[3054] ZINE・リトルプレスがゆるく熱い

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《コンビ解消(笑)ということではない》

■MKチャット対談
 ZINE・リトルプレスがゆるく熱い
 まつむらまきお

■グラフィック薄氷大魔王[258]
 個人の記録、人類の記憶
 吉井 宏



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■MKチャット対談
ZINE・リトルプレスがゆるく熱い

まつむらまきお
< http://bn.dgcr.com/archives/20110601140200.html >
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本を作るのは楽しい。本を売るのも楽しい。

前回の後記でちらっと紹介したが、先日、大阪のギャラリー「あしたの箱」で開催された「ZINEとリトルプレス展」に行ってきた(というか出品した)。イラストレーター、コミックエッセイ作家であり、大学の同僚でもあるMONさん< http://monmonpress.blog90.fc2.com/ > が企画した自費出版の展示会だ。

ZINE、リトルプレスというのは、どちらも「自費出版」なのだが、ニュアンスとしてはZINEは自分編集の雑誌(フリーペーパー)、リトルプレスは自費出版の本という印象。ZINE・リトルプレスの専門店、Dandelion < http://www.books-dantalion.com/ >の店長さん曰く「印刷製本を自分でやるのがZINE、印刷はもちろんデザインなどもプロにまかせる場合があるのがリトルプレス」という棲み分けだそう。

自費出版というとコミケなどのマンガ同人誌を思い浮かべるが、ZINE、リトルプレスは、絵、写真、文章、雑誌的なものなどジャンルは様々で、アートっぽいもの、デザインっぽいもの、雑貨っぽいものなどいろいろ。全体として軽い感じ、手作り感があるのが特徴だ。ぼく自身も昔「MacFan」などで連載していた四コマ漫画をまとめたものと、写真集を作って参加した。
< http://www.makion.net/makionlog/item_406.html >

様々なZINEやリトルプレスを見ていると、30年くらい前に自分が作っていたものと、とても似ている。高校の頃、マンガを描き始めた。多少描けるようになってくると、人に見せたくなる。そこで最初はノートに鉛筆で描いたものを、友だち間で肉筆回覧する。ところが回覧だと読みたい時に読めない。今ならコピーを簡単にとれるが、35年前はそうではなかった。

当時は青焼きコピー、ガリ版に代わり、ゼロックス(トナー式コピー)が徐々に普及しだしていたが、文具店などでお店の人に頼んでコピーしてもらうのが普通で、1枚30〜50円くらいだっただろうか。ゼロックスはまだ画質も悪く、手軽にコピーを取る、という時代ではなかったのだ。

ましてや自分が描いたモノを本にしようと思ったら、商業雑誌に載せてもらうしかないのだ。読者コーナーに投稿するか、プロになるしかない。それほど、なにかを印刷物として発表、配布するっていうのは特別なことだった。

ところが高校後半になって、モノクロ1枚10円のセルフコピー機が一気に普及しだした。性能も飛躍的にあがり、ハイコントラストで拡大縮小も可能。これが最初のメディア革命だった。低価格化もさることながら、だれの手も借りずに印刷物が作れるのだ。お店の人に原稿を見られなくて済むのだ(←これかなり大事)。

このころ、作り始めたのが、B4コピー(当時日本はB版天下で、A3コピーができるコピー機はほとんどなかった)を8つに折って、真ん中を切る、よく遠足のシオリなんかでやるタイプの冊子づくり。ハガキよりも小さい8ページの冊子が一冊10円でできる。自分で必要な分作って、配っちゃえるのだ。

版型が小さいので、コマ漫画は難しい。そこで絵本や、挿絵付き小説の形態で何冊か作って、あちこちで配っていた。もちろんモノクロ1色。

ZINE、リトルプレスを見ていると、そういう時代を思い出す。どれも手作り感あふれた、ごく個人的な気持ちで作られた本たちだ。しかし、見た目は35年前のものと似ていても、その背景にある動機はずいぶんと違うように思う。

昔、プロが作ったものと、アマチュアが出来ることがはっきりと違った時代には、ぼくらは必死でプロっぽいことをしようとしてきた。技術的、金銭的な制約の中で、プロっぽく見せるためにデザインを工夫し、インレタやレタリング本をキリバリし、コピー機の拡大縮小機能を駆使して版下を作ってきた。

今はフォントもDTP環境も印刷も安価に手に入る。たとえばMacとPagesがあれば、プロっぽい洒落た印刷物を簡単に作ることができる。CSがあればオフセット印刷もWebから簡単に入稿することができる。

しかし、ZINEではそういったプロっぽさはなく、手書き、手製本といった、手作り感あふれるモノが中心。わら半紙やクラフト紙に多色孔版印刷、版画、インクジェットプリントなどで刷られ、製本も単純に折り込んだものから、ホチキスや紐止め、パンチ穴に鳩目など、クラフトっぽいものが多い。

あくまでも手作りで、作る過程そのものを楽しんでいるモノが多いのが印象的。もちろん、DTPで作られているものもあるが、切った貼ったのアナログ作業での編集も多い。その結果、クオリティはアートっぽいものから、ものすごくゆるいものまで雑多。

もちろん、DTPに対する知識の有無、ということもあるだろうけど、あえて手作り感覚を選んでいる、楽しんでいる、という場合も多い。

たとえば、大阪のレトロ印刷JAM < http://jam-p.com/ > という印刷所では、リソグラフ(学校などで使う、孔版印刷機。プリントゴッコの親分)による、多色印刷を行っている。

データ入稿もできるのだけど、多色印刷の時はスポットカラー印刷の要領でそれぞれの版のファイルを別々に作って、色指定して入稿しなくてはならない。しかもリソグラフはそんな精密な機械ではないので、多色刷りはズレが大きい。

インクも完全には定着せず、手に付く。はっきり言って、4色オフセットの方が10倍は楽。だが、わら半紙やクラフト紙に刷られたその風合いは、オフセットの精密さとは真逆の心地良いゆるさ、かわいさがある。これはハマル。

また、リソグラフはコピー機みたいな機械なのでアナログ入稿も可能。手書きで版下を作って持ち込めば、デジタルの機材も知識もいらず、かわいい多色刷印刷物をすぐに刷ってくれるので、デジタル苦手な人でも気軽に印刷物が作れる。ミシン縫いの製本はとてもキュートだ。

たくさんでないもの。均質でないもの。ちゃんとしていないもの。便利でなく、めんどうなもの。渡すのにも手にするのにも時間がかかるもの。それしかできなかった35年前とは違い、あえて、それを選ぶ人たちが確実に居てるのだ。

電子出版じゃダメなのだ。Webだけじゃダメなのだ。これらの手作りの本を見ていると、なぜ今、出版不況なのか、Adobeの新バージョンが魅力的に見えないのかが、わかるような気がする。

今週の日曜日、6月5日(日)に東京代々木公園と大阪城公園で「ZINEピクニック」というイベントが開かれるそうだ。
< http://zinepicnic.tumblr.com/ >

過去のレポートを見ると、なんとものんびりした、まさにピクニック。コミケなどの、同人誌即売会とは全然違う(笑)健全な雰囲気。ZINEが気になる人はぜひ。

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】

笠居さんにチャットをすっぽかされたので、今回はピン原稿。おそらくしばらくはそれぞれピンでお送りすることになるかも。これは別にコンビ解消(笑)ということではなく、それぞれ仕事のスタイルが変わってきているので、時間をあわせたり、間に合わなかった場合のリスクを回避しにくくなっているからです。時々は従来通りのチャットもやりますんで、よろしく〜
< twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura >
< http://www.makion.net/ > < mailto:makio@makion.net >

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■グラフィック薄氷大魔王[258]
個人の記録、人類の記憶

吉井 宏
< http://bn.dgcr.com/archives/20110601140100.html >
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先々週の薬師寺さんの「永代使用ポータル、クラウドがつなぐ生者と死者の世界」を読んで思い出した。10数年前、たしか「ディジタル・イメージ」のメーリングリストの投稿で開陳したアイディア。当時としては半ばSFのアイディアくらいのつもりだった。

「こんなに一生懸命作ってるデジタル作品なのに、死んだらデータはどうなっちゃうんだろ?」「HDDや光ディスクはせいぜい数年〜数十年しか保存できない」「自分の作品データに限った話じゃなく、人類全部の活動がデジタルにどんどん記録・蓄積されていくのに、そのデータをまとめて保存したり利用する仕組みがないじゃないか!」「個人のデジタルデータは個人が生きた証しや軌跡。個人のデジタルデータを永久に保存する機関があったらいいなあ」ってものです。

ブロードバンド普及途上だったし、データセンター的なものを知らなかった当時のアイディアですが......。

「月に一度、データの光ディスクをその機関に宅急便で送る。あるいは引き取りに来る」
「送付が続いている間、料金を払い込む」
「ディスクの送付か支払いが滞ったら亡くなったものと見なし、収集完了」
「大容量の光ディスクにまとめて保存。倉庫で保管」
「契約により、死後50年だか70年だかの著作権保護期間以後、蓄積されたデータは一般に閲覧できたり研究などに利用できる。」
「死後すぐに公開していいなら、料金は安めに設定」
「世界中の複数箇所にコピーを保管する。できれば月面や火星や衛星軌道上などにも置く」
「個人の全記録はお墓に代わるもの。言うなれば、個人ユースのピラミッドや古墳みたいなもの。そのピラミッドを何十億、何百億と集めた、人類全部の記憶・記録、そしてパブリックな知的財宝の山」

......というような考えでした。現在なら、ディスクの送付や保管などという手間のかかることはしないですね。もちろんクラウド方式でしょう。では、最初の部分を以下のようにアップデートしてみます。

「基本的にはレンタルサーバーのようなサービス」
「クラウド的に、仕事や生活や活動の中で、あらゆる個人データの保管に利用する」
「サーバーにアクセスがなくなって一定期間たったら、亡くなったものと見なし、収集完了」
......以下は同じです。

で、ふと考えてみると、専用の機関や企業でなくてもインターネット自体がそれかもしれないし、GoogleやEvernoteなどのサービスは特にそうなのかもしれない。僕が現在のブログに引っ越したとき考えたのは、「あらゆる情報の収集・整理を目指すGoogleのサービスであるBloggerなら、ブログのデータは半永久的に保存するつもりに違いない」ってことだったし。

Evernoteなんか「人生の全てを記録する」ってコンセプトだからかなり近いかもしれない。画像その他のファイルだってアップできるし。同様に、完全に定着したサービスといえるYouTubeやFlickr、はたまたfacebookやTwitterなども、個人の記憶・記録を永久に残すものになるかもしれない。特に、閲覧するのにパスワードがいらず誰でも見られるものは、アップされた時点から人類の記録として機能してるわけで。

できれば、そういったサービスにはぜひつけてほしい設定がある。「一定期間アクセスがなかったら、プライベートに設定してある全アーカイブをパブリックに公開」機能。それだけ実現するなら、ややこしい機関がなくてもいいや。

残すデータファイルの形式や互換性の問題もあるけど、単にテキストや画像や音声やムービーなどの閲覧用最終データなら何千年後だって大丈夫なはず。そのデータを作るのに使ったアプリケーションのネイティブ形式のファイルは無理だろうけど、それは重要な問題ではないと思う。

個人の記録や記憶が人類全体の巨大な記憶に融合していくのって、手塚治虫の「火の鳥」に出てきた「コスモゾーン」みたいで、ロマンチックだなあ。

【吉井 宏/イラストレーター】
HP < http://www.yoshii.com >
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/ >

Evernoteのウェブ版インターフェイスがデスクトップ版に近い形に進化。これなら書き込みや編集にはウェブ版を使い、デスクトップ版は閲覧用の控えにしちゃっていいかも。ところで、LightWave10が日本でも発売されたのですが、10の目玉とされてきた「モデラーとレイアウトが統合された新生LightWave COREが開発中止で付属しない」ってニュース。えー? えー? 新しくプログラムされた将来性抜群の3DソフトLightWave COREが間近に控えてるって知ったからこそ、昨年LightWaveを再び購入して復活させたんだけど?? COREがなくなったんじゃ使う理由がなくなっちゃうじゃん! ところが、開発中止ってニュースで大騒ぎしてるのは日本のユーザーだけで、どうも開発元では中止という話は流れてないらしい。どういうことなのかわからない〜。

・iPhone/iPadアプリ「REAL STEELPAN」販売中
REAL STEELPAN < http://bit.ly/9aC0XV >

・「ヤンス!ガンス!」DVD発売中
amazonのDVD詳細 < http://amzn.to/bsTAcb >

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■編集後記(6/1)

・読売の読書欄で読んだ、評論家・片山杜秀の「船頭を増やす話は要注意」というコラムがおもしろかった。新田次郎「八甲田山死の彷徨」とハナ・アーレント「全体主義の起源3 全体主義」を引いて、船頭が増えると不効率なことが起きがちだと警告する。「ヒトラーがやったのは独裁者の上意を下達するための明快な組織作りではなかった。正反対だった。権限や任務の重複する役所や会議をわざと作り続ける。誰が何をどこに意見すべきか分からなくなる。それでこそナチスの指導者たちは勝手をできる。役人も学者も思考停止。自分の仕事の責任範囲すら見えない。『ハイル・ヒトラー!』と叫ぶほかはない。狂気の暴走を止める者はもういない」......いまの日本で似たようなことが起っている。3.11直後に速攻でやるべき「緊急事態法」の立法化を図らず、多くの無意味な会議を乱立させ、指揮命令系統をわざと混乱させ、すべての対策を後手後手にしているのは、他ならぬ最高権力者・菅首相である。どうしてそういうことをやっているのか、ヒトラーに独裁の極意を学んだとは思えないが(意図してやっているのならある意味すごい)要するに責任を曖昧にすることで、自分の延命を図るということだろう。日本の立直しなど頭にない男が、首相の座に居座るというのが日本の最大不幸である。嗚呼、一刻も早く辞めよ。(柴田)

・コピー機、嬉しかったなぁ。手書きの文字が別のものに見えた。印刷物みたいで嬉しかった。ワープロも感動したなぁ。そういえば最近は、活版印刷で作られた名刺のくぼみが愛おしい。岩波やハヤカワの古い文庫本の重版しすぎだよ、という線の不均等さとかも。/以前に書いた「ご飯がススム キムチ」。大好き。これのポテトチップスが7月に出るらしい。セブンイレブンでは既に先行発売しているとか。/「川越達也イチオシキムチ」も好き。「ご飯がススム キムチ」もそうだが、こういうパッケージに顔つきのってどうよ、と思いつつ、顔出すぐらいなんだから美味しいんだろうな、とまんまと広告戦略に乗せられてます。食べてみたら甘辛くて美味しかったよ。そういや「ご飯がススム キムチ」のパッケージはいつの間にか、こうちゃんじゃなくなってるわ。/ギャル曽根おすすめの「旨えびキムチ」は、まだ浅かったのか、辛さだけが目立った味だった。なるべく賞味期限は遅めのものを買うんだけど、キムチは出来立てだと美味しくなくて、30%OFFや半額シールが貼られる頃に買うとちょうど良い感じ。/百貨店で、鯛のアラの奉仕品シールつきを買った。通常の半額。アラ炊き大好き。残っただしで五島うどんを食べるのも大好き。が、身体がだるくて調理できないまま二日。魚なんて鮮度が命なのにと覚悟を決めて、ラップをはずし臭いを嗅ごうとした(文字より臭い優先)。ら、賞味期限は当日。目や鱗もきれい。さすがは百貨店さんやで、出したらすぐに売れる商品なのに、二日前には奉仕品シールを貼るんやな。圧力鍋で調理したら骨まで食べられるよ〜。(hammer.mule)
< http://www.pickles.co.jp/susumu/ > ご飯がススム キムチ
< http://www.pickles.co.jp/ir/pdf/press/20110523-1.pdf > ポテトチップス
< http://www.kimuchi-miyama.co.jp/kimuchi-miyama/shouhin_13.htm >
川越達也イチオシキムチ
< http://www.recipe-blog.jp/special/2009/10/r091027a.html >
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