[3028] キツツキを見上げた日

投稿:  著者:  読了時間:20分(本文:約9,800文字)


《本当にそうでしょうか? 写真は真実を写していますか?》

■気になるデザイン[58]
 紙、インキの現状は?
 津田淳子

■装飾山イバラ道[74]
 キツツキを見上げた日
 武田瑛夢

■おかだの光画部トーク[53]
 写真や映像は何を伝える事ができるのか その1
 おかだよういち



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■気になるデザイン[58]
紙、インキの現状は?

津田淳子
< http://bn.dgcr.com/archives/20110412140300.html >
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震災から一か月が経ちましたが、未だ余震も多く、被災地のみなさんの心身の疲労は如何ばかりかと存じます。一日も早い復興をお祈り申し上げます。

昨今、出版関係の人や印刷・紙関係の仕事をしている人と会ったとき、かなりの高確率で出るのか、「紙はある?」「インキはある?」という話です。

コート紙や新聞用紙などをたくさんつくっていた、日本製紙の石巻工場やその他の工場、また三菱製紙の工場などが、今回の震災で被災し、操業停止になっていたり、つくって在庫していた紙が地震で崩れて使えなくなったり津波でダメになったり。また紙はあっても、震災直後の燃料不足や混乱で物流がうまくいかなかったりと、さまざまな要因で紙不足になっているので、お互いの状況を聞いているという感じでしょうか。

実際、私も4月新刊(3月中旬に印刷)を二冊担当していましたが、二冊とも本文用紙は銘柄変更となりました。一冊は「b7トラネクスト」という本文用紙で、もう一冊は「b7ナチュラル」という本文用紙だったのですが、偶然にもどちらも被災した日本製紙石巻工場品。b7ナチュラルは日本製紙グループの日本大昭和板紙がつくる「コスモエアライト」に、b7トラネクストは「ユーライト」というコート紙に代替となりました。

こういう状況下にありながらも、似た風合いの紙、ほぼ同じ束になる紙の在庫を見つけてくれた印刷会社には感謝です。

関係者と話をしていると、さまざまな情報や噂の域を出ない話を耳にします。少し前々では、全貌が掴めない感じもあって、twitterなんかを見ていても、部分的な情報からより大きな不安を感じている人が多いように思ったので、私が細々書いている「デザインのひきだし制作日記」に、その時点でわかる範囲の情報をまとめました。その頃からまた状況も変わってきているので、近々またまとめ直そうと思っていますが、それを差し引いてご覧いただける方は、こちらをご参照ください。
< http://dhikidashi.exblog.jp/ >

このブログを書いたときから復旧が進んだ大きな話としては、日本製紙岩沼工場(宮城県岩沼市)の一台の新聞用紙をつくるマシンが操業開始したことでしょうか。4月10日に試運転を開始し、翌11日から連続運転が再開されたそう。いやぁ、よかった。

・日本製紙の発表(PDF)
< http://www.np-g.com/contents/200124298.pdf >

私の感触としては、紙以上にみなさん心配しているなぁと思うのが印刷インキ。インキの一部の原料について、日本でつくっている会社が一か所しかなく、そこが被災したため、その原料の在庫がつきるとインキがつくれない、という話です。噂レベルでは、海外からその原料を調達するとか、いろいろ耳にしていましたが、昨日のニュースで、印刷インキ工連が代替原料入手による新インキ設計と海外調達準備へ入っているという報がありました。
< http://www.pjl.co.jp/news/group/2011/04/2128.html >

みなさん、必死にがんばってくれてるんだろうなと、こうしたニュースを目にする度に、刷る価値のある本をつくらねばと、私も気合いを入れ直している毎日です。

地震から一か月。最初の一週間ほどは落ち着いて本屋さんに行く、という感じにならなかったのですが、その後はできるだけ日常生活を粛々と送ろうと、書店通いも再開。そうした中で気になる装丁の本も相変わらず買っています。今日はその本のことを書こうかとも思ったのですが、そちらはまた日をあらためて(めちゃくちゃ溜まっているので、長文になりそう!)。

【つだ・じゅんこ】tsuda@graphicsha.co.jp
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デザインのひきだし・制作日記 < http://dhikidashi.exblog.jp/ >

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■装飾山イバラ道[74]
キツツキを見上げた日

武田瑛夢
< http://bn.dgcr.com/archives/20110412140200.html >
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本日のコラムでは、地震当日の3月11日の朝起きてからの一日の行動記録と、その後約一か月が過ぎた現在までの心境を書かせていただくことにします。

〈2011年3月11日〉

金曜の今日は午前中に確定申告へ行って昼食を外でとって、その後八王子に一人で出かける予定だった。確定申告の作業で遅れていたデジクリコラムの原稿書きは今晩やることにして、だんなさんと申告書を提出にでかけたのが11時頃。金曜のうちに提出してしまった方が役所が混まないからと、二人の予定をこの日に合わせたのだ。

既に出かけるのが遅れてしまっていた私たちは、申告書の提出の前にお昼ご飯を食べることに変更した。おいしくて安いのが有名な「美登利寿司(梅が丘)」の店先に並ぶ。外に並ぶお客さんのために、ドアの前に大きなストーブが置かれていてあたたかいのが嬉しかった。

久しぶりの美登利寿司はやっぱりおいしい。ランチはお得なので特におすすめだ。食べ終わってから梅が丘から歩いて税務署までの道すがら、自分の通っていた梅が丘中学校の前を通る。懐かしい。税務署への申告書の提出はあっけなく終わった。電子提出している人が多くなったせいか、あまり窓口は混まなくなったのかもしれない。その後は歩いて羽根木公園へ。

羽根木公園は私の子供時代によく遊び、クラブ活動では何周も走らされたものだ。梅の残りが咲いていてとてもきれいだったけれど、公園は整備され昔とはだいぶ変わってしまっていた。小学校当時に遊んでいた羽根木公園の「迷路」は、石造りでとても大きくて楽しいけれど怖い場所として記憶されている。

初めて来るだんなさんを案内しながら、なくなってしまったと思っていた迷路がまだ存在し、色とりどりに変わっていたのを知って驚いた。大人の私の目線から見ればさほど大きくない迷路だったけれど、30年以上も同じ場所に在り続けるのはすごいことだ。調べてみたら2009年に「迷路の遊び場」としてカラフルになってリニューアルしたらしい。白かグレーだった昔の迷路だと物陰になってしまって陰気でもあったので、なるほどの改善だと思う。

その後通りがかったご婦人に、木の上にキツツキがいるのを教えてもらったりした。何の種類かわからないけれど、確かに白黒の羽根の鳥が木を高速ノックしていた。周囲の低い梅の木とは違い、キツツキがいる木はとても背が高い。こうして木をゆっくり見上げるのも久しぶりだ。世田谷にもまだたくさん記憶に残る良い場所が残されている幸せを感じていた。本当に良い天気だ。

家に帰ってからやり残したことを振り返る。そういえば、確定申告の書類を作っている時に、銀行の通帳の未記帳分がすっごくたまってしまっていたのに気づいた。今回の確定申告には関係ないけれど、なんとか3時までに間に合えば下北沢まで記帳しに行こうと思いついた。たぶん通帳は繰り越してしまうだろうから、窓口が開いている時間でないと新しい通帳を出してもらえないからだ。しかし、私らしくついついゆっくりして時計を見たら、3時には間に合いそうになくなってしまった。

と、その時に地震が来た。住んでいるのはマンションの2階部分でグラグラとした揺れがだんだん強くなるので、そばにいただんなさんと一緒にリビングのテーブルの下へ入った。私が今まで体験した中でも最も大きな揺れだったと思う。揺れがおさまったのでテレビで情報の収集を始めた時は、まだ八王子へ出かけるつもりでいた。しかし、iPhoneのJORUDANライブによると電車が止まっているのがわかったので、出かけることはあきらめた。電話は誰とも通じない。今思えば、3時にこだわって銀行へ通帳記入に行っていたら、その後家に戻って来るのは相当に無理だったろう。

・ジョルダンライブ!
< http://www.jorudan.co.jp/unk/live.html >

近くにある倉庫兼仕事場は、今日は母が書類書きに使っていた。仕事場のマンションはかなり古く、階も高いために地震の揺れはいつも何倍にも感じる。電話がつながらなかったので心配したけれど、しばらくしたら母は慌てた様子で戻ってきた。あまりの揺れにフロアの住人が皆廊下に出てきて声を掛け合ったという。中には泣いている人もいたと。興奮ぎみに話すので、なんとか落ち着いてもらってテレビを一緒に見た。

震源地から離れた東京でのあの揺れでは、今回は相当大きな地震だと思ったけれど、夜になるにつれ明らかになる被害の大きさに、今日がコラムの締め切りなのにネタがまったく思い浮かばない。お昼ご飯を食べて2時頃までの私だったら、羽根木公園ののんびりとした美しさについてもっと書けたと思うけれど、地震の後にテレビニュースを見続けた私には、今日はこのテキストでせいいっぱいでした。まだ今晩も余震が続くだろう。

〈2011年4月11日〉

上記の地震当日の午前中の出来事を記録していたのは、私にとってとても良かったと思う。当たり前な物事を、原色のまま写した記録のような気がする。「普通の日常」がどれほど幸せなものか、もしかしてこの3月11日の午前中のことは、鮮明な原色の最後の自分の記憶になるのではないかと恐れてもいる。

この一か月間のその後は、テレビであまりに大きな被害状況を知り、自分の認識の甘さに驚くだけだった。今自分の周りにあるすべてのものは、既に地震以前のものではないのだと気づかされた想いだ。その気づきは最初は理解不能な不安としてドスンとやってきて、ゆっくりと時間をかけて心に居座ってしまった。そして、不安のひとつひとつが現実になったり、どこかへ飛んで行ったりしながら現在に至る。

今週から大学も始まる予定だけれど、私が行っている大学では卒業式も入学式も中止された。今後はコンピュータを使う授業をベースとしている私が、再び計画停電が開始された場合に、どう乗り切るかが具体的な課題だ。学生たちには「今日の一日を、今の一瞬を大切に。」と伝えたいし、今年はそれを伝えるのに苦労はいらないと思う。

これからの私たちは、この変化の中で力を合わせて生きていかなければならない。私はデザインやアートに何ができるのかも、以前より真剣に考えるようになったし、日常のご飯作りも何か必死でやってしまっている。なんとなくできた日々は、もうしばらくしないと元には戻らないだろう。でもこれを何かのきっかけとして、大きく自分を動かすこともできると信じている。日本がんばれ。

【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
< http://www.eimu.com/ >

夏に復活するかもしれない計画停電対策として、「バッテリー駆動のプロジェクター」があればノートパソコン(Mac)を一緒に使って停電時の授業でできることが増えると思う。。モバイルプロジェクターが人気のようだけれど、明るさが足りるのかなどが不安だ。そこで、バッテリー駆動のプロジェクターを実際に使ったことがある方は eimu@eimu.com へ感想などをいただけるとありがたいです。よろしくお願いします。

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■おかだの光画部トーク[53]
写真や映像は何を伝える事ができるのか その1

おかだよういち
< http://bn.dgcr.com/archives/20110412140100.html >
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3月11日の震災から一か月。デジクリも再開となりましたが、いまだ多くの出来事が進行形です。報道やインターネットの記事や、多くの人のTweetなどで被災地の現状を見聞きするたびに、大変悲痛な思いになります。亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。

今回、関西は直接的な被害がなかったのですが、やはりあれだけの無残な映像を見続けてしまうと無力感で何も手につかないばかりか、夜中に突然涙があふれてくるような、精神的に不安定な状態が数日間続きました。

でも、何か自分達で出来ることがないかと、秋葉さん(デジクリ月曜日担当)達に相談したところ「Untitled!!!!!!!!」というチャリティイベントの開催が実現しました。
< http://m2.cap-ut.co.jp/un/ >

震災後3週間ほどの4月3日にこれができたというのは、このイベントに参加した全員が「何かしたい!」という強い意志があったからだと思います。

一人15分の持ち時間でバラエティに富んだ内容の12セッション。その中でわたしは「写真の力〜写真が伝えられる事・伝えられない事」というタイトルで「写真」についてお話しました。15分という短い時間だったので、その場では全部伝えきれなかった感じもしましたので、ここで詳しく書いておきたいと思います。

「写真」という言葉、元々の英語は「Photograph」です。「Photo=光」「graph=描かれたもの」なので、本来「写真」よりも「光画」と訳したほうがしっくりきます。この連載のタイトルにも「光画」を使っています。光で像を描くのですから、光のない暗い場所では撮るのが難しいですし、光の量を調節するカメラの機構である「絞り」や「シャッター」を調節することで、様々な表現が可能になります。

「写真」という言葉を深く考えてみます。

「写=1.文書・絵などを元のとおりに書き取る。まねてそのとおりに書く。転写する。模写する。2.ある物をまねてそのとおりの形につくる。模造する。3.見聞したことを文章や絵で表現する。描写する。4.写真や映画に撮る。撮影する。」

「真=1.うそや偽りでないこと。にせものでないこと。本当。真実。ほんもの。2.まじりけがないこと。本来の意味どおりであること。3.道理として正しいこと。真理。4.まじめなこと。真剣なこと。また、そのさま。5.論理学で、ある命題が事実と一致すること。また、そのさま。」

このようなことが国語辞典に書いてあります。それぞれの漢字の意味から「写真」とは「真実を写すもの」のような意味があるように感じます。

本当にそうでしょうか? 写真は真実を写していますか?

哲学的な話になってしまいますが、真実とは人それぞれ違うものだと思います。わたしが感じた真実は、必ずしもあなたの感じた真実とは一致しないものです。人それぞれに真実を持っているのですから、ある人にとってそれが真実でも、別の人が見れば虚構と感じるかもしれません。

写真は必ず撮影者の作為が込められています。広告写真であるなら、そのような作為は当然あると想像できるでしょう。では、報道写真はどうでしょうか。報道写真は現地のありのままを撮っているのが前提ですから、そこには作り込む要素はないと思うかもしれません。しかし、お天気カメラのようなただ漠然と自動で風景を映すような映像と違い、人間が撮影する写真は撮影者の何かしらの意識が写し込まれます。

例えば、同じ場所で同じものを撮る場合でも、レンズのチョイスでまったく違う印象になります。広角レンズで全体を広く撮るのか、望遠レンズで遠くから一部を切り取るのか。同じ広角レンズでも被写体にぐっと近づき、背景との遠近感を強調するのか、漠然と全体を写すのか。

また、カメラを構えるボジションやアングルでもずいぶん違う印象になります。立ったまま目線の位置で水平に構えて撮るのと、地面すれすれの位置から見上げるように撮る写真は、迫力や伝わってくるものもまったく違うものになります。被災地大槌町で撮影された写真を見比べてみます。

< http://goo.gl/vMhUO >
< http://goo.gl/LDg57 >

大津波によって陸へ打上げられた船が、家屋の屋根の上に残されている写真二枚ですが、上空からの空撮写真と船の下から撮られたものでは、受ける印象がまったく違うと思います。

レンズが切り取って写真に写っている部分は、そこにある世界のごく一部です。でも、写真を観る側はそれがすべてと錯覚しがちです。当然のことながら、その場では人間の五感で感じる色々な情報やニュアンスが、すべて写真から読み取れ感じられるわけではありません。

< http://goo.gl/e6vzf >
< http://goo.gl/OXvFQ >

陸前高田市で撮影されたこの二枚の写真も、一枚は子供の目の高さで撮られた、女の子が一人で後ろに自衛隊員が写っている写真。もう一枚は同じ女の子が他の大人と写っている写真。これらから受ける印象はまったく違いますし、心の中で湧きでてくる感情やストーリーも違うのではないでしょうか。

レンズやトリミングなど、光学的な効果だけではありません。コントラストや彩度、ホワイトバランスの調節だけでも、様々な方向に印象づけることができます。これらの調整は、パソコンに撮り込んだ後に、Photoshopで修正するともしかしたら「それは嘘だ!」と言われるのかもしれません(少なくとも昔は、デジタル処理された写真は嘘だと言われました)。しかし、最近はカメラ内で色々な調整ができたり、HDRの処理もできてしまいますから、カメラで撮ったままと言えなくもない状況になります。

< http://goo.gl/BGmfO >

ホワイトバランスの調整などで、全体をブルーがかったモノトーンの写真にすることで、とても静かな印象を受けます。また寒さも伝わってきます。

< http://goo.gl/CJWwH >

逆光でコントラストを強調するのも、ドラマティックな印象が伝わる手法のひとつです。

< http://goo.gl/9oQtW >

この写真は、ちゃんと確認したわけではないので定かではありませんが、わたしの印象では、燃えている炎と煙の部分とその他の部分HDRの処理をしてあるか、彩度の調整がしてあるのではないかと思います。

作為があるからといって、それが嘘とか、歪められた真実ではありません。これらすべてが、そこで撮影したフォトジャーナリストの目を通した真実です。しかし真実はそれだけではなく、ごく一部であることも確かです。

写真を見る時は、それがすべてだと過信せずに、その写真が撮られた背景まで考えながら真実を読み取る力が大切だということを、震災の多くの報道や写真によって再認識させられました。

【おかだよういち/WEB&DTP デザイナー+フォトグラファー】
< http://s-style-arts.com/ > < mailto:okada@s-style-arts.com >
< twitter:http://twitter.com/okada41 >

このテキストを書いている最中も、関東〜東北では大きな余震が頻発して緊張感が伝わってきます。でも、桜を見るとすこしホッとしますね。姫路界隈でも桜がちょうど満開になっています。

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■編集後記(4/12)

・今朝8時8分、トイレ内で立ち上がったときに身体が揺れているような妙な感覚が。やばい、年齢を重ねた身体のどこかおかしくなったのかと思った。リビングに行くと天井照明がブンブン揺れている。また地震だ。昨夕もかなりすごい揺れが来たが、それに次ぐ大きな揺れだ。3.11以来、余震と思われるのを何度経験したことか。3.11では、生まれて初めて出会った大揺れに驚愕したが、意外と冷静にバスタブに水をためる操作をしたあと、仕事部屋の書棚を押さえていた。妻は和室に座り込んで仏壇を押さえながらなんやら叫んでいた。でもこの部屋にいれば絶対に安全という根拠のない自信があったから、それ以上のことはしないで揺れが収まるのを待った。被害ゼロ。物の落下もなかった。高層階の娘の部屋まで階段で駆け上がった。さすがに床は落下物でいっぱいだったが、物が壊れるという被害はなかった。その後も、毎日のように強い地震が来たが、3.11と比べると落ち着いていられた。それにしても、いつまで続くのか。これが東京直下型を呼ばないか、不安が募る。おかださんが紹介している「The New York Times」と「boston.com The Big Picture」の写真は、日本の新聞では見られないようなものすごい光景の連続に圧倒される。友人が教えてくれた「The New York Times」の「Satellite Photos of Japan, Before and After the Quake and Tsunami」は、スライダーを左右に動かすと以前と以後がハッキリ見えて、巨大津波の恐ろしさが分かりすぎるほど分かる。3.11直後にこんなビジュアルが構成できるんだから、衛星写真ってすごい。(柴田)
< http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/13/world/asia/satellite-photos-japan-before-and-after-tsunami.html >

・阪神大震災で被災した方々から聞いたお話。要約。「ずっと停電していて、やっと電気が点いた時にやっていたテレビは、他愛のないものだったよ。あ、そうだ、こうだった、と日常を思い出して安堵し、『日常の感覚』を取り戻したんだ。それがどれだけありがたかったことか。日常に戻ることを考えるようになる。異常な状態が続くと忘れてしまうし、その異常な状態が当たり前になってしまい、ずっと続くような錯覚まで覚える。」「被災者のことを考えて、やたらと『不謹慎』という人がいるけど、普段通りの日常生活をしていればいいんだ。今までと同じ生活をしていることに、被災者は怒ったりしないよ。第一、不謹慎って何? 日常生活って不謹慎なもの? 不謹慎って言う人は、普段の生活が不謹慎だからなんじゃないの?」「家が倒壊し、停電し、電話が通じず、テレビなども見られず、情報がまったく入らなかった。見渡すとどこも悲惨な状態で、日本が終わったとまで思った。それでも歩き出した。がれきの中を何時間も歩いてると、遠くに電車が走っているのが見えた。その時の気持ちってわかる? みんな普通に電車に乗ってるんだ。普通に。何事もなかったように。助かったと思った。ありがたかった。」/お願いだからもう余震おさまってよ。いつまで苦しめる気なのよ。原発事故さえなかったらなぁとも思う。やばめの発表はたいてい夜中。そして選挙後。/本文を読む前に後記書いてました。(hammer.mule)