歌う田舎者[23]客がとっても怖いから
── もみのこゆきと ──

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♪客がとっても怖いから〜遠廻りして帰ろう〜♪ と歌ったのは菅原都々子である。え? 違う? 違いましたか、スミマセン。

職場の男子が古ぼけた本を貸してくれた。「サポートセンター怒涛の日々」である。なにやら既視感のある内容......と思ったら、かつてIT業界で一世を風靡したサポセン・コムのお話ではないか。おそろしくお茶目な客やホントに怖い客VSサポートセンターの人々、というエピソードを集めた本だ。

「ちゃんとA4の用紙をセットしてるのに、やっぱりプリンタが紙切れって言うんですよ」と、サポートセンターに電話してきた客。A4の用紙をセットした場所は、机の引き出しだったそうである。

その昔、わたしがIT企業に勤めていた頃にも同じようなことがあった。「台帳を全件打ち出したんですけど、60件くらい出てこないんですよ。いったいどうなってるんですか、お宅のシステムっ!」よくよく聞いてみると、その60件というのは紙の台帳に手書きした分であって、それがシステムメニューの台帳出力から出てこないとご立腹なのであった。そりゃ出ないだろ。つーか出たらスゴいだろ。すいません、お願いだからパソコンに入力作業もやってくださいね。

西暦2000年問題で世の中が大パニックになっていた頃、Microsoftと間違われて怖いオバサンから大クレームを受けたこともあった(↓過去の遺物)。
< http://el.jibun.atmarkit.co.jp/engineerx/2009/01/1999-32e1.html
>

ちなみにサポセン・コムのサイトは、2005年に閉鎖となっている。1998年にスタートしているので、8年間運営していたようだ。
< http://www.saposen.com/
>

サポセン・コムをリアルタイムで見ていたころは気付かなかったが、本になった「サポートセンター怒涛の日々」を改めて読むと、「あー、もういいから男の人出して」と客に言われるシーンがいくつか出てくる。



この世には「女じゃ話にならん」的人間が意外といると知ったのは、今の職場に転職してからである。苦節20年勤めたIT企業にも、仕事上出入りしていた他のIT企業やデザイン事務所にも、そういう人間がいなかったので気付かなかったのだ。「女じゃ話にならん」などと公言するような輩は、うちのてておやだけしかおらんと思てましてん。うちのてておやは、「女の考え休むに似たり」が座右の銘ですよってな。

そんなある日、ネットでこんなものを見つけた。

YOMIURI ONLINE 発言小町
「鹿児島へ行くか離婚するか」
< http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2011/0511/408269.htm?o=0&p=0
>

旦那が家業を継ぐために鹿児島に帰ると言っているが、共働きで仕事も順調な奥さんとしては、なにもない場所で暮らしていけるのか悩んでおり、離婚するか鹿児島に行くか迷っているというご相談なのだが、そこに付いた多数のコメントのひとつに「鹿児島に行くと後悔と涙の毎日になるので、離婚した方がいい」というご意見を寄せた方がおられた。その理由をいくつかコピペすると......。

(1)日本の中でも一番の、男性優位の県(妻の人格は認められない)
(2)所得が低く文化的でない
(3)永住するにしても、首都圏から遠過ぎる(トピ主の里帰りが絶望的)
(4)夫家業を無給で手伝う事となる

うはははは。そうでありますか! いや、ま、たしかに我が県は男尊女卑の総本山と呼ばれております。

(1)日本の中でも一番の、男性優位の県(妻の人格は認められない)

ははっ。そのとーりでございます。妻の人格が認められないだけではありません。我が職場に時々訪れる某偉い公務員や某議員、男性のところには一人一人立ち止って名刺を渡し、会話していかれますが、女子のところは華麗にスルーなさいます。

はじめてそれを見たときは、驚きのあまり、前の会社の先輩に速攻メールでタレこんだくらいであります。ひょっとすると、我が県の女子には選挙権がないのやもしれませぬ。あれ? もしかして女子が全員17歳に見えたから名刺渡さなかったとか?? ♪だ〜れもいない海〜ふたりの愛を確かめたくって〜♪ すいませんすいません。

(2)所得が低く文化的でない

ははっ。そのとーりでございます。県民所得はいつも最後の5席を争って、沖縄県・青森県・高知県・長崎県・宮崎県あたりと毎年熾烈なデッドヒートを繰り広げております。セブンイレブンだって、今年はじめて出来ました。鎖国しておりますゆえ、人口あたりの在日外国人数は全都道府県で最下位(2008年法務省登録外国人統計)、世帯数あたりのブロードバンド普及率も最下位(2009年総務省情報通信統計DB)でございます。

外タレが来ることもほとんどありません。気の迷いでチャカ・カーンが我が県にコンサートに来た時、会場の座席から後ろを振り向いたら、客の入りが1/3程度で、このときほど我が県を恥ずかしく思ったことはございません。チャカ・カーンさん、すいませんすいません。

(3)永住するにしても、首都圏から遠過ぎる(トピ主の里帰りが絶望的)

ははっ。そのとーりでございます。江戸へ行くには、ANAの特割を使っても往復57,940円。上りの飛行時間は1時間40分、下りの飛行時間は1時間50分かかります。成田や関空から海外に出ようとすると、ほぼ前泊が必要となり(場合によっては後泊も)、旅するハードルは絶望的に高うございます。すいませんすいません。

(4)夫家業を無給で手伝う事となる

ははっ。そのとーりでございます。「女三界に家なし」と申しますが、女は、若い時は父親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従うものにございます。銃後を守り、陰で男を支えることこそ女の勤め。パーマネントはやめませう。進め一億火の玉だ!竹槍担いでエイエイオー! すいませんすいません。

そんなわけで(どんなわけだ?)、2,200文字以上を費やして、やっと本題に辿りついたのだが、今の職場で現実問題としてヒジョーにイヤな怖い客は「女じゃ話にならん」濃度の高い客なのである。

お昼のお弁当タイムにうら若き乙女たちが嘆く。
「今年って担当替えがあったじゃないですか。初めてのお客さんとこに行くの、怖いんですよね。なんで女が来るんだって、あからさまに顔に出てるおじちゃんとかいるし。かと思ったら、あらあら、お嬢ちゃん、おつかいに来たの?って感じであしらわれたりとか。そんな人に、お宅の経営状況教えてくださいなんて言っても、相手にしてくれないんですよね」

「あ〜っ、それわかるなぁ。あたしなんて、男とペアでお客さんとこに打ち合わせに行ったら、1時間の打ち合わせ中に、1回も視線があたしんとこに来なかったことあったもん。あたしが説明してるにもかかわらずよ、ずーっと男の方ばっか見て話すの。失礼だよねぇ」

わたしも先日こんな目にあった。
「あの〜、はじめまして。こんにちは。もみのこと申します。先日いただいた決算書についてですが、いろいろ内容をお伺いしようと思ってですね」
「は? あんたが?」
「えぇ、すみませんねぇ。えぇと、この売掛金について伺いたいんですけど......」

「は? あんた売掛金の意味もわからなくてここに来たの? 勘弁してよ。もうね、あんたみたいなのは外に出ない方がいいよ。恥をバラまいてるだけだろうが。話にならんわ」
ぎゃー、怖ぇぇよ〜。いや、でも、それ、ちげーよ、おっちゃん。売掛金って言葉の意味を聞いたんじゃなくて、売掛金の回収見込みを聞きたかっただけなんだってば、わーーーーっ! と言いたかったのだが、とりつくしまもなく、おっちゃんは怒ってプイっと横を向いてしまわれたのであった。

我が県は、かくも「女じゃ話にならん」濃度が高いところだったのである。

そうですかいそうですかい。そんなに女じゃ話にならんですかい。しかし、そういうお客のところも ♪客がとっても怖いから〜遠廻りして逃〜げよ〜♪ というわけにはいかないのだ。仕方がないので、このようなお客を迎撃する方法を考えた。

(1)そこまで女女言うのなら、思いっきり女として対応してやろうではないか。(峰不二子風・増山江威子の声希望)

「久しぶりね」
深いスリットの入った深紅のドレスが、ぬめりのある光を放つ。
「今年の決算はどうだったのかしら」
「ケッ、女なんかにそんな話できるかいっ!」
「あら......そんなこと言っていいの?」
モンローウォークで男に近づくと、スリットから肉感的な脚がのぞく。ガーターベルトにはブローニングM1910。男の顎を人差し指で持ち上げると、鳶色の瞳がきらりと輝いた。
「んふ......まぁ、お座りなさいな」

女は男をソファに座らせて、その膝の上に腰かけ、ヒップを男の股間に押し付けた。
「うっ......」
「うふふふ......立派なモノをお持ちね。さぁ、見せてごらんなさいな、決算書」
「な、なんなんだよ、女。そこにあるから勝手に見やがれ」
女は、男が指さしたボックスの中の決算書を拾い上げ、しなやかな指でめくりはじめる。はちきれんばかりに上向きに盛り上がった胸が男の鼻先をかすめる。
「......流動資産より流動負債の方が3倍も多いじゃないの。すぐに資金繰りに行き詰るわ。どうするつもり?」

「お、女になんか何がわかるか。うちにはな、さる高名な画家の先生が描いた絵画があるんだ。バブルの頃に社長が買っといたんだけどな、へへ。いざとなりゃあそれを売っぱらっちまえば、資金繰りなんてどうにでもなる。なぁ、ねえちゃん、いいオッパイしてんじゃねえか。ちょっと触ってもいいだろ、な、減るもんじゃねえし」
「遊休資産って奴ね。ふふ......あなたのコレも遊休資産かしら? さて、絵画を見せていただくわ」

高いヒールがコツコツと床を叩く音を響かせる。隣の社長室に飾られた絵画は、鈍色に光る額縁に収められていた。
「アハ・・・アハハハハハハ!。ばかね、あなた。これ贋作じゃないの。これっぽっちも資産価値なんてないわよ」
「なっ、なんだってぇ?」

「長居は無用ね。あたし貧乏な男には興味がないの。好きに野垂れ死ぬといいわ」
放り投げた決算書が紙吹雪のように舞い散った。そして、シャネルの5番の香りだけを残して、女は現場をあとにする。これでいかがだろうか。

(2)そこまで女がイヤなら、男装の麗人となって赴こうではないか。

男装の麗人と言えば、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェである。しかし、より男らしさを演出するためには、ヒゲのひとつもたくわえた男の方が良いだろう。ヒゲと言えば宝塚ではレット・バトラーである。
(レット・バトラー 宝塚・榛名由梨風)

「ここに来るのも久しぶりだな」
「あっ、旦那。こりゃご無沙汰しとりました」
「今年の決算はどうだ?」
「あ、そりゃもう健全経営でやっとりまして、えぇ。おい、誰か、旦那に決算書をお持ちしろぃ」
「今年の綿花の価格はどうだ」

「め、綿花? あっしら食品卸なんで綿花の栽培なんて......あ、メンマですか。えぇえぇ、安心安全を考えて国内原料でやりたいんすけど、やっぱ外国モノには価格でかないませんや。円高で輸入価格が下がったのはいいんですが、長引く不況で外食産業がさっぱり、ラーメン屋も閑古鳥だと、安く輸入したって売れねぇんでさぁ」
「タラの土地はどうした」

「タ、タラ? あ、多摩の土地ですかい? いや、山奥ってのが災いして、評価額がどんどん下がってて困ったもんですわ」
「そうか。しかし黒人奴隷たちは良く働いているようじゃないか」
「黒人奴隷? いったい何のお話で......あ、社員のことですかい。えぇえぇ、身を粉にして働いてもらってますわ」
「給与ははずんでおくことだな」
「あっ、そ、そうっすよね」
「しかし、君たちの役員報酬は昔から法外に高すぎる気がするんだが」
「あ、そ、そうですかね」
「もう少し妥当なラインであれば当期純利益もプラスになるだろうに」
「あ、す、すみません」

「まぁわたしの会社じゃないから、どう運営しようと知ったことではないが、私利私欲に走り過ぎると、奴隷の反乱がおきる危険性もあることを認識しておきたまえ」
「あっ、い、いや、その......すいません」
「謝れば全てが清算されると思っているのか。君はまだまだ子供だな」
「だ、だって、じゃ、どうしろっていうんですか」
「知らないね。勝手にしたまえ」
「そっ、そんな」
「明日は明日の風が吹くさ」
そして颯爽とその場をあとにする。これでいかがだろうか。

(3)文句言う隙間もないくらい、弾丸トークでしゃべり続けようではないか。(オネエキャラ風)

「あぁ〜ん、もう社長ったら、お・ひ・さ・し・ぶ・り。元気にしてたぁ? 最近ステキなレストランにも全然誘ってくれないじゃないのよ。まぁいいわ、決算書と帳簿見せてちょうだい。あら、ちょっとやだ、これなに? 会議費に上がってるこの飲食代。まぁ、今話題のレストラン、ガストロノミー・モミノコじゃないの。ステキねぇ。え? 60,000円? ちょっと待って。これ、何人で食べたのよ。5人? 一人前12,000円ってこと? マジで? バッカじゃないの。一人前5,000円越えてるじゃない。こんなんが会議費で通るわけないでしょ。交際費よ、交際費。ねぇ、あの新しい事務員の若い娘、いつ入ったのよ。

まさか社長のお手付きじゃないわよね。だってあの年で時計がカルティエのパンテールミニで、バッグはエルメスなんてちょっとありえないわよ。あら、今年は妙に通信費が上がってるのね。中味は何よ。切手ですって? へんねぇ。社長の会社って大量の郵便物出すことってあったかしら? まさか買った切手を金券ショップで換金して、あの娘のカルティエに化けたんじゃないでしょうね。やーだ、マジ? マジで? そうなの? ひっどーい、ひどいじゃないの。若い娘なんて、なんにもしなくてもキレイなんだから、そんな娘にカルティエなんか買ってあげる余裕があったら、アタシに老化防止の美容液でも買ってちょうだいよ。ちょっと、マジでどういうこと。キーーーッ。悔しいっ!」
そしてプンプン怒って帰る。これでいかがだろうか。

デキるビジネウスーマンは、どんな客にもフレキシブルに対応することが求められる。そして、もし「女じゃ話にならん」濃度が20ミリシーベルトを超える客がいても、ただちに健康に影響が出るものではないので、冷静な対応が必要である。

※「月がとつても青いから」菅原都々子
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※「サポートセンター怒涛の日々」サポートオールスターズ
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※「17歳」南沙織
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※「17歳」森高千里
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※「I Feel For You」Chaka Khan
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※ 峰不二子
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。この原稿を書きながらググっていたら、「パーマネントはやめましょう」というのは、どうやら戦時中に子どもが歌っていた(歌わされていた?)歌であるらしい。知らなかった。
♪パーマネントに火がついて
♪みるみるうちにハゲ頭
♪ハゲた頭に毛が三本
♪ああ恥ずかしや恥ずかしや
♪パーマネントはやめましょう