装飾山イバラ道[72]「ベーリング海の一攫千金」を見る
── 武田瑛夢 ──

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昨年の12月、ホテルのカジュアルなレストランでクリスマスの食事をしていた。ブッフェスタイルで気兼ねがいらない。ほどよい時間になったところで、サンタクロース(の格好をした恰幅の良い白人のおじさん)が、ディナー中のテーブルへ順番に回っているのが見えた。ホーホッホーと優しい笑顔で会話しながら、一緒に写真を撮ったりしている。私は(こっちにも来るぞ相手しなきゃな)と思いながら、お皿の上のたらば蟹を食べていた。

テーブルに来たサンタさんは、私たち夫婦に笑顔で話しかけてくれた。大きなお腹でサンタ役がハマっている。日本語も少しできるみたいだ。子供づれの家族には子供中心の話題で、うちのように夫婦だけで来ているテーブルではそれなりの話題でというように、気も使ってくれている様子。そしてテーブルの上のたらば蟹の殻をみつけて「カニが好き?」と聞いてきた。カニは大好きで、私はさっきからこればかり食べている。

サンタ「ぼくは昔ね、カニ漁で船に乗ってましたよ。アルバイトで」と、突然の経歴カミングアウト。内心はサンタクロース役がカニ漁のバイトなんて話をしていいのか!? と思ったけれど、私たちは大人だしね。テレビで見たベーリング海あたりでやってるあのカニ漁かなぁと。私たちの英語力とサンタさんの日本語力の限界で、そこまで詳しく聞けなかったけれど、一緒にiPhoneで写真を撮ってサンタさんはテーブルを移動していった。



●アメリカ版の蟹工船

カニ漁のテレビ番組、それはディスカバリーチャンネルで放送しているドキュメンタリー番組「ベーリング海の一攫千金 シーズン6」のことだ。米ディスカバリーチャンネルでは人気No.1のドキュメンタリーだという。特に今回のシーズン6の視聴率がすごいらしい。どのシーズンも寒い海と船の乗組員だけの話なのに、なぜそんなに人の心を引きつけているのだろうと興味がわいた。

・ベーリング海の一攫千金 シーズン6
< http://japan.discovery.com/deadliestcatch/word.html
>

サイトで見てもらうとわかるけれど、海の男たちはなぜか皆かっこいい。私はこの番組についてはまだまだ初心者で、今放映しているシーズン6からはじめて見ている。だから、もう少し見続けるまではレビューには書けないなと思っていた。ところが、大学の成績をつけ終わったばかりであまり自由時間ももてず、今すっかりネタ切れ状態なので、今回は番組紹介と見始めた感想として書いてみたい。

カニ漁の話と言えば「蟹工船」だけれど、アメリカ版の現代のカニ漁の船はかなり趣が違ってタイトルの通り「一攫千金」が狙える大仕事だ。場所はアラスカにほど近いベーリング海。アメリカでもっとも危険で過酷な仕事と言われているこのカニ漁は、一回2ヶ月程のシーズンで、漁船一隻あたり数億〜数千万円の稼ぎになるという。現代のゴールドラッシュとも言われ、乗組員一人あたりでもわずか2ヶ月で600万から1000万を超える収入になるのだ。

話だけ聞けば船に乗りたい人が後を断たないはずだけれど、そのリスクも凄まじくて、氷点下の海での危険な甲板の仕事、船長の一存で決まる休憩時間、気が合う仲間ばかりでもない人間関係。大しけの海の波の高さは簡単に船を飲み込むように見える。毎年船の事故も後を断たず、悪いところにスポットがあたった回を見てしまうと、ドーンと気分が沈んじゃう。

●カニ漁の仕事

カニは割当漁獲量が決められていて、漁が始まる時間に皆がいっせいに海にカゴを落とす。たらば蟹漁はわずか数日で漁期が終わることもあり、乗組員は寝ずの作業が続く。その後のズワイ蟹漁は漁期が長く、男たちは長い間家に帰ることができず、その間のコミュニケーションは電話だけだ。家庭内にトラブルを抱える漁師も多い。

カニを獲るのは、入ったら出られない形状の約400kgの金属性の四角いカゴだ。船にはこれを何百ものせている。通常の状態でも重いのに氷点下の海ではこれに氷がびっしりと付き、つらら状態になる。そのままにしておくと重さで船が沈んでしまうので、甲板員は延々と氷をハンマーで砕く仕事をする。

砕いても砕いてもなくならない氷に、始まらないカニ漁の仕事。マイナスをゼロに戻すだけのキツい肉体労働が続くのは、見ているだけでこちらがヘコんでしまう。甲板員の体はボロボロになっていく。遠くて寒い漁場は氷のリスクがあるけれど、誰もいない穴場でもあり、そこに船長の賭けがあるのだ。

カニ漁が始まると、数人でエサ入りの重いカゴにロープをつけて海へ落とす。プラスチック製の丸いブイを浮かべて、どんどんカゴを落として行く。カゴは落としどころを間違うとカニが入らず、せっかくの作業が水の泡になる。

船長が海底の様子を等高線のように映したモニタを見ながら、長年の蓄積データとカンによってカゴを落とす場所を決めていく。山で松茸のありかを知っているおじいさんのようなものだ。信用している人にしか場所は教えない。カゴは24時間はブイをつけて沈めておく。

この番組は人間模様が見せ場なのだけれど、私が一番好きなシーンと言えば、カゴを引き上げた時にカニがいっぱい詰まっていた場合。釣りと違って、カゴはクレーンで上げるので、水面から引き上げた時に初めてどのくらいの数のカニが獲れたかがわかるのだ。ひとカゴに500杯も入れば上等で、暗かった甲板員の顔がいっきに明るくなり、雄叫びを上げながらカニを貯蔵タンクへ集めていく。

今までの苦労が報われて、それまでの海や氷のブルー系の寒色だけの甲板上にカニの赤い色が現れて、なんだか幸せを象徴しているようなのだ。ゆっくりとうごめく赤いカニがワシワシとつまったカゴからの収穫の作業。甲板員が言う、「カニが札束に見えるぜ」。大漁で大変な労働のはずなのに皆が笑顔だ。

もちろんスカのカゴもあり、カニ数匹の時もある。カゴをしかける場所のミスは船長の責任だから、乗組員の尊敬を保つにはそうスカも続けられない。そしてカゴは収穫の時に一面のパネルを開けるのだけれど、それを閉めきれていないミスがあるとエサだけ取られてカニに逃げられてしまう場合もあるのだ。これは明らかに甲板員の人為的ミスなので、船長の叱責の言葉が飛ぶ。言葉は汚いのでピー音だらけだ。

●いつも危険と隣り合わせ

日本でも大間のまぐろ漁のドキュメンタリーが人気だけれど、寒々とした風と波と、運不運に左右される漁の厳しさは似ている。カニ漁は一隻に4名から9名かの乗組員が乗って船長がまとめるチームワークだ。番組では、5隻の船で起こるさまざまな人間模様を見せていく。そんなに毎日絵になる場面が撮影できるわけでもないだろうから、この同時進行スタイルは賢いと思う。

そうは言っても、各船に密着スタイルでカメラマンが同行していて、それがベーリング海なのだから、テレビ局側も生半可な覚悟ではできないと思う。アラスカにほど近い真冬の海で転覆事故も珍しくない環境だ。シーズン1で起こった兄弟船の転覆事故では、乗組員で生還したのは6名中1名のみというから生々しい。

シーズン1は総集編を見た。海が荒れて船が危なくなると乗組員は「救命スーツ」という、指先まで覆う全身ウェットスーツのようなものを急いで着る。もし救命スーツを着ずに冷たい海で投げ出された場合、すぐに全身の体温を奪われ、手足が動かなくなり沈んでしまうので生存は不可能と言われている。

その後の捜索活動では、最後に救命スーツ着用が目撃されていた2名の乗組員が海から引き上げられた後に捜索が打ち切られた。まだ行方不明者がいるのにだ。救命スーツを着ていなければ探してももらえないという現実が悲しい。

●ドラマチックな人間関係

現在公開されているシーズン6では、コーネリア・マリー号の船長フィル・ハリス船長と息子をクローズアップしている。ずっと体調不良だったフィル船長が船で倒れてしまったのだ。二人の息子も乗組員として乗船しているけれど、この息子たちがなかなか親父の思い通りにはならず、跡取りとして育ってくれない。

でもフィル船長の親父ぶりは素晴らしくて、人としても全ての船から慕われているのだ。息子たちもけっこういいヤツで、若いがゆえにカニ漁にまじめになれないのもわかる。

今回この記事を書いてみて思ったのは、漫画「カイジ」好きの私ならこの番組は好きだろうなということ。漁を成功に導いて大金を得たものが尊敬されるけれど、金の亡者だけであってはならず、人を一番に考えられる者に価値がある。漁のギャンブル性は1を100倍にするかもしれないけれど、すべて失うかもしれない。

次期船長候補の甲板員が船長の仕事を体験して、「ここは天国だ」と言う。操舵室は暖かくて風にも水にも触れずに、マイクで指示を出せばいい。しかし、船長は乗組員の命も家族の生活も抱えているのだ。比較にならない程の大金を手にできるのに、結局は船長の職を希望しない人も多い。責任が重いから持ちたくないし、持ちたくない者に持たせられるわけもない。船長たちは跡取りをみつけられず、自分の体を壊すまで仕事がやめられないのだ。

こんな男たちのドラマを知ってしまったら、私は次のシーズンもきっと見てしまうだろう。

【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
< http://www.eimu.com/
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東京に久しぶりに雪が降っている。新潟生まれの母は、雪の時は2階から出入りしたと言う。新雪だとわざとフワッと空気を含んだ雪に埋もれる遊びをしたらしい。やわらかい雪は息ができるから平気らしいけれど、閉所恐怖の私には出られなくなりそうで考えただけでムリだ。