谷村さんはそれを手でのけて、唇をおれの唇に押しつけた。
おえっ。それでもおれは女性に恥をかかせまいと必死でこらえた。笑顔さえ浮かべて。いや、さすがにそれは無理だった。代わりに涙が出てきた。

「ちきしょー、やけるな」
「美人の谷村さんとキスできるなんてなー」
「ひゅーひゅー」
おれはその場を離れ、浴びるように、そこらにあるワインや酒や焼酎を飲みまくった。足元がおぼつかなくなったころ、会場の入口付近で小さなざわめきが起こった。
「何かあったのか?」
「...吉川さんが来たらしい」
「へー、吉川さんが?」
「吉川希実子が?」

にわかにおれの胸は高鳴った。なぜって、高校時代、おれがひそかに思いを寄せていたのはクラス委員の谷村さんじゃなく、吉川希実子だったからだ。小柄で、美人というほどではないが、笑った顔がかわいくて、おれはいつもそれを見るたび「小リスみたいだ」と思った。実際の小リスを見たことはなかったが、なんとなく。しかし、それは25年前だ。吉川希実子も、ひょっとしたら、ひょっとしたら。おれはおそるおそる、そちらを見た。入口のほうから今、吉川希実子が歩いてくる。その顔は──

その顔はまったく変わっていなかった。いや、もちろん40過ぎの女らしく、それ相応のしわもあるが、それだけだった。あっけないほど吉川希実子は変わっていなかった。おれは感動していた。まわりからはひそひそ声が聞こえた。
「見ろよ」
「ああ」
「かわいそうに」
「あんなにやつれてしまって」
「吉川希実子も、おしまいだな」

何を言ってるんだとおれは思ったが、どうでもよかった。おれは吉川希実子のほうを向いた。見つめて、祈った、おれと目が合うように、合うように。そして祈りが通じて吉川希実子と目が合い、小リスのような吉川希実子のくちびるがほころんで、微笑みかけた瞬間だった。おれのジゲンバクダンの第2のスイッチが入ったのは。おれの顔の肉はむくむくと隆起し、陥没し、ねじ曲がり、変形を始めた。のどの奥がもんどりうち、こめかみが引っ張り上げられた。眼球が裏返った。吉川希実子は3メートルの距離から、呆然と突っ立って見ていた。おれの変形を。

「みなさん、静かに! 山田先生がお話しされます!」
壇上では、齢80を超えた山田先生がマイクを握っていた。その体はほとんどどこが腕でどこが胴体かわからぬほどに溶け合い、しかも半透明になって頭の向こうが透けて見えた。
「先生はますますお元気そうだ」
みんなうなずきあった。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://yamashitakuniko.posterous.com/ >

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■ローマでMANGA[35]
MANGAの真髄をイタリアに広める第一歩

midori
< http://bn.dgcr.com/archives/20101125140100.html >
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●キャラの感情を表現せよ

私のMANGAセミナーの授業が始まった。屁理屈は得意だけど、ちゃんと理論立てる理数系というか科学的な検証は不得手で、10年くらいこのセミナーをやっているのに、未だにきちんと筋道を立てて授業内容を整理することが出来ない。

デ・アゴスティーニのウエブサイトの仕事の一環で、ビデオ・レッスン10回という企画を提出しようと考え、その内容を元に本も書いちゃおうかという気持ちになっているので、ここで、11月から来年5月まで21回分の授業内容(おおよそ)も決められないでどうする! と自らを叱咤してようやくまとめた。

MANGAの構成の重要度はコマの使い方が多くを占めているので、コマの解説が半分は占めることになった。

1:MANGA・セミナーの紹介とMANGAとコミックスの違い
2:コマ・空間=時間
3:ストーリーのベース「起承転結」
4:コマ・三コマ=エピソードのユニット1
5:  同上  2
6:  同上  3
7:コマの構成 (フキダシの位置)
8:レイアウト
9:読者の視線を誘導する
10:第一話の提出
11:特殊なコマの形
12:キャラの設定(主人公)
13:キャタの設定(それ以外)
14:ネームの作成
15:メリハリ(空間)
16:メリハリ(アングル)
17:現実性の挿入
18:オリジナル性の挿入
19:第二話の提出
20:講評
21:講評

講評を二回もいれたということに疑問を持たれた方もいるかも知れないけれど、そこは華麗にスルーするー。

MANGA言語を授業にするというのは、多分とても難しいことなのだと思う。今までの経験から言うと、生徒にネームを作ってもらうと、MANGA言語からあまりにも離れていて、コミックスに近く(状況を解説して話が進む)、ついつい、そっちに引っ張られてしまう。

頑として、キャラの感情を表現する、ということに徹するのだと自分に言い聞かせることを忘れないようにしなくては。

一回目は私自身の紹介と、MANGA・セミナーではいわゆるMANGAスタイルのキャラの描き方や、トーンの使い方を教えるものではないこと、MANGAの文法とでも言うべき構成の仕方を解説するものですよ、としゃべった。

そして、以前にここで書いたアルゼンチン人作家の1ページと井上雄彦氏のバガボンドの見開きを示して、違いを解説した。
< http://bn.dgcr.com/archives/20080513140100.html >

私が言う前に、どこが違うと思う? と生徒に聞いてみた。
「コミックスの方は舞台を見てるみたい」
「MANGAのほうが感情移入ができる」
「MANGAはアップが多い」
見て感じたままを言えばいいのだから、全て正解。どちらかと言えば、そうした考え方をしたことがないことを体験してもらって、考えてみる、というのが大事。

●キャラ化=日本の心

それから、MANGAの一環として「Hinomoto Oniko」と「はやぶさたん」の絵をダウンロードしたものを見せた。どちらも、無機物(「日本鬼子」という罵倒語を無機物と呼んでいいかはともかく)をキャラ化してしまっている。

「Hinomoto Oniko」は日本に対する中国語の蔑称。尖閣問題の後、この蔑称を萌えキャラにしようぜという提案が2チャンネルでされて、多くの絵がアップされた。日本鬼子と検索して萌えキャラがトップに出てきたら、あちらは萎えるんじゃないかという、オタク文化の粋な使い方だと私は大いに拍手喝采した。

< http://dic.nicovideo.jp/a/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%AC%BC%E5%AD%90 >
< http://dic.pixiv.net/a/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%AC%BC%E5%AD%90 >

「はやぶさたん」はご存知、探査機はやぶさで、はやぶの帰還時に多くの萌えキャラになったはやぶさが、MANGAやアニメやイラストでネットにアップされた。
< http://hayabusamatome.xrea.jp/wiki/index.php?%C1%CF%BA%EE%B7%CF >

そのココロはMANGA(そしてアニメ)なのだ。モノに人格を与えるのはディズニーアニメにもあるし、各国の童話にもある。ただ、あらゆるものに精霊を見る日本の精神が自然にそうした動きを作り、日本人が自然に受け入れると考えるのは行き過ぎだろうか?

地球の大気圏に突入前のはやぶさを「最後に地球を見せてあげたい」と、はやぶさの目であるカメラ部分を地球に向けるために、本体を回転させた川口博士の心のあり方もそれに通じる。

MANGAは、読者が主人公に感情移入して一緒にストーリーを生きる、という特徴がある(コミックスにはそれがない、主人公はいるけれど)。感情移入すさせるためには、その主人公に人格がなくてはならない。はっきりした性格、その性格を形作るに至った過去の人生などまでにまで作者の考えが及ぶ。キャラの形状はそうしたことを彷彿させるものになる。そして、見て楽しい。

今年も作品をつくってもらう。4ページのものを二編。宿題にしてもやってこないだろうし、出席したりしなかったりなので授業中にやってもらう。いつも、学生がつくってくる「何が起きるか」に終始してしまうので、今年こそ、ストーリーよりも感情を表現することに集中したい。それこそがMANGAの持つ大きな特徴なのだから。

ビデオ・レッスンも含めて、MANGAの真髄(?)をイタリアに広める第一歩にするぞー! の気持ちを新たに、今年も授業開始なのであった。

【みどり】midorigo@mac.com
ここのところ、いろいろあって飽きる暇がないですね。尖閣事件のビデオ「投稿」。「投稿者」の「自白」とその逮捕見送り。

尖閣諸島界隈は中共、韓国の領海侵犯が多く、海上保安庁職員はその実態を知る必要があり、皆が各事象を見なくてはいけない。だからこそ海上保安大学校にもあったのであり、そもそも、あのビデオを隠すことで利益があるのは中共と、巡視船に体当りした「漁船」船長を釈放してしまった失策を犯した政府(地検だということになっているけれど)。

二つのフレーズを使い分けていればいいという法相(そうこうするうちに「辞任」)や寒い官房長官。「きちんと」「しっかり」「精一杯」「できるかぎりのこと」を言えば大臣をやっていられる政府って、いったいなんなんだ。。。。

イタリア語の単語を覚えられます! というメルマガ出してます。
< http://archive.mag2.com/0000075559/index.html >

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■編集後記(11/25)

・原作=倉科遼、作画=ナカタニD.「DAWN -陽はまた昇る-」全8巻を読む。最終巻が2006年10月1日と奥付にある。もはや古本だ。元ニューヨークウォール街のカリスマ証券マンだった矢作達彦が、日本再生のために立ち上がるという経済・政治漫画だ。前半は外資のハゲタカ買いから日本を救うための活動、後半は日本の政界再編とアジアの夜明けとなるユーラシア協力機構の設立という壮大な展開で、興奮の一気読み。4〜5年前の作品だから、連載当時はたぶん数年先(つまり現在)の想定だったのかもしれないが、いまから見るとパラレルワールドの話だ。あれから大きく変わったのが、日本の政権交代と中国の異様な膨張だ。そのパラレルワールドでは、進歩党(民主党)は民自党(自民党)の郵政民営化総選挙で大敗北、若手のカリスマリーダー北脇健吾が前党首・菅本(笑)を破って新党首になる。彼は超党派で結束した若手議員の力で、寄り合い所帯の派閥争いをしてきた党の改革を断行、小沢と鳩山は北脇に忠誠を誓い(笑)、菅と横路は離党する(笑)。やがて民自党は内部分裂で崩壊し、進歩党による新しい政治が始まる...。それにしても北脇健吾のモデルは誰だ? いま民主党を見回してもそれらしき人物はいない。いたら、今日のような無能な政治はやっていない。民主党の議員さんにおすすめの漫画です。/三井英樹さんの連載、今期はひとまず終了。ありがとうございました。(柴田)

・三井さん、ありがとうございました! 再開お待ちしております!/キン肉マンやウルトラマンのフィギュアを作っているCCP。ソフビとは思えないクオリティで大好きなんだが、新製品の「ネプチューンマン クロスボンバーVer」「ネプチューンキング クロスボンバーVer.」に、LEDで腕が光るギミック入りのものがあって、とてもかっこいい。振動や衝撃を与えると数秒間光る、とある。商品説明に「是非、部屋を暗くさせ『マグネットパワ〜ッ!!』と一人声高らかに唸らせて楽しんでください。」とあって微笑ましい。スペシャル動画が配信されているのだが、ロビンマスクが......。(hammer.mule)
< http://www.ccp.jp/muscular/vol028.html >  商品説明
< >  ムービー
< http://blog.livedoor.jp/ccp/archives/51696466.html >  画像
< http://iekemencom.blog9.fc2.com/blog-entry-1214.html > 泣けるコピペ
< http://iekemencom.blog9.fc2.com/blog-entry-1215.html > 後編