歌う田舎者[21]あの日にかえりたい
── もみのこゆきと ──

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昼なお薄暗いカフェのカウンター。思いつめた表情の若い男が口を開く。
「もみのこさん、昨日の夜はどこにいたんですか」
「そんな昔のことは忘れたわ」
「今晩会えますか」
「そんな先のことはわからないわ」
「ぼくのこと......嫌いなんですか」
女は薄紫の煙をくゆらすシガーを唇から離すと、いかにも面倒そうな眼差しを男に投げた。
「嫌い? ......ふふ、坊や、あたしが嫌いなのはね、パンチパーマの男、痩せぎすの男、食べ物の好き嫌いが多い男ね」

どうだよ、この間口の広さ。「いや、俺はどれにも当てはまんないし」というそこのあなた、婚姻届を持参して今すぐ薩摩藩に来なさい。今なら九州新幹線の全線開通で、博多から1時間19分、広島から2時間23分、大阪から3時間45分で到着できます。

だいたい、いまどきパンチパーマの男など、ヤクザでもそうはいまい。ちなみにわたしの脳内では、パンチパーマはダメだがアフロヘアならOKという微妙なカテゴリ分類がなされており、モーリス・ホワイトが ♪I need youと歌いながらやってきたら、もちろん受諾するしかありますまい。

痩せぎすの男は問題外である。わたしより体重の少ない男など、罪人として座敷牢につないでおきたいくらいだ。ついでに言えば筋肉自慢の男も遠慮したい。筋肉"質"の男ならいいが、筋肉"自慢"の男になると、わたしの経験上、体育会系勘違い男である確率が高い(当社比)。

ちょっと脂肪が乗っかっているくらいが一番色っぽいのではあるまいか。実際、わが職場の女子(34歳独身)は、ベルトの上に腹が乗っている男が好みのタイプであるらしい。世のぽっちゃり系男子よ、安心したまえ。



食べ物の好き嫌いを並べたてる男に至っては、拷問の上、獄門さらし首である。「あ、オレね、メロン食べられないんだ。あ、ちょっと、それなに。ロース肉はダメって言っただろ、油っぽいから。あ、そのキュウリ、ダメなんだよねー。オレ、コオロギじゃないんだからさ」こんな男と食事すると、メシがまずくなるではないか。

それにわたしのような田舎者は、お百姓さんや漁師の皆々様のご苦労を間近で見る機会が多いので、食べ物にくだらんわがままをゴネる男を見ると「食いもん粗末にするでねぇ! 生産者の皆さんの苦労に思いをはせ、黙ってありがたくいただかねぇか、このスカタンが!」と、一発殴り倒したくなるのだ。鹿児島弁で言うところの「こまごつ言うな、こんわろが(つまらんことを言うな、この野郎)」である。

しかしながら、そんなわたしも、昔は好き嫌いが激しかった。そのため、小学生時代は『好き嫌い殲滅ギプス』をはめられ、家では母から「残すんじゃねぇ!」と罵声を浴び、学校の給食タイムでは「食べ終わるまでそこに立っちょれ!」と担任に怒鳴られ、温食の器と先割れスプーンを持って、泣きながら廊下に立っていたものだ。おかげで、今では嫌いな食べ物はこの世に存在しない。

......と断言しようとしたが、よくよく考えると、どうしても受け付けない食べ物があった。皆さんも年に一回くらいは食べて(飲んで)おられるのではありますまいか。あの白くて、ぬめ〜〜〜っとしたモノ。そう、それはバリウムである。

胃透視の時、検査技師に「はい、一口飲んでくださーい」「うぐっ」「はい、ごくごく飲んでください」「う、う、うぬぬ......」「もっと飲んでくださいって」「......う、うげ」「ちびちび飲まないでください、日本酒じゃないんですから。検査できないじゃないですか!」と怒られ、涙目で飲むのであるが、あんなものをヘーキでごくごく摂取できる人の気が知れない。生ゴム飲むのと何が違うというのだ?

しかも、メロンもロース肉もキュウリも食べられないスカタン男に「あれ?もみのこさん、バリウム飲めないんですか? フフン」と上から目線を浴びる屈辱と言ったら、あーた。ヨーグルト味なんかでごまかそうったって、このわしの舌はごまかせねぇだ。あれは食いもんじゃねぇ。え? その通り? あ、そうっすよね。いや、実はね、もうひとつあるんですよ、ダメな食べ物。いやいや、今度こそ食べ物ですってば。それがダイエットフードである。



やっと本題に辿りついた。人生は The Long and winding road。財津和夫だって、君の心へ続く長い一本道はけわしく細い道だったと、教えを説いている。人生には無駄な寄り道などないんだよ、ハニー。......と言い訳をぶちかましつつ、本題である。

前回のコラムで書いたのだが、福岡・沖永良部出張後の体重はヤバいことになっていた。57.5kgである。ちなみに5年前の体重は49kg。8.5kgも増加しているというのはいかがなものか。あぁ、49kgだったあの日にかえりたい。その上、わたしの体はウエストから膝のあいだに脂肪資源が集中投下される構造になっているので、上は9号でもいけるが、パンツやスカートといったボトムスは11号なのだ。しかも最近ではその11号がきつい。

11号が入るか入らないか......これは女がオバサン化するかどうかの瀬戸際である。女性ファッション誌のグラビアで「愛されデニムを指名買い」「大人可愛い白シャツで攻める」「最愛ジャケットで職場の華」などと紹介される服は、たいてい11号までしかない。まぁ別に「愛され」とか「大人可愛い」とか「最愛」とかの気持ち悪い形容詞はどうでもいいんだが、今までの服が根こそぎ入らなくなるという不経済な事態だけは避けねばならぬ。

体重増加の原因は明らかだ。ただの食べすぎである。
「なぜそんなに食べるんですか」
「そこに食べ物があるからさ(遠い目)」
これは「食べ物を残すのは人に非ず」という家訓を持つ我が一族の合言葉である。しかし、それだけ食べても昔はさほど太らなかったのに、年を食って代謝が悪くなったのか、ここ数年で体重に反映される体になってきたようなのだ。こ、こ、このままでは60kgの大台に乗ってしまうではないか。仕方がないので、久々にダイエットフードの力を借りてみることにしたのだが、しかし、このダイエットフードという奴は、なぜ、かくも美味くないのか。

ちなみに、過去に試したことがあるのはアスカのナチュラルダイエット100、DHCのプロテインダイエット、オルビスのプチシェイク・プチヌードル・プチワンタンの5点。どれも一食置き換えタイプである。

アスカとDHCは、スイーツ系ドリンクタイプ。だが、両者とも腹は奇妙な満腹感に満たされるが、飲むだけで咀嚼しないので、食事した気分になれない。そのうえ「これ、食い物じゃないんじゃね?」という味がする。バリウムよりはうまいが。その結果、たしかに一食置き換えはしたが、ゴハンと置き換えたのであって、おかずは普通に食べるという暴挙を敢行。

それにひきかえオルビスのプチシリーズは、まぁまぁ美味い。美味いのだが、満腹感がなく全然足りない。結果、二人前食べた上にお菓子にまで手を伸ばすという暴挙を敢行。ことごとくダイエットは失敗した。

しかしながら、今度ばかりはわたしの危機感はホンモノなのだ。今回はDHCのプロテインダイエットリゾットを試してみることにした。期間限定キャンペーン10%OFFで5,300円(15袋・1袋260kcal)。お店でひとくち試食したところ、まぁまぁ食べられそうに思えたのだ。

まずは15日間の実証実験結果は以下の通りである。基本的に夜置き換えで実験したが、飲み会による暴飲暴食(3回)の日は昼を置き換えた。

スタート:57.5kg
1日目 56.6kg/2日目 55.4kg/3日目 55kg/4日目 55.6kg/5日目 55.4kg/6日目 55.4kg/7日目 54.8kg/8日目 55.4kg/9日目 55.2kg/10日目55.6kg/11日目 55.4kg/12日目 55.8kg/13日目 55.8kg/14日目 56kg/15日目 54.6kg

今回は、置き換えたがおかずをたんまり食べたとか、二人前食べたなんてこともなく、15日間きっちりとやったあたり、わたしの本気度がうかがえるというもの。2.9kg減というのは、もろ手を挙げてバンザイである。

......しかし、やっぱり美味くないのだ。試食時の味見ひとくちだとわからないが、一食分食べると、半分いかないうちに「これ、食い物じゃないんじゃね?」に。リゾットの食感を醸し出している発芽玄米や粒状大豆たんぱくは美味いのだが、そのつなぎに入っているどろりとした液体部分が、「わしを騙そうったってそうはいかねぇ。正体を見せやがれ!」と言いたくなる味なのだ。

今まで試したダイエットフードの中では、結果も出たことだし一番マシなのだが「これ、あと2クール続けたら、確実に50kgになりますよ」と言われても、当分ダイエットフードは勘弁願いたい。耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んだ15日間のあとは、浮かれ気分でロックンロール。忍びよるのはリバウンドの足音である。



昼下がりのラーメン屋。キクラゲとキャベツがこんもりと乗った豚骨ラーメンをすする女の隣で、うんざりした表情の若い男が口を開く。
「もみのこさん、さっきお昼御飯食べてましたよね」
「あら、そうだったかしら。そんな昔のことは忘れたわ」
「黒豚カツサンド食べてたじゃないですか」
「あー、あれは商店街グルメのリサーチっていうか、ほら、まぁサンドイッチなんて軽食じゃない?」
「全然言い訳になってませんけど。まさか三時のおやつまで食べませんよね」
「そんな先のことはわからないわ」

「ダイエットするんじゃなかったんですか」
「え? いや、するわよ。するんだけどね」
「こないだ広島の八天堂のくりーむぱんを5個も買ってましたよね」
「だって、おひとり様5個限定だったんだもん。『おめざフェア』のチラシのど真ん中に載ってたしさぁ。パン生地がしっとりしてて、クリームとなじんで美味しかったわぁ」
「昨日、でっかいロールケーキも食べてたでしょ」
「あ、堂島ロール? 『なにわうまいもの市』で200個限定だったのよ。整理券もらうのに1時間も並ばなきゃ買えないんだから。初体験よ、初体験。ふんわりしたクリームとたまごっぽい生地が美味しかったわぁ」

誰かわたしを止めて。

※「あの日にかえりたい」松任谷由実
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※「The Long and winding road」The Beatles
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※「I need you」Maurice White
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※「青春の影」チューリップ
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※「ふられ気分でロックンロール」TOM CAT
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp
働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。