装飾山イバラ道[71]自分の番/武田瑛夢

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1月も後半になり、レポート集めや講評会の時期だ。作品を集めて講評をする日は忙しくて、何かとテンパリ気味の私。学生がナーバスだったり、ナイーブだったりしてもヘイコラと焦らせながら全行程を完了するために走り回る。だから、あれだけもっと前から準備してねと言っていたのにとか、小言を言ってもしょうがないので、この日はあまり叱らない。どんな学生にも作品を評価される日というのは、あれこれ想像してしまって怖いみたいだ。講評会の朝は皆が一回り小さく見える。

●ストレスフルな講評会

作品に名前を書いて貼り出され、それが自分の分身のように扱われて、人に見られるということ。講評会が始まり自分の番になると、教室の全員がその瞬間だけでも自分の作品に注目する。先生がいろいろ言ったり、何か聞かれたり、自分が何か言わなきゃいけなかったり。どんなに短くても「自分の番」という時間は必ずやってきて、予測のつかない何かを無事に終えなければならない。

「はい、次は○○さん!」。この○○に自分の名前を入れてみよう。なんだかドキドキしませんか? 過去や未来のいろいろを想像すれば、私も掌に汗が出てくる気がする。講評会なんて怖くない方が不思議で、場数をこなしてやっと慣れてくるもの。だから、作品を見せ慣れていない1年生には、できるだけ優しくコメントを出すようにはしている。何を言われても覚悟が決まっていて当たり前なプロとは違うのだ。



思えば私が学生の頃も、講評会の日の朝は不安と期待と疲労感でドロドロの気分だった。友達に「何グロッキーな顔してんの?」と言われ、それがこの状態を示す的確なコトバなのだと教えてもらった。

・グロッキーとは
< http://kotobank.jp/word/グロッキー >

私が大学で版画クラスに在籍していた若かりし日、バタバタと暗い気持ちで作品提出の準備をしていると、台風で1週間講評会が延期されたと知らせが入り「ヤッター!」っと皆で飛び上がって大喜びした。何が嬉しいのかわからないけど、胸にキリキリと押し迫ってくる緊張の時間がドーンと遠くへ飛んで行ったような開放感。すごく貴重な時間を与えられたような幸せ。でも結局1週間後の同じ時間には、また同じ気持ちで作品の準備をしていたから、時間が与えられた程には結果は変わらなかったような気がする。

今でこそ講評会をする側だけれど、講評会する側での初めての時も緊張したと思う。たぶんそれは1990年代の後半の頃。デジタルハリウッドのお茶の水が、いくつかの分校に分かれていた時だと思う。他人の作品にコメントを出すというのも、神経を使う。常日頃から講師としてアドバイスしていたから、言わなきゃいけないことはたくさんあるのでそれは心配ない。気を遣うのはその「言い方」だ。当時はまだ自分より年齢の高い人もいたので、言葉選びには慎重になっていたのを覚えている。

一人一人にとっては、「自分の番」を乗り越えればストレスの解放がやってくるかもしれない。しかし、評価をする側は全員の数だけ「自分の番」としてコメントを出し続けるのだ。これは先生の誰もが担っている大切な仕事だから、当然と言えば当然だ。講評する先生が複数人であれば、だいぶ負荷が分散するのでその形式も多い。作品については人によって評価も分かれるものだから、何人かいればその中に褒めてくれる先生がきっといるし、理想的な講評会になる。

●自分と友達の影響力

日常的に講評会のような緊張感が続いたら、身がもたないのは学生も先生も一緒だと思う。でも、それがあるからがんばれる。人前で作品の良さを大絶賛されるのは大きな力になるはずだし、隣の人が実はすごくがんばっていたことを知るのはリアルな衝撃になる。石川遼が同い年のような若い彼らには、石川遼よりも隣の席の子がすごいことの方がずっと悔しい。

毎度言ってしまうことだけれど、遠くの偉人よりクラスのスターの方が影響力があるのだ。だからスター候補をみつけると、このクラスは伸びるかもと思って嬉しくなる。私たち先生よりもずっと意識される存在になるかもしれないし、クラスのレベルを引っ張り上げてくれる。本当は別にスターだけでなく、皆にその可能性がある。自分が自分の作品をがんばるのは皆のためになるのだ。

講評会のストレスは石を磨く摩擦のようなもので、その時は大変だけれど場数を重ねればきっと輝くようになる。人生で何回ものこの「自分の番」を乗り越えてこそ、キラッキラになるのだ。実は先生も皆を傷つけないように磨いている。ヒビが入ったり欠けたり傷つけないようにするには、いろんな角度でよく観察するしかないなと思う。

【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
< http://www.eimu.com/ >

いつもより寒さが身にしみるのは今年の寒波のせいか歳のせいか。冬のお風呂はわかし直すより、毎日入れ直した方が安いらしいと聞いてその方式に変える。冷えきった水を追い炊きするのはガス代がすごいのだという。お風呂テレビ(LINK ZABADY)も相変わらず活躍していて便利。基本は私しかお風呂でテレビは見ないけれど、だんなさんがお風呂中にサッカーでPKになっちゃった時に、慌ててテレビを持ち込んで見せてあげた。LIVEでないともったいない瞬間ってある。