私症説[26]7月24日のルサンチマン/永吉克之

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今年の7月24日を最後にテレビが日本からなくなるので、NHK大河ドラマ史上空前の期待はずれだった『江〜姫たちの戦国〜』だが、24日までの残り15回を何としてもすべて観ようと思っている。

大河ドラマは、1993年の『炎立つ』から毎週欠かさず観ているので、一回でも見逃すのは、入学してから無遅刻無欠席を貫きながら、卒業を目前にして寝坊で皆勤賞を逸するのに等しい。今際の際(いまわのきわ)に、ああ不完全な人生だった、と後悔するのは御免だ。

だから、雨の日も風の日も、雪ニモ夏ノ暑サニモ負ケズ観つづけてきたのだ。2009年の『天地人』も退屈だったが、数話分を録り溜めしておいて、体調が悪くて仕事ができず伏せっているときなどに、まとめて観るという方法でなんとか乗り切った。



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先週のこと、大阪市内にある行きつけのパブで、たまたま東京から帰省していた女子大生と話す機会があった。彼女は日本史を研究しているとのことだったので私は、じゃあ大河ドラマを観なされ、時代考証もしっかりしとるし、楽しみながら勉強になるでのう、とアドヴァイスしてやったら彼女は呆れたように、はっ、と息を吐くと、あれは勉強にはなりませんねえ、と言った。そして、

「あたし福山雅治は好きだから『龍馬伝』は観てましたけど、ほかの作品は観たり観なかったりですね。歴史上の出来事としては常識的に知ってることばっかりだから、小学生ならともかく、いい大人があんなの観て勉強になるなんて言ってちゃダメですよ。それに時代考証だって『江』なんかメチャクチャじゃないですか。江が怒って秀吉の顔を引っ掻いたりとか。まあコメディだと思って観てれば、それなりに面白いかもしれませんけどね」

と、あろうことか私に意見をしたのだ。この私に。親子、いや祖父孫ほどに年の離れた私に。年長者を敬うべしという戦前の教育を受けていない最近の若い連中は、自由の名の下に人間(じんかん)に放たれた狂犬だ。

たしかに若い頃は、自分の考えに無闇矢鱈と自信を持つ時期がある。かく言う私もそうだった。自分の考えの浅はかさにも気づかずに、親ほどの年長者に対して諫言(かんげん)めいたことまでした。しかし、それなりの礼儀は弁えていたものだ。

それにこの小娘は何もわかっていない。時代考証がメチャクチャだと? ドラマとは本来、虚構なのだ。『鉄人28号』の主人公、金田正太郎くんなんか、半ズボンを履いた子供なのに車は運転するわ拳銃は撃つわ。それに比べたら江が秀吉の顔を引っ掻くくらい何だというのだ。

私は年長者の義務として忠告してやらねばと思った。
「わしゃ、あんたに言いたいことがあるんだが、ここで話すのもなんだから、どこかその辺で......あ、そうだ、すぐそこに休憩のできる施設があるから、そこで二人きりで話をし......」
私が言い終わる前に、娘は席を立って帰ってしまった。年長者に意見をするばかりか恥までかかせる。もう手のつけようがない。

そんな阿魔が通う大学だから、どうせろくな大学じゃないだろう、どこかの幼稚園の付属大学に違いないと思っていたら、後日、彼女がかのキング・オブ最高学府の学生だとパブの人から聞いて、さすがあの大学の学生の発想は常人のそれをはるかに凌駕している、大河ドラマをコメディとして楽しむなどという発想は、途轍もなく高度な教育を受けた頭脳からでなければ決して生まれてはこない、と私は讃美を惜しまなかった。

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前口上が長くなったが、とにかくウチのテレビはまだ地デジに対応していない。私の横着ぶりはこれまでのコラムで繰り返し述べてきた通りだ。恐らく、7月24日を過ぎても地デジは観られないままだろう。それをしなければ生活が破綻するとか、投獄されるとか、暗殺されるとかいったような逼迫した状況にならない限り、私に体を動かしたりカネを遣ったりさせるのは不可能である。

地デジへの移行を促すのではなくて強制しなければ、国民皆地デジ制という総務省の野望はいつまでたっても実現しないだろう。7月24日を過ぎても地デジを受信していない家庭には役人がドアをこじ開けて踏み込み、なんでえなんでえ仏壇じゃあるめえし、なんにも映らねえテレビを後生大事に祀りやがって、おう! と喝破し、3D搭載ハイビジョン・プラズマテレビを設置して古いテレビを下取りし、キャンペーン中ですからと、北陸秘湯めぐりの旅のクーポン券を進呈する。そのくらいの強硬手段に出なければ、怠惰な私を動かすことはできないのである。

私はルサンチマンを燃料にしているような男なので、地デジが観られないということから生じる、世間に対する妬み嫉みは、いっそう私の表現意欲をブーストすることであろう。畜生この野郎。あと3か月ほどだが、7月24日以降もまだ私が地デジを観られない状況にあったら、ま、それはそれでコラムを書く愉しみもまた一入(ひとしお)っちゅうもんですわ。

【ながよしかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
ここでのテキストは、私のブログにも、ほぼ同時掲載しています。
・無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz >