ローマでMANGA[36]MANGAセミナーの反省/midori

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●当たり前のことが当たり前じゃないとき

MANGAセミナーが始まって、4回の講義を終えた。1回につき2時間の持ち時間。1時間目は講義、2時間目は4ページの作品を作る実技に当てている。

来年5月末のセミナー終了までに2篇、各4ページの作品を作ってもらうことにしたのは前回にも書いた。1作目は、ともかく作品を最初から終わりまでつくってみる。その体験をしてもらうことを主な目的にしている。2回目、3回目とコマ割りの意味だとか、物語展開の基本としての起承転結だとか、わざと白板に漢字を書いて「おっ」などという声を聞きつつやっている。

実技については、まず、主人公になるキャラ(性格設定が簡単にできるので、なるべく自分をモデルにする。すでになにか持ってる人はそれでも良い)の全身像、2〜3の顔アップ、それに姓名、年齢、性格を描いてもらった。そして、5W1Hを書く。

A4の紙に横長長方形を4つ描き、それぞれを二分して見開きとみなし、最初の見開きの右を1ページ目(左には斜線)。次の見開きを2〜3ページ。最後の見開きの左ページを4ページ目(右には斜線)とする。それぞれのページに1行で何を描くのかを書く。

ということを伝えた。。。。つもりだった。つい最近の4回目の講義で、(当然)ここまでやってない人もいるだろうから、この授業内でここまでやってね。できた人は持ってきて見せて、と言ったところ、二人がすぐに持ってきた。

そうしたら、な、なんと、二人ともケント紙を横長に置き、真ん中で割って見開きにして、すでにペン入れをしてきていた。全4ページではないんですけど。チガーーーウ、ワタシハソレヲノゾンデイナーイ!!



生徒は入学金を納めると、大きな作画用紙が入る黒いバッグと鉛筆とA4のブロックノートをもらう。だから、その「ブロックノートに鉛筆で」と言ったのに。

だいたい、下書きとかコマ割りの案を練るとかは鉛筆でやるもんじゃないのか。プロの中には直接仕上げ用のケント紙に、コマ割りをしてみて描いちゃうという人もいるようだけど、それはもう何作も描いてるからできる技でしょ。

ガシガシやる気があって、ペン入れまでガシガシやってくるやる気はとりあえず評価。そして、私にとって当たり前なことが、まだ1作も自分の作品を作ったことがない子達にとってはまったく当たり前でないことに、久々に気がついてしまった。

昨年はこういうことがなかった。昨年の参加者は、私の言葉を逐一ようく聞いていたのか、私がなんども説明したのか。ともかく、来週は講義を一旦おいといて、実技のやり方をもう一度説明しなくちゃ、と思った。当たり前のことを当たり前として置きっ放しにしてはいかん。

●やる気はどこに

昨年から、GmailのブロガーにMANGAセミナーブログを開設した。昨年は生徒の作品をスキャンして講評をしていたのだけど、今年は生徒のみ閲覧できる状態にして、授業内容をやや簡潔にしてアップすることにした。

閲覧できるのは生徒だけにしたいので、まず、生徒のメルアドを聞いて招待を送った。それが11月の始め。12月半ばになって招待を受けて閲覧可能にしたのは11名。残りの11名はまだ招待を受けるをチェックしていない。

私のセミナーには学校に在籍している人は無料で参加できる。午後の授業なので、待っていないといけなくて、やる気がなければ出ないだろうと思うのだけど、出てくる人のどこまでやる気があるのかわからなくなってしまう。Facebookはよくチェックするみたいなのに。復習は要らないってわけですか。

●矛盾

どんな盾も通してしまう矛と、どんな矛も通さない盾。その二つを相合わせたらどうなるか、という故事が元でしたね、この言葉。

言いたいことは毎回同じなのだけど、なるべく毎年例などを変えるようにしている。参加者は毎回違うので、同じでも構わないのだけれど、もっとわかり易い例とか言い回しはないものか、と探っているから。

今年は、ふと見ていた講談社の「月刊アフタヌーン」で示唆を受け、1ページ3コマ構成しているものをスキャンして教科書にした。3コマはひとつのエピソードを構成できる最小単位。そしてそれが1ページに収まっていれば、他のコマに目移りせずにしっかりと分析できると思った。

3コマで構成されたページをコマの分け方(上中下の3段、上下に分けて上2つ下ひとつ、とその逆。縦に分けて右にひとつ、左に上下2つとその逆)、表現しているスピード、誰の目線で語られているか、などに分けた。

で、1ページづつ見せながら説明していく。ただ、あるひとつの規則を説明するために構成された例ではなくて、ひとつの物語の中の1ページだから、その中に語られている情報量は、たったの3コマなのにとても多い。時には、ある事項、例えば「速い動作」を説明しつつコマの絵を差していくと、それと逆を示唆する要素に気がついてしまったりして、説明がふっと止まってしまったりする。説明が矛盾してしまう。

私がMANGAのようなものを描いて、掲載してもらっていた時期はとても短く経験が不足しているせいもあって、説明したいことが自分のものになっていないことを感じてしまう。

同じ物語の中の同じような3コマ、同じようなシーンなのに、よく見ると1枚には背景があり、もう1枚には背景がない。で、言いたいことが少し変わっている。少し変わってることを感じているのだけど、それがなんなのかすぐにピッと分からなかったりする(背景がないと、キャラの感情へよりシフトするのだ。と、今はわかる)

ここで何度か書いている私の教科書、菅野博之氏の「漫々快々」と「漫画のスキマ」ばかりに頼ってないで、自分の頭で考えてみろということだな、と今さら思ったり。

【みどり】midorigo@mac.com

東京都青少年健全育成条例改正案というのがあって、9日に総務委員会があり、13日に委員会採決、そして15日に本会議。

これは「非実在青少年規制」という名で話し合っていて6月に否決されたものが、名を変え、規制条項がますます曖昧になって議会にかけられている。6月には反対していた民主党が今回は「問題点が改正されている」ということで賛成に回り、可決必至。

規制内容で特に問題なのが第三章、第七条の一と二「一 青少年に対し、性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの二 漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」

一の青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるかどうか、誰がどう決めるのか?

二では、なぜ実写はOKなんだ? そして小説も含まれない理由は?(9日の総務委員会のレポートによると、浅川参事の答えで「小説は読む人によって様々な理解がある。その点、漫画やアニメは誰が見ても読んでも同じでひとつの理解しかできない」からだそうで。漫画原作でアニメ化されたものは誰がも見ても同じひとつの理解しかできないが、実写になるとそれが変わる?)
↓総務委員会レポートツィッター
< http://togetter.com/li/77486 >

何よりも問題なのは、この規制を決めようとしている人々が、問題となる漫画やアニメを知らないで審議しているということ。そして、何をもって「青少年の健全な成長を阻害」とするのか曖昧なこと。都民に説明されていないこと。石原知事はアニメMANGAは低俗と決めて掛かっていること。

東京都には大手出版社が集まっており、「自主規制」ということになると、マンガ表現の自由さがそがれ、枯れていく方に向かってしまうと思う。とりあえず来年3月に予定されている東京都のアニメフェアに出版社10社が参加拒否を決めたそうです。さ、どうなりますか。。。。。

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