わが逃走[80]人生の節目を体験するの巻/齋藤 浩

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いつかはライカ! そう思い続けて何年になるだろうか。
いわゆる20世紀末におけるライカブームを素通りした私がこのカメラにあこがれるようになったのは、ライカと同じレンジファインダー式のベッサなるカメラを使いはじめたことに起因する。

電子的部品を一切使わないいわゆる機械式カメラで、ピントも絞りもシャッターも手動。わかりやすく言っちゃえば、電池がなくても動くカメラ。歯車とバネだけで撮影できるんだぜ。すげえだろ。

で、ものの本によると、このカメラはそのスジでは入門用と位置づけられており、最終的にはライカに行き着くことになるという。そういうものなのか?とはいえベッサも必要にして充分な性能だしな。

しかもライカの値段たるや尋常じゃねえ。こんなカメラを買う奴は金持ちのボンボンか、穀潰しの道楽者に違いない。オレはいらん。

そう思ってはみたものの、やはり気になる。こうなってくるとオタクの血が騒ぎ出して、いろいろ調べちゃうんだよなー。ライカに関する文献を3冊、5冊と読んでいくと、どうやらライカには歴史があり伝統があり設計者の魂があり、それらがいろいろ混ざり合って伝説になっているらしい。



その伝説にやられちゃったおっさん連中が「ライカには不思議な力があって、持ってるだけでシアワセが訪れる」とか布教してる訳だ。その手には乗らん!と思いつつも、そこまで語られるからには一度くらい使ってみたいものだと思ったのも事実。で、改めてカメラ屋で値段を見たところ、やっぱり超現実離れした価格だったため思わず笑ってしまったのだった。

その頃、私はベッサを使うのが楽しくて楽しくてしょうがなかったし、ライカを買う金があればベッサに使うレンズが欲しかった。幸いマウントは共通なので、そのうちライカが手に入ってもレンズはそのまま使えるし。

ちなみにベッサのレンズ性能は本当に素晴らしく、値段もリーズナブルだ。そうなると余計にライカの値段が「ブランド代」に思えてくる。そんな訳で、この頃から「いつかはライカ」と思い続けてはいたものの、買うために動いたことはなかったのだ。

買うために動かずに、いかにして入手するのか。うーん、そうだなあ。世の中面白いもので、憧れの人に会いたいと思い続ければ巡り巡って会えたりするので、モノに関しても同様であろう。いつかはライカ! と念じ続けると手に入るような気がする。

という訳で、数年前から私は日々念じ続けていたのだ。そうこうしていると友人・知人の中にもライカ使いが何人かいることが判明、彼らのライカを触らせてもらったり、使い方のレクチャーを受けたりするようになった。

初めて持ったライカは意外に重く、冷たい。この金属の箱の中にメカがぎっしり詰まってる訳だ。シンプルな形状にもかかわらず手にしっくり馴染む。巻き上げレバーを廻すと重すぎず軽すぎず、引っかかりのないトルク感。確かにこれは快感だ。いままで巻き上げレバーとはギリギリとフィルムを引っ張るイメージがあったので、この意外な程スムーズな巻き上げ感覚には少し戸惑った。

シャッターボタンを押してみる。ストロークは意外と長い。そして、ことん。という静かなシャッター音。え? 今のでシャッター切れたわけ?? カシャッという音をイメージしていた私は、この意外な程地味な主張にかなり戸惑った。うーむ。

『意外』ということばをずいぶん使ったが、確かにライカは他のどのカメラにも似ていない。他のカメラがライカに追いつきたくても追いつけなかったということが、この一連の操作でわかったような気がする。

しかし、伝説となっているファインダーのクリアさに関しては、我が愛機・ベッサとそれほど変わらない印象だった。ということは、ベッサはものすごい優等生ということになる。

なるほどなー。理性モードで考えると、モノとしての魅力はものすごい感じるが、機能という意味では現在のシステムで充分満足だ。

ところが、我が脳が劣情モードになるとその考えは一転し、ライカ欲しい病はますます酷くなってゆくのだった。とはいえ買えないものは買えん。となればどうするか? そう、もらうのである! 道で倒れている老人を介抱し、「おお、親切な青年。助けてくれてありがとう。お礼に私のライカをあげよう」ということになったらいいなあ!!

てなことをウチのデザイナーのM井君に話したところ、彼の父親がまさにそんな体験をしたことがあるのだそうだ。すげえ! ほんとにそんなすごい話があるのか! よーし、倒れてる老人を探すぞー!! と思ってみたものの、そう簡単にいくはずがないことを私は知っている。なぜならオレはこうみえても大人だからだ。えっへん。

●●
1月8日の夜、近所の超ハイクオリティ居酒屋にて、たまたま隣り合わせた馴染みの客・S氏と語っていたのだった。元新聞記者の初老の男性S氏はジジイのくせにモテモテで、こんど20も年下の人と何度目かのケツコンをするそうだ。くそー、いいなあ。おめでとうございます。

てな感じで日本酒をちびちびやってたときに、なんかのはずみでライカの話になった。するとS氏は、
「あ、オレ持ってるけどもう使わないからあげるよ」
「...?.......................................................................................
.......................................................................................
.......................................................................................
.......................................................................................
...............................................................えーーーーーーーっ???」

詳しく聞いてみると、なにやらそのライカは道楽者だった(本人談)亡くなったおじいさんのものだそうで、S氏がずっと保管していたというもの。なんだかすごいことになってしまった。酔いがいっぺんに吹っ飛んだと言えましょう。

しかしここは居酒屋であり、お互い飲んでいるのである。話半分程度に聞いておいてほんとに頂けるのであれば、それはそれはシアワセだろうなあと夢見るに留めておくことにした。明日になってS氏が忘れていたとしても恨みっこなしだ。楽しい居酒屋トークというのは、そういうものである。

1月17日の夜S氏から連絡があり、これから串揚げ屋Dで落ち合おうという。あの話が現実に? 足が震えてくる。Dに到着するとちょうどS氏も来たところだった。生ビールを注文したところで本題に入る。

S氏はおもむろに紙袋を開け、「はい、ライカ。僕が持ってても宝の持ち腐れなんでね、使ってくれた方がこれも喜ぶでしょう」
「うぐがごくく...ありがとうございます」
ライカM3後期型+ズマリット50mm f1.5レンズが、使い込んだ革ケースとともに私のもとにやってきた瞬間だった。

傷だらけカビだらけ、革は剥がれ、全体的にかなり使い込んでいるようだが、正真正銘のライカである。その後S氏といろいろと語ったはずなのだが、脳内真っ白状態だったらしく記憶がない。

●●●
つぎの日、机の上に乗ったライカを見る。確かに本物だ。うーむ、念じ続けていたら現実になってしまった。さて、これからどうするか。とりあえずポジフィルムを装填し、テスト撮影してみることにした。

ファインダーはかなり曇っており、距離計部分のコントラストも低い。確かにあまり状態は良くないようだ。御茶ノ水近辺を撮影した後、新宿のヨドバシにて現像に出す。翌日ポジを引き取り、さっそくライトテーブルの上に広げてみると、見事に露出オーバー。

最新の露出計を使って撮っているので、これはやはりシャッターの精度が低下してるってことかな。また、ゴーストだのフレアだのといわれる光のタマリのようなものがそこかしこに見られる。このへんはレンズの問題だろう。表面のカビや傷だけでなく、鏡筒部内側の黒塗装がかなり剥がれており、地金部分に光が反射していることも原因らしい。

そんな訳で、修理に出さねば! ということとなった。最初は雑誌などでも度々登場する某有名修理工場に出そうと思ったのだが、まずはプロの意見をと思い、同じ学校で講師をしていた写真家K川氏に相談する。

すると「馴染みの中古カメラ屋があれば、そこにお願いした方がいいよ」とのこと。なにやらそういった店は商品の価格を抑えるため、腕が良くて工賃が安い職人の独自ネットワークを必ず持っているのだそうだ。なるほどねー。また、「レンズ研磨に関しては達人級の人がいるから、こんど一緒に行こう」と言ってくれた。これで鬼に金棒である。

そんなこんなでボディは赤坂にある馴染みの中古カメラ屋に預け、いよいよレンズをY崎光学写真レンズ研究所に持っていく日が来た!

K川氏とともに北新宿の渋い街並を歩いていく。地図を見ながら「たしかこのあたりなんだけどなあ」と、うろうろすると...あった! 小さなプラスチックのプレートに『Y崎光学写真レンズ研究所(ウラにお廻りください)』とマジックで書かれている。

いいのか? 渋すぎないか? ウラってどこだ? コインパーキングを越えて反対側に来てみると、最近建て替えたばかりな感じの住宅兼作業場的な建物があった。呼び鈴を押すと「開いてるからどうぞー」的なことを言われる。開いてるってどこが? ここかな? と大きなドアを引いてみたが開かない。どうやらここは住宅の玄関だったらしい。

では入口はどこに? さらに反対側に廻ると引き戸があり、二代目Y崎さんが迎えてくれた。室内にはさまざまなレンズ研磨用の道具が整然と並んでおり、ただ者じゃない感じが漂ってくる。

「すぐに来ますんで、おかけになってお待ちください」。奥に通されるとまるで町のお医者さんの診察室のような空間があり、すすめられた丸椅子に座って待つことしばし。

「こんにちは、今日はどうされましたか?」おお、町医者的おじいちゃんが現れた。以前オリンパスペンを修理してもらったTカメラサービスの"先生"といいY崎さんといい、どうも光学系に携わる職人さんは、小児科の先生のようなタイプが多いとみた。

「あのー、ズマリット50mmなんですが、カビと傷と塵混入と鏡筒内部の塗装のハガレが...」「ほほう、ズマリットね。いいレンズですねー、どれどれ、見せてごらんなさい。ほほう、これはまぎれもなくカビと傷と塵混入と鏡筒内部の塗装のハガレ...」「治りますか?」「大丈夫。きちんと研磨してコーティングしますからね。ただし時間はかかります。早くて4週間というところでしょうか」「待ちます、待ちますとも!」

といった具合にレンズを預けてきた。メモ用紙に住所と連絡先を書いて渡してきたものの、とくに控えのようなものはもらえなかったのでやや不安ではあるが、まあそういうものなのだろう。

K川氏はその後Y崎さんと研磨とコーティングに関する専門的な熱い談義をくりひろげ、ライカレンズの奥の深さを語り合っていた。Y崎さんいわく、「バラすとわかるが最近のレンズはメーカーに都合のいい設計になっている」のだそうだ。不具合が見つかっても直そうとはせず、その部分を新品にとりかえることで"修理"とする。その作業がしやすい設計になってるらしい。

それに対して、昔のレンズは設計者の知恵と工夫であふれている。妥協のない設計なので、50年前のレンズでもきちんとメンテナンスさえ行えば、ずっと使い続けることができる。なので、長い目で見れば安い買い物と言えましょう。とのこと。なるほどねえ。

今回はやたら「なるほどねえ」が多かったかも。以上、先日経験した人生の節目の話でした。カメラもレンズも修理に時間がかかるため、まだ手元には戻ってきていません。暖かくなった頃、こんどはこのライカを持ってまた尾道の写真を撮りにいきたいと思っています。

前回の続きの尾道写真は次回に持ち越しです。それではみなさん、またお会いいたしましょう。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。