映画と夜と音楽と...[492]ホロコーストに関わった人々の悲劇/十河 進

投稿:  著者:  読了時間:14分(本文:約6,800文字)


〈ブラジルから来た少年/マラソン・マン/ゴールデンボーイ/夜と霧/アンネの日記/愛を読むひと/縞模様のパジャマの少年〉

●アイヒマンという男が逮捕され被告席に立った頃

開高健の初期のノンフィクション作品に、「声の狩人」という本がある。昔は、岩波新書から出ていた。今はどうだろう。僕は新潮社版「開高健全作品」を持っているので、その「エッセイ2」の巻で改めて確認をした。半世紀近く前に書かれたルポルタージュだけれど、その力強さは今も伝わってくる。

「声の狩人」は、イスラエルにおけるアイヒマン裁判のレポートが中心になっている。1960年にアルゼンチンでイスラエルの情報組織モサドによって拉致され、イスラエルに強制連行されたアイヒマンは1961年にイスラエルの法廷に被告として立ち、国際的な話題を呼んだ。死刑になったのは、1962年のことである。

僕もアイヒマン逮捕から裁判にかけての騒ぎは記憶している。8歳から9歳のときのことだ。その事件の意味はよくわからなかったが、「アイヒマン」という言葉が記憶に残り、「アイヒマン、アイヒマン」と頭の中に響いていた。「エイトマン」みたいだった。誰かに「ユダヤ人を何百万人も殺したナチス高官だよ」と教えられた。僕も何となく禍々しいものを感じていた。

当時、ハリウッドの戦争映画ではナチは徹底した悪役だった。テレビシリーズ「コンバット」が日本で始まったのは「アイヒマン」騒ぎより後のことだが、その頃の日本の子供には「鍵十字のナチスは悪い奴ら」というのが常識になっていた。ヒトラーは極悪人(悪魔)だった。第二次大戦当時、日本がそのナチスドイツと同盟を結んでいたと僕が知るのは、もう少し後のことである。



アイヒマンと同じように、戦後、南米に逃れたナチスドイツの高官は多い。その事実をベースにして書かれたのが「ブラジルから来た少年」(The Boys From Brazil)である。これはヴサノヴァの名曲「イパネマの娘」(The Girl From Ipanema)にかけているタイトルで、寡作なアイラ・レヴィンが書いた怖い小説だ。「少年」が複数形になっているのが、謎を解く鍵だった。

映画化された「ブラジルから来た少年」(1978年)は、珍しくグレゴリー・ペックが元ナチのサディスティックな悪役を演じている。その他、ローレンス・オリヴィエやジェームス・メイソンといった老優たちが活躍する映画で、僕はテレビ放映時に面白く見たのだが、なぜか日本では劇場公開されなかった。

ローレンス・オリヴィエは「マラソン・マン」(1976年)では、残虐な元ナチ高官を演じ、存在感を示した。悪役に凄みがあると、映画は成功する。ナチの陰謀に巻き込まれたマラソン好きの青年(ダスティン・ホフマン)は拉致され、歯医者の椅子に縛り付けられて拷問を受ける。麻酔なしで歯を削られるのである。あの歯医者の器具のウィーンという回転音が聞こえるだけで、僕は耳を塞ぎたくなった。

さすがに最近は、ナチの残党の陰謀という設定はあまりなくなったが、70年代までは戦争ものでもナチが悪役、現代を舞台にしても元ナチが悪役ということが多かった。そう言えばスティーヴン・キングも「ゴールデンボーイ」という中編を書き、アメリカの田舎町に隠れ住む元ナチのサディストの老人を登場させている。

「ゴールデンボーイ」はキングの中編集「恐怖の四季」に収められている一編だが、他の収録作品が「スタンド・バイ・ミー」(1986年)「ショーシャンクの空に」(1994年)として映画化され、感動的な名作の評価を得て映画史に残ったのに対し、「ゴールデンボーイ」(1998年)だけは後味の悪い変質者映画になり、どこかへ消えてしまった(この映画が好きな人がいたら、ごめんなさい)。

●未だにホロコーストを巡る映画が作られ続けている

ナチはユダヤ人の大量虐殺(最近は「ホロコースト」という言葉が有名になった)を行ったため、歴史に悪名を残した。未だにホロコーストを巡る映画は作られ続けている。それもドイツ本国ではなく、他の国で作られるのだ。ドイツ人作家の「朗読者」という本が日本でも数年前に評判になったが、その映画化作品「愛を読むひと」(2008年)もイギリス人たちによって作られた。

主演はケイト・ウィンスレット(常に陰を宿した凄みのある演技は、確かにアカデミー主演女優賞に値した)とレイフ・ファインズ(知的で静かな演技をさせると抜群にいい俳優です)で、セリフは英語である。監督はスティーヴン・ダルドリー。僕の大好きな「リトル・ダンサー」(2000年)という、イギリスの炭坑町を舞台にした映画を作った人だ。「めぐりあう時間たち」(2002年)という秀作もある。

どういう偶然か、同じ年、イギリス人監督によってもう一本、ナチのユダヤ人大量虐殺をテーマにした映画が制作されている。「縞模様のパジャマの少年」(2008年)だ。ユダヤ人の強制収容所の所長に任命された父親と一緒に、収容所近くの官舎に引っ越した8歳の少年の視点で描いたホロコーストものである。監督はマーク・ハーマンだった。

マーク・ハーマン監督は、やはり僕の好きな「ブラス!」(1996年)「リトル・ヴォイス」(1998年)を作ったイギリス人である。「ブラス!」も閉鎖寸前のイギリスの炭坑町を舞台にした作品だった。僕は「地の底からよみがえる夢」(「映画がなければ生きていけない」3巻113頁)で、「ブラス!」「リトル・ダンサー」「フラガール」について書いている。何度も見たい三本の映画として...。

そんな僕の大好きな「炭坑町映画三部作」を作った監督のふたりが、同時期に、加害者の立場からナチのホロコーストを描いた。これは、偶然ではない気がする。「愛を読むひと」のスティーヴン・ダルドリーは1961年生まれ、「縞模様のパジャマの少年」のマーク・ハーモンは1954年生まれ、ふたりともアイヒマン裁判の頃は何も知らない赤ん坊か幼児だった。何が彼らをして、ホロコーストをテーマにさせたのか。

ところで、日本人にナチによるユダヤ人大量虐殺が知れ渡ったのは、いつ頃のことだろう。戦後、ドイツの戦争犯罪人を裁いたニュールンベルグ裁判では、当然のことだろうが全員が「大量虐殺はなかった」あるいは「知らなかった」と証言した。中には「ヒトラーも知らなかった」と証言した者もいたという。

強制収容所体験を書いた「夜と霧」(今もみすず書房で入手できるはず)が出版されたのは戦後十数年経ってからのことである。アラン・レネ監督が制作したドキュメンタリー「夜と霧」(1955年)の日本公開は、1961年の秋。アイヒマン裁判より後のことだった。

ナチのユダヤ人狩りを逃れて隠れ家生活を送る日々を書いた、「アンネの日記」の翻訳が日本で出版されたのが1952年のことだという。これは世界的ベストセラーであり、世界中の人がナチのユダヤ人狩りや強制収容所の存在を知り、アンネが収容所で死んだことに涙した。

僕も「アンネの日記」を読んだことがある。5歳ほど年上の従姉妹が持っていたその本を、僕が読んだのはアイヒマン裁判の少し後のことだと思う。ハリウッドで「アンネの日記」(おお、可憐なミリー・パーキンスよ)が映画化されたのが1959年。その年の秋には日本でも公開されているが、僕が見たのはもう少し後に再上映されたときだった。

前述の「開高健全作品・エッセイ2」の巻には、「過去と未来の国」というノンフィクションも収録されている。開高健は、ルーマニアとポーランドを訪れてルポを書いた。1960年の秋のことだ。その文章で多く割かれるのは、ナチのユダヤ人大量虐殺についてであり、開高はアウシュビッツ収容所跡も訪れている。土を掘れば、すぐに人骨が現れる人工池の描写がすさまじい。

「過去と未来の国」「声の狩人」の初掲載は、岩波書店の「世界」だった。安保闘争の挫折感を抱いた開高健はルーマニアやポーランドをまわり、イスラエルに入ってアイヒマン裁判を傍聴し、その翌年、アイヒマンに死刑判決が出たことを知って擱筆する。当時の日本でも、ナチの大量虐殺は常識だったのだろう。彼の文章は、それを前提に書かれている。

●ケイト・ウィンスレットの存在感が映画を名作にした

「愛を読むひと」は、現在に生きるエリート弁護士の回想として始まる。誰にも心を開くことのないマイケルは、自分がそんな人間になるきっかけになった、15歳の頃を思い出す。彼は自分の母親といってもよいくらい歳の離れた車掌のハンナと知り合い、彼女の手ほどきで初めてのセックスをする。彼は夢中になり、毎日のように彼女の部屋へ通う。

ある日、セックスの後、ハンナは「本を読んでくれ」と言い、マイケルは朗読する。それからは、様々な本をマイケルが朗読するのが日課になるが、ある日、ハンナは姿を消す。それはマイケルに大きな傷を残す。何かが失われた...、いや、損なわれたのだ。喪失ではなく欠損。マイケルは、人を受け入れられない性格になる。

やがて法科の学生になったマイケルは、ゼミの実習で元強制収容所の女看守6人の裁判を傍聴に出かけ、そこで被告席に立つハンナを見る。それは戦後20数年目のこと。60年代半ば、アイヒマン裁判より後の設定である。だが、彼女らへの糾弾は同じだ。「命令に従っただけ」「他にどんな選択があったの」と彼女は答える。

女看守たちの逮捕のきっかけになったのは、収容されていたユダヤ人の母娘が生き延び、収容所時代のことを書いた本が出版されたからだ。その中に、ユダヤ人たちを閉じ込めた教会が空襲に遭い炎上したのに、外から鍵をかけられており、その母と娘を除いて全員が焼死した事実が書かれていた。

裁判官がハンナに「なぜ、鍵を開けなかったのか」と詰問する。「村中が空襲で村人たちだって逃げまどっていた。そんな中に鍵を開けて逃がせと言うの」とハンナは答える。他の被告たちはハンナがリーダーだったと証言しハンナは否定するが、あることを迫られたときに彼女は突然、前言を翻し自ら不利な証言をして終身刑を甘受する。

ハンナの戦争犯罪をめぐる裁判シーンが映画の肝ではあるが、男女の深い愛を印象づけるのはここからの物語だ。実は、僕もあまりに評判になっていたので「朗読者」は単行本で読んだのだが、それほど感心しなかった。どこがいいのかもわからなかった。しかし、映画化作品では深く感動し、2時間余りを引き込まれて見た。

「タイタニック」(1997年)ではミスキャストじゃないかと思った、ケイト・ウィンスレットが素晴らしい(もっとも僕は、若き日のアイリス・マードックを演じた「アイリス」(2001年)で、すでに演技派の評価はしていたけれど)。終始、何かを隠して生きている女の、陰を感じさせる演技。年老いて再会したマイケルに「坊や」と呼びかける凄み。彼女の存在感が映画を名作にした。

●夫が大量虐殺を指揮している男だと知った妻の悲劇

「縞模様のパジャマの少年」でも、ひとりの女優が印象に残った。主人公の8歳の少年ブルーノの母親を演じたヴェラ・ファーミガである。昨年公開された「マイレージ、マイライフ」(2009年)では、ジョージ・クルーニーの情事の相手として印象的な役を演じ「うまいなあ」と思ったが、やはりアカデミー賞助演女優賞にノミネートされていたらしい。ちょっと若い頃の岸田今日子さんに似ている。

ヴェラ・ファーミガが演じたのは、ナチ高官の夫を持ち、ベルリンの屋敷に住み何不自由なく暮らす、12歳の娘と8歳の息子を愛している母親である。しかし、夫が収容所の所長として赴任することになり、大きな屋敷ではあるが収容所の近くに住むことになる。彼女は、もちろんナチのユダヤ人隔離政策を知っているし、ユダヤ人たちが強制収容されていることも知っている。

夫の母親はナチに批判的であり、夫と義母が不仲なのを彼女は気にかけているが、彼女自身もナチを容認しているわけではない。家庭教師に感化された娘がナチの教義を信奉し、部屋にヒトラー・ユーゲントのポスターを飾るようになったことに心を痛める。長女は収容所の目的は知っているが、8歳のブルーノはそこを農場だと思っている。だから、彼女はブルーノに収容所のことを隠す。

だが、夫の副官が漏らした言葉から、彼女は収容所でユダヤ人を大量に殺し、死体を焼却処理していることを知る。彼女は屋敷の下働きのために狩り出されているユダヤ人(かつて彼は医者だった)が、ブルーノがブランコから落ちて怪我をしたとき、手当をしてくれたことに「サンキュー」と口にする人間である。そんな彼女には、収容所で行われていることが耐えられない。彼女は神経を病んでいく。

夫は、ユダヤ人を人間扱いせず、虐殺を「処理」と言い換えて泰然としている冷血漢だ。また、副官の父親がナチを批判してスイスに亡命した反逆者であることを知り、副官を生きて帰れないと言われたソ連戦線に送り込む卑劣な男である。彼女は、そんな夫の素顔を知り、彼の批判者になっていく。「私は、人でなしと結婚したのよ」と、自嘲的につぶやく...。

ベルリンにいた義母が空襲で死に、葬儀のとき、彼女は義母の棺にヒトラーからの弔文が載せられているのを見付ける。ナチを批判していた義母だ。「こんなこと、お母様は望まないわ」と隣の夫に言って、その花が添えられた弔文を取ろうとするが、夫の強い力に阻まれる。彼女は、ますます絶望感を深めていく。彼女の救いは、ふたりの子供だけだ。

屋敷から出られず、通ってくる家庭教師にもなじめないブルーノは、ある日、裏庭から森を抜けたところにある農場の有刺鉄線の中でしゃがみ込む、自分と同い年の少年と出会う。「なぜ、パジャマを着ているの?」と、ブルーノは無邪気に訊く。「お腹空いてる?」と、さらに訊く。何不自由なくお坊ちゃんとして育った、ブルーノの無知と想像力のなさが歯がゆい。

8歳だぜ。もう少し周囲から何かを感じるはずだ、と僕は思った。思ったが故に、「8歳の無垢な少年の目が捉えたホロコーストの悲劇」という宣伝文句のようには、この映画を見られなかった。僕の8歳のときにアイヒマンは逮捕され、大きく新聞で騒がれた。大人たちが話題にした。今ほどテレビが普及していなかった時代だし、情報量も格段に少なかったが、僕は何となくそのことの意味には気付いていた。

だから僕は、夫が毎日何千人もの人間を何の迷いもなく、工場で処理するように殺している男だと知った、妻の悲劇として「縞模様のパジャマの少年」を見た。彼女の悲劇は、ラストに至ってさらに残酷なものになる。それは、ブルーノの無知と想像力のなさがもたらせた結果だが、彼女自身にも責任がある。彼女が真実を、収容所の実態を、その目的を、ブルーノに告げなかったからである。

「愛を読むひと」は収容所の元看守と彼女を愛した男の物語、「縞模様のパジャマの少年」は収容所の所長とその家族の物語...、奇しくも二作品とも加害者側の悲劇を描いている。そこには、心ならずも(ここがポイントだ)ホロコーストの一端を担った人々がいる。そして、虐殺の真相が明らかになった後、彼ら彼女らは「仕方がなかった」「命令だった」「知らなかった」と口にする。

そのことを、二つの映画が裁いているわけではない。肯定も否定もしない。しかし、そこには被害者の悲劇と同時に、加害者の悲劇が存在する。加害者の悲劇は、虐殺の時代が終わってから始まり、生きていく限り続く。彼らは、赦しを求める。だが、「愛を読むひと」の最後に登場する、収容所を生き延びた女性の言葉が重く響く。死者となった多くの被害者たちには、赦しは永遠に存在しないのである。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >
キネマ旬報の昨年度公開映画のベストテンが発表になった。邦画には「十三人の刺客」と「必死剣鳥刺し」が入っていた。昨年暮れには「最後の忠臣蔵」を見たが、新人女優賞はその映画に出た桜庭ななみだそうだ。時代劇の評価が高いのは、けっこうなことだと思います。

●306回〜446回のコラムをまとめた「映画がなければ生きていけない2007-2009」が発売になりました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1447ei2007.html >
●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4880651834/dgcrcom-22/ >