[3010] 数の多さは質の深さを越えるのか?

投稿:  著者:  読了時間:35分(本文:約17,100文字)


《たぶんコンタックスで大学合格した》

■映画と夜と音楽と...[495]
 数の多さは質の深さを越えるのか?
 十河 進

■ところのほんとのところ[52]
 写真機材に対する愛着──カメラ
 所幸則 Tokoro Yukinori

■歌う田舎者[20]
 号泣する準備はできていた
 もみのこゆきと



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■映画と夜と音楽と...[495]
数の多さは質の深さを越えるのか?

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20110218140300.html >
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〈カサノバ/存在の耐えられない軽さ/それでも恋するバルセロナ/コレラの時代の愛/抱擁のかけら/恋愛日記/柔らかい肌/黒衣の花嫁/暗くなるまでこの恋を/隣の女/好色一代男〉

●いつの間にかその道の達人の話を拝聴する場になった

先日、とあるところで大変に興味深い方と話をした。僕より6、7歳年上だが、見た目は60半ばを過ぎているとはとても思えない。誰でも知っている大企業から独立して自分の会社を立ち上げ、世界中のセレブリティを相手に仕事をしてきた人である。会社も順調にいっているのであろう、人生に余裕を感じている雰囲気があった。ジタバタもしていないし、ガツガツもしていない。こんな風に年齢を重ねられたらいいだろうな、と少しうらやましく思った。

ところで、なぜその人が印象に残ったかというと、相当な艶福家らしく、そちらの話をいろいろしてくれるのだが、それがひとつひとつ自身の体験を踏まえていて、まるで落語の艶っぽい色噺を聞いているような面白さだったからだ。僕にとっては、まったく縁のない世界で、若い頃なら少し反発したかもしれない内容だけれど、その人の話し方が実に素直で自慢話の嫌みがない。いつの間にか、その道の達人の話を数人で拝聴する場になった。

そう言えば子供の頃、五味康祐の「色の道教えます」という本が出ていて、僕はその意味がよくわからなかった。五味康祐は「柳生武芸帖」を始めとする剣豪小説で有名だったから、「剣の道」と何らかの関係があるのかとも思ったが(そんなわけないか)、何となく隠微なニュアンスがあり親には訊いちゃいけないんだとは理解していた。当時は「色ボケ」とか「色と欲」なんて言葉もよく見かけた。今では死語なのかもしれない。

さて、先日会ったその人は、形容するなら「色の道の達人」という趣があり、半世紀を超える長い年月を、色道を極めるために費やした感じだった。現代版「好色一代男」である。何事もそれほど精進すると、自ずと独自の哲学が生まれる。物事を深く追究すればするほど、その哲学は深みを増し、人を説得する力を得る。だから、その人の言葉のひとつひとつが僕の身のうちに響いたのだ。

もっとも、僕は「好きな人とは寝ないことをもって貴しとなす」だの、「好きな人としてはいけないものは、仕事と結婚とセックス。それをすれば愛は醒めます」などと言っていたのだけど、その人は「そういう考えで生きているのなら私とは真逆ですが、わからないことはありません」と答えた。僕としては、何となく負け惜しみ的な言い方にならなかったかな、うらやんでいる雰囲気は出なかったかなと心配しつつ、全くもてなかった己の半世紀に及ぶ来し方を振り返ったものだった。

確かに僕はもてなかったし、女性と親しくした経験もほとんどなく、高校時代の同級生と未だに結婚していて...、つまり若い頃から結婚をしていると何かと家庭外における女性との接触には慎重になるきらいがあり...、というか後々面倒なことになりがちで、そのややこしい面倒ごとを考えたら、多少の禁欲生活の方がまだましと考える性格だったのだろう(何だかもてなかったことの言い訳みたいだなあ)。要するに、多くの女性と寝たいという強烈な欲求に支配されずにすんできたのだ。実に、ありがたいことである。

そんなことを話していたら「それはね、あなたが面倒くさがり屋で、マメじゃないからですよ」と、その達人に言われてしまった。達人は、ある有名なスポーツ選手と相手にした女性の数を競い合い、艶福家で名を知られたそのスポーツ選手に「まいりました」と言わせた伝説を保有しているという。「すると、昔、評判になった松方弘樹の千人斬りをかる〜く越えているわけですね」と、少し下品かなと思いながら僕が口にすると、達人は何も言わずにうなずいた。

●漁色家を主人公にした小説や映画は多く存在している

世界の歴史の中で、艶福家として有名なのはカサノバである。もっとも、その回想録の中に出てくる女性の数は200人足らずだともいうから(読んだことがないので正確ではないけれど)、松方弘樹や前述の達人の方が数では勝っているのかもしれない。しかし、女性たちとの交遊を詳細に書き残した「カサノバ回想録」によって彼は有名になり、昔から映画の主人公として起用されている。

最近、公開されたのはラッセ・ハルストレムが監督し、ヒース・レジャーがカサノバを演じた「カサノバ」(2005年)である。その他にもいろいろあって、フェデリコ・フェリーニ監督でドナルド・サザーランドが主演した「カサノバ」(1976年)が最も有名だろう。調べてみたらアラン・ドロンが晩年のカサノバを演じた「カサノヴァ最後の恋」(1992年)やマルチェロ・マストロヤンニ主演の「カサノバ'70」(1964年)というものまであった。

ドナルド・サザーランドが演じたカサノバは、異様なメーキャップであまりいい男ではなかったが、アラン・ドロンやマルチェロ・マストロヤンニなど一世を風靡した美男俳優が演じているのは、カサノバという人物に対して人々が抱くイメージを優先したからだろう。実際のカサノバがドロンやマストロヤンニのような美男子だったかどうかはわからない。どちらにしろ「カサノバ」というタイトルが付く映画には僕は興味がわかなかったから、どれも見てはいない。

しかし、漁色家(古い言い方をしてしまうけれど、プレイボーイといった軽い言い方が嫌いなのです)を主人公にした小説や映画は多く存在している。潜在的に、男はより多くの女性とセックスしたがるからだろうか。歴史的に見ても専制君主はまずハーレムを作る。洋の東西を問わない。徳川将軍には数千人の美女がかしずく大奥があり、ローマ皇帝カリギュラには淫虐を極めたハーレムがあり、始皇帝には美女と宦官たちが徘徊する後宮があった。最近ではカルト宗教のグルが、規模はそう大きくはなかったらしいが、身の周りに美女を配していたという。

支配者の役目は後継者を作ることだからと釈明されることがあるが、それだけではない。権力を手にした者は、自分の欲望を解き放つ。より多くの美女と寝ようとする。下半身は別人格...とよく言われるが、歴史的に賢帝と言われる人や名君の誉れ高い人も、意外と下半身は別だったりする。中には禁欲的な人もいたのだろうけど、何でもできる立場になるとやはり人は色欲を解放するのかもしれない。

これは仮定の話なので僕にも予想がつかないのだが、僕が絶対的な権力を持ったら、もしかしたらハーレムを作るのだろうか。しかし、どうもそんな気がしない。人を殺してもいいとなったら、あなたは人を殺すかと問われれば、僕は絶対に殺さないと答える。僕にとっては、それと同じ設問のような気がするのだ。僕は何も欲望を抑えてきたわけではないし、禁欲的に生きてきたわけでもない。しかし、すべてが許されるようになったとしても、僕は僕の生き方しかできないだろうと思う。

●心の空隙を埋めるために多くの女を求めているのかもしれない

漁色家の主人公で何となく奥深さを感じさせたのは、「存在の耐えられない軽さ」(1988年)のダニエル・デイ・ルイスが演じた若く有能な医者である。「存在の耐えられない長さ」などと揶揄されるくらい長かった(173分)けど、その哲学的なタイトルと共に何となく奥深いものを感じる作品で、そのせいか主人公の青年医師が女漁りをしても単なる女好きには見えなかった。それに1968年夏、民主化が進んでいたチェコにソ連軍が侵攻した「チェコ動乱」をクライマックスにもってきたため、政治的メッセージを感じる作品でもあった。

ダニエル・デイ・ルイスが演じた医師は、何かを強く希求しているように見えた。しかし、求め続けても得られないために、その心の空隙を埋めようとより多くの女を求めているのかもしれない...。そんなことを感じさせる深さがあったのだ。その主人公に対して深く関わる女性はふたり。純情なジュリエット・ビノシュ(思えば彼女はこの作品で一般的に有名になった)と、酸いも甘いもかみわけた姉御タイプのレナ・オリン(彼女はこの作品以降そんな役ばかりやっている)である。

この映画は、原作がミラン・クンデラの代表作である。僕はある人の薦めで一時期、クンデラを集中して読んだことがあるが、何となくとらえどころのない作家だった。ペシミスティックな作家で、この「存在の耐えられない軽さ」の主人公トマシュも虚無的な陰影を与えられていた。医師という人の生死を司る職業が、彼をより虚無的にしているのだ。だから、映画でダニエル・デイ・ルイスが次々に女性を脱がしていても、何となく性的欲望を充たすためだけの行為とは見えなかったのかもしれない。

性的欲望を充たすためだけに、女性とみれば相手かまわず寝たいという欲望を、オーラのように全身で発している漁色家が出てきたのは、「それでも恋するバルセロナ」(2008年)である。演じたのはハビエル・バルデムである。ダニエル・デイ・ルイスがインテリの雰囲気を漂わせているのに対し、「人生楽しまなきゃ損や」的ラテン系のバルデムは男から見るとギラギラし過ぎている。それが、女性から見ると「セクシー」に見えるらしい。

バルデムが演じたのは、スペインの女たらしの芸術家である。芸術家らしく束縛もなく、自分の欲望に忠実に生きている。彼は自由であり、一般的なモラルに縛られることがない。世間も寛容である。だから、会うとすぐに女性を口説くし、ふたりでやってきた若い女性観光客の両方と寝ようとする。バルデムは漁色家の役がよく似合う。ノーベル賞作家ガルシア=マルケスの大作を映画化した「コレラの時代の愛」(2007年)では、初めて愛した女性を失ったために次々に新しい女性と寝るようになった男を演じた。

漁色家の主人公を設定した映画や小説の釈明(?)として、彼が若い頃に燃えるような恋をして、やがて深く傷つく出来事が起こり、その女性の面影を求めて次々に新しい女と寝ているのだという物語のパターンがある。「コレラの時代の愛」の主人公は、他の男と結婚した女を待ち続け(その間、次々に女を作りながらだけど)、その男が死ぬと「50年待っていたよ」と言って女の前に現れるのである。

最近では、ペドロ・アルモドバル監督の「抱擁のかけら」(2009年)がそうだった。いきなり中年男のセックスシーンがあり、その後の会話から相手は道ばたで知り合い部屋まで送ってくれた若い女であることがわかる。なぜ送ってくれたかというと、男の目が見えないからだ。自分のハンデをナンパの手段にする(?)漁色家として主人公は登場し、やがて彼がかつては映画監督であったことがわかり、なぜ目が見えなくなったのかという謎が解き明かされる。彼は、富豪の愛人の美女(ペネロペ・クルス)と恋に落ち、その女の面影を追い続けて生きてきたのだ。

先ほど僕は「存在の耐えられない軽さ」の主人公から何かを強く希求している印象を受けたと書いたが、漁色家は誰もが「見果てぬ夢」を追っているのかもしれない。そして、それは求めても決して得られないものなのだ。しかし、彼らは追い続ける。なぜなら、決して充たされることがないから...。しかし、彼らにとってはその対象が未知の女性なのだが、多かれ少なかれ誰もが「求めても得られない何か」を求め続けているのではあるまいか。

●トリュフォー作品には女性への恐怖が描かれている?

映画監督のフランソワ・トリュフォーは、ものの本によると漁色家だったらしい。「大人は判ってくれない」(1958年)以来、自伝映画的な趣のあるトリュフォー作品だが、「恋愛日記」(1977年)などは彼自身の女性遍歴の告白だと指摘する人までいる。しかし、僕は以前からトリュフォー作品には、女性への恐怖が描かれているのではないかと思っている。なぜなら、トリュフォー作品では女は殺人者であり、男は女に殺される存在なのである。

早世したフランソワーズ・ドルレアック(ドヌーブのお姉さんですね)が主演した「柔らかい肌」(1961年)の主人公は、最後にレストランでヒロインに猟銃で射殺されるし、「黒衣の花嫁」(1967年)のジャンヌ・モローも「暗くなるまでこの恋を」(1969年)のドヌーブも男を誘惑し殺す女たちだ。「隣の女」(1981年)のファニー・アルダンは、ジェラール・ドパルデューを抱擁しながら拳銃で彼の頭を撃ち抜く。ここにはトリュフォーの屈折した願望もあるのかもしれないけれど、僕は嫉妬した女に射殺される怖れの存在を感じてしまう。

漁色家にとっての最大の敵は、女性の嫉妬である。女性の嫉妬という恐怖がなければ、おそらくもっと多くの男が漁色家になっているだろう。「浮気もできない恐妻家」とは侮蔑的に使われる言葉だが、そういう人はけっこう多い。実際、僕も漁色家から見るとそういう存在だろうし、「高校時代の同級生と結婚していること」を驚かれたり呆れられたりした経験は多い。しかし、この際、はっきり言っておきたい。僕は決してカミサンの嫉妬が怖くて、女性の数に挑戦しようとしなかったのではない。それは、くどいようだが僕の生き方なのだ(どうも、もてなかったことの言い訳じみてしまうけど)。

僕が好きになれないのは寝た女性の数を誇る男であり、寝た女性のことを具体的に自慢する男である。「○○と寝たぜ」と得意そうに言う男たちである。モテモテ映画監督ロジェ・バディムは、ブリジッド・バルドーとジェーン・フォンダと結婚し、カトリーヌ・ドヌーヴには子供を産ませているが、彼女たちの名を冠した回想録を出版し、エリア・カザンは自伝の中でマリリン・モンローを始め寝た女優の名を挙げる。彼らでも適わないのがカーク・ダグラスだ。彼の自伝は女優たちとの性遍歴に充ちている。

前述の「その道の達人」の話が面白かったのは、「あんなゴージャスな美女と...」という自慢話的な要素がなかったからだし、達人が徹底的なフェミニストだったからだ。彼はひとりの女性の前では、他の女性の存在をうかがわせるせるようなことは一切しなかった。慎重に隠し(その具体的なテクニックが面白かった)、相手に「私ひとりだけ」と思わせる。それは、相手が気付く気付かないの問題ではなく、女性に対する姿勢の問題なのである。

つまり、女性に敬意を払うことだ。僕はすべての人に敬意を持って接したいと心がけているが、ついつい感情的になり相手を侮辱したり傷付ける。達人に感心したのは、初めて会った僕に敬意を払ってくれたことだった。達人と僕は数人を交えて2時間も話していたのだが、彼は僕の正体を知らず別れ際に名刺交換をした。彼は正体不明の男に深い敬意を示してくれたのだ。達人はすべての人に敬意を払っており、女性に対してはより深い敬意を抱いて接しているのに違いない。そうでなければ、(僕からすれば)そんな天文学的数字が達成できるわけはないのだ。

女性への敬意と言えば、増村保造監督の「好色一代男」(1961年)の世之介が、終始主張し続けるのは「おなごは大事にせなあきまへん」である。ヨーロッパにカサノバがいるなら、日本には(架空の人物ではあるけれど)世之介がいる。僕は吉行淳之介の現代語訳でしか読んだことがないが、主人公は徹底した女性崇拝主義者である。その世之介を市川雷蔵が演じ、雷蔵の喜劇的演技が楽しめる傑作になった。世之介も理想主義者であり、「見果てぬ夢」を求め続ける男だ。充たされない何かに駆られて、未知のものを追い求めている。

女性を求めるか、あるいは別の何かを求めるか。結局、それは個人的な価値観であり、個人的な美学であり、生き方のスタイルだ。しかし、数を求めれば果てしがない。僕のささやかな女性観を言えば、異性に対しては数より質の深さを求めるところがある。ひとりの女性をずっと愛し続けていられたら、死ぬときにその人に看取られたら幸せだと思うが、それはそれで「見果てぬ夢」なのかもしれない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

部屋にカレンダーを吊すことはないのだが、今年はルソーの絵のカレンダーをもらったのでベッドの足下の方の壁に掛けている。目覚めると真っ先にルソーの絵が見える。表紙は自画像。1-2月は「カーニヴァルの晩」。吉田秀和さんの本では表紙に使っていた。有名な「眠るジプシー」は5月まで待たねばならない。ただ、寝起きにルソーの絵を見ても「さあ、今日もがんばるぞ」という気分にはなりにくい。

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■ところのほんとのところ[52]
写真機材に対する愛着──カメラ

所幸則 Tokoro Yukinori
< http://bn.dgcr.com/archives/20110218140200.html >
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前回はカメラに初めて触れた小学生の頃の話を書いた。[ところ]にとってそれが原点だったと思う。スタート時にはカメラ自体に興味は全くなく、写真という不思議なものへの好奇心のみだった。さすがに中学入学祝いに買ってもらったヤシカ以降、回りの友人たちの影響を受けたのは否定出来ない。

当時男の子と言えばカメラにオーディオ、バイク(もしくは車)に非常に憧れがあった。なぜあのころみんなが機械ものに興味があったのかよくわからないが、[ところ]も例外ではなかった。思春期の男の子の性(さが)みたいなものだろう。

近所のカメラ屋のおじさんが愛用してるのがペンタックスだったし、同級生に数人ペンタックスを持ってる者がいて、自分のカメラがペンタックスと同じマウントのおかげで、レンズが借りられて良かったと思っていた。

しかし、半年もたってクラスメートの知り合いも増えだすと、6年制中高一貫教育の私学ゆえ金持ちの家庭の子が多く、本気の趣味でもないのにニコン、キヤノン、ライカを持っている同級生が多いことに気づいてきた。彼らの半数は父親との共有だと思われたが、ちょっと羨ましかった。

[ところ]はカメラよりも、写真はどうやって写真になるのかということに強く興味を持ち始めた。それまでは、印画紙に焼き付けられて初めて写真と実感していた。家に暗室を作って、フジの大きな引き伸ばし機やフィルム現像用のタンクなどを揃え、中学3年ぐらいにはカラープリントまで始めていた。

そのころになると、少し気に入ったデザインのカメラがでてきた。オリンパスOM-1だった。レンズマウントのところにシャッタースピードダイヤルがあって、とても機能的に思えたこともあり購入した。オリンパスが気に入ったのは、XAというポケットにもスルっと入る、格好よくていつでも持ち歩ける35mmフィルムのカメラなんかも出していて、チャレンジしているイメージがあったからだ。

その後、露出方式が革新的と言われるOM-2が出て、親に無理を言って買ってもらった。有頂天だった[ところ]は、親友と出雲に撮影旅行に出かけたが、バス停に買ってもらったばかりのOM-2を忘れてきてしまった。非常にショックだったのを覚えてるし、そのバス停はいまでもうっすらと映像として浮かんで来る。高校になると、写真部というものに顔を出すようになる。

暗室もあったが部員の数からいくと順番待ちが大変だったので、[ところ]は暗室作業ほとんど自宅でやっていた。坊ちゃん学校のせいか、写真部員の自前カメラは、ニコンの当時のフラッグシップ機F2フォトミックかフォトミックSだった。さらにキヤノン軍団のF-1である。

確かに高級そうではあるけれど、なにか無骨な感じで[ところ]はあまり好きではなかった。たまたまコンタックスRTSのカタログを見た時、美しいカメラだなと思った。ポルシェデザインで、レンズもカールツアイスという西ドイツの香りもたまらなかった。碁石の形を少し小さくしたようなシャッターボタンも独特で、シャッターストロークも短く、触れればシャッターが切れる。そういう感じだった。

問題は、[ところ]にとって高過ぎる価格だ。モータードライブのデザインは、当時の日本のメーカーにはない人間の指に綺麗におさまる曲線だった。これが高かった。レンズも欲しいものは8万から40万、全部で80万ぐらいしただろうか。とても親に言える額ではない。

[ところ]の中一からの親友で悪友が、パチプロの息子だった。医者や弁護士の親が多かった同級生のなかでは異色の存在だったが、男から見てもとても格好良くいい奴だった。当時は、まだパチンコが今のような博打性が高くなる前。釘さえ読めて、正確に打てればかなりの確率で勝てるという時代だった。その悪友と、中学3年のころからパチンコ屋にいって、釘を見てもらい少し稼いでいた[ところ]は、バイクも自分専用のガレージも持っていた。

バイクはDT-90から、RG-50、そしてCB400FOUR-Iへと移り変わった、もちろん無免許。ただし暴走族ではないし、暴力的でもない。ものすごく不良でもなくても、そういう男の子が生息していた時代だ。

ボディだけは親に買ってもらい、バイクにお金を使わなくなった[ところ]はカメラ機材につぎ込むことにした。その間に、アサヒカメラで木村伊兵衛の写真を見て、GOROという雑誌で女性の写真を見て、スナップショットとポートレートを本気で撮っていた、と[ところ]は思っている。

あらゆる高校に出向き、いいなと思った子にモデルを頼んだりしていたので、それらの高校の男子に取り囲まれたり、待ち伏せされたりしたこともある。これは余談。

[ところ]がコンタックスRTS所有している時代に大学入試があった。使っているカメラはと面接で聞かれて、コンタックスですと答えると、それならバイトばかりして写真を撮らないような学生にはならないねと言われた。推薦入試みたいなものだったし、たぶんコンタックスで受かったのではと思う。

大学生の時にキヤノンF-1も買う。モータードライブ付けると格好良かったからだ。授業で4×5の実習があると聞いて、みんなと貸し借りしながら練習するのは効率がわるいと思って4×5と三脚を買う。これは今でも所有している貴重なものだ。

大学を卒業後、フリーになってハッセルブラッドも買う。ファッションモールのポスターや小冊子を作る仕事でマカオロケに行ったときは、あまりに多湿だったせいかでコンタックスRTSのシャッターがおかしくなった。3台持っていったのに3台とも調子が悪い。ハッセルを持っていたから、なんとか仕事をやり遂げられてほっとしたが、プロの仕事では壊れにくいカメラにするべきだとその時思った。

日本に帰ってコンタックスをメインテナンスにだした後、ニコンF2フォトミックに全部買い換える。ニコンF3、FUJIFILM-GA645Zi、トヨビュー4×5、5×7、8×10、ホースマン4×5、5×7、8×10、その後ぱっと思いつくだけでもこれだけのカメラを使ってきたが壊れたものは捨て、レンズ関係は回りにあげるか売り払った。

[ところ]が部屋にモノが増えていくことが嫌な性格だというのもあるだろう。今となっては残っているのは、ニコンF3と巻き上げレバーの壊れかけたハッセルブラッド500CM、そしてFUJIFILM-GA645Ziぐらいだ。

ニコンF2フォトミックは、モータードライブ付きで身近な人に渡してある。フォトグラファー仲間は、随分昔からのカメラを抱えて生きているようだ。多分[ところ]もコンタックスRTSがプロの撮影で酷使しても平気なカメラだったら、愛着を持って今も大事にしていたかもしれないが、これも運命なのだろう。

そして、カメラはとうとうデジタルカメラの時代になる。遊びで使うカメラは、QV-10からCOOLPIX950まであらゆるメーカーのものを使っていたが、いよいよ作品レベルの撮影にまで使えるカメラが出てきたので、ある日ナショナルフォトにその時点での最高機種2台を並べてもらった。ニコンとキャノンだった。

交換レンズをたくさん所有しているニコンに少し気持ちが傾いたし、事前調査では4対6でニコンお薦め派が多かったのだけれど、ファインダーの見やすさ、広さでキヤノンにした。レンズも買い直しだったが、そんなに本数を多用するタイプではなくなっていたので支障もなかった。

ここでも、メーカーに対する思い入れより、現実に目の前のカメラが快適かどうかで判断した結果だ。フラッグシップ機だけあって、故障も6年使ってほぼなかった。それでも、時代遅れになっても手元に残したいと思うまでには至らない。

そして今、DP-1というカメラを大事にしている。これは初めて今の[ところ]の作風に行き着いたカメラだからだ。デザインもすごく気に入っている。現在はDP-1xとα900が中心になっているが、もっとも愛着があるのは初代DP-1だ。ここまでの愛着感を持ったのは初めてかもしれない。α900もレンズがカール・ツァイスをチョイスできるということもあり、次世代機のデザインによっては[ところ]にとってのコンタックスRTSのような存在になるかもしれない。

【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則 < http://tokoroyukinori.seesaa.net/ >
所幸則公式サイト  < http://tokoroyukinori.com/ >

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■歌う田舎者[20]
号泣する準備はできていた

もみのこゆきと
< http://bn.dgcr.com/archives/20110218140100.html >
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雨ニモマケズ
風ニモマケズ
御馳走ヤ酒ノ誘惑ニモマケヌ
強イ意志ヲモチ
体重ガフエレバ オロオロナヤミ
皺ガフエレバ クヨクヨナゲク
ソレデモ イツノヒカ
網タイツヒトツデ 周リヲ悩殺スル
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

これは、わたしの今年の年賀状である。網タイツを身につけたバニーガールのイラストを添えた、ダイエットとアンチエイジングの誓いとでも申し上げようか。ちなみに、去年の年賀状は以下の通りであった。

朕深ク健康診断ノ大勢ト肉体ノ現状トニ鑑ミ
非常ノ措置ヲ以テ体重ヲ減少セムト欲シ
茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
朕ハ二〇一〇年ノ一年間ヲシテ
米英支蘇四国ノ如何ナル誘惑ニ対シテモ耐ヘ
万世ノ為ニ其ノ体重ヲ三キロ減量スルコトニ
最善ヲ尽クス旨通告セシメタリ

『三キロ』という控えめな目標が、慎ましやかな大和撫子を思わせ、全国の殿方の劣情をかきたてたことと思われる。

このところのわたしの年頭目標は、毎年ダイエットである。システムエンジニア退役後、あれよあれよと言う間に増量し、気がつけば8kgも太ってしまった。「今なら8kg増量中!」と言っても、ローソンのからあげクンじゃあるまいし、誰も買ってくれない。

健康相談で保健所のねぇちゃんに「健康上のお悩みは何かありますか?」と聞かれ、ソッコー「ダイエットです」と答えたわたしであるが、「腹囲90cmまではメタボじゃないですから、まだ大丈夫ですよ」って、おまえ、そんな厚労省規格なんか笑顔で持ち出されたって、慰めにもなりゃしねぇ。どこの世界に腹囲90cmで良しとする女がいるんだ? あん?

最近、覚せい剤で新聞・テレビを賑わせている小向美奈子嬢であるが、昨年秋の浅草ロック座「花と蛇3公開記念特別公演」では、ほかの踊り子さんと比べると、ギョッとするほど、ふっくらしておられた。

しかし、若者が太るのと、中高年が太るのでは大違いがあるのだ。うら若き小向美奈子嬢が太っても、細胞ぷりぷりぴちぴちの瑞々しい太り方になるのだが、綾小路きみまろのメイン顧客層の場合、そうはいかない。引力に逆らえなくなった肉が、所在なげにでれんと垂れ下がり、ブラからはみ出した背脂の段差が物悲しい風情を漂わせることになる。

8kgも増量すると、生活のあちこちに支障が出てくる。まず、当然ながらこれまでの服が入らなくなる。スカートをはくとき、太ももの半ばあたりから、右・左・右と少しずつ回転させつつ「頼むから入れ、入ってくれよ」と、祈るような気持ちでウエストまで持ってこなくてはならない。おまじないは、♪ハイレハイレホレハイレホー ハイレハイレフレーホッホー♪である。

まっすぐ通れたはずの机の隙間が、カニ歩きをしないと通れない。ジャズダンスのレッスンに行くと、肉の重力に振り回され、ポーズを決めるべきところで止まれない。太った女には、万有肉力の法則が適用される。

風呂上りにバスタオルで首筋を拭きながら、ふと、足もとに視線を落としたとき、腹の肉の向こうに下の毛が全く見えないという荒涼たる風景が心を凍らせる。そして遠くから、都はるみの歌が...... ♪あなた 下の毛 見えま〜すか〜日ごと お肉が積もり〜ます〜♪

あら、も、も、も、もちろん、あたくしの話じゃなくってよ。たとえばの話よ、たとえばの。失礼しちゃうわね。エレガントで鳴らしたこのあたくしが、し、し、し、下の毛ですって! いやんばか〜ん、んふ〜ん♪ by 林家木久蔵。

でもね、食べ物というものは、腐る前が一番おいしいのよ。お肉だって、ちゃんとしたレストランじゃ熟成したものをお出しするもの。萎びる前が一番食べごろなの。それなのに、男たちはみんな黙ってあたくしの前を通り過ぎるだけって、どういうことかしら。全く世の中は不条理に満ち満ちているものね。

そんなわけで、今回のコラムでは、血のにじむようなダイエット生活についてしたためようと思う。今年になってからiPhoneの無料アプリ「WeightNote」でレコーディングダイエットを始めたわたしであるが、グラフがちょっと右肩上がりになっただけで自動的に食欲にブレーキがかかるのか、1カ月で2kgの減量に成功。よしよし、この調子でいけば、4ヶ月後には8kgの減量達成となるはずなので、夏はワイハーで男たちの視線を浴びながら、ビーチをモンローウォークよ。

しかし、勝利の栄冠をつかむ前に障害が立ちはだかるのは世の常である。わたしのダイエットを阻むもの。それは"出張"だ。2月半ばの1週間の間に、福岡と沖永良部に出張する予定が組まれていたのだ。

そこでしか食べられぬもの......その誘惑に打ち克つことはむずかしい。ましてや、もう5年以上も封印されたわたしの海外放浪癖をなだめすかすには、出張で訪れた都会で世界の料理を食べ歩き、気分だけでも海外逃亡モードになるしかない。

しかも福岡と言えば、押しも押されもせぬ大都会である。薩摩藩には未来永劫出来る可能性のない国の料理屋が目白押しだ。据え膳食わぬは女の恥。虎穴で喰わずんば男も得ずと言うではないか。千里の道も一歩から。大量の言い訳を並べたて、福岡初日の夜は薬院大通り近くのアルゼンチン料理屋「ポルテーニョ」にて、心のおもむくまま、豪勢に喰いまくることにした。

まず前菜にエンパナーダ。ミンチ・ゆで卵・玉葱などが入ったミートパイなのだが、チミチュリというスパイシーなソース付きで1ケ350円。ほくほくアツアツで超バリうまである。これを食べただけで薬院まで来た甲斐があったというものよ。

メインディッシュはミラネサ・ナポリターナ。とろけるモッツァレラチーズたっぷりの薄めのビーフカツレツで、付け合わせのミニトマトとレタスのサラダもたっぷり。パン付きで1600円。豆料理のモンドンゴは、白豆と牛モツ(ハチノス)のトマトソース煮なのだが、アルゼンチン肉じゃがという感じでうまい。ミニサイズで400円。

「ど、ど、どう考えても喰いすぎじゃね?」と思いながらも、デザートは別腹である。フラン(自家製プリン)をオーダー。このフランにはドルチェ・デ・レチェというアルゼンチンのソフトなミルクキャラメルがとろりと乗っかっているのだが、若干結晶化したキャラメル成分が、歯で噛むときに立てる小さなシャリシャリした音を官能的と言わずに何と言おうか。あぁ、福岡に出張できて本当によかった。うれしさに号泣するわたしである。

そして翌日のランチは大名にあるロシア料理「ツンドラ」である。入口近くのガラスケースには、様々なロシア料理のサンプルと共に、マトリョーシカが微笑みかける。

ここでは、つぼ焼きランチをオーダー。まずは民族衣装ルバーシカを身にまとったウェイターの兄ちゃんが、ボルシチ・ピロシキ・サラダを持ってくる。しかしなんといっても、ロシアっつったらグリバーミなのだ。つまりは、キノコのつぼ焼きなのだが、マグカップの中にキノコ入りのベシャメルソースが入っていて、それにパン生地(店によってはパイ生地のところも)で蓋をして、オーブンでこんがり焼き上げた料理だ。寒い季節にぴったりで、ふくらんだパン生地を、スプーンでマグカップの中に落とし込みながら、ふぅふぅして食べる。

いやはや、やはり世界各国料理はうまい。うますぎて涙が出る......あれ? 今回のコラムって血のにじむようなダイエットの話と違いました? こんなに豪勢に喰いまくって、いったいどないしますの! いいえ、大丈夫。次は沖永良部ですもの。福岡のような大都会と違って、間違ってもナイジェリア料理屋だのボツワナ料理屋だの、ありませんわよ。

そして間髪いれずに沖永良部に旅立ったわたしであるが、ご存じない方のために簡単に説明すると、沖永良部は奄美群島の一部を成す島で、薩摩藩最南の与論島よりひとつ北に位置する「花と鍾乳洞とダイビングの島」だ。映画「東京島」のロケ地にもなっている。

奄美十景に数えられる断崖絶壁の田皆岬は、二時間ドラマの帝王・船越英一郎が「このままでは大門寺から永遠に逃れられない。そう思った貴女は彼をこの崖に誘った。あなたがやったんですね、奥さん!」と叫ぶのにおあつらえ向きの岬である。ちなみにこの崖からは、ゆらゆらとウミガメが泳いでいるのが見える。

さて、確かに島にはナイジェリア料理屋もボツワナ料理屋もない。しかし、新鮮ぴちぴちな島食材が、手ぐすねひいて、わたしを待っていた。島の居酒屋は「若大将」。奄美群島でしか生産されていない、口当たり柔らかな黒糖焼酎をあおりつつ楽しむ島じゅうり(島料理)の数々。

島の正月料理で供されるヒルアギは、葉にんにく、人参、豚バラ、島かまぼこが入っており、ゴーヤチャンプルーのような味付けで食べやすい。刺身や貝の盛り合わせも新鮮でコリコリとしている。しかし何にもまして、そこに鎮座ましましている伊勢海老様。わたしら平民の口にはおいそれと入らない伊勢海老様が、平凡このうえない食材のように横たわり「好きにして」と皿の上で科を作っているのである。あぁ、おまえを喰わずに死ねるものか! 喰うべし、喰うべし、喰うべし!

わたしの辞世の句は、きっとこうなるだろう。
「あらざらむ この世のほかの思い出に いまひとたびの 喰うこともがな」......あれ? 今回のコラムって血のにじむようなダイエットの話と違いました?

出張から戻り、久しぶりに風呂上がりの体重計に乗ってみた。足もとに視線を落とすと、都はるみの歌が遠くから聞こえる。♪あなた 死んでも〜いいで〜すか〜 腹で〜目盛り〜が見えま〜せん〜♪ 目盛りは人生史上最大の数字を指していた。号泣していいですか。

※「号泣する準備はできていた」江國香織
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※ハイリハイリフレハイリホー「丸大ハンバーグ」
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※「北の宿から」都はるみ
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※「いやんばか〜ん」林家木久蔵
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※崖っぷちの船越英一郎
< http://www.nicovideo.jp/watch/sm8818379 >
※アルゼンチン料理「ポルテーニョ」
< http://www.7272.jp/0925235173/ >
※ロシア料理「ツンドラ」
< http://r.gnavi.co.jp/f049400/ >
※沖永良部島
< http://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=35770683 >

【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。沖永良部から戻り、現地の観光パンフレットを眺めていると、商店街のはずれに「スナック女ざかり」という文字が。うぅん、素敵なネーミングセンス。ホステスさんは、やはり女ざかりな方々ばかりなのだろうか。気になる。すげぇ気になる。行って確かめてみれば良かった。あな口惜しや。

しかし何の気なしに「スナック女ざかり」でググってみたところ、求人情報の残骸が現れたではないか。しかし応募資格は18歳以上となっている。そりゃ看板に偽りありだろ。「女ざかり」を名乗るには、せめて介護保険料を支払うくらいの成熟度がなければならぬ。店のキャッチコピーは「美容とダイエットに最高の沖永良部島で、楽しくお仕事しちゃおっ」であるらしい。うむむむ......島にとどまり「スナック女ざかり」に応募するべきだったのではあるまいか。

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■編集後記(2/18)

・先週の新聞に「双方向シンポジウム どうする高レベル放射性廃棄物」という、文字がびっしりつまった資源エネルギー庁の全面広告が出ていた。原発から発生する地球上最も危険なゴミの管理や処分のあり方について、異なる意見をもつ専門家が率直に議論するシンポジウムのレポートである。議論を多くの人と共有することで、この問題に関心を深め考えるきっかけを生み出すのが目的だという。今頃何を言っているんだという感じがする。高レベル放射性廃棄物の地層処分は、現在の科学では安全を保障する力はない、あえていうなら地上管理が望ましいという慎重派に対し、現状の技術で安全な処分が可能であるという推進派の議論のようすが、わりと公平に報告されていて興味深い。火山国で地下水の豊富な日本で、地下に埋める処分が安全だと言い張る推進側の頭を疑うけれど。国民の幅広い議論が必要、というのがこの広告の言いたいことらしいが、推進側のアリバイみたいな臭いもする。2月17日に東京で行われるシンポジウムのテーマは「何を論議すべきなのか...その全体像を考える」だって、おいおい、今頃何を言ってるんだ。高レベル放射性廃棄物は電力会社が作っているのだから、電力会社が責任をもって管理、処分せよ。処分方法が決まらないのだから、まず原発を止めてこれ以上ゴミを出すな。(柴田)

・女ざかりが18歳ってことはないわ。同意。幹が伸びてきたところよね。つぼみすら見当たらず。/ふと気づく。バレンタイン限定チョコって、もう売っていないんじゃないのか? 期間限定チョコが楽しみで、自分のために買ったりするのだが、今日は18日ではないか。15日ぐらいまでは販売していたような気はするのだが、18日ではさすがにないよな。売れ残った限定チョコってどうなるの? そういや、先月17日にマンション上のヘリポートを使っての救助訓練があったはずだ。朝と夕方の二回、ヘリコプターが飛来するということで、興味があったのだが、仕事をしているうちに終わっていた。どんなんだったんだろう。来年もあるのだろうか。フィックス窓の掃除の告知もあったが、いつの間にか終わっていた。消防点検の日程連絡もあったはず。確か来月だった。文書どこにやったんだろう? きっとDMの山の中にあるに違いない。やばい、やばいよ、来客用の掃除をしなければ、だよ。やっぱルンバ買うかな......。今年の1/8は仕事ブラックホールに吸い込まれてしまった。早く地球に帰還したい。はやぶさに共感している自分がいるよ。いったん請けた仕事は、最後までやんないとなぁ。/北方領土、対話すら拒否だって?(hammer.mule)