音喰らう脳髄[100]ミック・カーンが逝っちまった/モモヨ

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肺ガンであることを公表し、支持者の支援を得て闘病中だったミック・カーンが1月4日に儚くなった。享年52歳。ミック・カーンは元Japanのベーシストで、フレットレス・ベースに軽くフランジャーをかけた独自のサウンドはJapan独自のサウンドの核として知られる。

私にとっても大切な思い出多きアーティストであり、私もまた多くのファンにまじって心より快癒を願っていたものだが、それが、突如として儚くなった。

正月早々に話題にすべきことではないかもしれないが、ミックをなくした喪失感が私の2011年の幕開けそのもの。これは動かしがたい事実だ。



ここ何年か、訃報であったり、人の死について考えることが多くなっており、そのことを時に揶揄されるのだが、こればかりはいたしかたないだろう。なにしろ私は57歳だ。周囲に死の影が濃くなるのはどうにもならない。

まだ三十代だった頃、死の影を思って染井や谷中の霊園をさまよっていたことがある。死はある種のファンタジーであったが、今の私にとって、それは日常に近い。いやおうなく身近な存在になっている。悲しいとか悲しくないとかいう次元ではなく、事実としてそこにある。

人が生きるということの意味を私はまだ知らない。けれど、今、ここに生きていて実際にキーボードを叩いている。叩かれたキーボードからの信号をうけてディスプレーは文字をつらねていく。

時には、この文字の羅列に大きな意味を見出す読者が現れることがある。そして、その読者は、生きる力を見出すかもしれない。「かもしれない」というのは、つまり、はかない願望にすぎないのだが、そうした願望、奇跡を待つ心積もりに近いものをたのみにして、私は生きているし、歌っている。生きるというのは、面倒で儚いものだ。

ミックの魂をしのぶといって涙するばかりではどうにもならない。私は、彼の死をもって自らが前を向く力にふりかえたい、そう願っている。

元Japanのフロントマン、デビッド・シルビアンはミックと高校時代からの友人だったそうだが、その彼だって、まだ言葉をつむぎ、音を奏でている。

地上にある以上、私たち全てになすべきことがある。私はそう信じている。

Momoyo The LIZARD 管原保雄
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