装飾山イバラ道[74]キツツキを見上げた日/武田瑛夢

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本日のコラムでは、地震当日の3月11日の朝起きてからの一日の行動記録と、その後約一か月が過ぎた現在までの心境を書かせていただくことにします。

〈2011年3月11日〉

金曜の今日は午前中に確定申告へ行って昼食を外でとって、その後八王子に一人で出かける予定だった。確定申告の作業で遅れていたデジクリコラムの原稿書きは今晩やることにして、だんなさんと申告書を提出にでかけたのが11時頃。金曜のうちに提出してしまった方が役所が混まないからと、二人の予定をこの日に合わせたのだ。

既に出かけるのが遅れてしまっていた私たちは、申告書の提出の前にお昼ご飯を食べることに変更した。おいしくて安いのが有名な「美登利寿司(梅が丘)」の店先に並ぶ。外に並ぶお客さんのために、ドアの前に大きなストーブが置かれていてあたたかいのが嬉しかった。

久しぶりの美登利寿司はやっぱりおいしい。ランチはお得なので特におすすめだ。食べ終わってから梅が丘から歩いて税務署までの道すがら、自分の通っていた梅が丘中学校の前を通る。懐かしい。税務署への申告書の提出はあっけなく終わった。電子提出している人が多くなったせいか、あまり窓口は混まなくなったのかもしれない。その後は歩いて羽根木公園へ。



羽根木公園は私の子供時代によく遊び、クラブ活動では何周も走らされたものだ。梅の残りが咲いていてとてもきれいだったけれど、公園は整備され昔とはだいぶ変わってしまっていた。小学校当時に遊んでいた羽根木公園の「迷路」は、石造りでとても大きくて楽しいけれど怖い場所として記憶されている。

初めて来るだんなさんを案内しながら、なくなってしまったと思っていた迷路がまだ存在し、色とりどりに変わっていたのを知って驚いた。大人の私の目線から見ればさほど大きくない迷路だったけれど、30年以上も同じ場所に在り続けるのはすごいことだ。調べてみたら2009年に「迷路の遊び場」としてカラフルになってリニューアルしたらしい。白かグレーだった昔の迷路だと物陰になってしまって陰気でもあったので、なるほどの改善だと思う。

その後通りがかったご婦人に、木の上にキツツキがいるのを教えてもらったりした。何の種類かわからないけれど、確かに白黒の羽根の鳥が木を高速ノックしていた。周囲の低い梅の木とは違い、キツツキがいる木はとても背が高い。こうして木をゆっくり見上げるのも久しぶりだ。世田谷にもまだたくさん記憶に残る良い場所が残されている幸せを感じていた。本当に良い天気だ。

家に帰ってからやり残したことを振り返る。そういえば、確定申告の書類を作っている時に、銀行の通帳の未記帳分がすっごくたまってしまっていたのに気づいた。今回の確定申告には関係ないけれど、なんとか3時までに間に合えば下北沢まで記帳しに行こうと思いついた。たぶん通帳は繰り越してしまうだろうから、窓口が開いている時間でないと新しい通帳を出してもらえないからだ。しかし、私らしくついついゆっくりして時計を見たら、3時には間に合いそうになくなってしまった。

と、その時に地震が来た。住んでいるのはマンションの2階部分でグラグラとした揺れがだんだん強くなるので、そばにいただんなさんと一緒にリビングのテーブルの下へ入った。私が今まで体験した中でも最も大きな揺れだったと思う。揺れがおさまったのでテレビで情報の収集を始めた時は、まだ八王子へ出かけるつもりでいた。しかし、iPhoneのJORUDANライブによると電車が止まっているのがわかったので、出かけることはあきらめた。電話は誰とも通じない。今思えば、3時にこだわって銀行へ通帳記入に行っていたら、その後家に戻って来るのは相当に無理だったろう。

・ジョルダンライブ!
< http://www.jorudan.co.jp/unk/live.html >

近くにある倉庫兼仕事場は、今日は母が書類書きに使っていた。仕事場のマンションはかなり古く、階も高いために地震の揺れはいつも何倍にも感じる。電話がつながらなかったので心配したけれど、しばらくしたら母は慌てた様子で戻ってきた。あまりの揺れにフロアの住人が皆廊下に出てきて声を掛け合ったという。中には泣いている人もいたと。興奮ぎみに話すので、なんとか落ち着いてもらってテレビを一緒に見た。

震源地から離れた東京でのあの揺れでは、今回は相当大きな地震だと思ったけれど、夜になるにつれ明らかになる被害の大きさに、今日がコラムの締め切りなのにネタがまったく思い浮かばない。お昼ご飯を食べて2時頃までの私だったら、羽根木公園ののんびりとした美しさについてもっと書けたと思うけれど、地震の後にテレビニュースを見続けた私には、今日はこのテキストでせいいっぱいでした。まだ今晩も余震が続くだろう。

〈2011年4月11日〉

上記の地震当日の午前中の出来事を記録していたのは、私にとってとても良かったと思う。当たり前な物事を、原色のまま写した記録のような気がする。「普通の日常」がどれほど幸せなものか、もしかしてこの3月11日の午前中のことは、鮮明な原色の最後の自分の記憶になるのではないかと恐れてもいる。

この一か月間のその後は、テレビであまりに大きな被害状況を知り、自分の認識の甘さに驚くだけだった。今自分の周りにあるすべてのものは、既に地震以前のものではないのだと気づかされた想いだ。その気づきは最初は理解不能な不安としてドスンとやってきて、ゆっくりと時間をかけて心に居座ってしまった。そして、不安のひとつひとつが現実になったり、どこかへ飛んで行ったりしながら現在に至る。

今週から大学も始まる予定だけれど、私が行っている大学では卒業式も入学式も中止された。今後はコンピュータを使う授業をベースとしている私が、再び計画停電が開始された場合に、どう乗り切るかが具体的な課題だ。学生たちには「今日の一日を、今の一瞬を大切に。」と伝えたいし、今年はそれを伝えるのに苦労はいらないと思う。

これからの私たちは、この変化の中で力を合わせて生きていかなければならない。私はデザインやアートに何ができるのかも、以前より真剣に考えるようになったし、日常のご飯作りも何か必死でやってしまっている。なんとなくできた日々は、もうしばらくしないと元には戻らないだろう。でもこれを何かのきっかけとして、大きく自分を動かすこともできると信じている。日本がんばれ。

【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
< http://www.eimu.com/ >

夏に復活するかもしれない計画停電対策として、「バッテリー駆動のプロジェクター」があればノートパソコン(Mac)を一緒に使って停電時の授業でできることが増えると思う。。モバイルプロジェクターが人気のようだけれど、明るさが足りるのかなどが不安だ。そこで、バッテリー駆動のプロジェクターを実際に使ったことがある方は eimu@eimu.com へ感想などをいただけるとありがたいです。よろしくお願いします。